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大学数学基礎解説
文献あり

応用のために Lebesgue 積分論を学ぶ動機づけ

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1. はじめに

物理学や工学を専門とする人が Lebesgue 積分論を学ぶ動機や必要性として, よく耳にするのは以下の言説だと思います:
・Riemann 積分不可能な積分を定義できる.
・極限と積分の順序交換可能性が容易に確認できる.

本稿ではこれら2点について, 応用志向の初学者にとってどのような説明がなされることが望ましいかを考えるための叩き台を用意してみたいと思います. 従って対象読者は, 「Lebesgue 積分って勉強したほうがいいの?」という疑問を抱いている人と, その疑問に答えようとする人です. そもそも私自身の理解からしてめちゃくちゃ間違ってる可能性もありますが, 建設的なコメントを頂ければ幸いです.

2. Riemann 積分不可能な積分を定義する意味とは

区間 $[0, 1]$ における Riemann 積分不可能な関数として, 言わずと知れた Dirichlet 関数
$$ D(x) = \lim_{n \to \infty} \lim_{k \to \infty} \cos^{2k}(n! \pi x) = \begin{cases} 1, & x \in \mathbb{Q} \\ 0, & x \not\in \mathbb{Q} \end{cases} $$
が例示されることが多いわけですが, それを知った初学者は必然的に「他には?」という疑問を抱きます. 従って, もう少し一般にどのような関数が Riemann 積分不可能なのか, というところまで説明されて然るべきであるように思います. 証明は抜きにして, 答えだけを先に参照しておくのも良いでしょう. 例えば谷島 "ルベーグ積分と関数解析" (朝倉書店) の

定理1.10 $f$$[a,b]$ 上の有界関数とする. $f$$[a,b]$ 上リーマン可積分のためには $f$$[a,b]$ 上ほとんど至るところ連続であることが必要十分である.

があります. ついでにいえば, 初学者が抱く「Riemann 積分可能かつ Lebesgue 積分不可能な関数はないの?」という疑問にも真摯に答えておく必要はあると思います. つまり Lebesgue 積分が広義 Riemann 積分に対してまで優位なわけではなく, 主値積分などを考えるためには広義 Lebesgue 積分まで拡張する必要がある, ということは最初に強調しておくべきでしょう.

さて, 物理や工学にとって身近な範疇で, Riemann 積分不可能な積分を扱えないと何が困るのか?というのも真っ当な疑問として浮かぶはずです。その事例として, 確率論と関数解析学が挙げられます. 関数解析学については, 関数列の収束を扱うこと, そのために積分に基づく距離空間($L_p$ など)を考える必要があること, そしてそれが完備な空間でなければ困ること, 従って連続関数の極限によって得られる Dirichlet 関数の積分も定義しておきたいこと, を順に説明するのが良さそうです. 確率論においては, そもそも測度論との密接な繋がりがあるわけですが, それは最初から自明なことではないので, 動機づけとしては難しいという問題があります. しかしやはり確率空間の完備化は重要ですし, また almost surely という概念が Lebesgue 積分論における almost everywhere とほぼ同じであることなどを説明することになるでしょうか.

3. 極限と積分の順序交換のために Lebesgue 積分が必要?

Fourier 解析学などの教科書においても Lebesgue 積分論は既習と仮定されることがあります. これは主に極限と積分の順序交換可能性についての定理, つまり Lebesgue の収束定理を活用したいという理由であるように思います. しかし, このことが Lebesgue 積分論を学ぶ主たる動機たりうるかというと, 必ずしもそうではありません. 藤田宏・吉田耕作 "現代解析入門" (岩波基礎数学選書) は, 「はじめに」において以下の "Arzelà の収束定理" を紹介しています:

定理 (Arzelà の収束定理) 有界閉区間 $I=[\alpha, \beta]$ において, 連続関数の列
$$ f_n = f_n(x) \quad (n=1,2,\ldots) $$
が, 一様有界性の条件, すなわち, 次の条件を満足しながら連続関数 $f_0= f_0(x)$ に各点で収束するものとする:
$$ |f_n(x)| \le M \quad (x \in I, \ n=1,2,\ldots) $$
を満たす定数 $M$ が存在する.
このとき, $n \to \infty$ の極限と $I$ 上での積分との順序交換が可能である. すなわち,
$$ \lim_{n \to \infty} \int_\alpha^\beta f_n(x) \, dx = \int_\alpha^\beta f_0(x) \, dx. $$

続いて,

Lebesgue積分が既習の読者は, '連続関数' を '可則関数' と読みかえれば, Arzelà の定理が Lebesgue の有界収束定理と同じものであることを認められるであろう. Lebesgue 積分の応用上の有用性の最たるものは強力な収束定理である. Arzelà の定理は同様に強力な収束定理が Riemann 積分の枠内で可能であることを主張するものであって, 便利さからいって, 利用しない法はない.

とあります. また, この定理を広義積分に拡張した上で,

再び, Lebesgue 積分を既習の読者は, 上の拡張された Arzelà の定理が Lebesgue の抑制収束 (dominated convergence) の定理と軌を一にするものであることを認められるであろう.

という記載があります. つまりこれら収束定理は Riemann 積分の範疇で利用可能なので, 同書では Fourier 解析学の説明において, Lebesgue 積分の知識を前提とすることも, 新たに導入することもしていません.

Arzelà の収束定理は1885年に発見されており, もっと広く知られていても良さそうなものですが, これを紹介することなく, Lebesgue 積分を学ぶメリットとして収束定理を挙げる事例が多いようです. Arzelà の定理がマイナーなのは, 「証明が大変だから」という理由だったそうなのですが, 近年になって簡潔な証明が提案されました. それは de Silva [2010] のわずか3ページからなる論文によるもので,

Our goal is to establish the following theorem using only Riemann’s definition of integration and basic principles of elementary analysis

とされています. これによって Lebesgue 積分論に苦労せずとも, 積極的に収束定理を利用して Fourier 解析学などを学ぶことができます.

4. 終わりに

Arzelà の収束定理を紹介し, これに依拠して Fourier 解析学を解説している "現代解析入門" は名著だと思いますが, 長らく絶版となったままで, 人目に触れる機会が少ないようです. 復刊希望は https://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=19291 まで.

参考文献

[1]
谷島賢二, ルベーグ積分と関数解析, |講座| 数学の考え方, 朝倉書店, 2002
[2]
藤田宏・吉田耕作, 現代解析入門, 岩波基礎数学選書, 岩波書店, 1991
[3]
Nadish de Silva, A Concise, Elementary Proof of Arzelà’s Bounded Convergence Theorem, The American Mathematical Monthly, 2010, 918-920
投稿日:202189

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