ここでは,主にユークリッド空間のボレル集合族について定義し,その意味と例について解説する。ボレル集合族は測度論や確率論を中心に現れる特別な集合族である。「測度」って何ですかと聞かれたら,それは面積や体積の一般化した概念であると答えるのが最も簡潔であろう。
直観的には,開区間の和集合と補集合をとったものが実数直線上のボレル集合になれる。2次元以上においては,ユークリッド空間を「自然な位相」によって位相空間とみなして,その開集合の和集合と補集合をとったものがそのボレル集合になれる。
ここでは,大学1(~2)年程度の集合と位相(特にユークリッド空間)に関する議論がある程度できることを前提に,ボレル集合とは何かについて,測度論の前提知識なしに進めることにする。
なお,部分的に証明中の根拠を省いたりしている箇所もあるが,これについては是非独力で証明をつけてみてほしい。
まずは簡単な場合から始めよう。集合$X$の冪集合をここでは$\mathscr{P}(X)$とかくことにする。ある集合の部分集合の和と補集合をとって得られる集合全体の族を有限加法族という。
集合$X$の部分集合族$\mathscr{F} \subset \mathscr{P}(X)$に対して,次の3つの条件を満たす時,$\mathscr{F}$を$X$の有限加法族という。
(FA1) $\emptyset \in \mathscr{F}$
(FA2) $\forall A \in \mathscr{F}, \ A^c \in \mathscr{F} $
(FA3) $\forall A, B \in \mathscr{F}, \ A \cup B \in \mathscr{F} $
有限加法族が「有限」である理由はこの後よくわかるが,基本的には有限個の和集合が閉じている為である。明らかに,次の例が成り立つ。
集合$X$の冪集合$\mathscr{P}(X)$は$X$の有限加法族である。
確率論に関連した例を見てみよう。
サイコロの出目を持つ集合を$\Omega = \{ 1,2,3,4,5,6 \}$とする。このとき,$\mathscr{F} = \mathscr{P}(\Omega)$は有限加法族になる。
※この$\Omega$を標本空間として確率$P:\Omega \to \mathbb{R}$を定義すると確率空間$(\Omega, \mathscr{F}, P)$が定義できる。
次の命題は有限加法族の基本的な性質である。
集合$X$の有限加法族$\mathscr{F}$に対して,次が成り立つ。
$X \in \mathscr{F}$
$\forall A,B \in \mathscr{F}, \ A \cap B \in \mathscr{F}$
$\forall A,B \in \mathscr{F}, \ A \setminus B \in \mathscr{F}$
1について
$\emptyset \in \mathscr{F}$なので,$X = \emptyset^c \in \mathscr{F}$である。
2について
ド=モルガンの法則を用いると,$A \cap B = (A^c \cup B^c)^c \in \mathscr{F}$である。
3について
命題1(2)より,$A \setminus B = A \cap B^c \in \mathscr{F}$である。
この命題により,有限回の和と共通部分,差をとった集合もまた有限加法族の元になることが従う。ただし,無限回の和と共通部分,差をとった集合については何も言及していないことに注意しよう。
さて,有限加法族の例として,ユークリッド空間の集合について考えていくことにする。そのために,いくつか準備があるので,それらについて確認していくことにしよう。
はじめに,実数直線,即ち1次元ユークリッド空間について,区間を定義する。ここで定める区間は普段数学で現れる意味での区間とは多少意味を違えるので,注意してみてほしい。
実数直線$\mathbb{R}$の区間とは,次のいずれかの形をした実数直線の部分集合である。ただし,$a, b \in \mathbb{R}$は$a \lt b$を満たすものとする。
また,実数直線$\mathbb{R}$の開区間と閉区間を次で定める(ただしこれは上で定めた意味での区間ではないことに注意)。
さらに,実数直線の区間全体の集合を$\mathscr{I}_1$とする。
ここでは,「$\mathbb{R}$の区間」を左開かつ右閉な区間として定義していることに注意しよう。なぜこのような「奇妙な定義」をしているのかはのちほどわかる。さらに言えば,ここでは空集合も区間とみなしている。これは,$a \in \mathbb{R}$に対して,$(a, a] = \emptyset$であると考えられるので,決して不自然ではないだろう。
以下の図は,実数直線上の区間$(-1, 2]$を表している。左端は区間の要素でないことに注意しよう。
同様にして,$N$次元ユークリッド空間の区間を定義する。実数直線は1次元ユークリッド空間であるから,$N$次元ユークリッド空間においては実数直線の区間の直積として定めることにする。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の区間とは,次のいずれかの形をしたの$\mathbb{R}^N$部分集合である。ただし,$a, b \in \mathbb{R}$は$a \lt b$を満たすものとする。
また,$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の開区間と閉区間を次で定める(ただしこれは上で定めた意味での区間ではないことに注意)。
さらに,$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の区間全体の集合を$\mathscr{I}_N$とする。
イメージとしては,ユークリッド平面で考えればよいだろう。以下の図は,区間$(-1, 2] \times (-1, 2]$を表したものである。左端を含まないので,辺の下端と左端を含まないような区間を考えることになる。よって,端点のうち右上のみが区間の要素となる。
ここまでで,区間を定義したが,今度はその区間の直和について考える。念のため,直和の定義を確認しておこう。
直和の意味は和集合をつくる集合がどの2つも決して交わらないことである。例えば,実数直線の区間$(-1, 2]$と$(2, 3]$は直和になるが,$(-1, 2]$と$(1, 4]$は共通部分$(1, 2]$を持つので,直和にならない。このように,実数直線の区間の直和はいうなれば「レールの連結」のようなもので,一般のユークリッド空間の区間の直和はまさに「タイルを重ならないように敷きつめる」という意味でとらえられる。そこで,有限個の区間の直和を区間塊ということにして,以後,区間塊について詳しく見ていくことにする。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の区間の直和
$$ F = \coprod_{i=1}^{k} I_i, \ I_i \in \mathscr{J}_N \ (i = 1, \cdots, k) $$
を区間塊といい,$\mathbb{R}^N$の区間塊全体の集合を$\mathscr{F}_N$とかく。
区間塊全体の集合は,実は有限加法族になる。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の区間塊全体の集合$\mathscr{F}_N$は有限加法族をなす。
$N=1$のときのみ示す。
(FA1)について
明らか。
(FA2)について
$A \in \mathscr{F}_1$をとる。このとき,
$$ A = \coprod_{i=1}^{k} (a_i, b_i]$$
とかける。そこで,
$$a = \min_{i=1, \cdots, k} a_i, \ b = \max_{i=1, \cdots, k} b_i$$
とおき,$A$の補集合をとると,
$$
\begin{eqnarray}
A^c &=&
\left(
\coprod_{i=1}^{k} (a_i, b_i]
\right)^c \\
&=&
\bigcap_{i=1}^{k} (a_i, b_i]^c
\end{eqnarray}
$$
となる。ここで,$(a_i, b_i]^c = (-\infty, a_i] + (b_i, \infty) \in \mathscr{F}_1$なので,確かにその共通部分もまた$\mathscr{F}_1$の要素になる。実際,
$$\bigcap_{i=1}^{k} (a_i, b_i]^c = (-\infty, a] + (b, \infty) \in \mathscr{F}_1$$
が成り立つ。よって,$A^c \in \mathscr{F}_1$である。
(FA3)について
$A, B \in \mathscr{F}_1$をとる。このとき,
$$
A = \coprod_{i=1}^k I_i, \ I_i \in \mathscr{I}_1, \\
B = \coprod_{i=1}^k J_i, \ J_i \in \mathscr{I}_1
$$
とかける。そこで,$I_i \cap J_j \in \mathscr{I}_1$である。
一方で,$A \cup B = A + ( B \cap A^c)$である。先の結果により,$B \cap A^c \in \mathscr{F}_1$なので,$A \cup B \in \mathscr{F}_1$である。
従って,$\mathscr{F}_1$は有限加法族になる。$ \blacksquare $
$N$次元ユークリッド空間の区間塊全体の集合$\mathscr{F}_N$が有限加法族になることを示せ。(解答は参考文献[1]のpp.16またはpp.18を見よ)
ここで示した定理は後に重要な役割を担うので,よく覚えておこう。
集合$X$の部分集合族$\mathscr{B}$に対して,次の3つの条件を満たす時,$\mathscr{B}$を$X$の$\sigma$-加法族という。
$\emptyset \in \mathscr{B} $
$\forall A \in \mathscr{B}, \ A^c \in \mathscr{B} $
$\forall \{A_n \}_{n=1}^{\infty} \subset \mathscr{B}, \ \bigcup_{n=1}^{\infty} A_n $
この定義は初学者には決してやさしくない。例1は$\sigma$-加法族の典型かつ代表的な例である。
集合$X$の冪集合$\mathscr{P}(X)$は$X$上の$\sigma$-加法族である。
この$\sigma$-加法族は確率空間や測度空間の定義において基本的な役割を果たす。ここでは詳しくは述べないが,この後使用するので,定義だけでも覚えておいてほしい。
この節の終わりでは,ユークリッド空間のボレル集合の定義を行う為に,次の定理を示すことにする。
集合$X$の部分集合族$\mathscr{A} \subset \mathscr{P}(X)$に対して,$\mathscr{A}$を含むような最小の$\sigma$-加法族が存在する。
$\mathbb{B}^* = \{ \mathscr{B} \ | \ \mathscr{A} \subset \mathscr{B},\ \mathscr{B} \text{は$\sigma$-加法族} \}$,$\mathscr{B}(\mathscr{A}) = \bigcap \mathbb{B}^*$とする。
このとき,
$$\mathscr{B}(\mathscr{A}) \in \mathbb{B}^*$$
$$\forall \mathscr{B} \in \mathbb{B}^* (\mathscr{B}(\mathscr{A}) \subset \mathscr{B})$$
を示す。
1について
任意の$\mathscr{B} \in \mathbb{B}^*$に対して,$\mathscr{A} \subset \mathscr{B}$を満たすので,$\mathscr{A} \subset \mathscr{B}(\mathscr{A})$となる。
$\sigma$-加法性について示す。$\emptyset \in \mathscr{B}$なので$\emptyset \in \mathscr{B}(\mathscr{A})$である。$B \in \mathscr{B}(\mathscr{A})$に対して$B \in \mathscr{B}$なので,$\mathscr{B}$の$\sigma$-加法性により$B^c \in \mathscr{B}$である。これにより,$B^c \in \mathscr{B}(\mathscr{A})$である。最後に,$\{B_n \}_{n=1}^{\infty} \subset \mathscr{B}(\mathscr{A})$をとると,各$n \in \mathbb{N}$に対して$B_n \in \mathscr{B}$であるから,$\sigma$-加法性により$\bigcup_{n \in \mathbb{N}} B_n \in \mathscr{B}$である。よって,$\bigcup_{n \in \mathbb{N}} B_n \in \mathscr{B}(\mathscr{A})$である。
以上により,$\mathscr{B}(\mathscr{A}) \in \mathbb{B}^*$が示された。
2について
共通部分の定義により明らか。
従って,$\mathscr{B}(\mathscr{A})$は$\mathscr{A}$を含むような最小の$\sigma$-加法族である。$\blacksquare$
上の定理により,次を定義する。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の開集合全体の集合(ユークリッド位相)$\mathscr{T}_N$を定理1に適用することで得られる$\sigma$-加法族$\mathscr{B}(\mathscr{T}_N)$を$\mathbb{R}^N$のボレル集合族といい,これを$\mathscr{B}_N$とかく。また,この要素$B \in \mathscr{B}_N$をボレル集合という。
位相が定められるのであれば,通常,定理に基づきボレル集合族を定義する。ユークリッド空間の場合も同様である。
定義により,次が成り立つ。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$の開集合及び閉集合は$\mathbb{R}^N$のボレル集合になる。とくに,実数直線$\mathbb{R}$の開区間と閉区間は$\mathbb{R}$のボレル集合になる。
この定理は代表的なボレル集合として開集合と閉集合があることを表している。特に,実数直線の開区間と閉区間がボレル集合になるので,ボレル集合の和集合と共通部分,補集合もまたボレル集合であることから,次も成り立つ。
実数直線$\mathbb{R}$の半開区間$(a,b],\ [a,b)$と無限区間$(-\infty,b),\ (-\infty,b],\ (a,\infty),\ [a,\infty)$はいずれも$\mathbb{R}$のボレル集合である。1点集合$\{a \}$もまた$\mathbb{R}$のボレル集合である。
このことからわかるように,普段我々が想像するような「常識的な」ユークリッド空間内の集合はたいていボレル集合である。ではボレル集合でないような実数直線内の集合とは何か?という話にもなるが,ここではその議論は本題から反れるのでしないことにする。詳しくは[1]に預ける。
最後に,次の定理を述べて終わる。証明は長くなるので,ここでは割愛する。なお,この定理が主に位相空間論に関する定理であることに注意せよ。
$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$のボレル集合族について,次が成り立つ。
$$\mathscr{B}_N = \mathscr{B}(\mathscr{F}_N) = \mathscr{B}(\mathscr{I}_N)$$
定理5を証明せよ。解答は参考文献[1]pp.34定理6.4を参照。
定理5が述べているのは,ユークリッド空間においては,位相から生成されるボレル集合族も,区間から生成されるボレル集合族も,或いは区間塊から生成されるボレル集合族もみな等しいという主張である。これにより,定理4系はより一般のユークリッド空間へと拡張することができた。
今回は,ユークリッド空間のボレル集合族とは何かということを測度論や高級な定理抜きに説明した。特に,入門程度の確率論においては定理4とその系の結果,加法族の意味さえわかっていれば十分であろう。
この記事では,区間塊全体の集合である有限加法族から生成されるボレル集合族が,実は自然な位相によって生成されるボレル集合族に一致することを証明抜きに与えたが,とりあえずユークリッド空間のボレル集合族とは何かさえ理解できればいいと思った次第である。機会があればそのことの証明を書き下すのも悪くないだろう。