この記事は以前サイトで公開していた PDF の内容を移植したものです。
群の表現を部分群に制限するとどのようになるか、という問いは古くから重要なものである。群が有限かつベクトル空間が複素数体上のときはマシュケの定理 ([池田] , 定理5.1.17) が成り立つので、制限表現は既約表現の直和として表すことができる。すると問題は「どのような既約表現が」「どれだけの重複度で」現れるかということになる。この記事では対称群の場合に表現の分岐則を考える。
まず記号を定義する。概ね [池田] に準じる。群$G$の表現$V$を部分群$H$に制限して得られる表現を$\text{Res}^G_HV$とする。$n$次対称群を$S_n$とする。大きさ$n-1$のヤング図形$\mu$に正方形を1つ加えることで大きさ$n$のヤング図形$\lambda$が得られるとき、$\lambda=\mu+\square$と書くことにする。逆に$\lambda$から正方形を1個取り除いて$\mu$が得られるとき、$\mu=\lambda-\square$と書くことにする。
$S_{n-1}$を 1 点を固定する$S_n$の部分群とみなす。対称群の分岐則は$S_n$の既約表現を$S_{n-1}$に制限した表現の既約分解を与える。
$\lambda$を大きさ$n$のヤング図形、$V_{\lambda}$を$\lambda$に対応する$S_n$の既約表現とする ($V_{\lambda}$の構成については [池田] の第 6 章を参照せよ)。このとき
$$
\text{Res}^{S_n}_{S_{n-1}}V_{\lambda}=\bigoplus_{\mu=\lambda-\square}V_{\mu}
$$
が成り立つ。
$$ \text{Res}^{S_9}_{S_8}V_{(4,2,2,1)}=V_{(3,2,2,1)}\oplus V_{(4,2,1,1)}\oplus V_{(4,2,2)} $$
系として、制限表現に現れる既約表現の重複度はすべて 1 であることがわかる。
証明に必要な前提知識を述べ、それらを用いて証明を行う。
$n$の分割全体の集合を$\mathcal{P}_n$とする。
類関数の制限を$\text{res}^G_Hf$で表す。類関数の内積を
$$
(f\mid g)_G=\frac{1}{|G|}\sum_{x\in G}\overline{f(x)}g(x)
$$
により定める。
まず分割$\lambda=(\lambda_1,\ldots,\lambda_l)$に対してべき和対称多項式を定める。これは
$$
p_k(x_1,\ldots,x_n)=x_1^k+\cdots+x_n^k
$$
としたとき
$$
p_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)=p_{\lambda_1}(x_1,\ldots,x_n)\cdots p_{\lambda_l}(x_1,\ldots,x_n)
$$
により定まる多項式である。定義より明らかに対称多項式である。
次に完全対称多項式を定める。これは
$$
h_k(x_1,\ldots,x_n)=\sum_{1\le i_1\le\cdots\le i_k\le n}x_{i_1}\cdots x_{i_k}
$$
としたとき
$$
h_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)=h_{\lambda_1}(x_1,\ldots,x_n)\cdots h_{\lambda_l}(x_1,\ldots,x_n)
$$
により定まる対称多項式である。
またシューア多項式と呼ばれる対称多項式もある。$\alpha=(\alpha_1,\ldots,\alpha_n)\in\mathbb{N}^n$に対して
$$
A_{\alpha}(x_1,\ldots,x_n)=\det(x_i^{\alpha_j})_{1\le i,j\le n}
$$
とする。$\delta_n=(n-1,n-2,\ldots,1,0)$としたとき$A_{\delta_n}(x_1,\ldots,x_n)$は Vandermonde 行列式$\prod_{1\le i< j\le n}(x_i-x_j)$に等しい。長さが$n$以下の分割$\lambda$に対して$A_{\lambda+\delta_n}(x_1,\ldots,x_n)$は$A_{\delta_n}(x)$で割り切れる。ゆえに
$$
s_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)=\frac{A_{\lambda+\delta_n}(x_1,\ldots,x_n)}{A_{\delta_n}(x_1,\ldots,x_n)}
$$
は多項式となる。これをシューア多項式と呼ぶ。シューア多項式が対称多項式となることも簡単にわかる。
べき和対称多項式$p_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)$、完全対称多項式$h_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)$、シューア多項式$ s_{\lambda}(x_1,\ldots,x_n)$を定めたが、変数の個数を$n\to\infty$としたものを考える。これらをべき和対称関数、完全対称関数、シューア関数といい、$p_{\lambda},h_{\lambda}, s_{\lambda}$で表す。これらは対称関数環$\Lambda$の元である。
$\lambda$が分割全体をわたるとき、$\{p_{\lambda}\}, \{s_{\lambda}\}$はともに$\Lambda$の基底をなす。
対称関数環$\Lambda$に内積を$ \langle s_{\lambda},s_{\mu}\rangle=\delta_{\lambda\mu}$により定める。このとき$p_{\lambda}$の内積について次が成り立つ。
分割$\lambda$に$i$が$m_i$個あるとし、$z_{\lambda}=\prod_{i\ge 1}i^{m_i}m_i!$とする。このとき$\langle p_{\lambda},p_{\mu}\rangle=z_{\lambda}\delta_{\lambda\mu}$が成り立つ。
ヤング図形$\lambda,\mu$に対して、$\mu$が$\lambda$に含まれるとき$\lambda$から$\mu$を除いて得られる図形を$\lambda/\mu$と書く。$\lambda/\mu$が各列に高々1つしか箱を含まないとき、$\lambda/\mu$は水平帯という。
$\mu\in\mathcal{P}_k$とする。このとき$h_rs_{\mu}=\sum_{\lambda}s_{\lambda}$が成り立つ。右辺の$\lambda$はヤング図形として$\mu$を含む$k+r$の分割であって、$\lambda/\mu$が水平帯であるものをわたる。
分岐則の証明で用いるのは$r=1$の場合のみである。このとき$h_1=p_1$が成り立つので、次のようになる。
$\mu\in\mathcal{P}_{n-1}$とする。このとき
$$
p_1s_{\mu}=\sum_{\lambda=\mu+\square}s_{\lambda}
$$
が成り立つ。
$S_n$の類関数のなす空間を$R_n$とし、$R=\bigoplus_{n=0}^{\infty}R_n$とする。写像$\vartheta\colon R\to\Lambda$を、$f\in R_n$に対して
$$
\vartheta(f)=\sum_{\mu\in\mathcal{P}_n}\frac{1}{z_{\mu}}f(C_{\mu})p_{\mu}
$$
とすることで定める。ここで$C_{\mu}$はサイクル・タイプ$\mu$に対応する$S_n$の共役類を表す。$f$は類関数なので$f(C_{\mu})$は well-defined である。
この写像は内積を保つ。
$f,g\in R_n$に対して、$(f\mid g)_{S_n}=\langle \vartheta(f),\vartheta(g)\rangle$が成り立つ。
さらにこの写像は対称群の既約指標とシューア関数を結んでいる。
$\vartheta(\chi_{\lambda})=s_{\lambda}$
$$ s_{\lambda}=\sum_{\mu\in\mathcal{P}_n}\frac{1}{z_{\mu}}\chi_{\lambda}(C_{\mu})p_{\mu} $$
これをフロベニウスの指標公式と呼ぶ。
対称関数環$\Lambda$の内積を考えると、フロベニウスの指標公式から次が従う。
$\lambda,\mu\in\mathcal{P}_n$に対して$\langle s_{\lambda},p_{\mu}\rangle=\chi_{\lambda}(C_{\mu})$が成り立つ。
準備が整ったので対称群の分岐則を示す。$n-1$の分割$\eta=(\eta_1,\ldots,\eta_l)$に対して、$(\eta,1)=(\eta_1,\ldots,\eta_l,1)$とする。
\begin{align*} ( \chi_{\text{Res}^{S_n}_{S_{n-1}}V_{\lambda}}\mid\chi_{V_{\mu}})_{S_{n-1}} &= \langle \vartheta(\text{res}^{S_n}_{S_{n-1}}\chi_{\lambda}), \vartheta(\chi_{\mu})\rangle \\ &= \left\langle \sum_{\eta\in\mathcal{P}_{n-1}}\frac{1}{z_{\eta}}\text{res}^{S_n}_{S_{n-1}}\chi_{\lambda}(C_{\eta})p_{\eta}, s_{\mu}\right\rangle \\ &= \sum_{\eta\in\mathcal{P}_{n-1}}\frac{1}{z_{\eta}}\chi_{\lambda}(C_{(\eta,1)})\langle p_{\eta},s_{\mu}\rangle \\ &= \sum_{\eta\in\mathcal{P}_{n-1}}\frac{1}{z_{\eta}}\chi_{\lambda}(C_{(\eta,1)})\chi_{\mu}(C_{\eta}) \\ &= \sum_{\eta\in\mathcal{P}_{n-1}}\frac{1}{z_{\eta}}\langle p_{(\eta,1)},s_{\lambda}\rangle\chi_{\mu}(C_{\eta}) \\ &= \left\langle \sum_{\eta\in\mathcal{P}_{n-1}}\frac{1}{z_{\eta}}\chi_{\mu}(C_{\eta})p_{\eta}p_{1}, s_{\lambda}\right\rangle \\ &= \langle p_1s_{\mu}, s_{\lambda}\rangle \end{align*}
ピエリの規則から
$$
p_1s_{\mu}=\sum_{\lambda=\mu+\square}s_{\lambda}
$$
となるので
$$
( \chi_{\text{Res}^{S_n}_{S_{n-1}}V_{\lambda}}\mid\chi_{V_{\mu}})_{S_{n-1}}=\begin{cases}
1 & (\lambda=\mu+\square) \\
0 & (\text{otherwise})
\end{cases}
$$
を得る。これで分岐則が示された。
制限表現に関する分岐則を得たが、フロベニウスの相互律 ([池田] 定理5.6.11) を用いて誘導表現に関する分岐則も得られる。
$\mu\in\mathcal{P}_{n-1}$に対して
$$
\text{Ind}^{S_n}_{S_{n-1}}V_{\mu}=\bigoplus_{\lambda=\mu+\square}V_{\lambda}
$$
$$ \text{Ind}^{S_9}_{S_8}V_{(3,3,2)}=V_{(4,3,2)}\oplus V_{(3,3,3)}\oplus V_{(3,3,2,1)} $$