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素数定理証明への道 (1) : ゼータ関数の解析接続

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はじめに

この記事は 素数定理の証明を理解しよう を読んでいる前提で書かれています。執筆の動機や証明の構成、参考文献やこの記事の目的もすべてそちらに書いていますので、まだの方はぜひそっちを読んでみてください。さて、この記事ではゼータ関数を解析接続していきます。$\zeta(s)$$\Re(s)>1$で正則関数を定義しますが、これが複素平面全体へ有利型関数として拡張されることを示すのが本記事の目的です。ある複素関数が定義域より大きな領域に解析接続できるかどうかは一致の定理より、関数等式を与える問題に帰着されます。そこで、本記事でもゼータ関数の関数等式を与えることが目標となります。
なお、素数定理の証明だけで考えればゼータ関数が複素平面全体に拡張できるかは実はどうでもよく、$\Re(s)=1$付近における拡張が得られれば良いことは附言しておきます。すると、知る限りおそらく最短の$\Re(s)>0$への解析接続は こちらの記事 の命題4の形で得られるので、別にこの記事は読まなくても素数定理の証明は理解できるのですが、一方でゼータ関数が複素平面全体への解析接続できることを示しておくことも十分に意義のあることと思いますので、この節を加えておきます。

ゼータ関数の解析接続の概略

まず詳細を述べる前にゼータ関数の解析接続の概略を述べておきます。ゼータ関数の解析接続の方法は様々な方法が知られています。実際、最初にゼータ関数の解析接続を与えたリーマンも2通りの証明を与えています。今回は予備知識が比較的少なくて済むリーマンの第一証明を紹介します。この証明はガンマ関数についての予備知識があれば、あとは留数定理を用いるだけなので、解析接続を与えることのみを考えれば簡潔で良い方法です。しかし、第二証明とそこから得られる結果もなかなか興味深いものですので、軽く触れておきましょう。これ以降のこの節の内容は飛ばしても問題はないので、きっちりとした証明を早くみたい方は読み飛ばしてもらって結構です。第二証明では以下の式で定義されるテータ関数が用いられます。
\begin{equation} \vartheta(t)=\sum_{n=-\infty}^\infty e^{-\pi n^2t} \end{equation}
テータ関数は反転公式と呼ばれる公式$\vartheta(t)=\frac{1}{\sqrt{t}}\vartheta(\frac{1}{t})$をもつのですが、これを用いて関数等式が得られます。
余談ですが、今回第二証明を採用しなかった理由はこの反転公式の証明にポアソン和公式と呼ばれるフーリエ解析に関連した定理が必要だったので予備知識が増えるためです。
さて、このテータ関数を用いた第二証明では第一証明と異なり、証明から直ちにゼータ関数のある種の対称性を見ることができます。より詳細に述べると、$\xi(s)=\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(\frac{s}{2})\zeta(s)$とおくと、
\begin{equation} \xi(s)=\xi(1-s) \end{equation}
が成り立ちます。この意味で$\xi(s)$は完備ゼータ関数とも呼ばれます。もちろん第一証明からもこの結果は得られるのですが、後述の証明で定義される第一証明の鍵になる正則関数$I(s)$を解析接続に必要な情報以上に調べなければならず、第二証明に比べるとやや手間がかかりますので、今回は申し訳ないですが割愛させて頂きました。興味のある方はぜひ調べてみてください!

ガンマ関数について

ガンマ関数

$\Re(s)>0$に対して、積分
\begin{equation} \Gamma(s)=\int_0^\infty x^{s-1}e^{-x} dx \end{equation}
は広義一様絶対に収束し、正則関数を定義する。これをガンマ関数という。

積分の収束の証明は実関数の場合と全く同様になされます。さて、実関数としてのガンマ関数として、次の性質は有名でした。

ガンマ関数の諸性質

次が成り立つ。

  1. $\Gamma(x+1)=x\Gamma(x)\quad (x>0)$
  2. $\Gamma(x)\Gamma(1-x)=\frac{\pi}{\sin \pi x}\quad (0< x<1)$

$\frac{\pi}{\sin\pi s}$は帯状領域$0<\Re(s)<1$上正則です。よって、一致の定理によりこれらの性質は拡大されます。

ガンマ関数の諸性質

次が成り立つ。

  1. $\Gamma(s+1)=s\Gamma(s)\quad (\Re(s)>0)$
  2. $\Gamma(s)\Gamma(1-s)=\frac{\pi}{\sin \pi s}\quad (0<\Re(s)<1)$

さて、1.について少し変形して$\Gamma(s)=\frac{\Gamma(s+1)}{s}$と見てみましょう。すると、ガンマ関数は$0<\Re(s)$で定義されたのだから、$-1<\Re(s)$に対して解析接続されます。このとき$s=0$の場合を考えると、$\Gamma(s)$$s=0$において1位の極をもつので、これは特に有利型関数への拡張になっています。これを繰り返すと任意の$n\in\mathbb{N}$に対して、ガンマ関数は$-n<\Re(s)$に対して有利型関数へ拡張されるので、結局任意の$\mathbb{C}$上の点に対して$\Gamma(s)$は意味を持ちます。すなわち、ガンマ関数は複素平面全体に有利型関数として解析接続されます。よって、再び一致の定理より定理2も拡張されます。

ガンマ関数の諸性質

次が成り立つ。

  1. $\Gamma(s+1)=s\Gamma(s)\quad (s\mbox{は非正整数でない。})$
  2. $\Gamma(s)\Gamma(1-s)=\frac{\pi}{\sin \pi s}\quad (s\mbox{は}\pi\mbox{の整数倍でない。})$

この解析接続を与える式であるという意味で等式1.はガンマ関数の関数等式とも呼ばれます。ちなみに2.は相反公式という名前がついています。相反公式の右辺は常に0にならないことからガンマ関数は零点をもたないことが分かるので、ガンマ関数の零点と極の情報はこれらの式からすべて得られることになります。

$\Gamma(s)$は零点をもたず、非正整数に対して1位の極をもつ。

ゼータ関数の解析接続

ガンマ関数の解析接続が簡単だったことと対照的に、ゼータ関数の解析接続は難しいです。まず、今回行う解析接続の方法において重要になるガンマ関数とゼータ関数の関係式を示しましょう。

$\Re(s)>1$に対して、次の式が成り立つ。
\begin{equation} \zeta(s)\Gamma(s)=\int_0^\infty \frac{x^{s-1}}{e^x-1} dx \end{equation}

余談ですが、右辺のような形の式はメリン変換と呼ばれます。メリン変換は、
\begin{equation} \mathcal{M}(f)(s)=\int_0^\infty f(x) x^{s-1}dx \end{equation}
で定義されるので、右辺は$\mathcal{M}(\frac{1}{e^x-1})(s)$と捉えられます。メリン変換は積分変換の一種でフーリエ変換と同じようにある種の意味で$f$の収束が早い場合には逆変換をもちます。実はチェビシェフのプサイ関数$\psi(x)=\sum_{n\leq x}'\Lambda(n)$はメリン逆変換により$\frac{\zeta'(s)}{\zeta(s)}$から復元できることが知られており、これはディリクレ級数と呼ばれるある種の関数に対するより一般の結果としてペロンの公式という名前で定式化されています。別の記事で$\psi(x)\sim x$を示す際には、このアプローチに近い方法をとります。それでは定理の証明を見ていきましょう。

\begin{equation} \Gamma(s)=\int_0^\infty x^{s-1}e^{-x}dx \end{equation}
において、正整数$n$に対し、$x=nz$と変数変換すると、
\begin{equation} \Gamma(s)=n^s\int_0^\infty z^{s-1}e^{-nz}dz\Leftrightarrow n^{-s}\Gamma(s)=\int_0^\infty z^{s-1}e^{-nz}dz \end{equation}
これを正整数全体に渡って和をとれば、
\begin{equation} \Gamma(s)\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s}=\sum_{n=1}^\infty\int_0^\infty z^{s-1}e^{-nz}dz=\int_0^\infty z^{s-1}\sum_{n=1}^\infty e^{-nz}dz =\int_0^\infty \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz \end{equation}
これは、
\begin{equation} \zeta(s)\Gamma(s)=\int_0^\infty \frac{x^{s-1}}{e^x-1} dx \end{equation}
に他ならない。なお、途中の無限和と積分の順序交換については$z>0$における$\sum_{n=1}^N e^{-nz}$の広義一様収束性より従う。

さて、ゼータ関数を解析接続するために次のような関数$I(s)$を考えます。
\begin{equation} I(s)=\int_C \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz \end{equation}
ここで、$C$は任意の$0<\delta<2\pi$を固定したときに、実軸を正の方向から、
$\delta$まで通ったあと、半径$\delta$の円を一周し、再び実軸を正の方向に無限大まで進む経路としてとります。(図1)それぞれの経路を$C_1,C_2,C_3$とおきましょう。明らかに、$C=C_1+C_2+C_3$です。

!FORMULA[55][1099369931][0]の積分経路 $I(s)$の積分経路

本来ならば、$I(s)$の値は$\delta$にもよるので、$I(s,\delta)$と書くべきですが、$0<\delta<2\pi$という仮定の下では被積分関数は$C$の内部の極は常に$z=0$のみですから、コーシーの積分定理より$I(s)$の値は$\delta$には依らないことが分かるので、$I(s)$と書いても良いことが分かります。また、被積分関数は複素数を指数にもつ$z^{s-1}$を含むので偏角についても決めておかなければなりません。ここでは、$C_1$上で$z^{s-1}$が実数値をとるような枝をとることにします。

$I(s)$の値を計算することで、ゼータ関数を解析接続することができます。積分の収束は簡単な不等式評価で示せるので、$I(s)$は複素平面全体で正則関数として定義されることは明らかです。実は次のような結果が成り立ちます。

$\Re(s)>1$において、次の式が成り立つ。
\begin{equation} I(s)=(e^{2\pi is}-1)\int_0^\infty \frac{x^{s-1}}{e^x-1} dx \end{equation}

\begin{equation} I(s)=\int_{C_1} \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz+\int_{C_2} \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz+\int_{C_3} \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz \end{equation}
である。まず$C_1$について、
\begin{equation} \int_{C_1}\frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz=\int_{\infty}^\delta\frac{x^{s-1}}{e^x-1}dx=-\int_{\delta}^\infty \frac{x^{s-1}}{e^x-1}dx \end{equation}
次に$C_3$について、$C_3$上では$C_2$を一周したことにより$C_1$と偏角がずれていることに注意すれば$C_1$と同様に計算出来て、
\begin{equation} \int_{C_3} \frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz=\int_{\delta}^\infty \frac{(xe^{2\pi i})^{s-1}}{e^x-1}dx=e^{2\pi is}\int_\delta^\infty\frac{x^{s-1}}{e^x-1}dx \end{equation}
最後に$\delta\to 0$で第二項は消えることを示す。$\frac{1}{e^z-1}$
0の近傍において、$\frac{1}{e^z-1}=\frac{1}{z}+o(1)$となるので、十分小さい$\delta$に対して、$z=\delta e^{i\theta}$とおくと、
\begin{align} \int_{C_2}\frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz&=\int_0^{2\pi} \delta^{s-1}e^{i\theta(s-1)}\left(\frac{1}{\delta e^{i\theta}}+o(1)\right)i\delta e^{i\theta}d\theta\\ &=i\delta^{s-1}\int_0^{2\pi} e^{i\theta(s-1)}d\theta+i\delta^s \int_0^{2\pi}e^{is\theta}o(1)d\theta\\ &=i\delta^s \int_0^{2\pi}e^{is\theta}o(1)d\theta \end{align}
よって、$\Re(s)>1$のもとでは$\delta\to 0$$\int_{C_2}\frac{z^{s-1}}{e^z-1}dz\to 0$である。以上を合わせて$\delta\to 0$とすれば、
\begin{equation} I(s)=(e^{2\pi is}-1)\int_0^\infty \frac{x^{s-1}}{e^x-1} dx \end{equation}
が成り立つことが分かる。

定理5と命題6を合わせると次を得ます。

$\Re(s)>1$において、
\begin{equation} \zeta(s)=\frac{1}{\Gamma(s)(e^{2\pi is}-1)}I(s) \end{equation}

定理6.は$I(s)$すべての$s$で成り立つとは限りませんが、$I(s)$自体は複素平面全体で定義されています。我々すでにガンマ関数の解析接続を行っているので、これによりゼータ関数は複素平面全体に解析接続されます。$I(s)$が正則関数なので、$\zeta(s)$は複素平面全体で定義された有利型関数になることが分かります。

$\zeta(s)$は複素平面全体に有利型関数として解析接続される。

ゼータ関数の特異点

前節で得られた関数等式をさらに調べると、ゼータ関数の特異点に関する情報が分かります。
\begin{equation} \zeta(s)=\frac{1}{\Gamma(s)(e^{2\pi is}-1)}I(s) \end{equation}
より、ゼータ関数の特異点になり得る候補は整数全体となります。しかし、すでにガンマ関数の零点と極の情報は完全に得ており、非正整数に対しては、$\frac{1}{\Gamma(s)}$は1位の零点であることが分かります。また、各整数に対して$\frac{1}{e^{2\pi is}-1}$は1位の極であるので、結局非正整数上ではこれらが打ち消し合って$\zeta(s)$は正則になります。
$s$が正整数の場合について調べましょう。正整数に対して、$I(s)$は非常に簡単になります。$I(s)$の積分路$C$において、$C_1$$C_3$が完全に相殺されるからです。なので、結局$C_2$内の$\frac{z^{s-1}}{e^z-1}$の特異点のみを調べればよく、これは$z=0$のみです。$z=0$における$\frac{z^{s-1}}{e^z-1}$の位数は1位なので留数定理より、正整数$n$に対し、
\begin{equation} I(n)=\begin{cases} 2\pi i &(n=1)\\ 0 & (n\geq 2) \end{cases} \end{equation}
を得ます。よって、$n\geq 2$の場合も極と零点が相殺され$\zeta(s)$は正則になります。もちろんこれは$\zeta(s)=\sum_{n=1}^\infty n^{-s}$とした最初の定義において$n\geq 2$は定義域内にあったので当然です。しかし、$s=1$については$\zeta(s)$は1位の極になっています。また、$s=1$における留数も簡単に分かって、
\begin{equation} \mathrm{Res}_{s=1}\zeta = \lim_{s\to 1} \frac{s-1}{\Gamma(s)(e^{2\pi is}-1)}I(s)=1 \end{equation}
となります。以上より$\zeta(s)$の特異点は完全に把握できました。

$\zeta(s)$の特異点は$s=1$のみで、この点において$\zeta(s)$は1位の極をもつ。また、$s=1$における$\zeta(s)$の留数は1である。

投稿日:20221214

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東京大学理学部情報科学科B2

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