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解説大学数学以上
文献あり

測度論抜きで学ぶユークリッド空間におけるルベーグ積分超入門 (12月24日 14:55 最終推敲)

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$N$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^N$におけるルベーグ積分は, $\mathbb{R}^N$の零集合という概念さえ定義すれば, 測度論抜きで述べることができる. 測度論を用いない方法は直観的にはわかりづらいかもしれないが, 論理的には単純である. ルベーグ積分を用いると, $L^p$-空間(ルベーグ空間), ソボレフ空間, べゾフ空間などの多くの関数空間が完備になる. 関数空間の完備性は非線型偏微分方程式を解く上で本質的に重要である. ( 『ナビエ-ストークス方程式の解の存在と滑らかさの簡単な議論および一意性』 , 『(続き8)ナビエ-ストークス方程式の解の存在の直観的議論の正当化の進捗』 も参照されたい)

ルベーグ積分に基づく理論は零集合における関数の性質を無視する. そこでまず零集合を定義する. それは 『微分積分と線型代数と簡単な集合位相で学ぶ超関数超入門 (12月29日 20:44 最終推敲)』 でも用いられている.

零集合

$\mathcal{N} \subset \mathbb{R}^N$が零集合であるとは, 任意の正数$\varepsilon$に対して有界区間($N$次元直方体)の族$\{I^{(\varepsilon)}_n\}$が存在して,
$$\mathcal{N} \subset \bigcup_{n=1}^{\infty}I^{(\varepsilon)}_n,$$かつ
$$\sum_{n=1}^{\infty}|I^{(\varepsilon)}_n| \lt \varepsilon$$
が成り立つことである. ここで有界区間$I$に対して$|I|$$I$$N$次元体積, すなわち辺の長さの積である.

つまり, 或る$N$次元直方体の族で, $N$次元体積の総和がいくらでも小さくなるような物で$\mathcal{N}$が覆われるとき, $\mathcal{N}$は零集合であるという.

例(1) 空集合は零集合である. 任意の$0 \lt \varepsilon \lt 1$に対して$\emptyset \subset [0, \varepsilon]^N$かつ$|[0, \varepsilon]^N|=\varepsilon^N \lt \varepsilon.$

例(2) 可算集合は零集合である. 可算集合$\{a_n\}_{n=1}^{\infty}$に対して$0 \lt \varepsilon \lt 1$とすると
$$\{a_n\} \subset [a_n-\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}, a_n+\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}]^N$$
ゆえに
$$\{a_n\}_{n=1}^{\infty} \subset \bigcup_{n=1}^{\infty}[a_n-\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}, a_n+\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}]^N$$
かつ$$\sum_{n=1}^{\infty}|[a_n-\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}, a_n+\frac{\varepsilon}{3\cdot 2^{n-1}}]^N|=\frac{2\varepsilon^N}{3}\lt \varepsilon$$であるから.

例(3) 有理数全体の集合$\mathbb{Q}$は可算集合であることが知られている. ゆえに$\mathbb{Q}$は零集合である.

例(4) $N-1$次元の滑らかな曲面(座標平面上の滑らかな曲線, 座標空間上の滑らかな曲面など)は零集合である.

可測関数

関数$u:\mathbb{R}^N \to \mathbb{R}$が可測であるとは, 連続関数列$\{u_n\}$と, 或る零集合$\mathcal{N}$が存在して
$$\lim_{n \to \infty}u_n(x)=u(x), x \in \mathbb{R}^N-\mathcal{N}$$
が成り立つことである.

例(1) 連続関数$u$は可測関数である. 実際$\mathcal{N}=\emptyset, u_n=u$とすればよい.

例(2) 或る零集合$\mathcal{N}$を除いて連続な関数も可測関数である. やはり$u_n=u$とすればよい.

連続関数の台

連続関数$u:\mathbb{R}^N \to \mathbb{R}$について$u(x) \neq 0$となる$x \in \mathbb{R}^N$全体の集合の閉包
$\overline{\{x \in \mathbb{R}^N \mid u(x) \neq 0 \}}$
$u$の台(support)と言い, $\mathrm{supp}(u)$で表す. 台がコンパクトな連続関数全体の集合を$C_0$で表す.

台がコンパクトな連続関数は通常の意味でのリーマン積分が存在する.

ルベーグ積分は定義可能

関数$u:\mathbb{R}^N \to \mathbb{R}$に対して,

(1)或る零集合$\mathcal{N}$が存在して
$$\lim_{n \to \infty}u_n(x)=u(x), x \in \mathbb{R}^N-\mathcal{N}$$
(2)$$\lim_{m, n \to \infty}\int_{\mathbb{R}^N} |u_m(x)-u_n(x)|dx=0$$

を満たす関数列$\{u_n\}\subset C_0$について,

(L) $$\lim_{n \to \infty}\int_{\mathbb{R}^N}u_n(x)dx$$

が存在し, (L)は, (1)かつ(2)を満たす$\{u_n\}$の取り方に依らない.

連続関数列$\{u_n\}$が(1)かつ(2)を満たす時,
$$\left| \int_{\mathbb{R}^N}u_m(x)dx-\int_{\mathbb{R}^N}u_n(x)dx \right|$$
$$=\left| \int_{\mathbb{R}^N}(u_m(x)-u_n(x))dx \right|$$
$$\le \int_{\mathbb{R}^N}|u_m(x)-u_n(x)|dx$$
$$\to 0 \, (m, n \to \infty)$$
ゆえに数列$\{\int_{\mathbb{R}^N}u_n(x)dx\}$$\mathbb{R}$のコーシー列だから収束する. ゆえに(L)の極限が存在する. well-definednessについては詳しくは教えて頂きたい.

ルベーグ積分

関数$u:\mathbb{R}^N \to \mathbb{R}$に対して, 上の定理の(1), (2)を満たす列$\{u_n\}\subset C_0$が存在する時, $u$$\mathbb{R}^N$上でルベーグ可積分と言い, (L)の極限値を$u$のルベーグ積分と言う. この記事では$u$のルベーグ積分を

$$\int_{\mathbb{R}^N}u(x)dx$$

で表す.

上の定理とルベーグ積分の定義では条件(1)が課されているから$u$は可測関数としている. コンパクト集合で連続な関数はリーマン積分可能であるから, $C_0$の元に対してはリーマン積分とルベーグ積分が両方とも存在して等しい. ゆえにルベーグ積分は直観的には$|x|$が充分大きいと$0$になる連続関数のグラフ($|x|$が大きいとグラフの曲線(や曲面)が$x$-軸($x$-平面)に近づくグラフ)が定める$N+1$次元体積の「極限」である.

ルベーグ積分の性質

(1)$u, v$が可積分, $a, b$が実定数ならば, $au+bv$も可積分で
$$\int_{\mathbb{R}^N}(au(x)+bv(x))dx=a\int_{\mathbb{R}^N}u(x)dx+b\int_{\mathbb{R}^N}v(x)dx.$$

(2)$u$が可積分ならば$|u|$も可積分で
$$\left| \int_{\mathbb{R}^N}u(x)dx \right| \le \int_{\mathbb{R}^N}|u(x)|dx.$$

(3)或る零集合$\mathcal{N}$が存在して任意の$x \in \mathbb{R}^N-\mathcal{N}$に対して
$u(x) \le v(x)$ならば
$$\int_{\mathbb{R}^N}u(x)dx \le \int_{\mathbb{R}^N}v(x)dx.$$

(4)可測関数$u$について, $u$が可積分であることは$|u|$が可積分であることに同値である.

(5)$u$が可積分のとき, $$\int_{\mathbb{R}^N}u(x)dx=0$$と, 或る零集合$\mathcal{N}$が存在して$u(x)=0, x \in \mathbb{R}^N-\mathcal{N}$は同値である.

可測集合

$\mathbb{R}^N$の部分集合$A$に対して関数$\chi_A$
$$\chi_A(x)=\begin{cases} 1 &(x \in A) \\ 0 &(x \notin A) \end{cases}$$
で定める. $A$上で$1$であり$A$の外で$0$となる, 超平面$y=1$$A$でカットオフした関数である. $\chi_A$$A$の特性関数または定義関数という.

$\chi_A$が可測関数の時, $A$は可測集合という.

$A$が可測集合, $\chi_A$が可積分ならば$|A|=\int_{\mathbb{R}^N}\chi_A(x)dx,$
$\chi_A$が可積分でないならば
$|A|=\infty$
とおいて, $|A|$$A$のルベーグ測度という.

可測集合における積分

$A \subset \mathbb{R}^N$を可測集合, $u$$A$上の関数とする. $u\chi_A$が可積分の時$u$$A$で可積分と言い, この時
$$\int_A u(x)dx=\int_{\mathbb{R}^N}u(x)\chi_A(x)dx$$
によって$u$$A$上のルベーグ積分を定義する.

可測集合上のルベーグ積分の性質

定理2は$A$上のルベーグ積分に対しても成り立つ. また$A$が零集合であるとき, $A$上の可積分関数$u$について
$$\int_A u(x)dx=0.$$

ここで, リーマン積分では成り立たない, 関数列の極限の積分と, 関数列の積分の極限の順序変更についての定理をふたつ述べる. これは$L^p$-空間を母体とする多くの関数空間の完備性の根拠であり証明の本質である.

単調収束定理

$A$を可測集合, $\{u_n\}$$A$上の可積分関数列で
$0 \le u_1(x) \le u_2(x) \le … \le u_n(x) \le u_{n+1}(x) \le …$
かつ, 或る零集合$\mathcal{N}$と極限
$$\lim_{n \to \infty}u_n(x), x \in A-\mathcal{N}$$
が存在すれば
$$\lim_{n \to \infty}\int_A u_n(x)dx=\int_A \lim_{n \to \infty}u_n(x)dx.$$

$0 \lt x \lt 1$に対して
$1+x+x^2+…+x^n+…=1/(1-x)$
である. 開区間$(0, 1)$$1+x+x^2+…+x^n$に単調収束定理を使うと, $1$以上の自然数の逆数の和が発散することが得られる:
$1+1/2+1/3+…+1/(n+1)+…=\lim_{b \to 1-0}(-\log(1-b))-(\lim_{a \to 0+0}(-\log(1-a)))=\infty.$

ルベーグの収束定理

$A$は可測集合, $\{u_n\}$$A$上の可積分関数列で, 或る零集合$\mathcal{N}$と極限
$$\lim_{n \to \infty}u_n(x), x \in A-\mathcal{N}$$
が存在し, かつ$n$に依らない或る可積分関数$f$と或る零集合$\mathcal{N}'$が存在して
$|u_n(x)|\le f(x), x \in A-\mathcal{N}', n=1, 2, …$
が成り立つとする. この時
$$\lim_{n \to \infty}\int_A u_n(x)dx=\int_A \lim_{n \to \infty}u_n(x)dx.$$

$0 \lt x \lt 1$に対して
$1-x^2+x^4-x^6+…+(-1)^n x^{2n}+…=1/(1+x^2)$
である. $|1-x^2+x^4-x^6+…+(-1)^n x^{2n}| =|1(1-(-x^2)^n)/(1-(-x^2))| \le 2/(1+x^2)$
であるから, 開区間$(0, 1)$$1-x^2+x^4-x^6+…+(-1)^n x^{2n}$にルベーグの収束定理を使うと, ライプニッツの級数が得られる:
$1-(1/3)+(1/5)-(1/7)+…+(-1)^n 1/(2n+1)+…=\arctan(1)-\arctan(0)=\pi/4.$

次に, 上の『続き8』や 『(続き9)ナビエ-ストークス方程式の直観的議論の正当化の直観的議論 論法変更版 (12月20日 22:42 最終推敲)』 でも用いた, ルベーグ積分でのフビニの定理を述べる.

フビニの定理

$\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}$上の関数$u(x, y)$$\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}$上で可積分とする. このとき, 或る零集合$\mathcal{N}$が存在して, 任意の$x \in \mathbb{R}^{N_1}-\mathcal{N}$に対して$x$を固定すると$u(x, y)$$y$について$\mathbb{R}^{N_2}$上で可積分であり,
$$\int_{\mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dy$$
$x$について$\mathbb{R}^{N_1}$上で可積分であり
$$\int_{\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}}=\int_{\mathbb{R}^{N_1}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dy\right)dx.$$

$x$$y$の役割りを交換しても同様である. ゆえに
$$\int_{\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dxdy=\int_{\mathbb{R}^{N_1}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dy\right)dx=\int_{\mathbb{R}^{N_2}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_1}}u(x, y)dx\right)dy$$

が成り立つ.

実際にフビニの定理を適用できるか確認するにはトネリの定理を使うことが多い.

トネリの定理

$\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}$上の関数$u(x, y)$は可測とする.

$$\int_{\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}}|u(x, y)|dxdy, \int_{\mathbb{R}^{N_1}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_2}}|u(x, y)|dy\right)dx, \int_{\mathbb{R}^{N_2}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_1}}|u(x, y)|dx\right)dy$$

の少なくともひとつが有限ならば$u(x, y)$$\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}$上で可積分であり

$$\int_{\mathbb{R}^{N_1} \times \mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dxdy=\int_{\mathbb{R}^{N_1}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_2}}u(x, y)dy\right)dx=\int_{\mathbb{R}^{N_2}}\left(\int_{\mathbb{R}^{N_1}}u(x, y)dx\right)dy$$

が成り立つ.

最後に, $C_0$$L^1$(集合としては雑に言うとルベーグ可積分関数全体)で$L^1$の位相で稠密, すなわち, 任意の$\varepsilon \gt 0$と任意の$f \in L^1$に対して或る$u \in C_0$が存在して
$$\int_{\mathbb{R}^N}|u(x)-f(x)|dx \lt \varepsilon$$
であるから, これは通常のルベーグ積分の定義と一致する.

自己共役作用素のスペクトル分解などでは測度論に基づくルベーグ積分が必要だが, 初歩はこんな理解でもいいだろう.

[追記] 変数$x \in \mathbb{R}^N$について与えられた命題$P(x)$が零集合$\mathcal{N}$を除いて成り立つ時, すなわち任意の$x \in \mathbb{R}^N-\mathcal{N}$に対して$P(x)$が成り立つ時, $P(x)$$\mathbb{R}^N$の殆んど至る所(almost everywhere, a.e.)で成り立つと言う. 例えば$\mathbb{R}$上の ディリクレ関数 ($x$が有理数の時$1,$ 無理数の時$0$の関数)は殆んど至る所で$0$である. 本記事では零集合を明記したほうがわかりやすい気がしたのでこの用語を使わなかった.

参考文献

[1]
谷島賢二, 新版 ルベーグ積分と関数解析, 11
[2]
黒田成俊, 関数解析, 264
[3]
猪狩惺, 実解析入門, 328
投稿日:20221218
更新日:15

投稿者

研究の記事の他に, 発見シリーズ, 行間シリーズ, 超入門シリーズも書いています. 北田均『数理解析学概論』新訂版序文の「ほぼ独学と思われる熱心な読者」, 結城浩『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』あとがきの「類太郎」. 指摘を受けたり自分で誤りに気付いて, 後から訂正することも多々あります. 寛容な目で温かい目で見て頂きたいです. コメント欄は事実でないコメントや侮辱あるいは中傷のコメントで荒らされておりPTSDになったので見ていません. 何かあればXのDMやリプでご連絡を下さい. 悪意のあるきつい言い方をされることが多々ありますが, それさえしなければ指摘については真摯に対応したいです. 普通のご指摘でも私は人間なので必ずしもすぐには対応できないことはご理解ください. 数式, 特に偏微分方程式が好き. 多変数複素解析のヘルマンダーの方法:複素多様体における外微分 d を d=∂′+∂′′ とするとき‚ 既知微分形式 f と未知微分形式 u について ∂′′u=f (ディーバー方程式)の可解性で諸問題を考える方法, 複素多様体における微分幾何として複素モンジュ-アンペール方程式の解の存在, 代数解析の偏微分方程式への応用でも何かを遺したいです.

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