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解説大学数学以上
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距離空間の完備化について 直観的意味と構成 改訂版 (4月27日 15:50 改訂)

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『ナビエ-ストークス方程式の解の存在と一意性の直観的議論および滑らかさ』 では, 論理展開の都合上, ソボレフ空間を或るノルム空間の完備化として定義した. ここでは吉田耕作の『Functional Analysis』に書かれてある擬ノルム空間の完備化の構成を参考に, 『新訂版 数理解析学概論』に書かれてある簡単な証明の再改訂版まで述べる.

$\sqrt{2}$は有理数全体の集合$\mathbb{Q}$の要素ではないが, $\sqrt{2}$の小数第$n+1$位以下を切り捨てて作った数列$\{s_n\}$$\mathbb{Q}$の要素の列で, 極限は$\mathbb{Q}$の中には存在しないが, 実数全体の集合$\mathbb{R}$の中で極限を考えると$\sqrt{2}$に収束する. また収束は絶対値から定まる距離によって考えられている. さらに, 任意の自然数$N \ge 1$に対して
$$|s_m-s_n|\lt \frac{1}{10^N}$$
としたければ$m, n \ge N+1$とすればよい. 例えば
$$|1.41-1.4|=0.01\lt 0.1=\frac{1}{10^1}$$
$$|1.414-1.41|=0.003\lt 0.01=\frac{1}{10^2}$$
$$|1.4142-1.414|=0.0002\lt 0.001=\frac{1}{10^3}$$
このように, 番号が十分大きいと互いに近い数列をコーシー列という. 収束列はコーシー列である. 例えば$\mathbb{R}$において
$|s_m-s_n|$
$=|s_m-\sqrt{2}+\sqrt{2}-s_n|$
$\le |s_m-\sqrt{2}|+|\sqrt{2}-s_n|$
$\to 0 \, (m, n \to \infty)$
しかし, $\mathbb{Q}$においてはコーシー列は存在するが任意のコーシー列が収束する訳ではない(収束するコーシー列, 例えば, 一定の有理数の列, はあるが). 任意のコーシー列が収束する距離空間を完備距離空間という. 任意の距離空間$S$には, それを自然に稠密に含まれる部分集合とみなせる完備距離空間$\bar{S}$が一意に存在し, $\bar{S}$を完備化という. 例えば$\mathbb{Q}$の完備化は$\mathbb{R}$である. $S$の完備化とは$S$の全てのコーシー列の極限を$S$に付け加えて作られる距離空間である.

厳密に定義を述べる. 以下, $S$を距離空間, $d_S$$S$の距離とする.

コーシー列

$S$の点列$\{s_n\}_{n=1}^\infty$がコーシー列であるとは, 任意の$\varepsilon \gt 0$に対して或る自然数$N_\varepsilon$が存在して, 任意の自然数$m, n \gt N_\varepsilon$に対して$d_S(s_m, s_n) \lt \varepsilon$
となることである.

収束

$S$の点列$\{s_n\}_{n=1}^\infty$$s \in S$に収束するとは, 任意の$\varepsilon \gt 0$に対して或る自然数$N_\varepsilon$が存在して, 任意の自然数$n \gt N_\varepsilon$に対して$d_S(s_n, s) \lt \varepsilon$
となることである. この$s$は存在すれば一意的なので$s=\lim_{n \to \infty}s_n$と書く.

完備化の存在と一意性

$S$において, そのコーシー列$\{s_n\}_{n=1}^\infty$, $\{t_n\}_{n=1}^\infty$の間に同値関係$\sim$
$\{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{t_n\}_{n=1}^\infty :⇔ \lim_{n \to \infty}d_S(s_n, t_n)=0$
と定義し, $\bar{S}$$\{s_n\}_{n=1}^\infty$の同値類$[\{s_n\}_{n=1}^\infty]$の成す集合とおく. $\bar{S}$に距離
$d([\{s_n\}_{n=1}^\infty], [\{t_n\}_{n=1}^\infty])=\lim_{n \to \infty}d_S(s_n, t_n)$
を定めると$\bar{S}$は完備距離空間であり, $S$の要素に, それから成る定点列を対応させる単射埋め込み写像
$S \ni s \mapsto [\{s\}_{n=1}^\infty] \in \bar{S}$
によって$S$の要素を$\bar{S}$の要素と考えると$\bar{S}$$S$の完備化である. また完備化は$S$を稠密に含む完備距離空間で互いに(距離空間として)同型な物を同一視すると一意的である.

$\sim$$S$のコーシー列全体の集合の同値関係である. 実際,
$d_S(s_n, s_n)=0,$
$d_S(t_n, s_n)=d_S(s_n, t_n),$
$d_S(s_n, r_n) \le d_S(s_n, t_n)+d_S(t_n, r_n),$
だから$\{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{s_n\}_{n=1}^\infty$,
$\{t_n\}_{n=1}^\infty \sim \{s_n\}_{n=1}^\infty \Rightarrow \{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{t_n\}_{n=1}^\infty$,
$\{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{t_n\}_{n=1}^\infty$かつ$\{t_n\}_{n=1}^\infty \sim \{r_n\}_{n=1}^\infty \Rightarrow \{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{r_n\}_{n=1}^\infty.$

コーシー列$\{s_n\}_{n=1}^\infty$の同値類$[\{s_n\}_{n=1}^\infty]$$\{s_n\}_{n=1}^\infty$の「極限」である. これは$\bar{S}$において$\{s_n\}_{n=1}^\infty$$s$に「収束」し$\{t_n\}_{n=1}^\infty$$t$に「収束」し$\{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{t_n\}_{n=1}^\infty$ならば, $\{s_n\}_{n=1}^\infty \neq \{t_n\}_{n=1}^\infty$であっても三角不等式より
$d(s, t)\le d(s, s_n)+d(s_n, t_n)+d(t_n, t) \to 0\, (n \to \infty)$
ゆえに$s=t$だからである. それぞれの同値類の代表するコーシー列が同値であれば, 列として異なっていても, 「極限」は一致するのである. 極限の一意性:$\{s_n\}_{n=1}^\infty$$s, t$に「収束」するなら$s=t$であることについては, $s\neq t$ならば$s$$t$の距離を$R$とすると$s$$R/2$近傍と$t$$R/2$近傍は交わらないが, $n$が十分大きなとき$s_n$が双方の共通部分すなわち空集合に属するからである.

また$\bar{S}$の距離$d$は代表元の取り方に依らない. 三角不等式より$\{s_n\}_{n=1}^\infty \sim \{s'_n\}_{n=1}^\infty$, $\{t_n\}_{n=1}^\infty \sim \{t'_n\}_{n=1}^\infty$のとき
$d_S(s_n, t_n) \le d_S(s_n, s'_n)+d_S(s'_n, t'_n)+d_S(t'_n, t_n)$
ゆえに
$d_S(s_n, t_n) - d_S(s'_n, t'_n)\le d_S(s_n, s'_n)+d_S(t'_n, t_n)$
同様に
$d_S(s'_n, t'_n) \le d_S(s'_n, s_n)+d_S(s_n, t_n)+d_S(t_n, t'_n)$
だから
$d_S(s'_n, t'_n) - d_S(s_n, t_n)\le d_S(s_n, s'_n)+d_S(t_n, t'_n)$
ゆえに
$|d_S(s_n, t_n) - d_S(s'_n, t'_n)|\le d_S(s_n, s'_n)+d_S(t_n, t'_n)$
が成り立つゆえ, $\lim_{n \to \infty}d_S(s_n, t_n)=\lim_{n \to \infty}d_S(s'_n, t'_n)$だからである.

『新訂版 数理解析学概論』の解答の行間を埋め吉田耕作の『Functional Analysis』により解答を訂正

$S$のコーシー列の同値類の列$\{[\{s_n^{(k)}\}_{n=1}^\infty]\}_{k=1}^\infty$$\bar{S}$のコーシー列と仮定して, これが$\bar{S}$の或る要素に収束することを示せば$\bar{S}$の完備性が言える. このとき$\bar{S}$およびその距離から
$d([\{s_n^{(k)}\}_{n=1}^\infty], [\{s_n^{(\ell)}\}_{n=1}^\infty])=\lim_{n \to \infty}d_S(s_n^{(k)}, s_n^{(\ell)})=\lim_{m, n \to \infty}d_S(s_m^{(k)}, s_n^{(\ell)}) \to 0 \, (k, \ell \to \infty).$

$d([\{s_{n}^{(k)}\}_{n=1}^\infty], s_{n_k}^{(k)})=\lim_{n \to \infty}d_S(s_n^{(k)}, s_{n_k}^{(k)}) \lt 1/k$
を満たす列$\{s_{n_k}^{(k)}\}_{k=1}^\infty$を取れば, 任意の$\varepsilon \gt 0$に対して或る自然数$N_\varepsilon$が存在して$k, \ell\gt \max\{N_\varepsilon, 1/\varepsilon\}$ならば$d(s_{n_k}^{(k)}, s_{n_\ell}^{(\ell)}) \le d(s_{n_k}^{(k)}, [\{s_n^{(k)}\}_{n=1}^{\infty}])+d([\{s_n^{(k)}\}_{n=1}^{\infty}], [\{s_n^{(\ell)}\}_{\ell =1}^{\infty}])+d([\{s_n^{(\ell)}\}_{\ell =1}^{\infty}]), s_{n_\ell}^{(\ell)}) \lt 1/k+\varepsilon+1/\ell \lt 3\varepsilon$となる. ゆえに$\{s_{n_\ell}^{(\ell)}\}_{\ell =1}^\infty$$\bar{S}$のコーシー列, ゆえに$S$のコーシー列である. これより同値類$E=[\{s_{n_\ell}^{(\ell)}\}_{\ell =1}^\infty]$を作ると, 作り方より$k \gt \max\{N_\varepsilon, 1/\varepsilon\}$ならば$d([\{s_{\ell}^{(k)}\}_{\ell =1}^\infty], E)=\lim_{\ell \to \infty}d_S(s_{\ell}^{(k)}, s_{n_\ell}^{(\ell)}) \le \lim_{\ell \to \infty}(d_S(s_{\ell}^{(k)}, s_{n_k}^{(k)})+d_S(s_{n_k}^{(k)}, s_{n_\ell}^{(\ell)}) \le \varepsilon+3\varepsilon = 4\varepsilon$となる. 従ってコーシー列$\{[\{s_n^{(k)}\}_{n=1}^\infty]\}_{k=1}^\infty$$\bar{S}$において$E \in \bar{S}$に収束し, $\bar{S}$は完備である.

他に完備化$\hat{S}$があれば$S$のコーシー列$\{s_n\}_{n=1}^\infty$に対して
$s=\lim_{n \to \infty, \mathrm{in}\,{\bar{S}}}s_n \in \bar{S}$, $s'=\lim_{n \to \infty, \mathrm{in}\,{\hat{S}}} \in \hat{S}$とするとき写像$f:\bar{S} \ni s \mapsto s' \in \hat{S}$を定義する. $s_i=\lim_{n \to \infty, \mathrm{in}\,{\bar{S}}}s_{i, n} \in \bar{S}\,(i=1, 2)$とする.

$d(s_1, s_2)\le d(s_1, s_{1,n})+d(s_{1,n}, s_{2,n})+d(s_{2,n}, s_2),$
$d(s_{1,n}, s_{2,n})\le d(s_{1,n}, s_1)+d(s_1, s_2)+d(s_2, s_{2,n}),$
よって$\lim_{n \to \infty}d(s_{1,n}, s_{2,n})=d(s_1, s_2).$ 同様に$\lim_{n \to \infty}d(s_{1,n}, s_{2,n})=d(s_1', s_2').$

これを用いて
$d(f(s_1), f(s_2))=d(s_1', s_2')=\lim_{n \to \infty}d(s_{1, n}, s_{2, n})=d(s_1, s_2)$となるから等長写像が単射であり$f$が全射であることより$\hat{S}$$\bar{S}$は距離空間として同型である.

ご参考になれば幸いです. 読んでいただきありがとうございました.

参考文献

投稿日:43
更新日:427

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収入が少ないので, Mathlogのお金を支払う機能で支援してくだされば幸いです. 研究の記事の他に, 発見シリーズ, 行間シリーズ, 超入門シリーズも書いています. 北田均『数理解析学概論』新訂版序文の「ほぼ独学と思われる熱心な読者」, 結城浩『数学ガールの秘密ノート/行列が描くもの』あとがきの「類太郎」. 指摘を受けたり自分で誤りに気付いて, 後から訂正することも多々ある. 寛容な目で温かい目で見て頂きたい. 何かあればご連絡を頂きたい. 悪意のあるきつい言い方をされたことも多々あったが, それさえしなければ指摘には真摯に対応したい. 数式, 特に偏微分方程式が好き. 多変数複素解析のヘルマンダーの方法:複素多様体における外微分 d を d=∂′+∂′′ とするとき‚ 既知微分形式 f と未知微分形式 u について ∂′′u=f (ディーバー方程式)の可解性で諸問題を考える方法, 複素多様体における微分幾何として複素モンジュ-アンペール方程式の解の存在, 代数解析の偏微分方程式への応用でも何かを遺したい.

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