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現代数学解説
文献あり

成分の入れ替えで互いに移りあうℂ^nの点を同一視した空間が、元のℂ^nと同相になることの証明

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今回は、$n$次対称群$\mathfrak{S}_n$を、成分の入れ替えによって$\mathbb{C}^n$に作用させて得られる商空間$\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$が、$\mathbb{C}^n$に同相となることを複素解析を利用して証明する方法について解説します。

これはもう少し噛み砕いて言うと、$n$個の成分の入れ替えで互いに移りあうような$\mathbb{C}^n$の元たちを同一視して得られる空間と、もとの$\mathbb{C}^n$が同相になるということですね。

今回の証明の鍵は、次のRoucheの定理と呼ばれる有名な複素解析の定理です。

Roucheの定理

$D\subset \mathbb{C}$を、区分的$C^1$境界$\partial D$をもつ単連結有界領域とする。
また、$f,g$を、$D$の閉包$\bar{D}$の近傍で定義された正則関数とする。
このとき、
$$|f(z)-g(z)|<|f(z)|, \quad \forall z\in \partial D$$を満たすならば、$D$内の$f$$g$の零点の位数の合計はそれぞれ等しい。

Roucheの定理の証明は、複素解析の本を参照してください。

証明では、偏角の原理が本質的です。

直感的には、$f$$\partial D$上で動かして得られる曲線の、原点の周りの回転数が、定理の条件を満たしていれば、$g$$\partial D$上で動かして得られる曲線の原点の周りの回転数と等しくなるということです。

そして、これらの曲線の原点の周りの回転数は、偏角の原理より、それぞれ$f,g$$D$内の零点の個数になるのでした。

なお、英語版のRoucheの定理のwikipedia  https://en.wikipedia.org/wiki/Rouch%C3%A9%27s_theorem
には、Roucheの定理の主張の以下のような分かりやすいたとえが載っています。

If a person were to walk a dog on a leash around and around a tree, such that the distance between the person and the tree is always greater than the length of the leash, then the person and the dog go around the tree the same number of times.

上の定理の記号を使うと、人の足跡が$f$$\partial D$を合成した曲線、犬の足跡が$g$$\partial D$を合成した曲線、木が$0$、リードの長さが$|f-g|$に対応しています。

それでは、今回の本題を証明しましょう。

$\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$$\mathbb{C}^n$が同相になること

$n$次対称群$\mathfrak{S}_n$を、成分の入れ替えによって$\mathbb{C}^n$に作用させて得られる商空間を$\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$とすると、$\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}\approx \mathbb{C}^n$

まず、成分の入れ替えで移りあうような$\mathbb{C}^n$の元たちを、一点につぶすような上手い連続写像$\varphi :\mathbb{C}^n\to \mathbb{C}^n$を考え、同相写像$\tilde{\varphi}:\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n} \to \mathbb{C}^n$をひきおこして構成する。そのような上手い写像は、$(\zeta_1,\cdots \zeta_n)\in \mathbb{C}^n$に対し、$\zeta_1,\cdots \zeta_n$を根に持つような$n$次多項式$(z-\zeta_1)\cdots (z-\zeta_n)=z^n+c_1z^{n-1}+\cdots c_n$の係数として、$\varphi (\zeta_1,\cdots \zeta_n)=(c_1,\cdots c_n)\in \mathbb{C}^n$で定めるとよい。以下で見るように、この$\varphi$が連続な全単射$\tilde{\varphi}:\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n} \to \mathbb{C}^n$をひきおこすことは易しい。問題は、逆写像の連続性であり、これを証明するためにRoucheの定理を用いる。

上で定めた係数$c_1,\cdots c_n$は、$\zeta_1,\cdots \zeta_n$らの多項式の形で表されるため、$\varphi$は明らかに連続写像である。$\varphi$の全射性も、代数学の基本定理から明らかである。また、$(\zeta_1,\cdots \zeta_n),(\zeta_1',\cdots \zeta_n')\in \mathbb{C}^n$とする。

このとき、ある$\sigma \in \mathfrak{S}_n$が存在して$(\zeta_1,\cdots \zeta_n)=(\zeta_{\sigma (1)}',\cdots \zeta_{\sigma(n)}')$となることと、$(z-\zeta_1)\cdots (z-\zeta_n)=(z-\zeta_1')\cdots (z-\zeta_n')$となること、すなわち、$\varphi (\zeta_1,\cdots \zeta_n)=\varphi (\zeta_1',\cdots \zeta_n')$となることは同値である。

したがって、$\varphi$は連続な全単射$\tilde{\varphi}:\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n} \to \mathbb{C}^n$をひきおこす。

あとは、逆写像$\psi\coloneqq\tilde{\varphi}^{-1}:\mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$の連続性を示す。

各点$(c_1,\cdots c_n)\in \mathbb{C}^n$で連続であることを示す。$\psi(c_1,\cdots c_n)=[(a_1,\cdots a_n)]\in \mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$とおく。ここで、$[(a_1,\cdots a_n)]$は、$(a_1,\cdots a_n)\in \mathbb{C}^n$の同値類とする。
つまり、$n$次多項式関数を$f(z)=z^n+c_1z^{n-1}+\cdots c_n$とおくと、$f(z)=(z-a_1)\cdots (z-a_n)$と因数分解されるとする。

$U\subset \mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$$[(a_1,\cdots a_n)]$の開近傍とする。自然な連続全射を$p:\mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n}$とおくと、このとき$p^{-1}(U)$$(a_1,\cdots a_n)$$\mathbb{C}^n$での開近傍である。よって、ある$\epsilon >0$が存在し、$\lbrace (\zeta_1,\cdots ,\zeta_n)\in \mathbb{C}^n \ | \ \forall i=1,\cdots n:|a_i-\zeta_i|<\epsilon \rbrace \subset p^{-1}(U)$となる。
これより、$$B_{\epsilon}\coloneqq \lbrace [(\zeta_1,\cdots ,\zeta_n)]\in \mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n} \ | \ \forall i=1,\cdots n:|a_i-\zeta_i|<\epsilon \rbrace$$とおくと、これは$[(a_1,\cdots a_n)]\in B_{\epsilon}\subset U$なる$[(a_1,\cdots a_n)]$の開近傍である。
そこで、$(c_1,\cdots c_n)$$\psi$が連続であることを示すには、次のことを示せばよい。

ある$\delta >0$が存在し、任意の$g(z)=z^n+d_1z^{n-1}+\cdots +d_n=(z-b_1)\cdots (z-b_n)$$\forall i :|c_i-d_i|<\delta$を満たすならば、$[(b_1,\cdots ,b_n)]\in B_{\epsilon}$となる。

$[(b_1,\cdots ,b_n)]\in B_{\epsilon}$となるとは、ある$\sigma \in \mathfrak{S}_n$によって成分を入れ替えれば、$\forall i:|a_i-b_{\sigma(i)}|<\epsilon$となるということである。

ここで、$a_1',\cdots,a_l'$を、$f$の重複を許した根$a_1,\cdots a_n$の内の相異なる根とし、それぞれ位数を$m_1,\cdots,m_l\in \mathbb{N}$とおくと、$m_1+\cdots m_l=n$である。

さらに、開円盤$\triangle (a_1',\epsilon),\cdots,\triangle (a_l',\epsilon)$らが互いに素になるように、十分小さい$\epsilon >0$にしておく。

$j=1,\cdots, l$を固定する。$z\in \partial \triangle (a_j',\epsilon)$のとき、
\begin{align} |f(z)-g(z)|=|(c_1-d_1)z^{n-1}+\cdots +(c_n-d_n)| &\leq \sum_{i=1}^{n}|c_i-d_i||z|^{n-i} \\ &< \delta \sum_{i=1}^{n}(|a_j'|+\epsilon)^{n-i} \end{align}
と評価できる。そこで、$C_j=\sum_{i=1}^{n}(|a_j'|+\epsilon)^{n-i}>0$とおき、$C=\min \lbrace C_1,\cdots, C_l \rbrace >0$とする。

また、$\partial \triangle (a_j',\epsilon)$はコンパクト集合なので、$|f(z)|$$\partial \triangle (a_j',\epsilon)$上での最小値が存在し、それを$\rho_j$とおく。$\epsilon$の取り方より、$\partial \triangle (a_j',\epsilon)$上に$f(z)$の零点は存在しないので、$\rho_j >0$である。$\rho=\min \lbrace \rho_1,\cdots, \rho_l \rbrace >0$とする。

以上より、$\delta <\rho /C$としておけば、任意の$j=1,\cdots, l$に対し、$\partial \triangle (a_j',\epsilon)$上で、$|f(z)-g(z)|<\rho C_j/C \leq \rho \leq |f(z)|$となる。

よって、Roucheの定理より、任意の$j=1,\cdots, l$に対し、$\triangle (a_j',\epsilon)$内の$g(z)$の零点の位数の合計は、$a_j'$の位数$m_j$に一致する。

そこで、$\triangle (a_j',\epsilon)$内の$g(z)$の零点を(重複を許して)$b_{k_1},\cdots,b_{k_{m_j}} \ (1\leq k_1<\cdots< k_{m_j}\leq n)$と書き、$$\lbrace i=1,\cdots,n \ | \ a_i=a_j' \rbrace = \lbrace a_{i_1},\cdots,a_{i_{m_j}} \rbrace \ (1\leq i_1<\cdots < i_{m_j}\leq n)$$と書くことにする。

このとき、ある$\sigma \in \mathfrak{S}$が存在して、$b_1,\cdots,b_n$の添え字を入れ替えて、$$i_1=\sigma (k_1),\cdots,i_{m_j}=\sigma(k_{m_j})$$
となるようにできる。

こうすれば、任意の$i=1,\cdots,n$に対し、$|a_i-b_{\sigma(i)}|<\epsilon$となるので、$[(b_1,\cdots ,b_n)]=[(b_{\sigma(1)},\cdots ,b_{\sigma(n)})]\in B_{\epsilon}$となる。

よって、$\psi =\tilde{\varphi}^{-1}$は、点$(c_1,\cdots c_n)\in \mathbb{C}^n$で連続なので、連続写像である。

以上で、$\tilde{\varphi}:\mathbb{C}^n/\mathfrak{S_n} \to \mathbb{C}^n$が同相写像であることが示された。(証明終)

上の証明で見たように、$n$個の成分を入れ替えたもの同士を同一視するということを、それら$n$個の成分を$n$次多項式の根に対応させるという見方で捉え直すわけです。

そのとき、多項式の係数に関する根の連続性が成り立つということをRoucheの定理を使って示しているのがポイントになっています。

今回はこれで終わりたいと思います。お疲れ様でした。

参考文献

投稿日:20231118
更新日:20231118

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