前回の記事
では、ピタゴラス数を求める問題を$\Q(i)$上の方程式
$$
|z|=1
$$
と捉え、これがコホモロジーの等式
$$
H^1(\operatorname{Gal}(\Q(i)/\Q),\Q(i)^\times)=1
$$
から解けるということを扱いました。
今回は、この方法をより一般の場合に拡張し、ヒルベルトの定理90を証明します。
絶対値が$1$の$\Q(i)$の元は$w\in \Q(i)^\times$を用いて$w/\overline w$と書けるという主張は、以下のように示せるのでした。
$w=x+\overline x z$なる$w,x\in \Q(i)^\times$がとれ,このとき
$$
\begin{aligned}
\overline w&=z^{-1}w\\
z&=w/{\overline w}
\end{aligned}
$$
この証明を幾つかのステップに分けて、各ステップを一般化していきます。
前回の証明における、$x$の存在性はデデキントの補題として一般化されます。
$G$を群,$K$を体, $\chi_1,\ldots,\chi_n\colon G\to K^\times$を相異なる準同型とする.
$a_1,\ldots,a_n\in K$に対して,
$$
\forall g\in G\,\sum_{i=1}^n a_i\chi_i(g)=0
$$
ならば
$$
a_1=\cdots=a_n=0
$$
数学的帰納法で示す.
$n=1$のとき, 任意の$g\in G$に対して$\chi_1(g)\neq 0$なので明らかである.
$n=k$での成立を仮定する. $n=k+1,\forall g\in G(\sum _{i=1}^na_i\chi_i(g)=0)$のとき, $\chi_1(h)\neq \chi_n(h)$なる$h\in G$を固定すると, 任意の$g\in G$に対して
$$
\begin {aligned}
\sum_{i=1}^{n-1}a_i(1-\chi_n(h)^{-1}\chi_i(h))\chi_i(g)
&=\sum_{i=1}^{n}a_i(1-\chi_n(h)^{-1}\chi_i(h))\chi_i(g)\\
&=-\chi_n(h)^{-1}\sum_{i=1}^na_i\chi_i(hg)
\\
&=0
\end {aligned}
$$
なので, 帰納法の仮定より$a_1(1-\chi_1(h)\chi_n(h)^{-1})=0$であり, $\chi_1(h)\neq \chi_n(h)$なので$a_1=0$である. 従って帰納法の仮定より, $a_1=a_2=\cdots=a_n=0$である.
よって, 主張は$n=k+1$のときも成立し, 数学的帰納法により, 任意の$n$に対して示された. (証明終)
前回の証明では$x+\overline xz$という数を考え、その共役をとりましたが、この数の正体は何なのでしょうか?この手法は一般化できるのでしょうか?
$L=\Q(i),K=\Q,\sigma\in G=\operatorname{Gal}(L/K)$とします。
コホモロジーへの言い換えでは、$|z|=1$なる$z\in \C(i)^\times$は、$\varphi(\sigma)=z$なる$\varphi \in Z^1(G,L^\times)$に対応するのでした。このとき、$x\in L^\times$に対して、$w=x+\overline x z\neq 0$は
$$w=\sum_{\tau\in G}\tau(x)\varphi(\tau)\neq 0$$
と書くことができます。デデキントの補題の対偶より、このような$x$は存在します。ここで、$\varphi$が$1$-サイクルであることから
$$
\sigma(\varphi(\tau))=\varphi(\sigma)^{-1}\varphi(\sigma\tau)
$$
が成り立つので
$$
\begin {aligned}
\sigma(w)&=\sum _{\tau\in G}\sigma(\tau(x))\sigma(\varphi(\tau))\\
&=\varphi(\sigma)^{-1}\sum _{\tau\in G}(\sigma\tau)(x)\varphi(\sigma\tau)\\
&=\varphi(\sigma)^{-1}\sum _{\tau\in G}\tau(x)\varphi(\tau)\\
&=\varphi(\sigma)^{-1}w\\
\varphi(\sigma)&=w\sigma(w)^{-1}
\end {aligned}
$$
となり、特に$\sigma$を複素共役とすれば$z=w/\overline w$が得られます。
この式変形は、一般の有限次ガロア拡大$L/K$に対して成り立ちます。つまり、$G=\operatorname{Gal}(L/K),\varphi\in Z^1(G,L^\times)$とし、上記の通りに$w$を定めれば
$$
\forall \sigma\in G\,(\varphi(\sigma)=w\sigma(w)^{-1})
$$
であり、従って
$$\varphi\in B^1(G,L^\times)$$
となります。よって
$$
Z^1(G,L^\times)=B^1(G,L^\times)
$$
であり、纏めると
$L/K$を有限次ガロア拡大とするとき
$$H^1(\operatorname{Gal}(L/K),L^\times)=1$$
を得ます。
ヒルベルトの定理$90$のコホモロジー版は、一般の有限次ガロア拡大に対して成り立つことを確認しましたが、ノルムを使った本来の主張はさらに巡回拡大であることを要求します。
$L/K$を$n$次巡回拡大とし、$G=\operatorname{Gal}(L/K)=\langle\sigma\rangle$とします。
$N_{L/K}(z)=1$なる$z\in L$に対して、$\varphi(\sigma)=z$なる$\varphi \in Z^1(G,L^\times)$が存在する
$i\geq 1$のとき
$$
\begin {aligned}
\prod_{k=0}^{i+n-1}\sigma^k(z)
&=\left (\prod _{k=0}^{i-1}\sigma^k(z)\right )\left (\prod _{k=0}^{n-1}\sigma^{i+k}(z)\right )\\
&=\left (\prod _{k=0}^{i-1}\sigma^k(z)\right )\sigma^i(N_{L/K}(z))\\
&=\prod _{k=0}^{i-1}\sigma^k(z)
\end {aligned}
$$
なので, $\varphi\colon G\to L^\times$を
$$
\varphi(\sigma^i)=\prod_{k=0}^{i-1}\sigma^k(z)\quad(i\geq 1)
$$
により定めることができる. このとき
$$\begin {aligned}
\varphi(\sigma^i)\sigma^i(\varphi(\sigma^j))&=\left (\prod_{k=0}^{i-1}\sigma^k(z)\right )\left (\prod _{k=0}^{j-1}\sigma^{i+k}(z)\right )\\
&=\prod _{k=0}^{i+j-1}\sigma^k(z)\\
&=\varphi(\sigma^{i+j})
\end {aligned}
$$
より$\varphi$は$1$-コサイクルであり, $\varphi(\sigma)=z$より示された. (証明終)
これで、ヒルベルトの定理90を証明するための道具が揃いました。
$$N_{L/K}(z)=1 \Leftrightarrow \exists w\in L^\times,\,z=w\sigma(w)^{-1} $$
($\Leftarrow$)は明らかなので, ($\Rightarrow$)を示す.
補題3より, $\varphi(\sigma)=z$なる$1$-コサイクル$\varphi$がとれるが, ヒルベルトの定理90(コホモロジー版)より$\varphi$は$1$-コバウンダリである.
従って$\varphi=d^1(\psi)$なる$\psi\in Z^0(G,L^\times)$がとれる.
このとき$w=\psi(*)^{-1}$とおくと
$z=d^1(\psi)(\sigma)=\sigma(w^{-1})(w^{-1})^{-1}=w\sigma(w)^{-1}$.
(証明終)
ヒルベルトの定理90は、当然、コホモロジーを使わなくても、より短い手順で示すことができます。しかし、コホモロジーを使うと、証明の手順が細分化されていくのが、浅学ながら面白いと思いました。以上です。