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MSW公式の証明について

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要約

MSW公式の連結和法による証明は、多重ゼータ値の反復積分表示の(ふつうの)証明の離散化とみなせる。

MSW公式とは

インデックスk=(k1,,kr)に対し、その累積和を
k(0)=0,k(i)=k1+k2++ki
で表す。kr2のとき、多重ゼータ値ζ(k)が以下のような反復積分表示を持つことはよく知られている:
ζ(k)=0<n1<<nr1n1k1nrkr=0<t1<t2<<tk(r)<1i=0r1dtk(i)+11tk(i)+1dtk(i)+2tk(i)+2dtk(i+1)tk(i+1).
つい最近(2024年)、この反復積分表示の離散化が発見された。

Maesaka-Seki-Watanabe (arXiv: 2402.05730)

正整数Nに対し、以下のようにζ<N(k)およびζ<N(k)を定める:
ζ<N(k)=0<n1<<nr<N1n1k1nrkr,
ζ<N(k)=Δi=0r11Nak(i)+11ak(i)+21ak(i+1).
ただしΔは不等式
0<a1ak(1)k1<ak(1)+1ak(2)k2<<ak(r1)+1ak(r)kr<N
を満たす整数列(a1,,ak(r))全体を表す。このとき
ζ<N(k)=ζ<N(k)
が成り立つ。

多重ゼータ値の反復積分表示は項別積分するだけで素直に示すことができる。それに対して定理1(以下MSW公式と呼ぶ)の原論文での証明は連結和法を利用していて、証明方法が全く異なるように見える。ところが実はそんなことはなくて、MSW公式の連結和法による証明は、まさに反復積分表示の証明の離散化になっている、ということを以下で述べたい。

反復積分表示の証明

多重ゼータ値の反復積分表示の標準的な証明では次の簡単な事実を用いる。

正整数mおよび実数s>0に対して
0<t<stmdtt=1msm.
また、非負整数mおよび実数0<s<1に対して
0<t<stmdt1t=m<n1nsn.

この補題を繰り返し使えば反復積分表示を示すことができる。例えばk=(2,3)の場合の証明は次のようになる:
0<t1<t2<t3<t4<t5<1dt11t1dt1t2dt31t3dt4t4dt5t5=0<n11n10<t2<t3<t4<t5<1t2n1dt2t2dt31t3dt4t4dt5t5=0<n11n120<t3<t4<t5<1t3n1dt31t3dt4t4dt5t5=0<n1<n21n12n20<t4<t5<1t4n2dt4t4dt5t5=0<n1<n21n12n220<t5<1t5n2dt5t5=0<n1<n21n12n23=ζ(2,3).

MSW公式の証明

上の証明を離散化するために、下降冪
xm=x(x1)(xm+1),x0=1
を考える。このとき整数N2に対し、次のようなアナロジーが存在する:

連続離散
0<t<1aN (a=1,2,,N1)
dt1N
dt1t1Na
dtt1a
tmam(N1)m

上から5行目まではすぐに納得できるが、最後の行は非自明だと思う。例えば次の補題は等式11t=0<mtm1の離散類似である。

正整数a<Nに対して
NNa=0<m<Nam1(N1)m1.

右辺をF(N,a)とおくと
F(N+1,a+1)=1+a+1NF(N,a)
が成り立つことが簡単にわかる。これとF(N,1)=11(1/N)を合わせることで帰納的にF(N,a)=11(a/N)が得られる。

次の補題は補題2の離散類似であり、証明も補題2と並行する形で与えることができる。そしてこれが、MSW公式の連結和法による証明の「輸送関係式」(を変数変換したもの)に他ならない。ただし、二つ目の等式の左辺ではamの代わりに(a1)mを用いることに注意が必要である。

N2以上の整数とする。正整数mNに対して
makam(N1)m1a=1mkm(N1)m.
また、非負整数m<kNに対して
m<ak(a1)m(N1)m1Na=m<n<N1nkn(N1)n.

一つ目の式は
am(N1)m1a=1mam(a1)m(N1)m
から従う。二つ目の式は補題3と一つ目の式から得られる:
m<ak(a1)m(N1)m1Na=m<ak(a1)m(N1)m1(Nm1)(am1)=m<ak(a1)m(N1)m0<<Nm(am1)1(Nm1)=m<ak0<<Nmam+(N1)m+1a=0<<Nm1m+km+(N1)m+=m<n<N1nkn(N1)n.

この補題を繰り返し用いれば反復積分表示の証明と同様にMSW公式が証明できるが、これは連結和法による証明と本質的に同じである。例としてk=(2,3)の場合にMSW公式を示してみよう。

ζ<N(2,3)=0<a1a2<a3a4a5<N1Na11a21Na31a41a5=0<n1<N1n1n1a2<a3a4a5<Na2n1(N1)n11a21Na31a41a5=0<n1<N1n12n1<a3a4a5<N(a31)n1(N1)n11Na31a41a5=0<n1<n2<N1n12n2n2a4a5<Na4n2(N1)n21a41a5=0<n1<n2<N1n12n22n2a5<Na5n2(N1)n21a5=0<n1<n2<N1n12n23=ζ<N(2,3).

最後に

このように、多重ゼータ値の反復積分表示は結果が離散化を持つだけでなく、証明まで離散化されている。他の積分の離散化についても、同様に「証明の離散化」ができるかどうか考えてみると面白いかもしれない。

投稿日:30日前
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J_Koizumi
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