本記事は以下の論文の概説を行います。あくまで自分の勉強用に作成しています。
K. Ebrahimi-Fard, D. Manchon, and J. Singer, Renormalisation of -regularised multiple zeta values, Lett. Math. Phys. 106 (2016), no. 3, 365--380.
はじめに
近年「多重ゼータ値」(MZVと略します)と呼ばれる、以下の級数で定まる実数が活発に研究されています。
は自然数でありは不等式を満たすすべての自然数をわたります。は自然数であり収束のためにという条件を課しておきます。
MZVは非常に多くの代数関係式を満たすことが知られています。その中でも非常に大事な関係式として「shuffle関係式」、「stuffle関係式」が挙げられます。
(stuffleという用語はquasi-shuffle, harmonicなどと呼ばれることもありますが、本記事では「stuffle」を使います。)
さて「stuffle関係式」の簡単な例は次のようになります;
この等式はMZVの定義式である級数表示から簡単に導かれます。
その他MZVの基本事項は例えば荒川先生、金子先生による「多重ゼータ値入門」を参照してください。
MZVの研究は様々な側面からアプローチされますが、解析的な面からは「多重ゼータ関数」(MZFと略します)と呼ばれる次の関数(とその類似物)がよく調べられています。
は複素変数であり、, という範囲で絶対収束します。すると「MZVはMZFの収束領域内の正の整数点における特殊値である」と解釈できます。またの時はいわゆるRiemannゼータ関数であり、言わずもがな数論におけるもっとも重要な関数の1つです。
さてRiemannゼータ関数は全複素平面に有理型に接続され、を唯一の(単純)極に持つのでした。加えて負の整数点における特殊値はBernoulli数を用いて表されることが知られています;
ただしBernoulli数はによって定義します。(に注意してください。)
ではMZFについてはどうでしょうか。まずMZFは全複素空間に有理型に接続されます。証明は例えば次の秋山、江上、谷川らの文献が参考になるかと思います。
S. Akiyama, S. Egami, and Y. Tanigawa, Analytic continuation of multiple zeta-functions and their values at non-positive integers, Acta Arith. 98 (2001), no. 2, 107--116.
さらに彼らはMZFの特異点の位置も完全に決定しています;
これよりMZFの「負の整数点における特殊値」を考えようにも、の場合には負の整数点が上記の特異点上にありますからそもそも値が求まるのかもわかりません。実際「負の整数点」はMZFの不確定特異点になることが知られており、極限の取り方(考える点への近づき方)によって値が変わってしまいます。
ここで3点注意しますが、
「負の整数点」とはのことです。
次にの場合、の偶奇が異なれば(すなわちが奇数となるとき)、上記の特異点を避けているのではwell-definedであり、実際次のようにBernoulli数で書けることが知られています。
最後になぜ「負の整数点」だけに注目するのか、一般にMZFの収束領域外における整数点(正負の符号が混ざった整数点)における特殊値はどうなっているんだ、と思われるかもしれません。この疑問はもっともだと思います。どうなっているんでしょうね。
話をMZFの「負の整数点」における特殊値に戻します。とはいってもMZFの「負の整数点」における特殊値はいろんな値を取りうるためきちんと求まらないのでした。。。
で、話を終わらせないのが数学者であり、面白いことに「MZFの負の整数点における良い定義を与えよう」という研究があります。その1つが冒頭に挙げたEbrahimi-Fard, Manchon, Singerによる論文[EMS*,'16]です。
本章の最後にこの記事の構成について述べます。
次の章以降は基本的に[EMS*,'16]の構成に準じます。第2章ではMZVの類似について復習し、第3章でstuffle関係式を代数的に定式化します。第4章ではrenormalisationを概説し、[EMS*,'16]の主定理を証明します。その後いくつか簡単な例を挙げます。
MZVの-類似
変数と自然数 ()に対しSchlesinger-Zudilin型のMZVの-類似(以下-MZVという)とは次の級数で定義されるのでした;
ここで自然数に対しは-整数と呼ばれ で定義されます。
定義より明らかにかつのときであり、さらにのもとが成り立ちます。また簡単に「stuffle関係式」が成り立つことも示せます。MZVの類似は他にもいくつかありますがここでは紹介しません。詳しくはZhao本12章が参考になるかと思います。
さて最終的には「負の整数に対するMZFの特殊値」を考えたいため、の定義を少し拡張しておきます;
MZVの-類似 ( [EMS*,'16, Section 2 式(8)] )
とする。(右半平面)とする。このときと整数 ()に対し(one parameterized) modified-MZVを次で定める;
注: [EMS*,'16, Section 2 式(8)]とは少し記号を変えています。また[EMS*,'16]ではを(-MZVの)regularised Shlesinger-Zudilin modelと呼んでいます。
とであることからのときの収束性が従います。
実際、「」から任意のとに対し不等式が成り立ちます。また「」と「」から不等式が成り立ちます。これらを合わせることで次の不等式を得ます。
ただしはのみによる正の定数です。(によらないことが大切です。)従っての絶対値を次のように上から評価することが出来ます;
以上での収束性が示せました。ちなみにだと発散します(例えばを考えるとわかりやすいでしょうか)。
Stuffle関係式の代数的定式化
さて前節で定義したですが「類似」というからにはMZVが満たす性質(種々の関係式など)を満たすだろう、と期待したくなります。実際と同様「stuffle」関係式を満たすことが確認できます。ただしは「すべて正」もしくは「すべて負」という条件を課す必要があります(符号が異なる整数の組同士の積は一般にwell-defになりません;このことは例えばを考えるとわかります)。
この章ではまず級数表示などは忘れて純代数的に「stuffle関係式」を定式化しましょう。
注:これ以降「代数」,「余代数」,「双代数」,「Hopf代数」などの知識を仮定して議論を進めます。参考までに次の文献を挙げておきます。
D. Manchon, Hopf algebras in renormalisaiton, Handbook of algebra, vol. 5, 2008.
D. Grinberg, V, Reiner, Hopf algebras in combinatrics, arXiv:1409.8356.
M. Hoffman, Quasi-shuffle product, J. Algebraic Comb., 11, 49-68, 2000.
まずはいくつか記号を用意します。
- を"alphabet"(letter)の集合, , ,
- :によって生成される自由モノイド (で空語を表します。の元をword(語)と呼びます。),
- :で生成される線型空間,
注:上に定義される積は「concatenation」(連結)と呼ばれます。これはに対しその積をただ2つ並べてと書くことからだと思われます(積は非可換であることに注意)。またが例えば本当にalphabetの集合だったら(i.e.)、の元は例えばですから「語」という用語を用いるのは秀逸ですね。
上にstuffle積を定義します。
stuffle product
双線型写像を以下のルールによりwordの長さに関して帰納的に定める;任意のとに対し
- ,
この写像をstuffle積と呼ぶ。
このときには代数の構造が入ります。以降, , とおいて議論を進めます(, にも代数の構造が入ります)。このとき大事なこととして、線型写像, を考えると、この写像は代数準同型になります。(の像は「すべてのMZVで生成される代数」です。)
についても同様の準同型写像を与えておきましょう。
準同型写像 ([EMS*,'16, Lemma 3.1])
写像を, ()によって定める。
このとき任意のに対して写像は代数準同型写像である。
この補題1により()-MZVの負の整数点における値を調べようと思ったらを調べたらよいことになりました。よってこれからはに焦点を当てていきます。
が代数になることはすでに述べた通りですが、実はは余代数の構造も持ちます;
写像をで定め、写像を
で定めるとそれぞれcounit, coproductの定義を満たします。よって3つ組は余代数になります。は「deconcatenation coproduct」と呼ばれます。の元, wordをぷつぷつと切って足しているので「deconcatenation」という用語に納得感がありますね。
deconcatenation coproduct
- を満たすはだけなので.
- を満たすはなので.
- を満たすはなので.
は積と余積を持つことが分かりましたが、実はこの2つの写像はcompatibleです(i.e. とが代数準同型写像、単位射が余代数準同型写像になります)。従ってには双代数の構造が入ります。この双代数の構造はの(wordの長さ=次数についての)完備化にも自然に引き継がれます。完備化を考えるので本当はとハットを付けるべきですが、記号を簡単にするために省略します。さて双代数にはfiterの構造が入りconnectedであるので、antipodeを帰納的に構成でき、従ってHopf代数の構造が入ります。
( [EMS*,'16, Corollary 3.2] )
組はfiltered, connected Hopf代数をなす。ただしfilterの構造はweightによって与えられる。
MZVのくりこみ法
くりこみ法とはもともと場の量子論における重要な手法であり、Connes, Kreimerが世紀の変わり目にHopf代数の言葉を用いた数学的定式化を行いました。これを2008年にGuo, ZhangがMZVの理論に応用し、MZFの負の整数点における特殊値の研究が進展しました。Connes, Kreimerの理論において重要だったのは次に紹介する「algebraic Birkhoff decomposition」です。(本稿に沿う形で紹介します。)
algebraic Birkhoff decomposition
3つ組をfiltered, connected Hopf代数,を形式的Laurent級数環とする。このとき代数準同型写像に対して
を満たす代数準同型写像, が唯一つ存在する。ただし代数準同型写像に対しと定める(convolution productと呼ばれます)。
とするとは群を成します。は積についてのの逆元です。またの単位元はです。恒等写像idは単位元ではなく、その逆元はantipode で与えられることに注意しておきます。
または次のように帰納的に与えられます。
ここで写像はに対してと定め、空和はとしておきます。加えて(reduced coproductに対する)Sweedlerの記号を用いました。reduced coproductはです。
Algebraic Birkhoff decompositionを今考えているMZVの話に応用するためにはまず代数準同型写像を作らないといけません。としては前節考えていたを考えます。の元, wordに対してどうLaurent級数を対応させるか、というのが問題になりますが、ここでを用います。
自然数と任意のに対し写像を以下のように定義します。
するとは代数準同型写像になります(証明は補題5を参照してください)。
よってalgebraic Birkhoff decompositionが適用でき、2つの代数準同型写像, を得ます。を用いて「renormalised MZV」が定義できます。
くりこみ値(renormalised MZV)
を(Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerによるstuffle型の)くりこみ値, renormalised MZVという。
の像はべき級数なので、くりこみ値はその定数項を取り出していることになります。故にはwell-definedです。またのときですからくりこみ値はMZFの負の整数点における特殊値に対応します(ただしに適当な値を代入する必要があります)。
このくりこみ値がMZFの「負の整数点」における特殊値としての良い定義である根拠は次の定理によります。
( [EMS*,'16, Theorem 4.2] )
とする。次が成り立つ。
- くりこみ値は解析接続されたMZFの正則整数点における特殊値と一致する。
- くりこみ値はstuffle関係式を満たす。
以降は定理4の証明を行います。最初にの明示式を与え、代数準同型写像になることを確認しておきましょう。
( [EMS*,'16, Lemma 5.1] )
は自然数とする。 (I)で定まる写像に対して次が成り立つ;
ただし
である。または代数準同型写像である。
(I)で定義した写像は以下の写像の合成で与えられることに注意せよ;
補題1により最初の写像は代数準同型写像である。2つ目の写像が代数準同型写像であることは明らか。またstuffle積はweightを変えないので最後のをかける写像も代数準同型写像である。よっては代数準同型写像の合成で与えられているので代数準同型写像である。
次にの明示式を示す。まずはの計算を行う。
1つ目の等号はの定義であり、2つ目の等号では二項定理を用いた。3つ目の等号ではと置いて式を整理した。4つ目最後の等号は各について和を取った。最右辺でとし、Bernoulli数の母関数表示を用いると次を得る;
後は最後の等式の両辺にをかけて主張を得る。
次に定理4の(i)の証明のための補題を3つ用意します。
( [EMS*,'16, Lemma 5.3] )
のときは(II)そのものである。のときは次の簡単な計算で分かる;
( [EMS*,'16, Lemma 5.4] )
とする。次が成り立つ;
ただしはLandauの記号である。
例2と(ABD)より次が成り立つ。
これと補題6, の明示式(補題5)を合わせると主張の等式を得る。
次に, :oddとしてを計算しておきます。
( [EMS*,'16, Lemma 5.5] )
まずは例2で計算していたように
であった。すると(ABD)より
が成り立つ。(のべき級数としての等号であるため、(z)を付けるべきだが煩雑になるため混乱の恐れがないときは省略する。)するとは奇数でありを満たすすべての奇数についてであるので
となる。ただしを用いた。次にとを計算する。
であるから次の等式を得る。
一方で補題6と同様の計算を行うことでを得る。これらをまとめて次を得る。
次に補題5と補題7より
である。ただしに注意せよ。
以上の議論をまとめて結論を得る。
さて以上の準備の下、定理4の証明を行いましょう。
(定理4の証明).
主張1について:自然数について補題7より
が成り立ち、自然数 (:odd)について補題8より
が成り立つ。3変数以上, i.e. のときは負の整数点を不確定特異点に持つのであった。よって(i)は示された。
主張2について:は代数準同型写像であったので明らか。
非自明な例を見ておきましょう。
MZFの不確定特異点に対応するくりこみ値
を求める。
となるのでは次のようになる。
ここで補題5, 7より
と計算できる。(手計算でやるのはかなり骨が折れます。)
これより
である。従って
となるのでくりこみ値は
[EMS*,'16]ではまでの例が載せられています。(筆者に計算する気力がないので)ここには載せませんが気になる方はぜひ論文の方をご覧ください。
注:くりこみ値は一般にの有理型関数になります。定理4よりMZFの正則整数点に対応するくりこみ値はによりませんが、は次のようなることが示されています。
最後に
今回は「stuffle関係式」を満たすくりこみ値の論文を紹介しました。MZFの収束領域外の整数点における特殊値を調べるのに物理のくりこみ法使うだなんてとても面白いですね。読んでいてとても楽しい論文でした。
しかしながら少し気になることも残ります。例えば、MZVを触ったことがある方は「shuffle関係式」が「stuffle関係式」と同様に重要な関係式であることはご承知だと思いますが、「shuffle関係式」を満たすくりこみ値は作れるのでしょうか?
この疑問に関しては実はすでに研究があって、Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerが同じく2016年に「shuffle関係式」を満たすくりこみ値を作っています。MZVのindexを「負の整数」にしてもstuffle, shuffle関係式をが成り立つというのはなかなか驚きですね。
さて次があまり知られていないことだと思いますが、一般の整数点に対するくりこみ値は定義できるのでしょうか?またstuffle積、shuffle積を満たすように拡張できるでしょうか?
もうすでに筆者の力が尽きかけているので、疑問については残しておくことにして(もしかしたら別の記事で触れるかもしれません)ここら辺で筆をおくことにします。