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MZVのrenormalization(くりこみ法):論文の概説

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本記事は以下の論文の概説を行います。あくまで自分の勉強用に作成しています。

K. Ebrahimi-Fard, D. Manchon, and J. Singer, Renormalisation of q-regularised multiple zeta values, Lett. Math. Phys. 106 (2016), no. 3, 365--380.

はじめに

近年「多重ゼータ値」(MZVと略します)と呼ばれる、以下の級数で定まる実数が活発に研究されています。
ζr(k1,,kr):=n1>>nr>01n1k1nrkrR.
rは自然数でありn1,,nrは不等式を満たすすべての自然数をわたります。k1,,krは自然数であり収束のためにk1>1という条件を課しておきます。
MZVは非常に多くの代数関係式を満たすことが知られています。その中でも非常に大事な関係式として「shuffle関係式」、「stuffle関係式」が挙げられます。
(stuffleという用語はquasi-shuffle, harmonicなどと呼ばれることもありますが、本記事では「stuffle」を使います。)
さて「stuffle関係式」の簡単な例は次のようになります;
ζ(k1)ζ(k2)=ζ2(k1,k2)+ζ2(k2,k1)+ζ(k1+k2).
この等式はMZVの定義式である級数表示から簡単に導かれます。
その他MZVの基本事項は例えば荒川先生、金子先生による「多重ゼータ値入門」を参照してください。

MZVの研究は様々な側面からアプローチされますが、解析的な面からは「多重ゼータ関数」(MZFと略します)と呼ばれる次の関数(とその類似物)がよく調べられています。
ζr(s1,,sr)=n1>>nr>01n1s1nrsr.
s1,,srは複素変数であり、Re{s1}>1, Re{(s1+s2)}>2,,Re{(s1++sr)>r}という範囲で絶対収束します。すると「MZVはMZFの収束領域内の正の整数点における特殊値である」と解釈できます。またr=1の時はいわゆるRiemannゼータ関数であり、言わずもがな数論におけるもっとも重要な関数の1つです。
さてRiemannゼータ関数は全複素平面に有理型に接続され、s=1を唯一の(単純)極に持つのでした。加えて負の整数点における特殊値はBernoulli数を用いて表されることが知られています;
ζ(n)=Bn+1n+1(nN0).
ただしBernoulli数はzezez1=m0Bmm!zmによって定義します。(B1=1/2に注意してください。)
ではMZFについてはどうでしょうか。まずMZFζr(s1,,sr)は全複素空間Crに有理型に接続されます。証明は例えば次の秋山、江上、谷川らの文献が参考になるかと思います。

S. Akiyama, S. Egami, and Y. Tanigawa, Analytic continuation of multiple zeta-functions and their values at non-positive integers, Acta Arith. 98 (2001), no. 2, 107--116.

さらに彼らはMZFの特異点の位置も完全に決定しています;
s1=1,s1+s2=2,1,0,2,4,s1++skZk,k=3,,r.
これよりMZFの「負の整数点における特殊値」を考えようにも、r3の場合には負の整数点が上記の特異点上にありますからそもそも値が求まるのかもわかりません。実際「負の整数点」はMZFの不確定特異点になることが知られており、極限の取り方(考える点への近づき方)によって値が変わってしまいます。

ここで3点注意しますが、
「負の整数点」とは(l1,,lr)Z<0rCrのことです。
次にr=2の場合、k1,k2Nの偶奇が異なれば(すなわちk1+k2が奇数となるとき)、上記の特異点を避けているのでζ2(k1,k2)はwell-definedであり、実際次のようにBernoulli数で書けることが知られています。
ζ2(k1,k2)=12Bk1+k2+1k1+k2+1
最後になぜ「負の整数点」だけに注目するのか、一般にMZFの収束領域外における整数点(正負の符号が混ざった整数点)における特殊値はどうなっているんだ、と思われるかもしれません。この疑問はもっともだと思います。どうなっているんでしょうね。

話をMZFの「負の整数点」における特殊値に戻します。とはいってもMZFの「負の整数点」における特殊値はいろんな値を取りうるためきちんと求まらないのでした。。。
で、話を終わらせないのが数学者であり、面白いことに「MZFの負の整数点における良い定義を与えよう」という研究があります。その1つが冒頭に挙げたEbrahimi-Fard, Manchon, Singerによる論文[EMS*,'16]です。
本章の最後にこの記事の構成について述べます。
次の章以降は基本的に[EMS*,'16]の構成に準じます。第2章ではMZVのq類似について復習し、第3章でstuffle関係式を代数的に定式化します。第4章ではrenormalisationを概説し、[EMS*,'16]の主定理を証明します。その後いくつか簡単な例を挙げます。

MZVのq-類似

変数qと自然数k1,,kr (rN)に対しSchlesinger-Zudilin型のMZVのq-類似(以下q-MZVという)とは次の級数で定義されるのでした;
ζqSZ(k1,,kr):=n1>>nr>0qk1n1++krnr[n1]qk1[nr]qkrQ[[q]]
ここで自然数nに対し[n]qq-整数と呼ばれ [n]q:=1qn1qで定義されます。
定義より明らかにqRかつq10のとき[n]qnであり、さらにk1>1のもとζqSZ(k1,,kr)ζr(k1,,kr)が成り立ちます。また簡単に「stuffle関係式」が成り立つことも示せます。MZVのq類似は他にもいくつかありますがここでは紹介しません。詳しくはZhao本12章が参考になるかと思います。
さて最終的には「負の整数k1,,krに対するMZFの特殊値」を考えたいため、ζqSZの定義を少し拡張しておきます;

MZVのq-類似 ( [EMS*,'16, Section 2 式(8)] )

0<q<1とする。D:={sC;Res>0}(右半平面)とする。このときtDと整数k1,,kr (rN)に対し(one parameterized) modifiedq-MZVを次で定める;
ζqt(k1,,kr):=n1>>nr>0q(|k1|n1++|kr|nr)t(1qn1)k1(1qnr)kr.

: [EMS*,'16, Section 2 式(8)]とは少し記号を変えています。また[EMS*,'16]ではζq1(k1,,kr)を(q-MZVの)regularised Shlesinger-Zudilin modelと呼んでいます。
0<q<1tDであることからk10のときζqt(k1,,kr)の収束性が従います。
実際、「0<q<1」から任意のnNkN0に対し不等式(1q)k(1qn)k1が成り立ちます。また「k10」と「tD」から不等式|q(|k1|n1++|kr|nr)t|q|k1|n1Retが成り立ちます。これらを合わせることで次の不等式を得ます。
|q(|k1|n1++|kr|nr)t(1qn1)k1(1qnr)kr|Cq|k1|n1Ret,
ただしCk1,,krのみによる正の定数です。(n1,,nrによらないことが大切です。)従ってζqt(k1,,kr)の絶対値を次のように上から評価することが出来ます;
|ζqt(k1,,kr)|Cn1>>nr>0q|k1|n1Ret=Cm1,,mr>0q|k1|(m1++mr)Ret(n1=m1++mrと変数変換した)=C(q|k1|Ret1q|k1|Ret)r<.

以上でζqt(k1,,kr)の収束性が示せました。ちなみにk1=0だと発散します(例えばr=1を考えるとわかりやすいでしょうか)。

Stuffle関係式の代数的定式化

さて前節で定義したζqt(k1,,kr)ですが「類似」というからにはMZVが満たす性質(種々の関係式など)を満たすだろう、と期待したくなります。実際ζqSZ(k1,,kr)と同様「stuffle」関係式を満たすことが確認できます。ただしk1,,krは「すべて正」もしくは「すべて負」という条件を課す必要があります(符号が異なる整数の組同士の積は一般にwell-defになりません;このことは例えばζqt(k)ζqt(k)を考えるとわかります)。
この章ではまず級数表示などは忘れて純代数的に「stuffle関係式」を定式化しましょう。

:これ以降「代数」,「余代数」,「双代数」,「Hopf代数」などの知識を仮定して議論を進めます。参考までに次の文献を挙げておきます。

D. Manchon, Hopf algebras in renormalisaiton, Handbook of algebra, vol. 5, 2008.
D. Grinberg, V, Reiner, Hopf algebras in combinatrics, arXiv:1409.8356.
M. Hoffman, Quasi-shuffle product, J. Algebraic Comb., 11, 49-68, 2000.

まずはいくつか記号を用意します。

  1. Y:={yk ; kZ}を"alphabet"(letter)の集合, Y+:={yk ; kN}, Y:={yk ; kN},
  2. Y:Yによって生成される自由モノイド (1で空語を表します。Yの元をword(語)と呼びます。),
  3. QY:Yで生成されるQ線型空間,

注:Y上に定義される積は「concatenation」(連結)と呼ばれます。これはyk,ylYに対しその積をただ2つ並べてykylと書くことからだと思われます(積は非可換であることに注意)。またYが例えば本当にalphabetの集合だったら(i.e.Y={a,b,c,})、Yの元は例えばmathYですから「語」という用語を用いるのは秀逸ですね。

QY上にstuffle積を定義します。

stuffle product

双線型写像:QYQYuvuvQYを以下のルールによりwordの長さに関して帰納的に定める;任意のu,vYyk,ylYに対し

  1. 1u:=u1:=u,
  2. ykuylv:=yk(uylv)+yl(ykuv)+yk+l(uv).

この写像をstuffle積と呼ぶ。

ykyl=yk(1yl)+yl(yk1)+yk+l(11)=ykyl+ylyk+yk+l.

このときQYにはQ代数の構造が入ります。以降H:=QY, H+:=QY+, H:=QYとおいて議論を進めます(H+, HにもQ代数の構造が入ります)。このとき大事なこととして、線型写像ζ:H+yk1ykrζr(k1,,kr)R, ζ(1):=1を考えると、この写像は代数準同型になります。(ζの像は「すべてのMZVで生成されるQ代数」Rです。)
Hについても同様の準同型写像を与えておきましょう。

Q準同型写像ζqt¯ ([EMS*,'16, Lemma 3.1])

写像ζqt¯:HC[[q]]ζqt¯(1):=1, ζqt¯(yk1ykr):=ζqt(k1,,kr) (k1,,krN)によって定める。
このとき任意のtDに対して写像ζqtは代数準同型写像である。

この補題1により(q)-MZVの負の整数点における値を調べようと思ったらHを調べたらよいことになりました。よってこれからはHに焦点を当てていきます。

HQ代数になることはすでに述べた通りですが、実はHQ余代数の構造も持ちます;
写像ϵ:HQϵ(w):={1(w=1),0(w1)で定め、写像Δ:HHH
Δ(w):=uv=wuv,(wY)
で定めるとそれぞれcounit, coproductの定義を満たします。よって3つ組(H,ϵ,Δ)Q余代数になります。Δは「deconcatenation coproduct」と呼ばれます。Yの元, wordをぷつぷつと切って足しているので「deconcatenation」という用語に納得感がありますね。

deconcatenation coproduct
  1. uv=1を満たすu,vYu=v=1だけなのでΔ(1)=11.
  2. uv=ykを満たすu,vY(u,v)=(1,yk),(yk,1)なのでΔ(yk)=1yk+yk1.
  3. uv=ykylを満たすu,vY(u,v)=(1,ykyl),(yk,yl),(ykyl,1)なのでΔ(yk)=1ykyl+ykyl+ykyl1.

Hは積と余積Δを持つことが分かりましたが、実はこの2つの写像はcompatibleです(i.e. Δϵが代数準同型写像、単位射u:Q11Hが余代数準同型写像になります)。従ってHには双代数の構造が入ります。この双代数の構造はHの(wordの長さ=次数についての)完備化にも自然に引き継がれます。完備化を考えるので本当はH^とハットを付けるべきですが、記号を簡単にするために省略します。さて双代数Hにはfiterの構造が入りconnectedであるので、antipodeを帰納的に構成でき、従ってHopf代数の構造が入ります。

( [EMS*,'16, Corollary 3.2] )

(H,,Δ)はfiltered, connected Hopf代数をなす。ただしfilterの構造はweightwt(yk1ykr):=|k1|++|kr|によって与えられる。

MZVのくりこみ法

くりこみ法とはもともと場の量子論における重要な手法であり、Connes, Kreimerが世紀の変わり目にHopf代数の言葉を用いた数学的定式化を行いました。これを2008年にGuo, ZhangがMZVの理論に応用し、MZFの負の整数点における特殊値の研究が進展しました。Connes, Kreimerの理論において重要だったのは次に紹介する「algebraic Birkhoff decomposition」です。(本稿に沿う形で紹介します。)

algebraic Birkhoff decomposition

3つ組(H,m,Δ)をfiltered, connected Hopf代数,C[z1,z]]:=C[[]z]][z1]を形式的Laurent級数環とする。このとき代数準同型写像φ:HC[z1,z]]に対して
φ=φ1φ+
を満たす代数準同型写像φ:HC[z1], φ+:HC[[z]]が唯一つ存在する。ただし代数準同型写像ϕ,ψ:HC[z1,z]]に対しϕψ:=m(ϕψ)Δと定める(convolution productと呼ばれます)。

G:={ϕ:HC[z1,z]];ϕは代数準同型}とすると(G,)は群を成します。φ1は積についてのφの逆元です。またGの単位元はuϵです。恒等写像idは単位元ではなく、その逆元はantipode Sで与えられることに注意しておきます。
またφ,φ+は次のように帰納的に与えられます。
(ABD)φ(x)=π(φ(x)+(x)φ(x)φ(x)),φ+(x)=(idπ)(φ(x)+(x)φ(x)φ(x))
ここで写像π:C[z1,z]]C[z1]f(z)=kNakzkC[z1,z]]に対してπ(f(z)):=k=N1akzkC[z1]と定め、空和は0としておきます。加えて(reduced coproductに対する)Sweedlerの記号を用いました。reduced coproductはΔ(x):=(x)xx:=Δ(x)1xx1です。

Algebraic Birkhoff decompositionを今考えているMZVの話に応用するためにはまず代数準同型写像φ:HC[z1,z]]を作らないといけません。Hとしては前節考えていたHを考えます。Hの元, wordに対してどうLaurent級数を対応させるか、というのが問題になりますが、ここでζqtを用います。

自然数k1,,krNと任意のtNに対し写像φt:(H,)C[z1,z]]を以下のように定義します。
(I)φt(yk1ykr):=(z)k1krζ¯ezt(yk1ykr).

するとφtは代数準同型写像になります(証明は補題5を参照してください)。
よってalgebraic Birkhoff decompositionが適用でき、2つの代数準同型写像φt:HC[z1], φ+t:HC[[z]]を得ます。φ+tを用いて「renormalised MZV」が定義できます。

くりこみ値(renormalised MZV)

ζ+t(k1,,kr):=limz0φ+t(yk1ykr)を(Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerによるstuffle型の)くりこみ値, renormalised MZVという。

φ+tの像はべき級数なので、くりこみ値はその定数項を取り出していることになります。故にζ+t(k1,,kr)はwell-definedです。またz0のときq1ですからくりこみ値ζ+tはMZFの負の整数点における特殊値に対応します(ただしtに適当な値を代入する必要があります)。
このくりこみ値ζ+tがMZFの「負の整数点」における特殊値としての良い定義である根拠は次の定理によります。

( [EMS*,'16, Theorem 4.2] )

tDとする。次が成り立つ。

  1. くりこみ値ζ+tは解析接続されたMZFの正則整数点における特殊値と一致する。
  2. くりこみ値ζ+tはstuffle関係式を満たす。

以降は定理4の証明を行います。最初にφtの明示式を与え、代数準同型写像になることを確認しておきましょう。

( [EMS*,'16, Lemma 5.1] )

k1,,krは自然数とする。 (I)で定まる写像φt:HC[z1,z]]に対して次が成り立つ;
φt(yk1ykr)(z)=m1,,mr0Bm1m1!Bmrmr!Cm1,,mrk1,,kr(t)zm1++mr(k1++kr)r
ただし
(II)Cm1,,mrk1,,kr(t):=l1=0k1lr=0krj=1r(kjlj)(1)lj+kj+1(l1+k1t++lj+kjt)mj1
である。またφtは代数準同型写像である。

(I)で定義した写像φtは以下の写像の合成で与えられることに注意せよ;
(H,)(C[[q]],)(C[z1,z]],)(C[z1,z]],)yk1ykrζqt¯(k1,,kr)ζ¯ezt(yk1ykr)(z)k1krζ¯ezt(yk1ykr).
補題1により最初の写像は代数準同型写像である。2つ目の写像qezが代数準同型写像であることは明らか。またstuffle積はweightを変えないので最後の(z)k1krをかける写像も代数準同型写像である。よってφtは代数準同型写像の合成で与えられているので代数準同型写像である。
次にφtの明示式を示す。まずはζqt¯(yk1ykr)の計算を行う。
ζqt¯(yk1ykr)=n1>>nr>0j=1rqkjnjt(1qnj)kj=n1>>nr>0j=1rqkjnjtlj=0kj(kjlj)(1)ljqnjlj=m1,,mr>0l1=0k1lr=0krj=1r(kjlj)(1)ljqmj(l1+k1t++lj+kjt)=l1=0k1lr=0krj=1r(kjlj)(1)lj+1ql1+k1t++lj+kjtql1+k1t++lj+kjt1.
1つ目の等号はζqt¯の定義であり、2つ目の等号では二項定理を用いた。3つ目の等号ではnj:=m1++mjと置いて式を整理した。4つ目最後の等号は各mjについて和を取った。最右辺でq=ezとし、Bernoulli数の母関数表示zezez1=m0Bmm!zmを用いると次を得る;
ζ¯ezt(yk1ykr)=l1=0k1lr=0krj=1r(kjlj)(1)lj+1ez(l1+k1t++lj+kjt)ez(l1+k1t++lj+kjt)1=m1,,mr0Bm1m1!Bmrmr!l1=0k1lr=0krj=1r(kjlj)(z(l1+k1t++lj+kjt))mj1.
後は最後の等式の両辺に(z)k1krをかけて主張を得る。

次に定理4の(i)の証明のための補題を3つ用意します。

( [EMS*,'16, Lemma 5.3] )

kNとする。次が成り立つ;
Cmk(t)={l=0k(kl)(1)k+l+1l+ktm=0,0m=1,,k,k!m=k+1.

m=0のときは(II)そのものである。m1のときは次の簡単な計算で分かる;
Cmk(t)=l=0k(kl)(1)l+k+1(l+kt)m1=(1)k+kt+1l=0k(kl)xl+kt(l+kt)m1|x=1=(1)k+kt+1(xx)m1{(1+x)kxkt}|x=1={0m=1,,k,k!m=k+1.

( [EMS*,'16, Lemma 5.4] )

kNとする。次が成り立つ;
φt(yk)(z)=C0k(t)zk1,φ+t(yk)(z)=Bk+1k+1+Ot(z).
ただしOt(z)はLandauの記号である。

例2と(ABD)より次が成り立つ。
φt(yk)(z)=π(φt(yk)(z)),φ+t(yk)(z)=(idπ)(φt(yk)(z)).
これと補題6, φtの明示式(補題5)を合わせると主張の等式を得る。
φt(yk)(z)=π(m0Bmm!Cmk(t)zmk1)=m=0kBmm!Cmk(t)zmk1=C0k(t)zk1,φ+t(yk)(z)=(idπ)(m0Bmm!Cmk(t)zmk1)=m=k+1Bmm!Cmk(t)zmk1=Bk+1k+1+Ot(z).

次にk1,k2N, k1+k2:oddとしてφ+t(yk1yk2)を計算しておきます。

( [EMS*,'16, Lemma 5.5] )

k1,k2N, k1+k2:oddとする。次が成り立つ。
φ+t(yk1yk2)(z)=12Bk1+k2+1k1+k2+1+Ot(z).

まずは例2で計算していたように
Δ(yk1yk2)=1yk1yk2+yk1yk2+yk1yk21
であった。すると(ABD)より
φ+t(yk1yk2)=(idπ)(φt(yk1yk2)+φt(yk1)φt(yk2))
が成り立つ。(zのべき級数としての等号であるため、(z)を付けるべきだが煩雑になるため混乱の恐れがないときは省略する。)するとk1+k2+2は奇数でありn2を満たすすべての奇数についてBn=0であるので
(idπ)(φt(yk1yk2)(z))=m1+m2=k1+k2+2Bm1m1!Bm2m2!Cm1,m2k1,k2(t)+Ot(z)=12Bk1+k2+1(k1+k2+1)!(Ck1+k2+1,1k1,k2(t)+C1,k1+k2+1k1,k2(t))+Ot(z)
となる。ただしB1=1/2を用いた。次にCk1+k2+1,1k1,k2(t)C1,k1+k2+1k1,k2(t)を計算する。
l2=0k2(k2l2)(1)l2=0であるから次の等式を得る。
Ck1+k2+1,1k1,k2(t)=l1=0k1l2=0k2(k1l1)(k2l2)(1)l1+l2+k1+k2(l1+k1t)k1+k2=0.
一方で補題6と同様の計算を行うことでC1,k1+k2+1k1,k2(t)=(k1+k2)!を得る。これらをまとめて次を得る。
(idπ)(φt(yk1yk2)(z))=12Bk1+k2+1k1+k2+1+Ot(z)
次に補題5と補題7より
(idπ)(φt(yk1)(z)φt(yk2)(z))=(idπ)(C0k1(t)zk11m0BmmCmk2(t)zmk21)=Ot(z)
である。ただしBk1+k2+2=0に注意せよ。
以上の議論をまとめて結論を得る。
φ+t(yk1yk2)=(idπ)(φt(yk1yk2)+φt(yk1)φt(yk2))=12Bk1+k2+1k1+k2+1+Ot(z).

さて以上の準備の下、定理4の証明を行いましょう。

(定理4の証明).

主張1について:自然数kNについて補題7より
ζ+t(k)=limz0φt(yk)(z)=Bk+1k+1
が成り立ち、自然数k1,k2N (k1+k2:odd)について補題8より
ζ+t(k1,k2)=limz0φt(yk1yk2)(z)=12Bk1+k2+1k1+k2+1
が成り立つ。3変数以上, i.e. r3のときζr(s1,,sr)は負の整数点を不確定特異点に持つのであった。よって(i)は示された。
主張2について:φ+tは代数準同型写像であったので明らか。

非自明な例を見ておきましょう。

MZFの不確定特異点に対応するくりこみ値

ζ+1(1,3)を求める。
Δ(y1y3)=1y1y3+y1y3+y1y31
となるのでφ+1(y1y3)は次のようになる。
φ+1(y1y3)(z)=(idπ)(φ1(y1y3)(z)+φ1(y1)(z)φ1(y3)(z)).
ここで補題5, 7より
φ1(y1)=12z2,φ1(y3)=1601z4+1120411008z2+220328800z4+O(z5),φ1(y1y3)=3560z6+1560z5+4711200z25377282240+184z+O(z2).
と計算できる。(手計算でやるのはかなり骨が折れます。)
これより
(idπ)(φ1(y1y3)(z))=5377282240+184z+O(z2),(idπ)(φ1(y1)(z)φ1(y3)(z))=412016+O(z2)
である。従って
φ+1(y1y3)(z)=12194080+184z+O(z2)
となるのでくりこみ値は
ζ+1(1,3)=limz0φ+1(y1y3)(z)=12194080.

[EMS*,'16]では(k1,k2)=(1,1),(1,2),(2,1),,(6,6)までの例が載せられています。(筆者に計算する気力がないので)ここには載せませんが気になる方はぜひ論文の方をご覧ください。
注:くりこみ値ζ+tは一般にtの有理型関数になります。定理4よりMZFの正則整数点に対応するくりこみ値はtによりませんが、ζ+t(1,3)は次のようなることが示されています。
ζ+t(1,3)=18064166t2+166t+31(4t+3)(4t+1).

最後に

今回は「stuffle関係式」を満たすくりこみ値の論文を紹介しました。MZFの収束領域外の整数点における特殊値を調べるのに物理のくりこみ法使うだなんてとても面白いですね。読んでいてとても楽しい論文でした。
しかしながら少し気になることも残ります。例えば、MZVを触ったことがある方は「shuffle関係式」が「stuffle関係式」と同様に重要な関係式であることはご承知だと思いますが、「shuffle関係式」を満たすくりこみ値は作れるのでしょうか?
この疑問に関しては実はすでに研究があって、Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerが同じく2016年に「shuffle関係式」を満たすくりこみ値を作っています。MZVのindexを「負の整数」にしてもstuffle, shuffle関係式をが成り立つというのはなかなか驚きですね。
さて次があまり知られていないことだと思いますが、一般の整数点に対するくりこみ値は定義できるのでしょうか?またstuffle積、shuffle積を満たすように拡張できるでしょうか?

もうすでに筆者の力が尽きかけているので、疑問については残しておくことにして(もしかしたら別の記事で触れるかもしれません)ここら辺で筆をおくことにします。

投稿日:20231129
更新日:20231212
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