本記事は以下の論文の概説を行います。あくまで自分の勉強用に作成しています。
K. Ebrahimi-Fard, D. Manchon, and J. Singer, Renormalisation of $q$-regularised multiple zeta values, Lett. Math. Phys. 106 (2016), no. 3, 365--380.
近年「多重ゼータ値」(MZVと略します)と呼ばれる、以下の級数で定まる実数が活発に研究されています。
\begin{equation}
\zeta_r(k_1,\dots,k_r) := \sum_{n_1>\dots>n_r>0}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}\in \mb{R}.
\end{equation}
$r$は自然数であり$n_1,\dots,n_r$は不等式を満たすすべての自然数をわたります。$k_1,\dots,k_r$は自然数であり収束のために$k_1>1$という条件を課しておきます。
MZVは非常に多くの代数関係式を満たすことが知られています。その中でも非常に大事な関係式として「shuffle関係式」、「stuffle関係式」が挙げられます。
(stuffleという用語はquasi-shuffle, harmonicなどと呼ばれることもありますが、本記事では「stuffle」を使います。)
さて「stuffle関係式」の簡単な例は次のようになります;
\begin{equation}
\zeta(k_1)\zeta(k_2)
= \zeta_2(k_1,k_2)+\zeta_2(k_2,k_1)+\zeta(k_1+k_2).
\end{equation}
この等式はMZVの定義式である級数表示から簡単に導かれます。
その他MZVの基本事項は例えば荒川先生、金子先生による「多重ゼータ値入門」を参照してください。
MZVの研究は様々な側面からアプローチされますが、解析的な面からは「多重ゼータ関数」(MZFと略します)と呼ばれる次の関数(とその類似物)がよく調べられています。
\begin{equation}
\zeta_r(s_1,\dots,s_r)
= \sum_{n_1>\dots>n_r>0}
\frac{1}{n_1^{s_1}\cdots n_r^{s_r}}.
\end{equation}
$s_1,\dots,s_r$は複素変数であり、$\Re{s_1}>1$, $\Re{(s_1+s_2)}>2,\dots,\Re{(s_1+\cdots+s_r)>r}$という範囲で絶対収束します。すると「MZVはMZFの収束領域内の正の整数点における特殊値である」と解釈できます。また$r=1$の時はいわゆるRiemannゼータ関数であり、言わずもがな数論におけるもっとも重要な関数の1つです。
さてRiemannゼータ関数は全複素平面に有理型に接続され、$s=1$を唯一の(単純)極に持つのでした。加えて負の整数点における特殊値はBernoulli数を用いて表されることが知られています;
\begin{equation}
\zeta(-n) = -\frac{B_{n+1}}{n+1} \quad (n\in\mb{N}_0).
\end{equation}
ただしBernoulli数は$\frac{ze^z}{e^z-1}=\sum_{m\ge0}\frac{B_m}{m!}z^m$によって定義します。($B_1=1/2$に注意してください。)
ではMZFについてはどうでしょうか。まずMZF$\zeta_r(s_1,\dots,s_r)$は全複素空間$\mb{C}^r$に有理型に接続されます。証明は例えば次の秋山、江上、谷川らの文献が参考になるかと思います。
S. Akiyama, S. Egami, and Y. Tanigawa, Analytic continuation of multiple zeta-functions and their values at non-positive integers, Acta Arith. 98 (2001), no. 2, 107--116.
さらに彼らはMZFの特異点の位置も完全に決定しています;
\begin{align}
\quad&s_1=1, \\
\quad&s_1+s_{2}=2,1,0,-2,-4\dots,\\
\quad&s_{1}+\cdots+s_k\in\mb{Z}_{\le k}, \quad k=3,\dots,r.
\end{align}
これよりMZFの「負の整数点における特殊値」を考えようにも、$r\ge3$の場合には負の整数点が上記の特異点上にありますからそもそも値が求まるのかもわかりません。実際「負の整数点」はMZFの不確定特異点になることが知られており、極限の取り方(考える点への近づき方)によって値が変わってしまいます。
ここで3点注意しますが、
「負の整数点」とは$(l_1,\dots,l_r)\in\Z_{<0}^r\subset\mb{C}^r$のことです。
次に$r=2$の場合、$k_1,k_2\in\mb{N}$の偶奇が異なれば(すなわち$k_1+k_2$が奇数となるとき)、上記の特異点を避けているので$\zeta_2(-k_1,-k_2)$はwell-definedであり、実際次のようにBernoulli数で書けることが知られています。
\begin{equation}
\zeta_2(-k_1,-k_2) = \frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{k_1+k_2+1}
\end{equation}
最後になぜ「負の整数点」だけに注目するのか、一般にMZFの収束領域外における整数点(正負の符号が混ざった整数点)における特殊値はどうなっているんだ、と思われるかもしれません。この疑問はもっともだと思います。どうなっているんでしょうね。
話をMZFの「負の整数点」における特殊値に戻します。とはいってもMZFの「負の整数点」における特殊値はいろんな値を取りうるためきちんと求まらないのでした。。。
で、話を終わらせないのが数学者であり、面白いことに「MZFの負の整数点における良い定義を与えよう」という研究があります。その1つが冒頭に挙げたEbrahimi-Fard, Manchon, Singerによる論文[EMS*,'16]です。
本章の最後にこの記事の構成について述べます。
次の章以降は基本的に[EMS*,'16]の構成に準じます。第2章ではMZVの$q$類似について復習し、第3章でstuffle関係式を代数的に定式化します。第4章ではrenormalisationを概説し、[EMS*,'16]の主定理を証明します。その後いくつか簡単な例を挙げます。
変数$q$と自然数$k_1,\dots,k_r$ ($r\in\mb{N}$)に対しSchlesinger-Zudilin型のMZVの$q$-類似(以下$q$-MZVという)とは次の級数で定義されるのでした;
\begin{equation}
\zeta_q^{SZ}(k_1,\dots,k_r)
:= \sum_{n_1>\dots>n_r>0}
\frac{q^{k_1n_1+\cdots+k_rn_r}}
{[n_1]^{k_1}_q\cdots[n_r]^{k_r}_q}\quad\in\mb{Q}[[q]]
\end{equation}
ここで自然数$n$に対し$[n]_q$は$q$-整数と呼ばれ $[n]_q:=\frac{1-q^n}{1-q}$で定義されます。
定義より明らかに$q\in\mb{R}$かつ$q\rightarrow1-0$のとき$[n]_q\rightarrow n$であり、さらに$k_1>1$のもと$\zeta_q^{SZ}(k_1,\dots,k_r)\rightarrow\zeta_r(k_1,\dots,k_r)$が成り立ちます。また簡単に「stuffle関係式」が成り立つことも示せます。MZVの$q$類似は他にもいくつかありますがここでは紹介しません。詳しくはZhao本12章が参考になるかと思います。
さて最終的には「負の整数$k_1,\dots,k_r$に対するMZFの特殊値」を考えたいため、$\zeta_q^{SZ}$の定義を少し拡張しておきます;
$0< q<1$とする。$D:=\{s\in\mb{C};\Re s>0\}$(右半平面)とする。このとき$t\in D$と整数$k_1,\dots,k_r$ ($r\in\mb{N}$)に対し(one parameterized) modified$q$-MZVを次で定める;
\begin{equation}
\zeta_q^{t}(k_1,\dots,k_r)
:= \sum_{n_1>\dots>n_r>0}
\frac{q^{(|k_1|n_1+\cdots+|k_r|n_r)t}}
{(1-q^{n_1})^{k_1}\cdots(1-q^{n_r})^{k_r}}.
\end{equation}
注: [EMS*,'16, Section 2 式(8)]とは少し記号を変えています。また[EMS*,'16]では$\zeta_q^{1}(k_1,\dots,k_r)$を($q$-MZVの)regularised Shlesinger-Zudilin modelと呼んでいます。
$0< q<1$と$t\in D$であることから$k_1\ne0$のとき$\zeta_q^{t}(k_1,\dots,k_r)$の収束性が従います。
実際、「$0< q<1$」から任意の$n\in\mb{N}$と$k\in\mb{N}_0$に対し不等式$(1-q)^k\le(1-q^n)^k\le1$が成り立ちます。また「$k_1\ne0$」と「$t\in D$」から不等式$\displaystyle\left|q^{(|k_1|n_1+\cdots+|k_r|n_r)t}\right| \le q^{|k_1|n_1\Re t}$が成り立ちます。これらを合わせることで次の不等式を得ます。
\begin{equation}
\left|\frac{q^{(|k_1|n_1+\cdots+|k_r|n_r)t}}
{(1-q^{n_1})^{k_1}\cdots(1-q^{n_r})^{k_r}}\right|
\le Cq^{|k_1|n_1\Re t},
\end{equation}
ただし$C$は$k_1,\dots,k_r$のみによる正の定数です。($n_1,\dots,n_r$によらないことが大切です。)従って$\zeta_q^{t}(k_1,\dots,k_r)$の絶対値を次のように上から評価することが出来ます;
\begin{align}
\left|\zeta_q^{t}(k_1,\dots,k_r)\right|
&\le C\sum_{n_1>\dots>n_r>0}q^{|k_1|n_1\Re t} \\
&= C\sum_{m_1,\cdots,m_r>0}q^{|k_1|(m_1+\cdots+m_r)\Re t}
\quad(n_1=m_1+\cdots+m_r\text{と変数変換した}) \\
&= C\left( \frac{q^{|k_1|\Re t}}{1-q^{|k_1|\Re t}} \right)^r < \infty.
\end{align}
以上で$\zeta_q^t(k_1,\dots,k_r)$の収束性が示せました。ちなみに$k_1=0$だと発散します(例えば$r=1$を考えるとわかりやすいでしょうか)。
さて前節で定義した$\zeta_q^{t}(k_1,\dots,k_r)$ですが「類似」というからにはMZVが満たす性質(種々の関係式など)を満たすだろう、と期待したくなります。実際$\zeta_q^{SZ}(k_1,\dots,k_r)$と同様「stuffle」関係式を満たすことが確認できます。ただし$\tkr$は「すべて正」もしくは「すべて負」という条件を課す必要があります(符号が異なる整数の組同士の積は一般にwell-defになりません;このことは例えば$\zeta_q^t(-k)\zeta_q^t(k)$を考えるとわかります)。
この章ではまず級数表示などは忘れて純代数的に「stuffle関係式」を定式化しましょう。
注:これ以降「代数」,「余代数」,「双代数」,「Hopf代数」などの知識を仮定して議論を進めます。参考までに次の文献を挙げておきます。
D. Manchon, Hopf algebras in renormalisaiton, Handbook of algebra, vol. 5, 2008.
D. Grinberg, V, Reiner, Hopf algebras in combinatrics, arXiv:1409.8356.
M. Hoffman, Quasi-shuffle product, J. Algebraic Comb., 11, 49-68, 2000.
まずはいくつか記号を用意します。
注:$Y^*$上に定義される積は「concatenation」(連結)と呼ばれます。これは$y_k, y_l\in Y$に対しその積をただ2つ並べて$y_ky_l$と書くことからだと思われます(積は非可換であることに注意)。また$Y$が例えば本当にalphabetの集合だったら(i.e.$Y=\{a,b,c,\dots\}$)、$Y^*$の元は例えば$math\in Y^*$ですから「語」という用語を用いるのは秀逸ですね。
$\mb{Q}\langle Y\rangle$上にstuffle積を定義します。
双線型写像$*:\mb{Q}\langle Y\rangle\otimes\mb{Q}\langle Y\rangle\ni u\otimes v\mapsto u*v\in \mb{Q}\langle Y\rangle$を以下のルールによりwordの長さに関して帰納的に定める;任意の$u,v\in Y^*$と$y_k,y_l\in Y$に対し
この写像$*$をstuffle積と呼ぶ。
\begin{align} y_k*y_l = y_k(\ew*y_l)+y_l(y_k*\ew)+y_{k+l}(\ew*\ew) = y_ky_l+y_ly_k + y_{k+l}. \end{align}
このとき$\QY$には$\Q$代数の構造が入ります。以降$\mcalh:=\QY$, $\mcalh^+:=\Q\la Y^+\ra$, $\mcalh^-:=\QYminus$とおいて議論を進めます($\mcalh^+$, $\mchm$にも$\Q$代数の構造が入ります)。このとき大事なこととして、線型写像$\zeta^*:\mcalh^+\ni\ykr\mapsto\zeta_r(\tkr)\in\R$, $\zeta^*(\ew):=1$を考えると、この写像は代数準同型になります。($\zeta^*$の像は「すべてのMZVで生成される$\Q$代数」$\subset\R$です。)
$\mcalh^-$についても同様の準同型写像を与えておきましょう。
写像$\bar\zqt:\mcalh^-\to\C[[q]]$を$\bar\zqt(\ew):=1$, $\bar\zqt(\yminuskr):=\zqt(\minuskr)$ ($\tkr\in\N$)によって定める。
このとき任意の$t\in D$に対して写像$\zqt$は代数準同型写像である。
この補題1により($q$)-MZVの負の整数点における値を調べようと思ったら$\mcalh^-$を調べたらよいことになりました。よってこれからは$\mchm$に焦点を当てていきます。
$\mchm$が$\Q$代数になることはすでに述べた通りですが、実は$\mchm$は$\Q$余代数の構造も持ちます;
写像$\epsilon:\mchm\to\Q$を$\epsilon(w):=\begin{cases} 1 \quad(w=\ew),\\ 0 \quad(w\ne\ew)\end{cases}$で定め、写像$\Delta:\mchm\to\mchm\otimes\mchm$を
\begin{equation}
\Delta(w):=\sum_{uv=w}u\otimes v,\quad(w\in Y^*)
\end{equation}
で定めるとそれぞれcounit, coproductの定義を満たします。よって3つ組$(\mchm,\epsilon,\Delta)$は$\Q$余代数になります。$\Delta$は「deconcatenation coproduct」と呼ばれます。$Y^*$の元, wordをぷつぷつと切って足しているので「deconcatenation」という用語に納得感がありますね。
$\mchm$は積$*$と余積$\Delta$を持つことが分かりましたが、実はこの2つの写像はcompatibleです(i.e. $\Delta$と$\epsilon$が代数準同型写像、単位射$u:\Q\ni1\mapsto\ew\in\mchm$が余代数準同型写像になります)。従って$\mchm$には双代数の構造が入ります。この双代数の構造は$\mchm$の(wordの長さ=次数についての)完備化にも自然に引き継がれます。完備化を考えるので本当は$\widehat\mchm$とハットを付けるべきですが、記号を簡単にするために省略します。さて双代数$\mchm$にはfiterの構造が入りconnectedであるので、antipodeを帰納的に構成でき、従ってHopf代数の構造が入ります。
組$(\mchm,*,\Delta)$はfiltered, connected Hopf代数をなす。ただしfilterの構造はweight$wt(\ykr):=|k_1|+\cdots+|k_r|$によって与えられる。
くりこみ法とはもともと場の量子論における重要な手法であり、Connes, Kreimerが世紀の変わり目にHopf代数の言葉を用いた数学的定式化を行いました。これを2008年にGuo, ZhangがMZVの理論に応用し、MZFの負の整数点における特殊値の研究が進展しました。Connes, Kreimerの理論において重要だったのは次に紹介する「algebraic Birkhoff decomposition」です。(本稿に沿う形で紹介します。)
3つ組$(\mcalh,m,\Delta)$をfiltered, connected Hopf代数,$\C[z^{-1},z]]:=\C[[]z]][z^{-1}]$を形式的Laurent級数環とする。このとき代数準同型写像$\varphi:\mcalh\to\C[z^{-1},z]]$に対して
\begin{equation}
\quad \varphi=\varphi^{\star-1}_{-}\star\varphi_+
\end{equation}
を満たす代数準同型写像$\varphi_{-}:\mcalh\to\C[z^{-1}]$, $\varphi_+:\mcalh\to\C[[z]]$が唯一つ存在する。ただし代数準同型写像$\phi,\psi:\mcalh\to\C[z^{-1},z]]$に対し$\phi\star\psi:=m\,\circ\,(\phi\otimes\psi)\,\circ\,\Delta$と定める(convolution productと呼ばれます)。
$G:=\{\phi:\mcalh\to\C[z^{-1},z]];\text{$\phi$は代数準同型}\}$とすると$(G,\star)$は群を成します。$\varphi^{\star-1}$は積$\star$についての$\varphi$の逆元です。また$G$の単位元は$u\circ\epsilon$です。恒等写像idは単位元ではなく、その逆元はantipode $S$で与えられることに注意しておきます。
また$\varphi_{-},\,\varphi_{+}$は次のように帰納的に与えられます。
\begin{align}
\varphi_-(x) = -\pi\left(\varphi(x) + \sum_{(x)}\varphi_-(x')\varphi(x'') \right), \quad
\varphi_+(x) = (\text{id}-\pi)\left(\varphi(x) + \sum_{(x)}\varphi_-(x')\varphi(x'') \right) \tag{ABD}
\end{align}
ここで写像$\pi:\C[z^{-1},z]]\to\C[z^{-1}]$は$f(z)=\sum_{k\ge-N}a_kz^k\in\C[z^{-1},z]]$に対して$\pi(f(z)):=\sum_{k=-N}^{-1}a_kz^k\in\C[z^{-1}]$と定め、空和は$0$としておきます。加えて(reduced coproductに対する)Sweedlerの記号を用いました。reduced coproductは$\Delta'(x):=\sum_{(x)}x'\otimes x'':=\Delta(x)-\ew\otimes x-x\otimes\ew$です。
Algebraic Birkhoff decompositionを今考えているMZVの話に応用するためにはまず代数準同型写像$\varphi:\mcalh\to\C[z^{-1},z]]$を作らないといけません。$\mcalh$としては前節考えていた$\mchm$を考えます。$\mchm$の元, wordに対してどうLaurent級数を対応させるか、というのが問題になりますが、ここで$\zqt$を用います。
自然数$\tkr\in\N$と任意の$t\in\N$に対し写像$\varphi^t:(\mchm,*)\to\C[z^{-1},z]]$を以下のように定義します。
\begin{align}
\varphi^t(\yminuskr):=(-z)^{-k_1-\cdots-k_r}\bar\zeta_{e^z}^t(\yminuskr). \tag{I}
\end{align}
すると$\varphi^t$は代数準同型写像になります(証明は補題5を参照してください)。
よってalgebraic Birkhoff decompositionが適用でき、2つの代数準同型写像$\varphi^t_{-}:\mchm\to\C[z^{-1}]$, $\varphi^t_{+}:\mchm\to\C[[z]]$を得ます。$\varphi^t_+$を用いて「renormalised MZV」が定義できます。
$ \zeta^t_+(\minuskr):=\lim_{z\to0}\varphi^t_{+}(\yminuskr) $を(Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerによるstuffle型の)くりこみ値, renormalised MZVという。
$\varphi^t_+$の像はべき級数なので、くりこみ値はその定数項を取り出していることになります。故に$\zeta^t_+(\minuskr)$はwell-definedです。また$z\to0$のとき$q\to1$ですからくりこみ値$\zeta_+^t$はMZFの負の整数点における特殊値に対応します(ただし$t$に適当な値を代入する必要があります)。
このくりこみ値$\zeta_+^t$がMZFの「負の整数点」における特殊値としての良い定義である根拠は次の定理によります。
$t\in D$とする。次が成り立つ。
以降は定理4の証明を行います。最初に$\varphi^t$の明示式を与え、代数準同型写像になることを確認しておきましょう。
$\tkr$は自然数とする。 (I)で定まる写像$\varphi^t:\mchm\to\C[z^{-1},z]]$に対して次が成り立つ;
\begin{equation}
\varphi^t(\yminuskr)(z)
= \sum_{m_1,\dots,m_r\ge0} \frac{B_{m_1}}{m_1!}\cdots\frac{B_{m_r}}{m_r!}C^{k_1,\dots,k_r}_{m_1,\dots,m_r}(t)z^{m_1+\cdots+m_r-(k_1+\cdots+k_r)-r}
\end{equation}
ただし
\begin{equation}
C^{k_1,\dots,k_r}_{m_1,\dots,m_r}(t)
:= \sum_{l_1=0}^{k_1}\cdots\sum_{l_r=0}^{k_r}
\prod_{j=1}^r\binom{k_j}{l_j}(-1)^{l_j+k_j+1}(l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt)^{m_j-1} \tag{II}
\end{equation}
である。また$\vphit$は代数準同型写像である。
(I)で定義した写像$\vphit$は以下の写像の合成で与えられることに注意せよ;
\begin{align}
&\mspace{5mm}(\mchm,*)\mspace{4mm}
\to
\mspace{9mm}(\C[[q]],\cdot)\mspace{8.5mm}
\to
\mspace{5mm}(\C[z^{-1},z]],\cdot)\mspace{3mm}
\to
\mspace{20mm}(\C[z^{-1},z]],\cdot)\\[2.5mm]
&\yminuskr
\mapsto
\bar\zqt(\minuskr)
\mapsto
\bar\zeta^t_{e^z}(\yminuskr)
\mapsto
(-z)^{-k_1-\cdots-k_r}\bar\zeta^t_{e^z}(\yminuskr).
\end{align}
補題1により最初の写像は代数準同型写像である。2つ目の写像$q\mapsto e^z$が代数準同型写像であることは明らか。またstuffle積$*$はweightを変えないので最後の$(-z)^{-k_1-\cdots-k_r}$をかける写像も代数準同型写像である。よって$\vphit$は代数準同型写像の合成で与えられているので代数準同型写像である。
次に$\vphit$の明示式を示す。まずは$\bar\zqt(\yminuskr)$の計算を行う。
\begin{align}
\bar\zqt(\yminuskr)
&=\sum_{n_1>\dots>n_r>0}
\prod_{j=1}^rq^{k_jn_jt}(1-q^{n_j})^{k_j}\\
&= \sum_{n_1>\dots>n_r>0}
\prod_{j=1}^rq^{k_jn_jt}
\sum_{l_j=0}^{k_j}\binom{k_j}{l_j}(-1)^{l_j}q^{n_jl_j}\\
&= \sum_{m_1,\dots,m_r>0}
\sum_{l_1=0}^{k_1}\cdots\sum_{l_r=0}^{k_r}
\prod_{j=1}^r\binom{k_j}{l_j}
(-1)^{l_j}q^{m_j(l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt)}\\
&= \sum_{l_1=0}^{k_1}\cdots\sum_{l_r=0}^{k_r}
\prod_{j=1}^r\binom{k_j}{l_j}
(-1)^{l_j+1}\frac{q^{l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt}}{q^{l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt}-1}.
\end{align}
1つ目の等号は$\bar\zqt$の定義であり、2つ目の等号では二項定理を用いた。3つ目の等号では$n_j:=m_1+\cdots+m_j$と置いて式を整理した。4つ目最後の等号は各$m_j$について和を取った。最右辺で$q=e^z$とし、Bernoulli数の母関数表示$\d{\frac{ze^z}{e^z-1}=}\sum_{m\ge0}\frac{B_m}{m!}z^m$を用いると次を得る;
\begin{align}
\bar\zeta_{e^z}^t (\yminuskr)
&= \sum_{l_1=0}^{k_1}\cdots\sum_{l_r=0}^{k_r}
\prod_{j=1}^r\binom{k_j}{l_j}
(-1)^{l_j+1}\frac{e^{z(l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt)}}
{e^{z(l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt)}-1}\\
&= \sum_{m_1,\dots,m_r\ge0}
\frac{B_{m_1}}{m_1!}\cdots\frac{B_{m_r}}{m_r!}
\sum_{l_1=0}^{k_1}\cdots\sum_{l_r=0}^{k_r}
\prod_{j=1}^r\binom{k_j}{l_j}(z(l_1+k_1t+\cdots+l_j+k_jt))^{m_j-1}.
\end{align}
後は最後の等式の両辺に$(-z)^{-k_1-\cdots-k_r}$をかけて主張を得る。
次に定理4の(i)の証明のための補題を3つ用意します。
$k\in\N$とする。次が成り立つ;
\begin{equation}
C^k_m(t)
=\begin{cases}
\sum_{l=0}^k\binom{k}{l}\frac{(-1)^{k+l+1}}{l+kt} \quad m=0,\\
0 \quad m=1,\dots,k,\\
-k! \quad m=k+1.
\end{cases}
\end{equation}
$m=0$のときは(II)そのものである。$m\ge1$のときは次の簡単な計算で分かる;
\begin{align}
C^k_m(t)
&=\sum_{l=0}^k\binom{k}{l}(-1)^{l+k+1}(l+kt)^{m-1} \\
&=(-1)^{k+kt+1}
\sum_{l=0}^k
\binom{k}{l}x^{l+kt}(l+kt)^{m-1}\Big|_{x=-1} \\
&=(-1)^{k+kt+1}(x\partial_x)^{m-1}\{(1+x)^kx^{kt}\}\Big|_{x=-1} \\
&= \begin{cases}
0 \quad m=1,\dots,k,\\
-k! \quad m=k+1.
\end{cases}
\end{align}
$k\in\N$とする。次が成り立つ;
\begin{equation}
\vphit_-(y_{-k})(z) = -C^k_0(t)z^{-k-1}, \quad
\vphit_+(y_{-k})(z) = -\frac{B_{k+1}}{k+1} + O_t(z).
\end{equation}
ただし$O_t(z)$はLandauの記号である。
例2と(ABD)より次が成り立つ。
\begin{equation}
\vphit_-(y_{-k})(z)=-\pi(\vphit(y_{-k})(z)), \quad
\vphit_+(y_{-k})(z)=(\text{id}-\pi)\Big(\vphit(y_{-k})(z)\Big).
\end{equation}
これと補題6, $\vphit$の明示式(補題5)を合わせると主張の等式を得る。
\begin{align}
&\vphit_-(y_{-k})(z)
=-\pi\left(\sum_{m\ge0}\frac{B_m}{m!}C^k_m(t)z^{m-k-1}\right)
= -\sum_{m=0}^{k}\frac{B_m}{m!}C^k_m(t)z^{m-k-1}
= -C^k_0(t)z^{-k-1},\\
&\vphit_+(y_{-k})(z)
=(\text{id}-\pi)\left(\sum_{m\ge0}\frac{B_m}{m!}C^k_m(t)z^{m-k-1}\right)
= \sum_{m=k+1}^{\infty}\frac{B_m}{m!}C^k_m(t)z^{m-k-1}
= -\frac{B_{k+1}}{k+1} + O_t(z).
\end{align}
次に$k_1,k_2\in\N$, $k_1+k_2$:oddとして$\vphit_+(\yminuskk)$を計算しておきます。
$k_1,k_2\in\N$, $k_1+k_2$:oddとする。次が成り立つ。
\begin{equation}
\vphit_+(\yminuskk)(z)
= \frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{k_1+k_2+1} + O_t(z).
\end{equation}
まずは例2で計算していたように
\begin{equation}
\Delta(\yminuskk) = \ew\tensor\yminuskk + y_{-k_1}\tensor y_{-k_2} + \yminuskk\tensor\ew
\end{equation}
であった。すると(ABD)より
\begin{equation}
\vphit_+(\yminuskk) = (\id-\pi)\Big(\vphit(\yminuskk) + \vphit_-(y_{-k_1})\vphit(y_{-k_2})\Big)
\end{equation}
が成り立つ。($z$のべき級数としての等号であるため、(z)を付けるべきだが煩雑になるため混乱の恐れがないときは省略する。)すると$k_1+k_2+2$は奇数であり$n\ge2$を満たすすべての奇数について$B_n=0$であるので
\begin{align}
(\id-\pi)\Big(\vphit(\yminuskk)(z)\Big)
&= \sum_{m_1+m_2=k_1+k_2+2}
\frac{B_{m_1}}{m_1!}\frac{B_{m_2}}{m_2!}
C^{k_1,k_2}_{m_1,m_2}(t)
+ O_t(z) \\
&= \frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{(k_1+k_2+1)!}
\Big( C^{k_1,k_2}_{k_1+k_2+1,1}(t) + C^{k_1,k_2}_{1,k_1+k_2+1}(t) \Big) + O_t(z)
\end{align}
となる。ただし$B_1=1/2$を用いた。次に$C^{k_1,k_2}_{k_1+k_2+1,1}(t)$と$C^{k_1,k_2}_{1,k_1+k_2+1}(t)$を計算する。
$\sum_{l_2=0}^{k_2}\binom{k_2}{l_2}(-1)^{l_2}=0$であるから次の等式を得る。
\begin{equation}
C^{k_1,k_2}_{k_1+k_2+1,1}(t)
= \sum_{l_1=0}^{k_1}\sum_{l_2=0}^{k_2}
\binom{k_1}{l_1}\binom{k_2}{l_2}(-1)^{l_1+l_2+k_1+k_2}
(l_1+k_1t)^{k_1+k_2}
=0.
\end{equation}
一方で補題6と同様の計算を行うことで$C^{k_1,k_2}_{1,k_1+k_2+1}(t)=(k_1+k_2)!$を得る。これらをまとめて次を得る。
\begin{align}
(\id-\pi)\Big(\vphit(\yminuskk)(z)\Big)
= \frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{k_1+k_2+1}+O_t(z)
\end{align}
次に補題5と補題7より
\begin{align}
(\id-\pi)\Big(\vphit_-(y_{-k_1})(z)\vphit(y_{-k_2})(z)\Big)
= -(\id-\pi)
\left(C^{k_1}_0(t)z^{-k_1-1}
\sum_{m\ge0}\frac{B_m}{m}C^{k_2}_m(t)z^{m-k_2-1}\right)
= O_t(z)
\end{align}
である。ただし$B_{k_1+k_2+2}=0$に注意せよ。
以上の議論をまとめて結論を得る。
\begin{align}
\vphit_+(\yminuskk)
&= (\id-\pi)\Big(\vphit(\yminuskk) + \vphit_-(y_{-k_1})\vphit(y_{-k_2})\Big) \\
&= \frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{k_1+k_2+1}+O_t(z).
\end{align}
さて以上の準備の下、定理4の証明を行いましょう。
主張1について:自然数$k\in\N$について補題7より
\begin{equation}
\zeta_+^t(-k) =\lim_{z\to0}\vphit(y_{-k})(z) =-\frac{B_{k+1}}{k+1}
\end{equation}
が成り立ち、自然数$k_1,k_2\in\N$ ($k_1+k_2$:odd)について補題8より
\begin{equation}
\zeta_+^t(-k_1,-k_2) =\lim_{z\to0}\vphit(\yminuskk)(z)
=\frac{1}{2}\frac{B_{k_1+k_2+1}}{k_1+k_2+1}
\end{equation}
が成り立つ。3変数以上, i.e. $r\ge3$のとき$\zeta_r(s_1,\dots,s_r)$は負の整数点を不確定特異点に持つのであった。よって(i)は示された。
主張2について:$\vphit_+$は代数準同型写像であったので明らか。
非自明な例を見ておきましょう。
$\zeta_+^{1}(-1,-3)$を求める。
\begin{equation}
\Delta(y_{-1}y_{-3})
= \ew\tensor y_{-1}y_{-3} + y_{-1}\tensor y_{-3} +
y_{-1}y_{-3}\tensor\ew
\end{equation}
となるので$\varphi_+^1(y_{-1}y_{-3})$は次のようになる。
\begin{equation}
\varphi_+^1(y_{-1}y_{-3})(z)
= (\id-\pi)\Big( \varphi^1(y_{-1}y_{-3})(z)+\varphi_-^1(y_{-1})(z)\varphi^1(y_{-3})(z) \Big).
\end{equation}
ここで補題5, 7より
\begin{align}
\varphi_-^1(y_{-1})
&= -\frac{1}{2}z^{-2}, \\
\varphi^1(y_{-3})
&= \frac{1}{60}\frac{1}{z^4} + \frac{1}{120} -\frac{41}{1008}z^2+\frac{2203}{28800}z^4+O(z^5), \\
\varphi^1(y_{-1}y_{-3})
&=\frac{3}{560}z^{-6} + \frac{1}{560}z^{-5} + \frac{47}{11200}z^{-2} -\frac{5377}{282240} + \frac{1}{84}z + O(z^2).
\end{align}
と計算できる。(手計算でやるのはかなり骨が折れます。)
これより
\begin{align}
&(\id-\pi)( \varphi^1(y_{-1}y_{-3})(z) )
= -\frac{5377}{282240} + \frac{1}{84}z + O(z^2), \\
&(\id-\pi)\Big( \varphi_-^1(y_{-1})(z)\varphi^1(y_{-3})(z) \Big)
= \frac{41}{2016} + O(z^2)
\end{align}
である。従って
\begin{equation}
\varphi_+^1(y_{-1}y_{-3})(z)
= \frac{121}{94080} + \frac{1}{84}z+O(z^2)
\end{equation}
となるのでくりこみ値は
\begin{equation}
\zeta_+^1(-1,-3) = \lim_{z\to0}\varphi_+^1(y_{-1}y_{-3})(z) = \frac{121}{94080}.
\end{equation}
[EMS*,'16]では$(k_1,k_2)=(-1,-1),(-1,-2),(-2,-1),\dots,(-6,-6)$までの例が載せられています。(筆者に計算する気力がないので)ここには載せませんが気になる方はぜひ論文の方をご覧ください。
注:くりこみ値$\zeta_+^t$は一般に$t$の有理型関数になります。定理4よりMZFの正則整数点に対応するくりこみ値は$t$によりませんが、$\zeta_+^t(-1,-3)$は次のようなることが示されています。
\begin{equation}
\zeta_+^t(-1,-3)=\frac{1}{8064}\frac{166t^2+166t+31}{(4t+3)(4t+1)}.
\end{equation}
今回は「stuffle関係式」を満たすくりこみ値の論文を紹介しました。MZFの収束領域外の整数点における特殊値を調べるのに物理のくりこみ法使うだなんてとても面白いですね。読んでいてとても楽しい論文でした。
しかしながら少し気になることも残ります。例えば、MZVを触ったことがある方は「shuffle関係式」が「stuffle関係式」と同様に重要な関係式であることはご承知だと思いますが、「shuffle関係式」を満たすくりこみ値は作れるのでしょうか?
この疑問に関しては実はすでに研究があって、Ebrahimi-Fard, Manchon, Singerが同じく2016年に「shuffle関係式」を満たすくりこみ値を作っています。MZVのindexを「負の整数」にしてもstuffle, shuffle関係式をが成り立つというのはなかなか驚きですね。
さて次があまり知られていないことだと思いますが、一般の整数点に対するくりこみ値は定義できるのでしょうか?またstuffle積、shuffle積を満たすように拡張できるでしょうか?
もうすでに筆者の力が尽きかけているので、疑問については残しておくことにして(もしかしたら別の記事で触れるかもしれません)ここら辺で筆をおくことにします。