変数の相加相乗平均の不等式
お久しぶりです.今回は,対称式に関する不等式として大変有名なムーアヘッド Muirhead の定理の幾何学的意味と,その一般化につきまして私が考察した内容を述べようと思います.
相加相乗平均の不等式を始めとする実数についての一般的な不等式は多くの場面で重宝され,現在ではその応用性の真価を否定する人はいません.対称不等式はそれ自身独特な奥ゆかしさをもつものが多く,数学オリンピックでは毎年かならずどこかの国の本選試験で不等式についての出題があり,競技数学の中でひとつの大きな分野を形成しています.
対称不等式の(恐らく)最も汎用的な一般化として知られているのが Muirhead の定理です.この定理は非常に精巧な形にまとめられており,かつ対称多項式からなる多くの不等式を包含しているという長所がありますが,証明は煩雑になりがちであり,定理の趣旨は単純明晰であるにもかかわらず,直観的意味が掴みにくいという短所があります.
今回の記事では,図形的解釈を用いることで Muirhead の定理の証明をわかりやすくし,また Muirhead の定理の拡張をおこなうことを試みようと思います.これから登場する図形は次元空間の中に描かれ,それらの実態を眺めることはできないのですが,個々の多項式における指数の偏り具合を抽象的に実現することでもって,私たちの絡まった認知を抱擁してくれることでしょう.
以上のような動機で,私はつぎのように考えました:
は正の数を表すとする.個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は,多重指数を用いて
と書かれ,個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は
と書かれる.また個の変数をもつ有名な次の並べかえ不等式は,
と表すことができる.一般に,を個の正数からなる組,を個の実数からなる組とし,とおくとき,を底とする多重指数は
と定義される.
主題の Muirhead の定理とはつぎの命題であった.
定理. は集合からへの全単射の集合(対称群)を表すとする. とし,
と仮定する.もし
であるならば,すべてのに対し,
がなりたつ.
たとえばでのとき,
は相加相乗平均の不等式である.また,での場合から
が得られる.
Muirhead の定理は対称性と指数の偏り具合というふたつの材料からなりたっている.ここでは,指数の偏り具合が凸集合を用いて記述できることに着目して,定理の前提部分を図形的なイメージに置きかえる.つぎに,対称性を一般の有限群に拡張する.凸集合の議論と整合的であるためには,群の空間への作用は線型であることを要する.よって,群の表現を考えることになる.
定義. を線型空間とし,をの部分集合とする.すべてのとに対してがなりたつとき,はの凸集合であるという.すなわちの凸集合とは,内分点をとる演算に関して閉じたの部分集合である.線型空間はそれ自身の凸集合である.がの凸集合であるとき,任意ののとに対し,ならば,
が成立する.実際,の点列をつぎのように定めると, かつがなりたつ.
点列
定義. を線型空間とし,をの部分集合とする.を含むすべてのの凸集合の共通部分をとおき,これをの凸包またはによって生成される凸集合という.は明らかにの凸集合であり,したがってを含む最小のの凸集合である.が有限集合で,であるとき,を含む任意のの凸集合は,となるすべてのに対するを含むから,
がなりたつ.また,左辺はを含む凸集合であり,はを含む最小の凸集合だから,
補題. とするとき,任意のに対し,
がなりたつ.
証明. とおく.指数函数は上で下に凸だから,凸不等式により
がなりたつ.ゆえに,
である.
定義. 一般に,を線型空間,を凸集合とし,とするとき,任意のとに対して,
がなりたつならば,は凸函数と呼ばれる.
線型写像の制限写像として得られるはすべて凸函数である.により,任意のに対し,からへの函数は凸函数である.さらに,が凸函数であるとき,任意の凸函数との合成写像は凸函数を与える.
補題. を線型空間,を凸集合とし,を凸函数とする.このとき,任意のとに対し,ならば,
がなりたつ.
証明. と同様にの点列を定義すると, であり,
だから,
を得る.
この補題はイェンゼン Jensen の不等式の名で知られている.
Jensen の不等式に対称性の条件を加えることで,つぎの一般的な定理が生じる.は線型空間から自身への同型写像の集合(一般線型群)を表すとする.
定理. を線型空間とし,を有限群,を群準同型(群の表現)とする.また,を任意にとり,有限集合を
と定める.もし,ならば,任意の凸函数に対し,
がなりたつ.
とくに,で,あるについて のとき,
加えてで,が標準的な置換表現ならば,
ゆえに,群が線型に作用しているという前提のもとで,凸包の包含関係は対称式の大小関係を誘導する.
証明. の元に順序を付してとし,に対して と定める.このとき,
だから,かつをみたすが存在する.に対し,は線型だから,
がなりたつ.さらに,は凸函数だから,の補題により,
右辺の和の順序を変更して,にわたって各辺の総和をとると,により,
が得られる.
定理の要点は,不等式に重みが含まれていないことである.個々のに対する Jensen の不等式には係数が従属する.しかしそれらをすべてので合計すると,群によって平均化され,最後には重みを含まない式が得られるのである.
次元以上の空間に関する問題において,凸包の包含関係を判定することは難しいが,いくつかの有用な鑑別条件が存在する.
. とおく. に対し,Muirhead の定理の条件
がなりたつとき,はを支配する majorizes といい,これをと表す.は上の順序を定める.
いまを任意の正数とし,
(第成分と第成分にがあるベクトルで,)と仮定すれば,である.またを標準的な置換表現とし,
とおくと,がなりたつ.実際,の第, 第成分を交替したベクトルをとおくと,かつがなりたつ.だから,あるについてがなりたち,により,である.よって,であり,を得る.
. とし,これらの成分を降順に並べかえたベクトルをとする.がなりたつとき,に
の形をした有限個のベクトルを加えることで,を構成することができる.よって,と同じように,集合を
と定義すれば,の議論により,がなりたつ.
たとえば の場合は,
とし, の場合は,
とする.
系 (Muirhead の定理). をの条件をみたすベクトルとすると,により,任意のに対し,
がなりたつ.
系 (カラマータ Karamata の定理). をの条件をみたすベクトルとし,を凸函数とする.からへの第成分の射影は線型写像であり,したがって凸函数だから,合成写像と 置換表現に対しての定理を用いると,
が得られる.
系. とし,とする.とし,は包含写像とする.だから,の定理により,すべてのに対し,
線分
系. を線型独立なベクトルとする.原点とを通る直線を 原点とを通る直線をとし,に関する対称変換をとして,によって生成される群をとおく.を包含写像とし,
とすると,だから,すべてのにたいし,
平行四辺形
系. とおくと,がなりたつ.また,次交代群からへの写像を,置換表現と同じように
(はの標準ベクトル)によって定めると,は群準同型であり,
がなりたつ.よって,
三角形
系. を原点を中心とする正二十面体,をの頂点集合とし,の各面の中心を集めた集合をとする.また,のすべての合同変換のなかでを不変にするものの集合をとおく(正二十面体群).は位数の群をなす.
頂点を任意にとる.を包含写像とすると,
であり,だから,すべてのにたいし,
がなりたつ.たとえば,
ただし,は黄金比を表す.
正二十面体の座標表示(フィボナッチ数列 bot, @Aureus_N より引用)
これまでに示した系はいずれも凸包の位置関係から明らかなものであったが,非自明な例としてシュール Schur の不等式
が挙げられる.これもの定理を使って証明できるかも知れないが,今のところ判らない.