変数の相加相乗平均の不等式
は正数を表すとする.個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は,多重指数を用いて
と書かれ,個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は
と書かれる.また個の変数をもつ有名な次の並べかえ不等式は,
と表される.一般に,を個の正数からなる組,を個の実数からなる組とし,とおくとき,を底とする多重指数は
と定義される.Muirhead の定理とは,つぎの命題のことである.
定理. は集合からへの全単射の集合(対称群)を表すとする. とし,
と仮定する.もし
ならば,すべてのにたいし,
がなりたつ.
たとえばでのとき,
は相加相乗平均の不等式である.また,での場合から
が得られる.
Muirhead の定理は対称性と指数の偏り具合というつの素材でなりたっている.ここでは,指数の偏り具合が凸集合の用語を用いて記述されることに着目して,定理の前提部分を幾何学的な形式に置きかえる.これに加え,対称性を一般の有限群に拡張することにより,Muirhead の定理の一般化を与える.このとき凸集合の議論と整合的であるためには,群の空間への作用は線型であることを要する.よって,群の表現を考えることになる.
定義. を線型空間とし,をの部分集合とする.すべてのとにたいしてがなりたつとき,はの凸集合であるという.すなわちの凸集合とは,内分点をとる演算に関して閉じたの部分集合である.はそれ自身の凸集合である.がの凸集合であるとき,任意のとにたいし,ならば,
が成立する.実際,の点列をつぎのように定めると, かつ,がなりたつ.
点列
定義. を線型空間とし,をの部分集合とする.を含むすべてのの凸集合の共通部分をとおき,これをの凸包またはによって生成される凸集合という.は明らかにの凸集合であり,したがってを含む最小のの凸集合である.が有限集合で,であるとき,を含む任意のの凸集合は,となるすべてのに対するを含むから,
がなりたつ.また,左辺はを含む凸集合であり,はを含む最小の凸集合だから,
補題. とし,とする.このとき,
証明. とおく.指数函数はにおいて下に凸だから,凸不等式により
がなりたつ.ここから,
を得る.
定義. 一般に,を線型空間,を凸集合とし,とするとき,任意のとにたいして,
がなりたつならば,は凸函数と呼ばれる.
線型写像の制限写像として得られるはすべて凸函数である.により,任意のにたいし,からへの函数は凸函数である.さらに,が凸函数であるとき,任意の凸函数との合成写像は凸函数を与える.
補題. を線型空間,を凸集合とし,を凸函数とする.このとき,任意のとにたいし,ならば,
がなりたつ.
証明. と同様にの点列を定義すると, であり,
だから,
を得る.
この補題はイェンゼン Jensen の不等式の名で知られている.
Jensen の不等式に対称性の条件を加えることで,つぎの一般的な定理が生じる.は線型空間から自身への同型写像の集合(一般線型群)を表すとする.
定理. を線型空間とし,を有限群,を群準同型(群の表現)とする.また,を任意にとり,有限集合を
と定める.もし,ならば,任意の凸函数にたいし,
がなりたつ.
とくに,であり,あるが存在して と書けるとき,
加えてであり,が標準的な置換表現ならば, とおくと,
ゆえに,群が線型に作用しているという前提のもとで,凸包の包含関係は対称式の大小関係を誘導する.
証明. の元に順序を付してとし,にたいして と定める.このとき,
だから,かつをみたすが存在する.にたいし,は線型だから,
がなりたつ.さらに,は凸函数だから,の補題により,
右辺の和の順序を変更して,にわたって各辺の総和をとると,により,
が得られる.
定理の要点は,不等式に重みが含まれていないことである.個々のに対する Jensen の不等式には重みが従属する.しかしそれらをすべてので合計すると,群によって平均化されて,係数を含まない式が得られるのである(対称性の条件を除くと,これらの係数が複雑になってしまう.様式美を離れた拡張は,いきすぎよう).
次元以上の空間に関する問題において,凸包の包含関係を判定することは難しいが,いくつかの有用な鑑別条件が存在する.
定義. とおく. にたいし,Muirhead の定理の条件
がなりたつとき,はを支配する majorizes といい,これをと表す.
は上の順序を定める.
命題. を標準的な置換表現とし,とする.また,を正数とし,
(第成分と第成分にがあるベクトルで,)と仮定する.このとき,
とおくと,であり,がなりたつ.
証明. は明らかである.の第, 第成分を交替したベクトルをとおくと,かつがなりたつ.だから,あるについてがなりたち,により,である.よって,であり,を得る.
命題. を標準的な置換表現とし,とする.また,の成分を降順に並べかえたベクトルをとおく.もし,ならば,
とおくと,がなりたつ.
証明. に
の形をした有限個のベクトルを加えることで,が構成できる(たとえば の場合は,
とし, の場合は,
とする).よって,の命題により,
がなりたつ.また,はの並べかえだから,
がなりたつ.よって,を得る.
の応用例を示す.
定理 (Muirhead の定理). とし,これらの成分を降順に並べかえたベクトルをとおいて,と仮定する.このとき,を標準的な置換表現とすると,の命題により,
だから,の定理により,任意のにたいし,
がなりたつ.
定理 (カラマータ Karamata の定理). とし,これらの成分を降順に並べかえたベクトルをとおいて,と仮定する.このとき,を標準的な置換表現とすると,の命題により,
また,を凸函数とする.
からへの第成分の射影は線型写像であり,したがって凸函数だから,合成写像とにたいしての定理を用いると,
が得られる.これを Karamata の不等式という.
命題. とし,とする.とし,は包含写像とする.だから,の定理により,すべてのにたいし,
線分
命題. を線型独立なベクトルとする.原点とを通る直線を 原点とを通る直線をとし,に関する対称変換をとして,によって生成される群をとおく.を包含写像とし,
とすると,だから,すべてのにたいし,
平行四辺形
命題. とおくと,がなりたつ.また,次交代群からへの写像を,置換表現と同じように
(はの基本ベクトル)によって定めると,は群準同型であり,
がなりたつ.よって,
三角形
命題. を原点を中心とする正二十面体,をの頂点集合とし,の各面の中心を集めた集合をとする.また,のすべての合同変換のなかでを不変にするものの集合をとおく(正二十面体群).は位数の群をなす.
頂点を任意にとる.を包含写像とすると,
であり,だから,すべてのにたいし,
がなりたつ.たとえば,
ただし,は黄金比を表す.
正二十面体の座標表示(フィボナッチ数列 bot, @Aureus_N より引用)
の定理のかつが多重指数函数である場合については,逆の命題が成立する.
定理. を有限群とし,を群準同型とする.また,を任意にとり,
とおく.もし,すべてのにたいし,
ならば,がなりたつ.
証明. をの標準内積とし,をの標準ノルムとする.
と仮定して,背理法を用いる.このとき,あるが存在し,がなりたつ.
はのコンパクト集合だから,函数の最小値を与えるが存在する.ここで,とおき,写像を
によって定め,とおく.このとき,とは超平面によって分断されることを証明する.
点,点,超平面と変数
まず,により,だから,
がなりたつ.よって,を得る.
また,を任意にとる.を任意にとるとき,だから,の最小性により,
がなりたつ.ここから,
が得られる.は任意だから,
であり,よって,を得る.
つぎに,とおくと,である.また,とおくと,すべてのにたいし,定理の仮定により,
がなりたつ.ここで,すべてのにたいし,かつ,だから,各辺でとすることにより,が得られる.これは,矛盾である.
したがって,がなりたつ.
これまでに示した系はいずれも凸包の位置関係から明らかなものであったが,非自明な例としてシュール Schur の不等式
が挙げられる.これもの定理を使って証明できるかも知れないが,今のところ判らない.