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Muirhead の不等式の一般化と幾何学的意味

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!FORMULA[0][36213][0]変数の相加相乗平均の不等式 3変数の相加相乗平均の不等式



お久しぶりです.今回は,対称式に関する不等式として大変有名なムーアヘッド Muirhead の定理の幾何学的意味と,その一般化につきまして私が考察した内容を述べようと思います.

相加相乗平均の不等式を始めとする実数についての一般的な不等式は多くの場面で重宝され,現在ではその応用性の真価を否定する人はいません.対称不等式はそれ自身独特な奥ゆかしさをもつものが多く,数学オリンピックでは毎年かならずどこかの国の本選試験で不等式についての出題があり,競技数学の中でひとつの大きな分野を形成しています.

対称不等式の(恐らく)最も汎用的な一般化として知られているのが Muirhead の定理です.この定理は非常に精巧な形にまとめられており,かつ対称多項式からなる多くの不等式を包含しているという長所がありますが,証明は煩雑になりがちであり,定理の趣旨は単純明晰であるにもかかわらず,直観的意味が掴みにくいという短所があります.

今回の記事では,図形的解釈を用いることで Muirhead の定理の証明をわかりやすくし,また Muirhead の定理の拡張をおこなうことを試みようと思います.これから登場する図形はN次元空間の中に描かれ,それらの実態を眺めることはできないのですが,個々の多項式における指数の偏り具合を抽象的に実現することでもって,私たちの絡まった認知を抱擁してくれることでしょう.

以上のような動機で,私はつぎのように考えました:










§1. x1,x2,x3は正の数を表すとする.2個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は,多重指数を用いて
x(2,0)+x(0,2)2x(1,1),x=(x1,x2)
と書かれ,3個の変数をもつ相加相乗平均の不等式は
x(3,0,0)+x(0,3,0)+x(0,0,3)3x(1,1,1),x=(x1,x2,x3)
と書かれる.また3個の変数をもつ有名な2次の並べかえ不等式は,
x(2,0,0)+x(0,2,0)+x(0,0,2)x(0,1,1)+x(1,0,1)+x(1,1,0),x=(x1,x2,x3)
と表すことができる.一般に,x(0,)NN個の正数からなる組,aRNN個の実数からなる組とし,x=(x1,,xN), a=(a1,,aN)とおくとき,xを底とする多重指数xa
xa=i=1Nxiai
と定義される.

主題の Muirhead の定理とはつぎの命題であった.


§2 定理. SNは集合{1,,N}から{1,,N}への全単射の集合(対称群)を表すとする.a=(a1,,aN), b=(b1,,bN)RNとし,
aiai+1, bibi+1 (i=1,,N1)
と仮定する.もし
j=1iajj=1ibj (i=1,,N1),j=1Naj=j=1Nbj
であるならば,すべてのx=(x1,,xN)(0,)Nに対し,
σSNi=1Nxiaσ(i)σSNi=1Nxibσ(i)
がなりたつ.

たとえばa=(1,,1)b=(N,0,,0)のとき,
N!i=1Nxi(N1)!i=1NxiN
は相加相乗平均の不等式である.また,N=3a=(1,1,0),b=(2,0,0)の場合から
2x1x2+2x2x3+2x1x32x12+2x22+2x32
が得られる.

Muirhead の定理は対称性と指数の偏り具合というふたつの材料からなりたっている.ここでは,指数の偏り具合が凸集合を用いて記述できることに着目して,定理の前提部分を図形的なイメージに置きかえる.つぎに,対称性を一般の有限群Gに拡張する.凸集合の議論と整合的であるためには,群の空間への作用は線型であることを要する.よって,群Gの表現を考えることになる.


§3 定義. VR線型空間とし,AVの部分集合とする.すべてのa,bAt[0,1]に対して(1t)a+tbAがなりたつとき,AVの凸集合であるという.すなわちVの凸集合とは,内分点をとる演算に関して閉じたVの部分集合である.線型空間Vはそれ自身Vの凸集合である.AVの凸集合であるとき,任意ののa1,,anAt1,,tn[0,1]に対し,ti=1ならば,
i=1ntiaiA
が成立する.実際,RNの点列(bi)i=1nをつぎのように定めると,biA (i=1,,n)かつbn=tiaiがなりたつ.
b1=a1,b2=t1b1+t2a2t1+t2,b3=(t1+t2)b2+t3a3t1+t2+t3,  bn=(t1++tn1)bn1+tnant1++tn.
点列!FORMULA[73][-1171002397][0] 点列(bi)


§4 定義. VR線型空間とし,XVの部分集合とする.Xを含むすべてのVの凸集合の共通部分をConvXとおき,これをXの凸包またはXによって生成される凸集合という.ConvXは明らかにVの凸集合であり,したがってXを含む最小のVの凸集合である.Xが有限集合で,X={a1,,an}であるとき,Xを含む任意のVの凸集合は,ti=1となるすべてのt1,,tn[0,1]に対するtiaiを含むから,
{i=1ntiai|t1,,tn[0,1], i=1nti=1}ConvX
がなりたつ.また,左辺はXを含む凸集合であり,ConvXXを含む最小の凸集合だから,
ConvX={i=1ntiai|t1,,tn[0,1], i=1nti=1}.


§5 補題. a,bRN, t[0,1]とするとき,任意のx(0,)Nに対し,
x(1t)a+tb(1t)xa+txb
がなりたつ.
証明. y=xa, z=xbとおく.指数函数(z/y)s (sR)[0,1]上で下に凸だから,凸不等式により
(z/y)t(1t)+t(z/y)
がなりたつ.ゆえに,
y1tzt(1t)y+tz
である.


§6 定義. 一般に,VR線型空間,AVを凸集合とし,f:ARとするとき,任意のa,bAt[0,1]に対して,
f(ta+(1t)b)tf(a)+(1t)f(b)
がなりたつならば,fは凸函数と呼ばれる.

線型写像の制限写像として得られるfはすべて凸函数である.§5により,任意のx(0,)Nに対し,RNからRへの函数axaは凸函数である.さらに,fが凸函数であるとき,任意の凸函数g:RRとの合成写像gfは凸函数を与える.


§7 補題. VR線型空間,AVを凸集合とし,f:ARを凸函数とする.このとき,任意のa1,,anAt1,,tn[0,1]に対し,ti=1ならば,
f(i=1ntiai)i=1ntif(ai)
がなりたつ.
証明. §3と同様にRNの点列(bi)i=1nを定義すると,biA (i=1,,n)であり,
f(b1)=f(a1),f(b2)t1f(b1)+t2f(a2)t1+t2,f(b3)(t1+t2)f(b2)+t3f(a3)t1+t2+t3,  f(bn)(t1++tn1)f(bn1)+tnf(an)t1++tn
だから,
f(i=1ntiai)=f(bn)t1f(a1)++tnf(an)t1++tn=i=1ntif(ai)
を得る.

この補題はイェンゼン Jensen の不等式の名で知られている.

Jensen の不等式に対称性の条件を加えることで,つぎの一般的な定理が生じる.GL(V)R線型空間VからV自身への同型写像の集合(一般線型群)を表すとする.

§8 定理. VR線型空間とし,Gを有限群,ρ:GGL(V)を群準同型(群の表現)とする.また,a,bVを任意にとり,有限集合X,Y
X={ρ(g)(a)gG}, Y={ρ(g)(b)gG}
と定める.もし,ConvXConvYならば,任意の凸函数f:ConvYRに対し,
gGf(ρ(g)(a))gGf(ρ(g)(b))
がなりたつ.

とくに,V=RNで,あるx=(x1,,xN)(0,)Nについてf(α)=xα (αConvY)のとき,
gGxρ(g)(a)gGxρ(g)(b).
加えてG=SNで,ρが標準的な置換表現ならば,
σSNi=1Nxiaσ(i)σSNi=1Nxibσ(i).
ゆえに,群Gが線型に作用しているという前提のもとで,凸包の包含関係は対称式の大小関係を誘導する.
証明. Gの元に順序を付してG={g1,,gn}とし,i=1,,nに対してρi=ρ(gi), ai=ρi(a), bi=ρi(b)と定める.このとき,
X={a1,,an}, Y={b1,,bn}.
aConvYだから,a=tibiかつti=1をみたすt1,,tn[0,1]が存在する.j=1,,nに対し,ρjは線型だから,
ρj(a)=i=1ntiρj(bi)=i=1nti(ρjρi)(b)
がなりたつ.さらに,fは凸函数だから,§7の補題により,
f(ρj(a))i=1ntif((ρjρi)(b)).
右辺の和の順序を変更して,j=1,,nにわたって各辺の総和をとると,ti=1により,
j=1nf(ρj(a))i=1nf(ρi(b))
が得られる.

定理の要点は,不等式に重みが含まれていないことである.個々のρj(a) (j=1,,n)に対する Jensen の不等式には係数が従属する.しかしそれらをすべてのjで合計すると,群Gによって平均化され,最後には重みを含まない式が得られるのである.

4次元以上の空間に関する問題において,凸包の包含関係を判定することは難しいが,いくつかの有用な鑑別条件が存在する.


§9. DN={(a1,,aN)RNaiai+1 (i=1,,N1)}とおく.a=(a1,,aN), b=(b1,,bN)DNに対し,Muirhead の定理の条件
j=1iajj=1ibj (i=1,,N1),j=1Naj=j=1Nbj
がなりたつとき,baを支配する (b majorizes a) といい,これをabと表す.DN上の順序を定める.

いまd>0を任意の正数とし,
a=b+(0,,0,d,0,,0,d,0,,0)
(第i成分と第j成分にdがあるベクトルで,i<j)と仮定すれば,abである.またρ:SNGLN(R)を標準的な置換表現とし,
X={ρ(g)(a)gSN}, Y={ρ(g)(b)gSN}
とおくと,ConvXConvYがなりたつ.実際,bの第i, 第j成分を交替したベクトルをcとおくと,ci<ai<biかつbj<aj<cjがなりたつ.ai+aj=bi+bj=ci+cjだから,あるt[0,1]についてa=(1t)b+tcがなりたち,b,cYにより,aConvYである.よって,XConvYであり,ConvXConvYを得る.


§10. a,bRNとし,これらの成分を降順に並べかえたベクトルをa,bDNとする.abがなりたつとき,b
(0,,0,d,0,,0,d,0,,0),d>0
の形をした有限個のベクトルを加えることで,aを構成することができる.よって,§9と同じように,集合X,Y
X={ρ(g)(a)gSN}={ρ(g)(a)gSN},Y={ρ(g)(b)gSN}={ρ(g)(b)gSN}
と定義すれば,§9の議論により,ConvXConvYがなりたつ.

たとえばa=(5,3,1,1), b=(7,2,1,0)の場合は,
(7,2,1,0)+(1,1,0,0)(6,3,1,0)+(1,0,1,0)(5,3,2,0)+(0,0,1,1)(5,3,1,1)
とし,a=(1,1,1,1,1), b=(5,0,0,0,0)の場合は,
(5,0,0,0,0)+(1,1,0,0,0)(4,1,0,0,0)+(1,0,1,0,0)(3,1,1,0,0)+(1,0,0,1,0)(2,1,1,1,0)+(1,0,0,0,1)(1,1,1,1,1)
とする.


§11 系 (Muirhead の定理). a=(a1,,aN), b=(b1,,bN)RN§10の条件をみたすベクトルとすると,§10,§8により,任意のx=(x1,,xN)(0,)Nに対し,
σSNi=1Nxiaσ(i)σSNi=1Nxibσ(i)
がなりたつ.


§12 系 (カラマータ Karamata の定理). a=(a1,,aN), b=(b1,,bN)RN§10の条件をみたすベクトルとし,g:RRを凸函数とする.RNからRへの第1成分の射影pr1は線型写像であり,したがって凸函数だから,合成写像gpr1G=SN, 置換表現ρに対して§8の定理を用いると,
i=1Ng(ai)i=1Ng(bi)
が得られる.


§13 系. aRN,a0とし,λ1とする.G={idRN,idRN}とし,ρ:GGLN(R)は包含写像とする.Conv{a,a}Conv{λa,λa}だから,§8の定理により,すべてのx(0,)Nに対し,
xa+xaxλa+xλa.
線分!FORMULA[278][-1390625796][0] 線分Conv{a,a},Conv{λa,λa}


§14 系. a,bR2を線型独立なベクトルとする.原点とa+bを通る直線を1, 原点とabを通る直線を2とし,1,2に関する対称変換をR1,R2として,R1,R2によって生成される群をGとおく.ρ:GGL2(R)を包含写像とし,
X={ρ(g)(2a)gG}, Y={ρ(g)(a+b)gG}
とすると,ConvXConvYだから,すべてのx(0,)2にたいし,
x2a+x2a+x2b+x2bxa+b+xab+xa+b+xab.
平行四辺形!FORMULA[294][-1663631871][0] 平行四辺形ConvX,ConvY


§15 系. X={(2,1,0),(0,2,1),(1,0,2)}, Y={(3,0,0),(0,3,0),(0,0,3)}とおくと,ConvXConvYがなりたつ.また,3次交代群A3からGL3(R)への写像ρを,置換表現と同じように
ρ(σ)(ei)=eσ(i) (i=1,2,3, σA3)
e1,e2,e3R3の標準ベクトル)によって定めると,ρは群準同型であり,
X={ρ(σ)(2,1,0)σA3}, Y={ρ(σ)(3,0,0)σA3}
がなりたつ.よって,
x13+x23+x33x12x2+x22x3+x32x1,x1,x2,x3>0.
三角形!FORMULA[309][-1663631871][0] 三角形ConvX,ConvY


§16 系. AR3を原点を中心とする正二十面体,XAの頂点集合とし,Aの各面の中心を集めた集合をYとする.また,R3のすべての合同変換のなかでAを不変にするものの集合をGIcosaとおく(正二十面体群).GIcosaは位数60の群をなす.

頂点a0X,b0Yを任意にとる.ρ:GIcosaGL3(R)を包含写像とすると,
X={ρ(g)(a0)gGIcosa}, Y={ρ(g)(b0)gGIcosa}
であり,ConvXConvYだから,すべてのx(0,)3にたいし,
5aXxa3bYxb
がなりたつ.たとえば,
5(x1ϕx2+x1ϕx21+x1ϕx2+x1ϕx21+x2ϕx3+x2ϕx31+x2ϕx3+x2ϕx31+x3ϕx1+x3ϕx11+x3ϕx1+x3ϕx11)3(x1ϕ/3x25ϕ/3+x1ϕ/3x25ϕ/3+x1ϕ/3x25ϕ/3+x1ϕ/3x25ϕ/3+x2ϕ/3x35ϕ/3+x2ϕ/3x35ϕ/3+x2ϕ/3x35ϕ/3+x2ϕ/3x35ϕ/3+x3ϕ/3x15ϕ/3+x3ϕ/3x15ϕ/3+x3ϕ/3x15ϕ/3+x3ϕ/3x15ϕ/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3+x1ϕ2/3x2ϕ2/3x3ϕ2/3),x1,x2,x3>0.
ただし,ϕ=(1+5)/2は黄金比を表す.
正二十面体の座標表示(フィボナッチ数列 bot, @Aureus_N より引用) 正二十面体の座標表示(フィボナッチ数列 bot, @Aureus_N より引用)


§17. これまでに示した系はいずれも凸包の位置関係から明らかなものであったが,非自明な例としてシュール Schur の不等式
x1r+2+x2r+2+x3r+2+x1rx2x3+x1x2rx3+x1x2x3rx1r+1x2+x2r+1x1+x2r+1x3+x3r+1x2+x3r+1x1+x1r+1x3
(x1,x2,x3,r>0)が挙げられる.これも§8の定理を使って証明できるかも知れないが,今のところ判らない.







投稿日:20241117
更新日:20241124
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ゆう
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