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現代数学解説
文献あり

【層理論第1回】前層と層

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はじめに

こんにちは!今年もよろしくお願いします!今回から層理論について説明したいと思います.層という概念は非常に便利で様々な数学に現れる対象で,色々な数学分野を統一的に扱う力を持っています.第1回は前層と層についてお話しします.

前層

前層の定義

層を定義する前に前層というものを定義します.前層は位相空間Xの開集合Uに対して,U上の函数全体を対応させる対応を抽象化して定義されるものです.函数はより小さな開集合に制限することができました.これと同様により小さな開集合上の函数に制限するというような写像たちを考えることで前層は定義されます.

前層

Xを位相空間とする.X上のアーベル群の前層Fとは次のデータ

  • Xの開集合Uに対してアーベル群F(U)
  • Xの開集合の組UVに対してアーベル群の準同形ρU,V:F(V)F(U)

が定まっていて以下の条件を満たすことをいう:
(1) 任意のXの開集合Uに対してρU,U=idF(U)である.
(2) 任意の開集合の三つ組UVWに対してρU,W=ρU,VρV,W.すなわち次の図式が可換である:
F(W)ρV,WρU,WF(V)ρU,VF(U).

F(U)の元をFU上の切断と呼ぶ.Γ(U;F)=F(U)とも書くことがある.ρU,V制限写像とも呼ぶ.誤解がない場合はsF(V)に対してρU,V(s)s|Uとも書く.

二つ目の条件はW上の函数をVに制限してからさらにUに制限することは一気にUに制限することと同じだということの類似です.前層Fに関する制限写像であることを強調するためにρU,VFとも書きます.以下ではアーベル圏に値を取る前層だけを考えるので単に前層と言います.

前層は函手であると見ることもできる.すなわち,位相空間Xに対して圏TXを対象がXの開集合で
HomTX(U,V)={{i:UV 包含写像}(UV)(UV)
と定めると,前層とはTXからアーベル群の圏Abへの反変函手のことである.ここではアーベル群に値を取る前層を考えたが,AbR加群の圏・環の圏などに取り替えることでR加群や環に値を取る前層を考えることもできる.

前層の例

Xを位相空間とする.
(i) 任意のUに対してF(U)=0として制限写像をすべてρU,V=0とすれば,Fは前層になる.これを零前層と呼び単に0であらわす.
(ii) Mをアーベル群として,任意の開集合Uに対してF(U)={f:UMfU上の定数函数}として制限写像を通常の函数の制限として定めれば,Fは前層になる(定数前層と呼ぶこともある).
(iii) より一般にxXに対してアーベル群Mxが定まっているときにF(U)=xUMxとして制限写像を単なる制限とすれば,Fは前層になる.
(iv) 開集合Uに対してCX0(U)={f:URfU上連続}として,制限写像を通常の函数の制限として定めればCX0は前層になる.
(v) XC級多様体であるとする.このとき,開集合Uに対してCX(U)={f:URfUC}として,制限写像を通常の函数の制限として定めればCXは前層になる.
(vi) XC内の領域であるとする.このとき,開集合Uに対してOX(U)={f:UCfU上正則}として,制限写像を通常の函数の制限として定めればOXは前層になる.またMX(U)={U上の有理型函数}と定めるとMXも前層になる.
(vii) X=Rnとする.このとき,開集合Uに対してL1(U)={f:URfU上可積分}として,制限写像を通常の函数の制限として定めればL1は前層になる.

前層の間の射を定義しましょう.前層は各開集合にアーベル群が対応するものなので各開集合に対してそれらのアーベル群の間の写像のデータとするのが自然です.さらに前層には制限写像というデータも付いているので,これらと両立するという条件も加える必要があるでしょう.こうして次の定義を得ます.

前層の射

F,Gを位相空間X上の前層とする.前層の射φ:FGとは,Xの開集合Uに対してφU:F(U)G(U)が定まっていて,任意の開集合の組UVに対してφUρU,VF=ρU,VGφVを満たすことをいう.言い換えると前層の射とは前層を函手だとみなしたときの函手間の射(自然変換)である.このように射を定義したX上の前層全体のなす圏をPSh(X)と書く.

二つの前層の射φ,φ:FGに対して,(φ+φ)U:=φU+φUと定めるとφ+φは前層の射となります.こうして前層の射の集合に加法が入ります.さらに前層の射φ:FGに対して,K(U):=KerφU,I(U):=ImφUと定めると,これらは前層になることが確認できます.これらを核と像と定めることでPSh(X)はアーベル圏をなすことが分かります.核と像の定義から前層の射の列FφGψHが完全であることは,任意のXの開集合Uに対してF(U)φUG(U)ψUH(U)が完全であることと同値です.

前層の茎

点がある普通の空間で前層を扱う際に便利な茎という概念を導入します.

前層の茎

Fを位相空間X上の前層とする.xXに対してxの開近傍を渡る帰納系{F(U),ρU,V}Uに関する帰納極限を
Fx:=limxUF(U)
と書き,Fxにおけると呼ぶ.xの開近傍Uに対して定まる標準的な写像F(U)Fxρx,Uと書き,sF(U)に対してsx:=ρx,U(s)と書く.

sxxにおける函数の値s(x)とは異なります.sxx一点の情報だけでなくxの十分小さな近傍の情報も持っています.xからちょっとだけ染み出している感覚です.帰納極限の性質からxXに対して任意のFxの元はあるxの開近傍UsF(U)によりsxの形にあらわされます.またsF(U)xUに対してsx=0を満たすならば,あるxU内の開近傍Uxが存在してs|Ux=0となります.

帰納極限の性質から,φ:FGを位相空間X上の前層の射とすると任意のxXに対してφx:FxGxであって任意のxの開近傍Uに対してφxρx,UF=ρx,UGφUが成り立つものが唯一つ存在します.すなわち,次の図式を可換にするものが唯一つ存在します:
F(U)φUG(U)FxφxGx.
φ:FG,ψ:GHを前層の射とすると,一意性から任意のxXに対してψxφx=(ψφ)xが分かります.帰納極限は完全性を保つので,任意のxXに対してFFxは完全函手PSh(X)Abとなります.

以下ではXを位相空間とします.前層にさらに条件を加えて層を定義します.

層の定義

前層は開集合上の函数空間を対応させる対応の類似でした.層はそのクラスの函数に属することが局所的な性質であるような函数空間の対応を抽象化したものです.すなわち,層は前層のうち貼り合わせ条件と呼ばれるものを満たすもののことです.

X上の前層Fであるとは次の貼り合わせ条件を満たすことをいう:
任意の開集合Uと任意のUの開被覆{Ui}iI対して,siF(Ui) (iI)が与えられ任意のi,jIに対してsi|UiUj=sj|UiUjを満たすならば,sF(U)一意的に存在して任意のiIに対してs|Ui=siを満たす.

テキストによっては貼り合わせ条件は
(S1) sF(U)が任意のiIに対してs|Ui=0を満たすならs=0
(S2) siF(Ui) (iI)が与えられ任意のi,jIに対してsi|UiUj=sj|UiUjを満たすならば,sF(U)が存在して任意のiIに対してs|Ui=siを満たす.
と二つに分解されていることもあります.ちなみにU=のとき空な添字集合からなる開被覆を取ればF()=0であることも分かります.上で見た前層の例たちが層になるかを見てみましょう.

層の例・層にならない前層の例

(i) 零前層0は層になる.siたちとして0しか取れないからである.0を零層とも呼ぶ.
(ii) Mをアーベル群としたときMに対応する定数前層は一般には層ではない.例えばX={0,1}に離散位相を入れてM=Zとすれば,U=XU0={0},s0=0,U1={1},s1=1とすればs0|U0U1=0=s1|U0U1だがX上の定数函数ss|Ui=si (i=0,1)となるものは取れない.
定数前層の代わりにMX(U)={f:UMfU上の局所定数函数}とすればMXは層になることが分かる.MXMに対応する(Mを茎に持つ)定数層と呼ぶ.
(iii) xXに対してアーベル群Mxが定まっているときにF(U)=xUMxとして制限写像を単なる制限として定めた前層Fは層である.
(iv) CX0は層である.局所的に連続な函数を貼り合わせて作った函数も連続だからである.
(v) XC級多様体のとき,CXは層である.C級であるという性質も局所的なものだからである.
(vi) XC内の領域のとき,OX,MXは層である.
(vii) X=Rnのとき,L1は層ではない.有界領域上の0でない定数函数はその上で可積分だが,貼り合わせて非有界な定数函数を作ると可積分ではないからである.
可積分函数の前層の代わりにLloc1(U)={f:URfU上局所可積分}とすればLloc1は層になることが分かる.

上の例で見たように層であるというのはそこに属していることが局所的な条件であるということに対応します.つまり局所的なものを貼り合わせて大域的なものを作れるということを表しているのが層というものなのです.
層に対してすぐ分かる大切な性質として次があります.

FX上の層とする.s,tF(U)に対してs=tsx=tx (xU)である.

差を考えればt=0の場合に示せば十分である.は良い.sx=0 (xU)とするとxU内の開近傍Uxが存在してs|Ux=0である.{Ux}xUUの開被覆なのでs=0である.

層の間の射は前層の射と同じもので定義しておきます.

層の射

X上の層F,Gに対して層の射φ:FGとはF,Gを前層と見たときの射のことである.このように射を定義したX上の層全体のなす圏をSh(X)と書く.

言い換えるとSh(X)PSh(X)の充満部分圏であるということです.前層のときと同様に射の集合には加法が定義できます.実はアーベル圏にもなるのですが,それは第2回で見ていきましょう.

層化

上で見たように前層であって層ではないものがあります.その際に定数前層に対して定数層を,L1に対してLloc1を与えるような「与えられた前層に一番近い層」を作る操作が欲しくなってきます.このような操作は存在するというのが次の定理です.

層化の存在

X上の前層Fに対して,X上の層F+と前層の射θ:FF+の組(F+,θ)であって次の条件(普遍性)を満たすものが唯一つ存在する:
任意のX上の層Gと前層の射φ:FGに対して,層の射φ~:F+Gが一意的に存在してφ=φ~θを満たす.すなわち,次の図式を可換にする層の射φ~が一意的に存在する:
FθφF+φ~G.
さらに任意のxXに対して茎に誘導される射θx:FxFx+は同形である.

定理中の条件はFからどんな層Gへの射も必ず層F+を通って行けということを言っているので,この意味で「Fに一番近い層」と言えるのです.また,普遍性からFが層ならF+Fとなります.

概略

[F]を茎を並べて作った層[F](U)=xUFxを考える(これは一般的な記号ではない).これが層になることは上の例で見た.F(U)s(sx)xU[F](U)により前層の射ε:F[F]が定まる.この[F]の切断は近くの点でもバラバラに茎の元を対応させて良いので,とんでもなく大きな層である.もっともとのFに近づけるために各点近傍でFの切断でコントロールされているように条件をつけてF+を定義する.つまり
F+(U):={f[F](U)xU,VxU内の開近傍,f(y)=sy (yV)}
と定義する.F+を定義するときの条件は局所的だからF+は層になる.εの像はF+に入るので値域を制限してθが得られる.定義から各点の近傍ではFの切断から来ているものなのでθxが同形はすぐ分かる.普遍性の条件をチェックするために開集合UfF+(U)に対してφ~U(f)を定めよう.定義からUの開被覆{Ui}iIsiF(Ui) (iI)f(x)=(si)x (xUi)を満たすものが存在する.すると
(φUi(si)|UiUjφUj(sj)|UiUj)x=φx((si|UiUjsj|UiUj)x)=0
でありGは層なので,補題1からφUi(si)|UiUjφUj(sj)|UiUj=0である.再びGが層であることを用いればあるtG(U)が存在してt|Ui=φUi(si) (iI)を満たす.t{Ui}iIsiのとり方によらずfのみによることがチェックできるのでφ~U(f):=tと定めれば良い.作り方からφ=φ~θを満たすことが分かり,射の一意性もやはり補題1を用いれば分かる.

層化

FX上の前層とする.上の定理中の条件を満たす層と前層の射の組(F+,θ)F層化,または付随した層と呼ぶ.多くの場合θは省略して単にF+Fの層化という.

層化の例

(i) 定数層は定数前層の層化である.
(ii) Lloc1L1の層化である.

このようにして層でない前層が現れても層化することで層を作り出すことができるのです.実は前層の圏をアーベル圏だとみなしたときに出てきたKは層ですが,Iは層ではないという問題があります.それでは層としての像をここから作るにはどうすれば良いでしょうか?答えは層化を取ることです!これは次回考えます.

随伴としての層化

層化の普遍性は層の圏から前層の圏への埋め込み函手ι:Sh(X)PSh(X)との随伴ともみなせる.実際,FPSh(X),GSh(X)に対して定理2から
HomSh(X)(F+,G)HomPSh(X)(F,ι(G))
は自然同値であることが分かる.

まとめ

今回は

  • 前層の定義と例・茎の定義
  • 層の定義と例・層化の存在

について説明しました.第2回は層の圏Sh(X)について,第3回は層係数コホモロジーについてお話する予定です.そのうち超局所層理論の話もしたいな〜と思っています.それではまた!

参考文献

[1]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
投稿日:202111
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層理論が好きです.広い意味での代数解析についての記事を書いています.

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  1. はじめに
  2. 前層
  3. 前層の定義
  4. 前層の茎
  5. 層の定義
  6. 層化
  7. まとめ
  8. 参考文献