はじめに
こんにちは!今年もよろしくお願いします!今回から層理論について説明したいと思います.層という概念は非常に便利で様々な数学に現れる対象で,色々な数学分野を統一的に扱う力を持っています.第1回は前層と層についてお話しします.
前層
前層の定義
層を定義する前に前層というものを定義します.前層は位相空間の開集合に対して,上の函数全体を対応させる対応を抽象化して定義されるものです.函数はより小さな開集合に制限することができました.これと同様により小さな開集合上の函数に制限するというような写像たちを考えることで前層は定義されます.
前層
を位相空間とする.上のアーベル群の前層とは次のデータ
- の開集合に対してアーベル群,
- の開集合の組に対してアーベル群の準同形
が定まっていて以下の条件を満たすことをいう:
(1) 任意のの開集合に対してである.
(2) 任意の開集合の三つ組に対して.すなわち次の図式が可換である:
の元をの上の切断と呼ぶ.とも書くことがある.を制限写像とも呼ぶ.誤解がない場合はに対してをとも書く.
二つ目の条件は上の函数をに制限してからさらにに制限することは一気にに制限することと同じだということの類似です.前層に関する制限写像であることを強調するためにとも書きます.以下ではアーベル圏に値を取る前層だけを考えるので単に前層と言います.
前層は函手であると見ることもできる.すなわち,位相空間に対して圏を対象がの開集合で
と定めると,前層とはからアーベル群の圏への反変函手のことである.ここではアーベル群に値を取る前層を考えたが,を加群の圏・環の圏などに取り替えることで加群や環に値を取る前層を考えることもできる.
前層の例
を位相空間とする.
(i) 任意のに対してとして制限写像をすべてとすれば,は前層になる.これを零前層と呼び単にであらわす.
(ii) をアーベル群として,任意の開集合に対してとして制限写像を通常の函数の制限として定めれば,は前層になる(定数前層と呼ぶこともある).
(iii) より一般にに対してアーベル群が定まっているときにとして制限写像を単なる制限とすれば,は前層になる.
(iv) 開集合に対してとして,制限写像を通常の函数の制限として定めればは前層になる.
(v) が級多様体であるとする.このとき,開集合に対してとして,制限写像を通常の函数の制限として定めればは前層になる.
(vi) が内の領域であるとする.このとき,開集合に対してとして,制限写像を通常の函数の制限として定めればは前層になる.またと定めるとも前層になる.
(vii) とする.このとき,開集合に対してとして,制限写像を通常の函数の制限として定めればは前層になる.
前層の間の射を定義しましょう.前層は各開集合にアーベル群が対応するものなので各開集合に対してそれらのアーベル群の間の写像のデータとするのが自然です.さらに前層には制限写像というデータも付いているので,これらと両立するという条件も加える必要があるでしょう.こうして次の定義を得ます.
前層の射
を位相空間上の前層とする.前層の射とは,の開集合に対してが定まっていて,任意の開集合の組に対してを満たすことをいう.言い換えると前層の射とは前層を函手だとみなしたときの函手間の射(自然変換)である.このように射を定義した上の前層全体のなす圏をと書く.
二つの前層の射に対して,と定めるとは前層の射となります.こうして前層の射の集合に加法が入ります.さらに前層の射に対して,と定めると,これらは前層になることが確認できます.これらを核と像と定めることではアーベル圏をなすことが分かります.核と像の定義から前層の射の列が完全であることは,任意のの開集合に対してが完全であることと同値です.
前層の茎
点がある普通の空間で前層を扱う際に便利な茎という概念を導入します.
前層の茎
を位相空間上の前層とする.に対しての開近傍を渡る帰納系に関する帰納極限を
と書き,のにおける茎と呼ぶ.の開近傍に対して定まる標準的な写像をと書き,に対してと書く.
はにおける函数の値とは異なります.は一点の情報だけでなくの十分小さな近傍の情報も持っています.からちょっとだけ染み出している感覚です.帰納極限の性質からに対して任意のの元はあるの開近傍とによりの形にあらわされます.またがに対してを満たすならば,あるの内の開近傍が存在してとなります.
帰納極限の性質から,を位相空間上の前層の射とすると任意のに対してであって任意のの開近傍に対してが成り立つものが唯一つ存在します.すなわち,次の図式を可換にするものが唯一つ存在します:
を前層の射とすると,一意性から任意のに対してが分かります.帰納極限は完全性を保つので,任意のに対しては完全函手となります.
層
以下ではを位相空間とします.前層にさらに条件を加えて層を定義します.
層の定義
前層は開集合上の函数空間を対応させる対応の類似でした.層はそのクラスの函数に属することが局所的な性質であるような函数空間の対応を抽象化したものです.すなわち,層は前層のうち貼り合わせ条件と呼ばれるものを満たすもののことです.
層
上の前層が層であるとは次の貼り合わせ条件を満たすことをいう:
任意の開集合と任意のの開被覆対して,が与えられ任意のに対してを満たすならば,が一意的に存在して任意のに対してを満たす.
テキストによっては貼り合わせ条件は
(S1) が任意のに対してを満たすなら.
(S2) が与えられ任意のに対してを満たすならば,が存在して任意のに対してを満たす.
と二つに分解されていることもあります.ちなみにのとき空な添字集合からなる開被覆を取ればであることも分かります.上で見た前層の例たちが層になるかを見てみましょう.
層の例・層にならない前層の例
(i) 零前層は層になる.たちとしてしか取れないからである.を零層とも呼ぶ.
(ii) をアーベル群としたときに対応する定数前層は一般には層ではない.例えばに離散位相を入れてとすれば,ととすればだが上の定数函数でとなるものは取れない.
定数前層の代わりにとすればは層になることが分かる.をに対応する(を茎に持つ)定数層と呼ぶ.
(iii) に対してアーベル群が定まっているときにとして制限写像を単なる制限として定めた前層は層である.
(iv) は層である.局所的に連続な函数を貼り合わせて作った函数も連続だからである.
(v) が級多様体のとき,は層である.級であるという性質も局所的なものだからである.
(vi) が内の領域のとき,は層である.
(vii) のとき,は層ではない.有界領域上のでない定数函数はその上で可積分だが,貼り合わせて非有界な定数函数を作ると可積分ではないからである.
可積分函数の前層の代わりにとすればは層になることが分かる.
上の例で見たように層であるというのはそこに属していることが局所的な条件であるということに対応します.つまり局所的なものを貼り合わせて大域的なものを作れるということを表しているのが層というものなのです.
層に対してすぐ分かる大切な性質として次があります.
差を考えればの場合に示せば十分である.は良い.とするとの内の開近傍が存在してである.はの開被覆なのでである.
層の間の射は前層の射と同じもので定義しておきます.
層の射
上の層に対して層の射とはを前層と見たときの射のことである.このように射を定義した上の層全体のなす圏をと書く.
言い換えるとはの充満部分圏であるということです.前層のときと同様に射の集合には加法が定義できます.実はアーベル圏にもなるのですが,それは第2回で見ていきましょう.
層化
上で見たように前層であって層ではないものがあります.その際に定数前層に対して定数層を,に対してを与えるような「与えられた前層に一番近い層」を作る操作が欲しくなってきます.このような操作は存在するというのが次の定理です.
層化の存在
上の前層に対して,上の層と前層の射の組であって次の条件(普遍性)を満たすものが唯一つ存在する:
任意の上の層と前層の射に対して,層の射が一意的に存在してを満たす.すなわち,次の図式を可換にする層の射が一意的に存在する:
さらに任意のに対して茎に誘導される射は同形である.
定理中の条件はからどんな層への射も必ず層を通って行けということを言っているので,この意味で「に一番近い層」と言えるのです.また,普遍性からが層ならとなります.
概略
を茎を並べて作った層を考える(これは一般的な記号ではない).これが層になることは上の例で見た.により前層の射が定まる.このの切断は近くの点でもバラバラに茎の元を対応させて良いので,とんでもなく大きな層である.もっともとのに近づけるために各点近傍での切断でコントロールされているように条件をつけてを定義する.つまり
と定義する.を定義するときの条件は局所的だからは層になる.の像はに入るので値域を制限してが得られる.定義から各点の近傍ではの切断から来ているものなのでが同形はすぐ分かる.普遍性の条件をチェックするために開集合とに対してを定めよう.定義からの開被覆とでを満たすものが存在する.すると
でありは層なので,補題1からである.再びが層であることを用いればあるが存在してを満たす.はとのとり方によらずのみによることがチェックできるのでと定めれば良い.作り方からを満たすことが分かり,射の一意性もやはり補題1を用いれば分かる.
層化
を上の前層とする.上の定理中の条件を満たす層と前層の射の組をの層化,または付随した層と呼ぶ.多くの場合は省略して単にをの層化という.
層化の例
(i) 定数層は定数前層の層化である.
(ii) はの層化である.
このようにして層でない前層が現れても層化することで層を作り出すことができるのです.実は前層の圏をアーベル圏だとみなしたときに出てきたは層ですが,は層ではないという問題があります.それでは層としての像をここから作るにはどうすれば良いでしょうか?答えは層化を取ることです!これは次回考えます.
随伴としての層化
層化の普遍性は層の圏から前層の圏への埋め込み函手との随伴ともみなせる.実際,に対して定理2から
は自然同値であることが分かる.
まとめ
今回は
について説明しました.第2回は層の圏について,第3回は層係数コホモロジーについてお話する予定です.そのうち超局所層理論の話もしたいな〜と思っています.それではまた!