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現代数学解説
文献あり

有向グラフから多元環を作っていろいろ計算してくれるウェブアプリで遊ぼう!【String Applet 第1回】

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$$\newcommand{AA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{BB}[0]{\mathcal{B}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{CM}[0]{\operatorname{\mathsf{CM}}} \newcommand{coker}[0]{\operatorname{Coker}} \newcommand{DD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{DDD}[0]{\mathsf{D}} \newcommand{EE}[0]{\mathcal{E}} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{equiv}[0]{\Leftrightarrow} \newcommand{Ext}[0]{\operatorname{Ext}} \newcommand{F}[0]{\mathsf{F}} \newcommand{FF}[0]{\mathcal{F}} \newcommand{GG}[0]{\mathcal{G}} \newcommand{HH}[0]{\mathcal{H}} \newcommand{Hom}[0]{\operatorname{Hom}} \newcommand{II}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{image}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{imp}[0]{\Rightarrow} \newcommand{implies}[0]{\Rightarrow} \newcommand{inj}[0]{\hookrightarrow} \newcommand{JJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{KK}[0]{\mathcal{K}} \newcommand{KKK}[0]{\mathsf{K}} \newcommand{LL}[0]{\mathcal{L}} \newcommand{MM}[0]{\mathcal{M}} \newcommand{mod}[0]{\operatorname{\mathsf{mod}}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{NN}[0]{\mathcal{N}} \newcommand{OO}[0]{\mathcal{O}} \newcommand{PP}[0]{\mathcal{P}} \newcommand{proj}[0]{\operatorname{\mathsf{proj}}} \newcommand{QQ}[0]{\mathcal{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rep}[0]{\operatorname{\mathsf{rep}}} \newcommand{surj}[0]{\twoheadrightarrow} \newcommand{Tor}[0]{\operatorname{Tor}} \newcommand{TT}[0]{\mathcal{T}} \newcommand{TTT}[0]{\mathsf{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathcal{U}} \newcommand{VV}[0]{\mathcal{V}} \newcommand{XX}[0]{\mathcal{X}} \newcommand{YY}[0]{\mathcal{Y}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{ZZ}[0]{\mathcal{Z}} $$

概要

String Applet というブラウザで動くウェブアプリの紹介です。これは多元環の表現論という、与えられた非可換環上の加群圏や導来圏の構造を調べる分野のもので、いろんな計算をやってくれて遊べる楽しいアプリです。 Jan Geuenich さんによって開発されました。

String Appletを開いた画面 String Appletを開いた画面

本記事では、このアプリの遊び方を紹介することで、同時に具体例をもって多元環の表現論のいろいろな概念の説明や面白さを説明します。

前提知識

最低限、環の定義が分かる人。分かんなくてもとりあえず何か数学で遊んでみたい人でもいいよ。

多元環だけ定義しておきます。この定義がすんなり分かれば問題ないですし分かんなくても遊べます。

多元環

$k$に対して、$k$上の多元環 $\Lambda$とは、「$k$ベクトル空間であり、(可換と限らない単位的結合的)積を持つ環である」ときをいう(厳密にはちょっとだけ自然な条件を課します)。さらに$\Lambda$$k$ベクトル空間として有限次元のとき$\Lambda$を有限次元多元環という。

今回の目標

  • 有向グラフを適当にString Appletで作って、関係式も入力できるようになる
  • 有向グラフと関係式から多元環を作る方法を知る

まずは好きに遊んでみよう!

使い方は、

  1. 左下で多元環を入力
  2. Updateボタンを押す
  3. 右側にいろんな情報が出てくるので、それを眺めたりクリックして遊ぶ

です。詳しくは後で述べますが、まずは「好きに何となく左下をクリックして矢印引っ張って、Updateボタン押して、右側のタブをいろいろ見て」「クリックできそうな箇所をいろいろクリックして」遊んで見ましょう!
(どう矢印を引っ張ったらわかんなかったり、いろんな例が見たかったら、左上の「Load -> Example」のところから適当なやつを選べます)(またページを更新するたびに新しい例がランダムで表示されます)。出てくる頂点をグリグリ動かすだけでも楽しいね

こんな図とかが出てきます!




いっぱい矢印とかがあってボタンがいっぱいクリックドラッグできて楽しいですね(小並感)!

これらの情報やクリックする操作が何を意味するのかについて説明するのが本シリーズの狙いです。

細かい定義や証明は述べず、遊べるようになることに主眼を置いています。詳しい解説はそのうち。

好きな多元環を入力してね!

この記事の目標は有向グラフと関係式をString Appletに入力できるようになることと、その意味をできれば理解することです。

アプリの左下に注目してください:
test test
ここでは、

  • 有向グラフ (上段)
  • 関係式(下段)

と呼ばれる2つのものを入力します。

有向グラフ

有向グラフとは、頂点を適当に置いて、その間に適当に矢印を引っ張ったものです。String Appletでは、

  • なにもないところをクリックすると頂点が追加され(ラベルは数字)
  • 頂点をクリックしてから別の頂点をクリックすると矢が追加されます(ラベルはアルファベット)(同じ頂点を2回クリックするとループが追加されます)

消したかったら、矢とかをクリックしてDeleteキーを押せばいいです。すごく直感的なので多分やれば好きな有向グラフを作れると思います。

関係式について説明する前に、有向グラフから道多元環と呼ばれる多元環が構成されることを述べます。

有向グラフの道多元環

$Q$を有向グラフとします。例えば上の図を$Q$だとしましょう。
このとき、道多元環$kQ$を次で定義します。

  • ベクトル空間として、$kQ$$Q$上の「有向道」を基底として持つベクトル空間
  • $kQ$上の積を、「道をつなげる」ことで定義

もう少し詳しく述べます。

  • 「道」とは、矢を辿れるように適当にたどっていた文字列のことで、上の例だと例えば「a」「ab」「bc」「aaa」「aaaaabc」などが道です。また都合上、各頂点1,2,3について、「動かない空の道」$e_1$,$e_2$,$e_3$も道だとみなします(指を頂点1に置いて動かさないのが$e_1$)。

  • 二つの道$x$$y$の掛け算$x \cdot y$を、「もし$x$行って$y$行くというふうに繋げられるなら、そのつなげた道」「繋げられないなら$x \cdot y = 0$」により定義します。つまり指を掛け算のとおりに有向グラフ上で(指を離さずに)辿れたらその道、辿れなかったら$0$です。
    上の例では、$a \cdot b = ab$や、$a \cdot c = 0$や、$aab \cdot c e_3 = aabc$や、$e_2 a = 0$です(何もしない道は、「どの頂点に指をずっと置いておくか」の情報は持っていることに注意)。

さて、基底上にこのように演算を定めると、ベクトル空間であることから、この演算を$kQ$に拡張することができます。この$kQ$はこの演算により多元環になることがわかり、これを道多元環と呼びます。

積の例

具体的には、分配法則で計算します。例えば、上の例で$e_1 + ab + c$$aab + bc$を書けたかったら、
$$ (e_1 + ab + c) \cdot (aab + bc) = e_1aab + e_1bc + abaab + abbc + caab + cbc = aab+bc $$
となることがわかります。
また同じような理屈から、$e_1 + e_2 + e_3$$kQ$の両側単位元になっています。

このように、有向グラフという組合せ論的対象から、非可換環が自然に出てきます!実は逆に「多元環はすべて有向グラフから作られる」というタイプの性質も成り立ちます。
しかしそのためには「関係式」というもので割る必要があります。

道多元環を関係式で割って多元環を作ろう

専門数学で「関係式」というと、「ある代数系で満たされる等式」のことを指します(対称群のブレイド関係式など)。
上で作った道多元環$kQ$は、ある意味「関係式がない」という意味で自由代数だと思えます。よって、この関係式を満たしなさい!という成約を付けることで新しい多元環$\Lambda$を作ることができます。

例を見ましょう、先程の図
test test
の下段には「$a^2 \quad ab$」という式が入力されています。これの意味は、

新しい多元環$\Lambda$では、$a^2 = 0$$ab=0$という関係式が満たされるようにせよ!

という意味です。例えばもとの道多元環$kQ$では$a^2 = aa$はゼロではなく、$ab$もゼロではありません。しかし、下段にこれらの式を入力することで、$kQ$を「関係式を満たすように割った」多元環$\Lambda$を扱えます。

正確な数学的な意味は、$a^2$$ab$で生成される$kQ$の両側イデアル$\langle a^2, ab\rangle$$kQ$を割った環
$$ \Lambda:= kQ/ \langle a^2, ab\rangle $$
を考えているということです。

実は筆者が適当に有向グラフを作ってしまったせいで、$kQ$は有限次元ではありません($a,a^2,a^3,\dots$が全部線形独立なので)。しかし$\Lambda$には関係式に$a^2 = 0$が入っているおかげで、有限次元になります。

この多元環の次元が気になるって?それはString Appletが計算してくれます!
好きな多元環を有向グラフと関係式で入力して、上の「Update」を押しましょう。
test test
すると右側のGeneral Informationタブの一番上に
$$ \dim \Lambda = 7 $$
とデカデカと表示されています。これがこの多元環$\Lambda$のベクトル空間としての次元です!

上の$\Lambda$の具体的な$7$個の基底を挙げよ

答えはこの記事の一番下に置いておきます。

関係式は、なんとか=0だけじゃなくて、次のような関係式も入力できます:

これは、この有向グラフ$Q$の道多元環$kQ$を、$ab-cd$で生成される両側イデアルで割った多元環を意味しています。イデアルとか知らなくても、要するにこの環では「$ab-cd = 0$、つまり$ab = cd$」という式が成り立つということさえ分かればよいです。

上の例の$kQ$の次元と、$\Lambda = kQ/\langle ab-cd \rangle$のベクトル空間としての次元を、

  • まずは自分で計算してみる
  • 次にString Appletで入力してみて、答え合わせをする

をやってみましょう!

というわけで多元環を入力する方法だけでちょっと疲れたので、右側の情報の説明は次回以降少しずつしていきます。みなさんもこの記事で覚えた方法を使って好きに多元環を作って、右側の情報を眺めて「なんかわかんないけど図がいっぱいで楽しそうだな」と思ってください!

最後に、純粋にグラフ理論的な問題を投げておいて終わりにします。

次が有限次元ベクトル空間になるのはどのようなときか:

  1. 有向グラフ$Q$に対して道多元環$kQ$
  2. 有向グラフ$Q$と道多元環$kQ$の関係式の集合$R$を指定してできる多元環$kQ/\langle R \rangle$

String Appletですべての有限次元多元環が扱えるわけではなく、special biserial algebraと呼ばれるある特別なクラスの多元環です。なので、有向グラフと関係式によっては例えばこういうエラーがあります:

これはString Appletで扱うには関係式が足りてないよ、と言っています。例えばabなどの関係式を入力すれば扱えます。

これはString Appletでは扱えない関係式です。

暇な人は、どういう入力でエラーがでるのかいろいろ試してみると、自然とあなたはspecial biserial algebraの定義にたどり着くでしょう。

問題1の答え
答えを一応書いておくと、
$\{ e_1, e_2, e_3, a, b, c, bc\}$です。長さ$0$の空の道を忘れないように。

参考文献

投稿日:2021124
OptHub AI Competition

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H.E.
H.E.
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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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