タイトルを証明することが狙いです。詳しく言うと:
射影被覆とは射影加群からの全射のなかで一番小さいもので、常に存在するとは限りません(整数環とかでも存在しません)が、例えば(非可換)アルティン環や、完備ネーター可換局所環なら、「有限生成加群は射影加群を持つ」ことが知られています。そのような環を「半完全環 (semiperfect ring)」と呼びます(いろんな同値な定義の一つです)。
一方、**半局所環 (semilocal ring) **とは、Jacobson根基で割って半単純環になるようなもので、可換の場合だと「極大イデアルが有限個」という条件と同値です。これも例えばアルティン環で満たされますし、完備じゃないネーター局所環でも成り立ちます。
この記事では「半完全環は半局所である」というimplicationが成り立つことを示します。
この記事では環$\Lambda$は可換と限らない単位的結合的環とします。また加群は右加群を扱います。
(非可換)環上の加群の定義を知っていること、単純加群の定義を知っていることくらいです。できれば参考文献[1]などで射影被覆について聴いたことがあるとよいです。
まずは主定理を述べるのに必要ないくつかの概念を定義します。
加群のJacobson根基を思い出します。
環$\Lambda$上の右加群$M$に対して、そのJacobson根基 $\rad M$とは、次のような元$m$からなる集合である:$m \in M$であり、任意の単純右加群$S$への準同型$f \colon M \to S$に対して$f(m) = 0$が成り立つ。
定義から容易に分かる通り、$\rad M$は「$M$の極大右部分加群すべての共通部分」と一致します。こっちのほうが有名な定義ですが、上の「単純加群へ射を打つと死ぬ元」という定義のほうが直感的だし証明で便利です。
この根基を用いて、射影被覆という概念が定義できます。(射影被覆の定義はいろいろ可能なものがあるのですが今回は証明の関係上これを紹介します。)
(非可換)環$\Lambda$上の右$\Lambda$加群$M$に対して、射影的$\Lambda$加群$P$からの全射$P \xrightarrow{p} M \to 0$が射影被覆であるとは、$\ker p \subseteq \rad P$となるときをいう。
別の定義との関係について。上の$p$が射影被覆なことの定義には、他に
という2つが有名です。一応定義だけ書いておくと、
一般に全射$p$に対して「$p$が本質的全射」と「$\ker p$が余剰的」が同値なのはすぐ確認でき、よって上の2つ2条件は同値です。
これと上の定義との同値性は、一般の有限生成加群$M$とその部分加群$L$に対して「$L$が$M$の余剰的部分加群」と「$L \subseteq \rad M$」が同値なことから従います。この同値性は、右から左が中山の補題(よって有限生成がいる)、左から右は背理法でかんたんに示せます。
また右極小とも同値ですが、今回はそれはあまり使わないので省略。
上の注意で述べた同値性を自分で示してみよ。
環$\Lambda$が半局所 (semilocal) であるとは、$\Lambda/\rad\Lambda$が半単純環なときをいう(これは$\Lambda/\rad\Lambda$が右加群として半単純加群なことと同値)。
さて今回の主定理を述べる準備ができました。
環$\Lambda$が「任意の有限生成右$\Lambda$加群が射影被覆を持つ」ならば、$\Lambda$は半局所である。
長さについての議論をすることで、例えば「右アルティン環上の有限生成右加群は射影被覆を持つ」ことが分かります。なので「右アルティン環は半局所」が成り立ちます。
「任意の有限生成加群が射影被覆を持つ」ような環$\Lambda$を半完全 (semiperfect) 環といいます。じつは半完全環には同値な定義があり、そのうちの一つが「半局所かつ任意の$\Lambda/\rad\Lambda$の冪等元が$\Lambda$の冪等元にliftする」というものです。今回はその同値性の一部「半完全ならば半局所」を示すというわけです。
いくつかの補題に分けてやります。以下特に環に仮定はつけず、補題中に必要な仮定はすべて書くことにします。
環$\Lambda$上の単純加群$S$の射影被覆$P \xrightarrow{p} S\to 0$が存在するなら、$\ker p = \rad P$であり、特に$P/\rad P \cong S$となる。
まず$\rad P$の定義により$\rad P \subseteq \ker p$であり、また$p$が射影被覆なことから$\ker P \subseteq \rad P$である。よって$\rad P = \ker p$が従う。
環$\Lambda$上の有限生成加群$M$が$\rad M = 0$を満たすとする。$M$から任意の単純加群$S$への全射$\pi \colon M \to S$を取ると、もし$S$が射影被覆を持てば$\pi$は分裂全射である。
$S$の射影被覆$P \xrightarrow{p} S \to 0$を取る。射影性よりある$\varphi \colon P \to M$が存在し$p = \pi \varphi$となる:
\begin{CD}
P @= P \\
@V{\varphi}VV @V{p}VV \\
M @>{\pi}>> S
\end{CD}
一方、$\varphi \colon P \to M$は射$\overline{\varphi} \colon P/\rad P \to M/\rad M$を誘導することが分かる(一般に加群の射でJacbson radicalの像はJacobson radicalに入ることがすぐ分かるので)。さらに仮定より$\rad M = 0$なので、次の可換図式が得られる:
\begin{CD}
P @>>> P/\rad P @>{\sim}>> S\\
@V{\varphi}VV @V{\overline{\varphi}}VV @| \\
M @= M @>{\pi}>> S
\end{CD}
ここで右上の同型は補題2より従う。よって右の四角の可換性から$\pi$が分裂全射なことが従う。
有限生成加群$M$が「$M$から任意の単純加群への全射は分裂全射」を満たすならば、$M$は半単純加群である。
加群$M$のsocle $\soc M$を用いる(これは「$M$のすべての単純部分加群の和」として定義される$M$の部分加群)。この$\soc M$は半単純加群なので(なぜなら単純加群の直和からの全射像なので)、$M = \soc M$を示せばよい。そのために$M/\soc M = 0$を示せばよい。
$M/\soc M$がゼロでないと仮定すると、$\pi \colon M/\soc M \surj S$というある単純加群$S$への全射が取れる。これに自然な全射$p \colon M \surj M/\soc M$を合成した$\pi p \colon M \to S$が分裂するので、そのsectionを$\iota \colon S \inj M$がとれる。このとき次が可換になり、特に$p\iota \neq 0$が従う。
\begin{CD}
S @>{\iota}>> M\\
@| @V{p}VV \\
S @>{p \iota}>> M/\soc M \\
@| @V{\pi}VV \\
S @= S
\end{CD}
よって$\iota(S)$は$M$の単純部分加群であるが、$p \iota \neq 0$なので$\iota (S)$は$\soc M$に含まれない。これは$\soc M$の定義に反する。よって矛盾であり、$M/\soc M$はゼロ、すなわち$M = \soc M$、よって$M$は半単純加群である。
さて主定理を示すことが出来ます。実際、上で述べた主定理よりも少し強い主張を証明します。
環$\Lambda$が「任意の単純右加群が射影被覆を持つ」を満たすならば、任意の有限生成右加群$X$に対して$X/\rad X$は半単純加群である。
これが分かれば、とくに$\Lambda/\rad\Lambda$が半単純なことが従い、$\Lambda$が半局所となります。
有限生成右$\Lambda$加群$X$について$X/\rad X$が半単純なことを示す。まず$M:= X/\rad X$とおくと、部分加群の対応定理もしくは根基の定義等から$\rad M = \rad (X/\rad X) = 0$が分かる。よって補題3により$M$から任意の単純加群への全射は分裂する。ゆえに補題4が適応でき、$M$は半単純加群である。
[1]は日本語で射影被覆についてちゃんと書かれている多分唯一の本です(他にあるのを知ってたら教えて下さい)。
[2]は自分の学部の卒論で、今回の元ネタです(定理3.11の証明の一部)。 ここから ダウンロードできます。卒論では圏上の加群verについてもちゃんとやってます。が流れは今回Mathlogに書くにあたって結構整理して整理できたので、あまり読まなくてもいい気がします。
[3]は[2]のさらに元ネタです( ここから ダウンロードできます)。実質の今回の主張はProposition 4.1の証明途中ですが、今回みたいに直接ストレートに主張は書かれていません。
[4]は非可換環のことを詳しく書いてある辞書みたいな本で、今回の事実は一応Theorem 24.16にあります。この本のsemiperfectの定義は「半局所かつ冪等元のlift」で定義しており、Theorem 24.16ではそれが「任意の有限生成右加群が射影被覆を持つ」と同値なことが示されています。