環$\Lambda$上の全ての右$\Lambda$加群のなす圏を$\Mod\Lambda$とします。ここで次の自然な疑問があります。
$\Mod\Lambda$の圏論的な構造のみから環$\Lambda$の情報がどれだけ取り出せるか?
一般に2つの環$\Lambda_1$と$\Lambda_2$の加群圏が同値になる($\Mod\Lambda_1 \simeq \Mod\Lambda_2$)とき2つは森田同値と呼ばれるので、上の問いは環の森田同値に対する不変量は何があるかと見なせます。
今回は、次の定理を示すことです。
環の両側イデアルのなす順序集合は森田不変量である、つまり加群圏$\Mod\Lambda$から圏論的な操作のみで両側イデアルのなす順序集合を復元できる。
これ自体は昔から知られていた結果かも知れませんが、イデアルと部分圏との対応を与えるこの記事の手法はRosenbergという人の仕事としてよく引用されます(参考文献[1]参照)
環と両側イデアルの定義を知っていること、アーベル圏を知っていること、順序集合(poset)を知っていること
具体的にどう取り出すかが問題ですが、一般にアーベル圏からなにか順序集合を取り出すときには、ある条件を満たすアーベル圏の部分圏を考えることがよくあります(包含によってこれは順序集合になります)。なので、戦略は
$\Lambda$の両側イデアル全体の集合と、ある条件を満たす$\Mod\Lambda$の部分圏の集合との間の一対一対応(順序同型)を与える
というものです。
本記事を通して、部分圏は常に充満部分圏で同型で閉じることを仮定する。
さっそく鍵となる部分圏の定義を与えます。
$\AA$を無限直積を持つアーベル圏とする。このとき$\AA$の部分圏$\XX$が閉部分圏(closed subcategory)であるとは、次の条件を満たすときをいう。
さて閉部分圏全体の集合は包含によって自然に順序集合になります。後で使いやすいように名前をつけます。
無限直積を持つアーベル圏$\AA$に対して$\closed \AA$で閉部分圏のなす順序集合を表す。
さて環の方でも対応する順序集合の名前をつけておきます。
(非可換)環$\Lambda$に対して、$\ideal\Lambda$により、$\Lambda$の両側イデアルのなす順序集合を表す。
主定理を軽く述べると、$\ideal\Lambda$と$\closed(\Mod\Lambda)$は順序反同型というものです。そのため対応を与える写像を予め定義しておきます。
環$\Lambda$に対して次を定義する。
$\Lambda$の両側イデアル$I$について、自然な関手$\Mod(\Lambda/I) \inj \Mod\Lambda$は忠実充満で、その本質的像が上で書いた$\Mod_I \Lambda$になっています。よって$\Mod(\Lambda/I)$と$\Mod_I \Lambda$は圏同値です。
さて主定理を述べることができます。
環$\Lambda$に対して、$\Mod_{(-)}\Lambda$と$\ann$は写像$\Mod_{(-)}\Lambda \colon \ideal \Lambda \to \closed(\Mod\Lambda)$と$\ann \colon \closed(\Mod\Lambda) \to \ideal\Lambda$を定め、これは互いに逆写像であり順序を逆にする、つまり順序反同型
$$
\Mod_{(-)}\Lambda \colon \quad \ideal \Lambda \rightleftarrows \closed(\Mod\Lambda) \quad \colon \ann
$$
を与える。
左辺は純環論的な対象ですが、右辺は$\Mod\Lambda$の圏論的な性質のみにより定まる集合なので、次が分かります。
環$\Lambda$に対して両側イデアルのなす順序集合$\ideal\Lambda$を対応させる対応は森田不変量である。すなわち$\Mod\Lambda_1$と$\Mod\Lambda_2$が圏同値ならば$\ideal\Lambda_1$と$\ideal \Lambda_2$は順序同型である。
一つ一つやれば怖くないです。
まず$\ann$と$\Mod_{(-)}\Lambda$がそれぞれちゃんと$\ideal\Lambda$と$\closed(\Mod\Lambda)$の間の写像を与えることを示します。
2つが順序集合の間の反順序写像になっている(順序をひっくり返す)ことですが、これも用意に確認できます。
$I \subseteq \ann(\Mod_I \Lambda)$は定義から明らか。逆を示す。$\lambda \in \ann (\Mod_I \Lambda)$とする。落ち着いて考えると、これは「$\Lambda$加群$X$が$XI = 0$を満たすならば$X\lambda = 0$である」といいかえられる。
ここで$\Lambda/I$という右$\Lambda$加群を考えると、$\Lambda/I \in \Mod_I \Lambda$である。よって条件から$(\Lambda/I) \cdot \lambda = 0$であるが、これは落ち着いて考えると$\lambda \in I$を意味する。よって$\ann(\Mod_I \Lambda) \subseteq I$が示せた。
多分これが一番非自明です。
$\XX \subseteq \Mod_{\ann \XX} \Lambda$は落ち着けば定義から明らかなので、$\Mod_{\ann \XX}\Lambda \subseteq \XX$を示せばよい。
まず第一ステップとして、$\Lambda/\ann \XX \in \XX$を示す。$\XX$が閉部分圏なことと、閉部分圏の最後の条件から、$\Lambda$のある部分加群(=右イデアル)$L$が存在して、その自然な全射$\Lambda \surj \Lambda/L$が条件のような普遍性を満たす(つまり$\Lambda/L \in \XX$であって、かつ$\XX$への射のなかで普遍的な射になっている)。このとき実は$L = \ann \XX$であることを示せば$\Lambda/\ann \XX \in \XX$が示される。
実際、$\Lambda/L \in \XX$であることから$(\Lambda/L) \cdot \ann \XX = 0$なので、落ち着けば$\ann \XX \subseteq L$が分かる。逆に、$L$の任意の元$\lambda$をとる。任意に$X \in \XX$を取ったとき、その元$x$をとると、準同型$x \cdot (-) \colon \Lambda \to X$が定まるが、$\Lambda \surj \Lambda/L$の普遍性から、この射は$\Lambda/L$を経由するはずである:
$$
\xymatrix{
\Lambda \ar_{x \cdot (-)}[d] \ar@{->>}[r] & \Lambda/L \ar@{.>}[ld] \\
X
}
$$
この可換図式に、左上に$\lambda$を置いて追いかければ$x\cdot\lambda = 0$が分かる。なので$X \lambda = 0$であり、$\lambda \in \ann \XX$が従う。
さて今のことから$\Lambda/\ann\XX \in \XX$が成り立つ。次に$M \in \Mod_{\ann \XX}\Lambda $を任意に取ると、$M$は$\Lambda/\ann\XX$加群と見れる($\ann \XX$をかけると消えるので)。よって全射$\bigoplus (\Lambda/\ann\XX) \surj M$が取れる。しかし$\XX$が直積で閉じるので一般に$\prod(\Lambda/\ann\XX)$は$\XX$に属し、その部分加群である$\bigoplus (\Lambda/\ann\XX)$も$\XX$が部分加群で閉じるので$\XX$に属する。よって$M$は$\XX$に属する元の商なので、$\XX$が商で閉じることから$M$も$\XX$に属する。証明終わり。
$\ideal\Lambda$には、両側イデアルの積$I_1 \cdot I_2$という非自明な二項演算が存在します。これは、主定理の全単射のもとで、閉部分圏側ではどう記述できるでしょうか?
答えは次です。
アーベル圏$\AA$の2つの部分圏$\XX$と$\YY$に対して、そのGabriel積 $\XX * \YY$を、次のような短完全列
$$
0 \to X \to M \to Y \to 0
$$
で$X \in \XX$かつ$Y \in \YY$なるようなものが存在するような$M$全体のなす部分圏として定める。
これが両側イデアルの積に対応しています:
主定理の全単射$\ideal\Lambda \rightleftarrows \closed (\Mod\Lambda)$において、イデアルの積は閉部分圏のGabriel積の逆と対応する。すなわち、$I_1,I_2 \in \ideal\Lambda$について、
$$
(\Mod_{I_2}\Lambda) * (\Mod_{I_1}) = \Mod_{I_1 * I_2} \Lambda
$$
が成り立つ。
$(\Mod_{I_2} \Lambda) * (\Mod_{I_1} \Lambda) \subseteq \Mod_{I_1 \cdot I_2}\Lambda$をまず示す。左辺から$M$を取ると、短完全列
$$
0 \to L \to M \xrightarrow{\pi} N \to 0
$$
で$LI_2 = 0$で$NI_1 =0$なるものが取れる。このとき$M(I_1 I_2) = 0$を示せばよい。実際、$MI_1$の元を$\pi$で飛ばすと、$N I_1 = 0$なことから$\pi(MI_1) = 0$となる。よって$M I_1 \subseteq \ker \pi = L$となる。この両辺に$I_2$をかければ、$M(I_1 I_2) \subseteq L I_2 = 0$、よって$M(I_1 I_2) =0$が従う。
逆に、$\Mod_{I_1 \cdot I_2}\Lambda \subseteq (\Mod_{I_2} \Lambda) * (\Mod_{I_1} \Lambda)$を示す。$M \in \Mod\Lambda$が$M(I_1 I_2) = 0$を満たすとする。このとき、$MI_1$という$M$の部分加群を考え、次の短完全列を得る:
$$
0 \to MI_1 \to M \to M/MI_1 \to 0
$$
このとき$(MI_1) I_2 = M(I_1 I_2) =0$なので$MI_1 \in \Mod_{I_2} \Lambda$であり、$(M/MI_1)I_1 = 0$なので$M/MI_1 \in \Mod_{I_1}\Lambda$である。よって上の短完全列から$M \in (\Mod_{I_2} \Lambda) * (\Mod_{I_1}\Lambda)$が分かる。
とくにGabriel積は圏論的に定義されているので、イデアルのなす順序集合は「積についても」森田不変なことが従います:
2つの環$\Lambda_1$と$\Lambda_2$が$\Mod\Lambda_1 \simeq \Mod\Lambda_2$を満たすならば、$\Lambda_1$と$\Lambda_2$のイデアルの間の順序同型で、しかもイデアルの積を保つものが存在する。
以上のイデアル積とGabriel積との対応が、右アルティン環の場合に$\mod\Lambda$で考えてうまくいっていることなどをチェックするのは演習問題とします。またこれにより、「$\Lambda$の冪等イデアル」と「拡大・部分加群・商加群・無限直積で閉じた$\Mod\Lambda$の部分圏」が一対一対応するという面白そうなことも言えますね。この後者のものはbilocalizing subcategoryとか呼ばれているっぽいです。
この記事での閉部分圏は、証明を簡単にするためにこの定義を採用しましたが、加群圏の場合は実はそれはいらないです:
環$\Lambda$の加群圏$\Mod\Lambda$の部分圏$\XX$について次は同値。
1ならば2は定義なので、2の仮定のもと1を示す。任意に$M \in \Mod\Lambda$を考えたとき、$\XX$への普遍的な全射$M \surj X_M$を作りたい。
まず$M$の部分加群$R$を次で定義する:
$$
R:= \{ m \in M \, | \, \text{任意の$X \in \XX$と$f \colon M \to X$に対して$f(m)=0$} \}
$$
($\XX$の対象に射をうったら死ぬ元全体)(いわゆる部分圏$\XX$に対する$M$のrejectionとか呼ばれます)
このとき$M/R \in \XX$を示せば、$R$の定義から明らかに自然な全射$M \surj M/R$は閉部分圏の最後の条件の射を与える。以下$M/R \in \XX$を示していく。
大雑把にアイデアを述べると、「$R$はちょうど$M$から全ての$\XX$の対象への可能な射を全部直積した射の核になっている」というものである。が、$\XX$の対象全体が集合とは限らないので、ちょっとだけ工夫する必要がある。
まず$M$の部分加群全体は集合である。この集合の中で、さらに$M/L \in \XX$となる部分加群$L$全体ももちろん集合である。この集合を$\MM$と書く。このとき各$L \in \MM$に対して自然な全射$M \surj M/L$が定まるので、これを直積して次の射が$\Mod\Lambda$の中で構成できる:
$$
f \colon M \to \prod_{L \in \MM} M/L
$$
このとき、各$M/L$は$\XX$に属するので、$f$のcodomainの右側は$\XX$の元である($\XX$が無限直積で閉じるので)。よって準同型定理から$M/\ker f$も$\XX$の元である($\XX$が部分加群・同型で閉じるので)。ゆえに$R = \ker f$を示せばよい。
まず$R \subseteq \ker f$なことは、$R$の元は$\XX$のどの対象へのどの射でも消えるという定義なので、$M/L \in \XX$に飛ばしてもゼロになるので、$f(R) =0$が従い、そこから分かる。
逆に$\ker f \subseteq R$なことをみる。左辺から$m$を取ると、$f(m) = 0$であるが、一方任意に$X \in \XX$と準同型$\varphi \colon M \to X$を考える。このとき$\varphi(m) = 0$を示せば$m \in R$が分かる。実際、$\varphi$は$M \surj M/\ker \varphi$を経由するが、$M/\ker \varphi \cong \image \varphi$で$\image \varphi$は$X$の部分加群なので、$\XX$が部分加群と同型で閉じていたことから$M/\ker\varphi \in \XX$である。つまり$\ker\varphi \in \MM$なので、自然な全射$M \surj M/ker\varphi$は上の$f$を経由する:
$$
\xymatrix{
M \ar[rr]^{\varphi} \ar[dd]_f \ar@{->>}[rd] & & X \\
& M/\ker \varphi \ar@{>->}[ru] \\
\prod_{L \in \MM} M/L \ar@{.>}[ru]
}
$$
なので左上の$M$のところに$m$を置いて図式を追えば$\varphi(m) = 0$が従う。
気になるのは、$\Mod\Lambda$ではなく有限生成加群のみに制限して$\mod\Lambda$でやるとどうなるのか?ということです。実は上の証明から、少なくとも右アルティン環の場合には、同様の全単射が$\mod\Lambda$の範疇で作れます。
$\Lambda$を右アルティン環とすると、次の2つの間に順序反同型が存在する。
写像は、イデアル$I$に対しては$I$かけて消える有限生成$\Lambda$加群全体のなす部分圏(つまり上の記号で$\Mod_I \Lambda \cap \mod\Lambda$)、逆は部分圏$\XX$に対して$\ann\XX$を対応させる。
証明は全く同様です、証明には先程の命題4(集合論に気をつかったやつ)に相当するものが必要ですが、アルティン性を使ってやればちゃんとできます。具体的には、命題4の証明の$M/R$が$\XX$に属することが、$M/R$が実は$\XX$の有限直和の部分加群になることがアルティン性から分かり、そこからだいたい従います。
詳しくはみんな考えてみてください。
Rosenbergのより有名な結果に、準連接層のなす圏から代数多様体を復元するというものがあり、Rosenbergがこういう非可換環でのことを考えたのはいわゆる非可換代数幾何の視点からっぽいです。このようにアーベル圏のよい部分圏がどれだけあるかという問題は、環上の加群論だけでなく代数幾何的にも面白いらしく、詳しく知りたい人は、スキーム上の準連接層のなす圏上で閉部分圏を含め様々な部分圏の分類を与えた 神田先生の論文(参考文献[2]) (とそこの引用先)を見てみると面白いかもしれません。