Mathlogの読者のみなさんは結構ご存知かと思うのですが、巨大数という分野があります。
その名のとおり、いかに巨大な数を作るかを目的とした分野です。
学問としての数学の側面もありますが、むしろアマチュアの間で大変人気があり、ネット文化としての側面も持ち合わせているようです。
日本では「東方巨大数」(Ref.[1])というコンテストがあり、次々と大きな数が作られています。
巨大数の作り方は大きく分けると
繰り返し・再帰的な手続きによる巨大数
組み合わせ論、条件内で可能なパターン生成による巨大数
集合の内包的定義による巨大数
があるように思います。その中でも、1.に属する、シンプルで比較的わかりやすい巨大数である
コンウェイのテトラトリ: $3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3$
のことを書いておこうと思います。
いろんなところに情報のある内容ですので目新しくもないですが、お正月にボーッと眺めて好きになったので、書いておきます。
だいたいWikipedia情報です(Ref.[2])。
ただ、多少のオリジナリティーを出すために、かなり丁寧な解説を心掛けました。
計算の感覚みたいなものも書いたつもりです。
そのため数学にあまり馴染みがない方向けになっていることをご了承ください。
次の3つの数、どれくらいの大きさでしょう?
$3^3,\hspace{0.5cm} 3^{3^3},\hspace{0.5cm} 3^{3^{3^3}}$
私の感覚では、左から
27, $\hspace{0.1cm}$ 10万くらい, $\hspace{0.1cm}$ 1000億とか1兆とかそのくらい
という感じがします。
しかし正解は
27, $\hspace{0.1cm}$ 7兆6千億くらい,$\hspace{0.1cm}$ とてつもなく大きい(3兆6千億ケタの数字)
です。計算ルールとして、指数の上から順に計算していくことに注意してください。$3^{3^3}$は$3^{(3^3)}$であって、$(3^3)^3$ではないです。
$3^{3^3}$でも十分大きく感じます。$3^{3^{3^3}}$に至っては、この宇宙に対応物が存在しないほどの数です。観測可能な宇宙全体の原子の数が10進数で80ケタ程度とのことなので、どれだけ途方もない数かがわかります。この数を指数表記を使わずふつうに書こうとすると、1秒間に5文字のペースで書いても1万年以上かかります。
このように、指数べきのタワー
$$
{}\hspace{1cm}
n^{n^{n^{n\cdots}}}
$$
は、普段の人間の感覚からはかけ離れた強い発散を示します。
この指数タワーがたくさん続く場合に便利な表記法があります。それが「クヌースの矢印表記」です。
ルールは以下です:
$\ \ \ a\uparrow b:=a^b$
$\ \ \ a\uparrow\uparrow b:=\underbrace{a\uparrow a\uparrow \cdots \uparrow a}_{b個のa}$
${}$
ここで計算は右から行う。例えば
${}$
$\ \ \ 3\uparrow \uparrow 3=3\uparrow3\uparrow3=3\uparrow (3^3)=3^{3^3}$
${}$
である。一般に
${}$
$\ \ \ a\uparrow\uparrow b=\underbrace{a\uparrow a\uparrow \cdots \uparrow a}_{b個のa}=\underbrace{a^{a^{a^a\cdots}}}_{b個のa}$
${}$
である。
$\ \ \ a\uparrow^nb:=a\underbrace{\uparrow\uparrow\cdots\uparrow}_{n個の矢印} b$
$\ \ \ a\uparrow^nb=\underbrace{a\uparrow^{n-1}a\uparrow^{n-1}\cdots \uparrow^{n-1}a}_{b個のa}$
4.は$\uparrow^n$と$\uparrow^{n-1}$との間の漸化式になっています。これを再帰的に続けて、$\uparrow\uparrow$や$\uparrow$になるまで繰り返せば、任意の$\uparrow^n$に対して計算ができます。
さて、この記号でできる数がいかに大きいかを感じてみましょう。
前章で見たように、指数タワーは1つ増えるごとに爆発的な増加を見せます。$3^{3^{3^3}}$では、宇宙に対応物がありませんでした。しかし、$\uparrow^n$はこれを遥かに超えて増加します。なにせ$3\uparrow^2 3=3^{3^3}$なのに対し、$3\uparrow^33$は指数タワーが7兆6千億回続く数です。$3\uparrow^33$なんていう簡単な表記で書いてよい数字ではないですね笑。
こんな大きな数を作れるのは、$\uparrow^2$が存在すると、その右側の数字が「$\uparrow$の数自体を示す数」になるからです。$\uparrow^n (n\ge 3)$が存在すると、これがさらに再帰的に行われるので、$\uparrow$まで落とした暁には、$\uparrow$の数、すなわち指数タワーがとてつもないことになります。$\uparrow$の数を、普段使う数学の記号で書き下すこと自体できなくなります。
クヌースの矢印記号を用いて、さらに大きな数を作りましょう。そのために、コンウェイのチェーン表記を導入します。まず
とします。矢印が1つまたは2つのときは、これらの規則で計算できます(記事末[注]参照)。
3つ以上の矢印を含む場合に計算を拡張するため、以下のルールを導入します:
以上で計算に必要な全てのルールが揃っています。なぜならこのルールを用いれば、すべての計算のチェーン長を3以下にできるからです。ルール3.の左辺と右辺でチェーン長が変化せず、かつチェーンの終わりの数字を1小さくできること、さらに$\rightarrow 1$が出現したら、そこからチェーンの終わりまで消去していいことが重要です。3.の変形を繰り返せば、いつかは最も真ん中のチェーンの一番右の数は1になり、チェーン長が減ります。繰り返せば長さ3のチェーンまで落とすことができ、最も真ん中のチェーンが計算できます。この作業を繰り返せば、いつかはすべての計算が長さ3以下のチェーンに落ち、すべての計算が可能になります。
次の章で具体的な計算を行います。
さて、「コンウェイのテトラトリ」と呼ばれる巨大数
$$ 3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3 $$
を計算してみましょう。
まず$X=3\rightarrow 3$とします($X=27$としてはいけない!)。すると
\begin{align*} {}\hspace{1cm} 3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3&=X\rightarrow 3\rightarrow 3\\&=X\rightarrow (X\rightarrow (X)\rightarrow 2)\rightarrow 2 \end{align*}
$(X)$は数に直してよくて、$(X)=(3\rightarrow 3)=27$です。
上式の真ん中の$(X\rightarrow (X)\rightarrow 2)$は
$$
{}\hspace{1cm}
(X\rightarrow (X)\rightarrow 2)=(\underbrace{X\rightarrow(X\rightarrow\cdots(X}_{((X)-1)個のX}\rightarrow(X)\rightarrow 1)\rightarrow1)\cdots)\rightarrow 1)
$$
となります。$\rightarrow 1$は消してよいから
$$
{}\hspace{1cm}=(\underbrace{X\rightarrow(X\rightarrow\cdots(X}_{((X)-1)個のX}\rightarrow(X))\cdots))
$$
最後の表式はすべて$(X\rightarrow (\cdots))$という形で構成されており、$X$は長さ2のチェーンだから、式には長さ3のチェーンしか存在しません。よってこの式は計算できます。この数を
$$
{}\hspace{1cm}
a=(X\rightarrow (X)\rightarrow 2)
$$
とおくと、
\begin{align*}
{}\hspace{1cm}
3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3&=X\rightarrow 3\rightarrow 3\\&=X\rightarrow a\rightarrow 2
\end{align*}
$X\rightarrow a\rightarrow 2$も同じように長さ3のチェーンに展開できます:
$$
\begin{align*}
{}\hspace{1cm}
&X\rightarrow a\rightarrow 2\\&=\underbrace{X\rightarrow(X\rightarrow(\cdots\rightarrow(X}_{(a-1)個のX}\rightarrow(X)\rightarrow 1)\rightarrow 1)\cdots)\rightarrow 1\\{}\\&=\underbrace{X\rightarrow(X\rightarrow(\cdots\rightarrow(X}_{(a-1)個のX}\rightarrow(X))\cdots)
\end{align*}
$$
これですべてが長さ3のチェーンに落ちました。
$X=3\rightarrow 3$を代入すれば、最終的に
\begin{align} 3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3 =\underbrace{3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow(\cdots\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3)}_{a個の3\rightarrow 3})\cdots)),\\ {}\\ a=\underbrace{3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow(\cdots\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3)}_{(3\rightarrow 3)=3\uparrow 3個の3\rightarrow 3})\cdots)) \end{align}
となります。ここでは真ん中の$(3\rightarrow 3)$まで含めてカウントしました。
これがどんな数か、感覚を掴むため、$a$の「真ん中らへん」の
\begin{align*}
{}\hspace{1cm}
3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow(3\rightarrow 3\rightarrow (3\rightarrow 3)))
\end{align*}
を計算してみましょう。これは
\begin{align*} {}\hspace{1cm} \underbrace{3\rightarrow 3\rightarrow\underbrace{(3\rightarrow 3\rightarrow\underbrace{(3\rightarrow 3\rightarrow \underbrace{(3\rightarrow 3)}_{3\uparrow 3})}_{3\uparrow^{(3\uparrow 3)}3})}_{3\uparrow^{3\uparrow^{(3\uparrow 3)} 3}3}}_{3\uparrow^{3\uparrow^{3\uparrow^{(3\uparrow 3)} 3}3}3} \end{align*}
となります。「クヌースの矢印の指数部」にさらに「クヌースの矢印で表される数」が階層的に繰り返されるのがわかります。このような「クヌースの矢印の指数タワー」が27回続いたのが$a$です。2層目の$3\uparrow^{(3\uparrow 3)}3$でさえ、宇宙には対応物がないほどの巨大な数です。$a$でもとてつもないのに、さらに$3\uparrow 3$から始めて$a$階層これを繰り返したのがコンウェイのテトラトリです。
Wikipediaに、テトラトリのうまい表現が載っていたので、引用させて頂きます:
\begin{align} {}\hspace{1cm} 3\rightarrow 3\rightarrow 3\rightarrow 3 = \left. \begin{array}{c} 3\underbrace{\uparrow\uparrow\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow\uparrow\uparrow}3 \\ 3\underbrace{\uparrow\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow\uparrow}3 \\ \vdots\\ \vdots\\ \vdots\\ 3\underbrace{\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow}3 \\ 3\underbrace{\uparrow\cdots\uparrow}_{3\uparrow 3個の\uparrow}3 \end{array} \right\} \left. \begin{array}{c} 3\underbrace{\uparrow\uparrow\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow\uparrow\uparrow}3 \\ 3\underbrace{\uparrow\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow\uparrow}3 \\ \vdots \\ 3\underbrace{\uparrow\uparrow\cdots\uparrow\uparrow}3\\ 3\underbrace{\uparrow\cdots\uparrow}_{3\uparrow 3個の\uparrow}3 \end{array} \right\} \text{27層} \end{align}
右辺右側の27層ある方の数が上記の$a$です。これは右辺左側のタワーが$a$層あることを表しています。
この図では、下段が上段の矢印の数を定めます。その矢印の数によって定まる数が、さらにその上の段の矢印の数を定め、さらに…(以下略)が延々と続いています。
こういうのを見ると、俗に言う「厨二心」というやつがくすぐられます。子供が「ひゃくおくまんのひゃくおくまんのひゃくおくまんばい!」などと言うことがありますが、これの大人版て感じです。
このように、コンウェイのテトラトリは途方もなく大きい数ですが、しかし巨大数の世界では、コンウェイのテトラトリより大きな数がいくつも作られています。それは単にテトラトリを倍にするとか、そういう小手先の大きさではありません。本質的に比較にならないほど大きい数だし、そもそも構成のコンセプトが全く違う数もあります。
こういう数に触れてしまうと、なんだか世界がちっぽけな、取るに足らない存在に思えてくるかもしれません。「天文学的数字」が塵に思える(塵に例えるのもおこがましいくらい...)かもしれません。しかし我々のような、それこそ点に等しい存在でも、「点は点で生きるのに必死」(玖保キリコさん作の漫画「バケツでごはん」より。うろ覚え)なんですよね…。
我々は、我々のスケールの物事を大切にして生きていきましょう。
おしまい。
[注] 計算規則からわかるように、コンウェイのチェーン表記では、結合律が成り立ちません:
$${}\hspace{1cm} a\rightarrow (b\rightarrow c)\neq (a\rightarrow b)\rightarrow c$$
また、クヌースの矢印記号は右から計算する規則でしたが、チェーン表記ではそれも成り立ちません:
$$
{}\hspace{1cm}a\rightarrow b\rightarrow c \neq a\rightarrow (b\rightarrow c),\\
{}\hspace{1cm}a\rightarrow b\rightarrow c \rightarrow d \neq a\rightarrow (b\rightarrow (c\rightarrow d))
$$
このへん勘違いすると、計算を大きく誤ります。