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現代数学解説
文献あり

ハミルトニアンからレンツベクトルを導出する

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$$\newcommand{CAb}[0]{\mathbf{Ab}} \newcommand{CArr}[0]{\mathbf{2}} \newcommand{CCat}[0]{\mathbf{Cat}} \newcommand{CCAT}[0]{\mathbf{CAT}} \newcommand{CEnr}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Cat}} \newcommand{CENR}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{CAT}} \newcommand{CMod}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Mod}} \newcommand{CMonCat}[0]{\mathbf{MonCat}} \newcommand{cod}[0]{\mathop{\mathrm{cod}}} \newcommand{Colim}[0]{\mathop{\mathrm{Colim}}} \newcommand{coloneqq}[0]{\mathrel{\textrm{:=}}} \newcommand{couni}[0]{\varepsilon} \newcommand{CQuiv}[0]{\mathbf{Quiv}} \newcommand{CSet}[0]{\mathbf{Set}} \newcommand{CUni}[0]{\mathbf{1}} \newcommand{ddt}[1]{\frac{d}{dt}\left({#1}\right)} \newcommand{defeq}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{=}} \newcommand{defequiv}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{\Leftrightarrow}} \newcommand{dom}[0]{\mathop{\mathrm{dom}}} \newcommand{Hom}[0]{\mathop{\mathrm{Hom}}} \newcommand{Id}[0]{\mathrm{Id}} \newcommand{id}[0]{\mathrm{id}} \newcommand{Lim}[0]{\mathop{\mathrm{Lim}}} \newcommand{Limind}[0]{\mathop{\underset{\longrightarrow}{\mathrm{Lim}}}\nolimits} \newcommand{Limproj}[0]{\mathop{\underset{\longleftarrow}{\mathrm{Lim}}}} \newcommand{lsimarrow}[0]{\xleftarrow{\sim}} \newcommand{Lsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longleftarrow}} \newcommand{Mor}[0]{\mathop{\mathrm{Mor}}} \newcommand{Obj}[0]{\mathop{\mathrm{Obj}}} \newcommand{rsimarrow}[0]{\xrightarrow{\sim}} \newcommand{Rsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longrightarrow}} \newcommand{SMC}[0]{\mathbf{SMC}} \newcommand{SMCC}[0]{\mathbf{SMCC}} \newcommand{To}[0]{\Rightarrow} \newcommand{uni}[0]{\eta} $$

2体系のハミルトニアン

突然ですが質量$m_1,m_2$を持つ2質点による2体系のハミルトニアンは次のように表せます。
$$ \mathcal{H}\coloneqq \frac{p_{01}^2+p_{02}^2}{2(m_1+m_2)}+\frac{m_1+m_2}{2m_1m_2}\left(p^2+\frac{L^2}{r^2}\right)-\frac{Gm_1m_2}{r} $$
ここで空間は2次元、$p_{01},p_{02}$は重心の$x,y$各方向への運動量、$r$は2質点間の距離、$L$は角運動量、$p=\frac{m_1m_2}{m_1+m_2}\dot{r}$です。本記事は解析力学の記法に則るため時間微分を\dotで表します。導出は解析力学の教科書をご参照ください。

ハミルトニアンに基づいた運動方程式は次のようになります。ただし$x_0,y_0$で座標系$(x,y)$における重心の座標を、$\theta$$x=r\cos\theta$, $y=r\sin\theta$を満たす偏角 (ただし$\theta\in\mathbb{R}$) を表すものとします。
$$ \begin{align} \dot{x}_0 &=\frac{p_0}{m_1+m_2}, \dot{y}_0 =\frac{p_0}{m_1+m_2},\\ \dot{p}_{01}&=\dot{p}_{02}=0,\\ \dot{r} &=\frac{m_1+m_2}{m_1m_2}p, \dot{\theta} =\frac{m_1+m_2}{m_1m_2}\cdot\frac{L}{r^2}\\ \dot{p} &=\frac{m_1+m_2}{m_1m_2}\cdot\frac{L^2}{r^3}-\frac{Gm_1m_2}{r^2}\\ \dot{L}&=0 \end{align} $$
8本の方程式のうち、$\dot{p}_{01}=\dot{p}_{02}=0$は運動量保存を、$\dot{L}=0$は角運動量の保存を表しています。運動量が保存されていることから、この系の重心は等速直線運動をしていることが分かります。

$r$$\theta$も重心の移動に影響されないため、重心は静止しているとして構いません。重心は静止しているものとしてハミルトニアンを書き直すと次のようになります:
$$ \mathcal{H}_c\coloneqq \frac{1}{2\mu}\left(p^2+\frac{L^2}{r^2}\right)-\frac{Gm_1m_2}{r} $$
ただし$\mu=\frac{m_1m_2}{m_1+m_2}$ (換算質量) です。

$\mathcal{H}_c$の式をさらに書き直すと、次のように書けます ($L\neq 0$の場合):
$$ \frac{p^2}{2\mu}+\frac{L^2}{2\mu}\left(\frac{1}{r}-\frac{Gm_1m_2\mu}{L^2}\right)^2=\mathcal{H}_c+\frac{G^2m_1^2m_2^2\mu}{2L^2} $$
これは$p$$\frac{1}{r}$の二次曲線と考えることができ、ここから$L$$\mathcal{H}_c$の値によって$r$$p$がどのように変化するかの概略をつかむことができます。$p$-$r$平面上での軌道が閉曲線を描くのは$L\neq 0$かつ $-\frac{G^2m_1^2m_2^2\mu}{L^2}<\mathcal{H}_c<0$の場合に限ります。

さて、ご存じの通り2体系においてちょうどいいエネルギーと角運動量を持っているとき、2体は共通重心を焦点とした楕円軌道をそれぞれ描くことが知られています。ちょうど$p$-$r$平面で閉軌道を描くケースが対応しそうですが、$\theta$についてどうなっているのかは$p$-$r$平面ではあまりわかりません。角運動量が不変なので、$\theta(t)=\int_{0}^{t}\frac{L}{\mu r(t)^2}dt$で一応$\theta$は求まるのですが、明らかに右辺の積分が解析的にはどうしようもなさそうな匂いがします。

以下ではこの状況下でもう1つ存在する不変量であるレンツベクトル [注1] を、ベクトル解析ではなくあくまでもハミルトン力学の上で構成します。

[注1] レンツベクトルの名称については立ち入りません。概念としてはレンツよりも昔から導入されていたらしく、その結果、例えばヘルマン-ベルヌーイ-ラプラスベクトルと呼ぶのがより適しているのではないか等の意見 (Goldstein, 1975 and 1976) があってややこしいためです。

レンツベクトルを導く

2つの座標系

前節で定義したハミルトニアン$\mathcal{H}_c$は極座標形式でしたが、なんらかの直交座標$(x,y)$を定めてハミルトニアンを書き直すと次のようになります:
$$ \mathcal{H}_d=\frac{p_x^2+p_y^2}{2\mu}-\frac{Gm_1m_2}{r} $$
2質点系や中心力について考える時はたいてい初期条件として$p(0)=0$が与えられます (これにより座標軸と楕円軌道の長軸短軸が平行になります) が、現時点ではまだそれを仮定していないため、座標系の中で軌道がどんな形でどんな向きをしているのか分かっていないことに注意してください。

$p_x,p_y$の時間微分は次の式で表されます:
\begin{align} \dot{p}_x &= -\frac{Gm_1m_2x}{r^3}\\ \dot{p}_y &= -\frac{Gm_1m_2y}{r^3} \end{align}
また、$x=r\cos\theta$, $y=r\sin\theta$から次の関係式を得ます:
\begin{align} p_x &= p\cos\theta-\frac{L\sin\theta}{r}\\ p_y &= p\sin\theta+\frac{L\cos\theta}{r}\\ \end{align}

このとき、
\begin{align} \frac{d}{dt}\left(\frac{\mu x}{r}\right) &= \frac{p_xr-px}{r^2}\\ &= -\frac{Ly}{r^3}\\ &= \frac{L}{Gm_1m_2}\dot{p}_y \end{align}
従って
$$ \frac{d}{dt}\left(Lp_y-Gm_1m_2\mu\frac{x}{r}\right)=0 $$
同様に、
$$ \frac{d}{dt}\left(Lp_x+Gm_1m_2\mu\frac{y}{r}\right)=0 $$
というわけで、レンツベクトルの不変性を示す式を得ることができました。

レンツベクトルから導かれるもの

レンツベクトルに相当する2つの不変量を$r$, $p$, $\theta$, $L$で書き直すと次のようになります。
\begin{align} Lp_y-Gm_1m_2\mu\frac{x}{r} &= Lp\sin\theta+\left(\frac{L^2}{r}-Gm_1m_2\mu\right)\cos\theta\\ Lp_x+Gm_1m_2\mu\frac{y}{r} &= Lp\cos\theta-\left(\frac{L^2}{r}-Gm_1m_2\mu\right)\sin\theta\\ \end{align}
従って$Lp=A\sin\alpha$, $\frac{L^2}{r}-Gm_1m_2\mu=A\cos\alpha$とおくと両式の右辺はそれぞれ$A\cos(\alpha-\theta)$, $A\sin(\alpha-\theta)$と書けます。このとき、
\begin{align} A^2 &= (Lp)^2+\left(\frac{L^2}{r}-Gm_1m_2\mu\right)^2\\ &= 2\mu L^2\mathcal{H}_c+G^2m_1^2m_2^2\mu^2 \end{align}
は明らかに時間不変なので、$A$は定数です。また、$\alpha-\theta$が時間不変であることも言えるため、$\alpha-\theta=\alpha_0$とおくことにします。

いま、
$$ \begin{align} r &= \frac{L^2}{Gm_1m_2\mu+A\cos(\theta+\alpha_0)}\\ \end{align} $$
と書けて、$G,m_1,m_2,\mu,L,A$が全て定数であることから、$r$$-\alpha_0$方向を主軸に持つ円錐曲線を描くことが示されます。

考察

導出からもわかる通り、レンツベクトルは直交座標系にとても密接に関連した不変量です。レンツベクトルはベクトルとして不変であり、すなわちそれは大きさだけでなく方向も保存するということです。物理学において特別な座標系、特別な方向というものは原則存在せず、恣意的な座標系の指定や初期条件によってこれが与えられるわけですが、2質点系 (あるいは中心力の働く1質点系など) においてはレンツベクトルが自ずから1つの特別な方向を与えます。その意味でこれは非常に驚くべき性質を持った不変量と言えるでしょう。

参考文献

[1]
Herbert Goldstein, Prehistory of the "Runge–Lenz" vector, Am. J. Phys., 1975, pp. 737–738
[2]
Herbert Goldstein, More on the prehistory of the Laplace or Runge–Lenz vector, Am. J. Phys., 1976, pp. 1123–1124
投稿日:2022116
更新日:20231123
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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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