「数学オリンピック幾何への挑戦:ユークリッド幾何学をめぐる船旅」に有向角の解説が載っています. 参照してください.
この記事では、数学オリンピックでよく使われる有向角という表記方法を紹介します。有向角は問題を解く際のテクニックではなく、答案を簡潔に書く方法です。有向角は答案を綺麗に書くのに非常に便利な記法ですが、インターネット上に出回っている情報が少ないと思い、この記事を作成しました。初心者にもわかりやすい丁寧な説明を心掛けましたが、もしも不鮮明な箇所・誤植等ございましたら遠慮なくコメントにてご指摘ください。
この記事にかかわらず、今後私の全ての記事において、「共点」で3本以上の図形が1点で交わること、「共線」で3点以上が同一直線上にあること、「共円」で4点以上が同一円周上にあることを指します。
早速ですが、以下のミケルの三角形定理の証明には重大な欠陥が含まれています。それはどこでしょうか。
ミケル (Miquel) の三角形定理:
三角形
円
円
円
よって,
従って, 4点
ミケルの定理
まずは条件不足などの理由で偽である命題を2つみていきましょう。
偽命題:
平面上にどの3点も共線でない4点
よく学校で円周角の定理を習うときに注意されることですが、命題2では
答案中に円周角の定理の逆を用いる際には位置関係に注意するようにしましょう。
同じ側
異なる側
偽命題:
平面上にどの3点も共線でない4点
これは「角度の足し算」といえます。
Pが角の「内部」
Pが角の「外部」
2つの偽命題に共通しているのは、図の位置関係による場合分けが不足しているという点です。数学オリンピックの幾何では、図の位置関係に依らない議論をすることがとても重要であり、本選以降の記述式問題においてはコーナーケース(ある点とある点が一致して証明が破綻してしまう場合)は分離して記述しないと減点されることがあります。
しかし、円周角の定理が出てくるたびに位置関係を確認するのは少し面倒です。そこで有向角を導入すると、これらの問題を解決することができるのです。
有向角の特徴は、符号付き角度、つまり負の角度を導入するという点です。座標やベクトルといった解析幾何が誕生する以前のユークリッド幾何学では、負の角度の概念はまだ存在しませんでした。しかし、解析幾何のような抽象的な手法が用いられるようになると、厳密性を求め、負の角度の概念を考えるようになりました。
平面上に2直線
逆向きに測ると正負が反転 :
有向角は、反時計回りに測る際は正の値、時計回りに測るときは負の値になります。
有向角の記号の
図6において
例1
有向角において,
なお, 便宜上
負の角度の定義はできましたが、2直線
平面上の3点
逆向きに測ると正負が反転 :
図7において
例2
幾何でよくある間違いの所で紹介した角度の足し算ですが、有向角を用いると通常の角度では偽であった命題を問題なく使えるようになります。
3直線
4点
明らか. わからない場合は図を見て理解せよ.
定理4
有向角を用いると、共線を簡単に判定することができます。
4点
よりよい.
定理5
通常の角度では共円条件は2つに場合分けをする必要がありました。有向角を用いると、この2つの場合分けを1つにまとめることができます。その前に通常の角度における共円条件を確認しておきましょう。
平面上のどの3点も共線でない4点
4点
4点
定理6
平面上にどの3点も共線でない4点
4点
通常の角度と有向角を等号で結ぶ際のみ区別のため
明らか.
(
逆は容易であるため読者への課題とする.
定理7
通常の角度において三角形の内角の和が
3直線
特に, 3点
明らか.
定理8
3点
共円条件だけでなく中心角の定理(円周角の定理)も有向角を用いて記述できます。通常の角度の場合と変わりません。
円
定理11
円
通常の接弦定理と同様なので略.
通常の角度では許されているが有向角に対しては許されていない操作があります。
有向角において,
これは合同式の両辺を割る操作が許されていないことと同様です。有向角における等号は
有向角の基本性質を一通り紹介したので、次は有向角を実際に使ってみましょう。
この記事の最初にあったミケルの三角形定理の証明を有向角を用いて正しく書きなおします。
三角形
円
円
円
よって,
従って, 定理7より4点
この証明は以下の3つの図のうちどの場合でも成立します。時計回りか、反時計回りかに意識して角度を追ってみてください。
また、参考程度に
定理13(その1)
定理13(その2)
定理13(その3)
次に有向角を用いてシムソンの定理を証明します。
三角形
4点
従って, 主張は従う.
定理14
図17では
シムソンの定理は逆も成り立ちます。逆も有向角を用いて証明が記述できますので興味のある方は書いてみてください。また、シムソンの定理にはいくつもの興味深い拡張が存在しますが、それを紹介するのはこの記事の目的でないので割愛させていただきます。
ここまで、有向角によって円周りの定理の記述が簡潔になることを見てきました。しかし、有向角を用いて合同や相似を記述しようとすると不自然になることがあります。より具体的には、頂点の対応関係が崩れてしまいます。そこで、合同と相似にも向きを付けて考えることによって、共円条件だけでなく合同や相似も有向角で扱える枠組みを整えます。
平面上に
正の向きに相似とは、一方を正の倍率の相似拡大と平行移動の合成で他方に重ねることができる関係を指します。特に、正の向きに合同であることを一方を平行移動と回転移動の合成で他方に重ねることができる関係として定義します。
定義3
平面上に
負の向きに相似とは、一方を負の倍率の相似拡大と平行移動の合成で他方に重ねることができる関係を指します。言い換えれば、「ひっくり返した相似」です。特に、負の向きに合同であることを一方を対称移動と平行移動、回転移動の合成で他方に重ねることができる関係とした定義します。
定義4
平行四辺形
例3
例4
三角形
例5
円に内接する四角形
例6
最後まで読んでくださりありがとうございました。この記事が共に数学オリンピックを目指す方々のお役に立てれば幸いです。これからも初等幾何の解説記事を書いていこうと思います。