注意:本記事は2019年京都大学理学部特色入試第2問の解説記事ではありません。(が、ある程度の示唆を与えるとは思います。)
京都大学理学部特色入試の過去問を解いていて、2019年の第2問の背景(特に恒等式の背景)がとても気になったので、調べてみたところ、少しだけ面白いことが分かったので紹介します。
以下の設問に答えよ。ただし、 $0!=1$とする。
(1) $n$を自然数とする。 $F(x)$は実数を係数とする$x$の$n$次以下の多項式であって、$m$が整数のとき$F(m)$がつねに整数となるものとする。このとき、次の性質(あ)、(い)を満たす実数$c_{0},c_{1},c_{2},\cdots ,c_{n}$が存在することを示せ。
(あ)次の式が$x$についての恒等式となる。
\begin{align*}
& \frac{F(x)}{(x+1)(x+2)\cdots(x+n)} \\
=&c_{0}\\
&+\frac{c_{1}}{x+1} \\
&+\frac{c_{2}}{(x+1)(x+2)} \\
&+\cdots \\
&+\frac{c_{n}}{(x+1)(x+2)\cdots(x+n)}
\end{align*}
(い)$0\le k\le n$を満たすすべての整数$k$について$(n-k)!c_{k}$は整数である。
(2) 0以上の整数$k$に対して、$x$の$k$次多項式$P_{k}(x)$を次のように定める。
\begin{align*}
P_{0}(x)&=1 \\
P_{1}(x)&=x+1 \\
P_{2}(x)&=(x+1)(x+3) \\
&\vdots \\
P_{k}(x)&=(x+1)(x+3)\cdots(x+2k-3)(x+2k-1) \\
&\vdots
\end{align*}
また、$a$、$b$を$a\le b$を満たす0以上の整数とする。このとき、$x$についての次の恒等式が成り立つことを示せ。
\begin{align}
\frac{P_{a+b}(x)}{a!b!P_{a}(x)P_{b}(x)}=\sum_{q=0}^{a}\frac{2^{q}}{q!(a-q)!(b-q)!P_{q}(x)}
\end{align}
以上が実際の2019年京都大学理学部特色入試第2問です。
さて、この問題の背景についてですが、上記の問題の(2)の恒等式は次に示すVandermondeの恒等式の特殊な場合です。
$c,d$を実数、$m$を自然数として
\begin{align*}
_{2}F_{1}\left[\begin{matrix}c ,-m \\ d\end{matrix};1\right]=\frac{(d-c)_{m}}{(d)_{m}}
\end{align*}
ここで、
$$(d)_{n}=d\cdot(d+1)\cdot(d+2)\cdot\cdots\cdot(d+n-1)$$
であり、これは一般にPochhammer記号と呼ばれる。また、
\begin{align*}
_{2}F_{1}\left[\begin{matrix}a ,b \\ c\end{matrix};z\right]=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(a)_{n}(b)_{n}}{n!(c)_{n}}z^{n}
\end{align*}
であり、これは一般にGaussの超幾何級数と呼ばれる。
どうやらVandermondeの恒等式と呼ばれるものは複数存在するようですが、ここでのVandermondeの恒等式はこういうものだと了承してください。この恒等式についてですが、参考文献に示す超幾何級数のpdfで僕は初めて知りました。見た目も綺麗ですが、級数の計算において重要な恒等式です。
本記事では特色入試の恒等式の背景を説明するのが目的なので、Vandermondeの恒等式の証明は省略します。気になる方は参考文献をご覧ください。
改めて本記事で示すのは以下の命題となります。
\begin{align}
P_{0}(x)&=1 \\
P_{1}(x)&=x+1 \\
P_{2}(x)&=(x+1)(x+3) \\
&\vdots \\
P_{k}(x)&=(x+1)(x+3)\cdots(x+2k-3)(x+2k-1) \\
&\vdots
\end{align}
の下で
$$
\frac{P_{a+b}(x)}{a!b!P_{a}(x)P_{b}(x)}=\sum_{q=0}^{a}\frac{2^{q}}{q!(a-q)!(b-q)!P_{q}(x)}
$$
はVandermondeの恒等式
$$
{_{2}F_{1}}\left[\begin{matrix}c ,-m \\ d\end{matrix};1\right]=\frac{(d-c)_{m}}{(d)_{m}}
$$
で$0\le a\le b$を整数として$m=a,c=-b,\displaystyle d=\frac{x+1}{2}$
とした場合の式である。
この命題の証明の見通しを良くするために、Pochhammer記号についてのいくつかの補題を先に示しておきます。
$\begin{eqnarray} (-a)_{q}= \left\{ \begin{array}{l} \displaystyle\frac{(-1)^{q}a!}{(a-q)!} \ \ \ (q\le a)\\ 0 \ \ \ (q > a) \end{array} \right. \end{eqnarray}$
\begin{align}
(-a)_{q}
&=(-a)(-a+1)\cdots(-a+q-1)\\
&=(-1)^{q}a(a-1)\cdots(a-q+1)
\end{align}
ここで$q>a$なら右辺のどれかのカッコが0になるので左辺も0。
以下$q\le a$として
\begin{align}
(-a)_{q}
&=\frac{(-1)^{q}a(a-1)\cdots(a-q+1)(a-q)!}{(a-q)!}\\
&=\frac{(-1)^{q}a!}{(a-q)!}
\end{align}
ちなみに、後に式変形で使われるときの形は$\displaystyle\frac{(-a)_{q}}{(-1)^{q}}=\frac{a!}{(a-q)!}$である。
\begin{align} (d+b)_{a}=\frac{(d)_{a+b}}{(d)_{b}} \end{align}
\begin{align} (d)_{a+b} &=d(d+1)\cdots(d+b-1)(d+b)\cdots(d+b+a-1)\\ &=(d)_{b}(d+b)_{a} \end{align}
この下で、命題2を示します。
Vandermondeの恒等式
\begin{align}
\frac{(d-c)_{m}}{(d)_{m}}
&={_{2}F_{1}}
\left[\begin{matrix}c ,-m \\ d\end{matrix};1\right] \\
&=\sum_{q=0}^{\infty}\frac{(c)_{q}(-m)_{q}}{q!(d)_{q}}
\end{align}
について、補題3の後半の主張から、$q>m$で$(-m)_{q}=0$より
$$\frac{(c)_{q}(-m)_{q}}{q!(d)_{q}}=0 \ \ \ (q>m)$$
よって$\sum$の範囲を$\infty\rightarrow m$としても恒等式は成り立つ。すなわち
\begin{align}
\frac{(d-c)_{m}}{(d)_{m}}
=\sum_{q=0}^{m}\frac{(c)_{q}(-m)_{q}}{q!(d)_{q}}
\end{align}
$0\le a\le b$を整数として$m=a,c=-b$とすると
\begin{align}
\frac{(d+b)_{a}}{(d)_{a}}
&=\sum_{q=0}^{a}\frac{(-a)_{q}(-b)_{q}}{q!(d)_{q}} \\
&=\sum_{q=0}^{a}\frac{(-a)_{q}(-b)_{q}}{q!(-1)^{q}(-1)^{q}(d)_{q}}
\end{align}
左辺に補題4、右辺に補題3を用いる(右辺で$(-1)^{q}$を2つ出したのはそのためである)と、
\begin{align}
&\frac{(d+b)_{a}}{(d)_{a}}
=\sum_{q=0}^{a}\frac{(-a)_{q}(-b)_{q}}{q!(-1)^{q}(-1)^{q}(d)_{q}}\\
&\Leftrightarrow
\frac{(d)_{a+b}}{(d)_{a}(d)_{b}}
=\sum_{q=0}^{a}\frac{a!b!}{q!(a-q)!(b-q)!(d)_{q}}\\
&\Leftrightarrow
\frac{(d)_{a+b}}{a!b!(d)_{a}(d)_{b}}
=\sum_{q=0}^{a}\frac{1}{q!(a-q)!(b-q)!(d)_{q}}
\end{align}
ここで$P_{k}(x)$についてみておく。$x=2d-1$とすると
\begin{align}
P_{k}(x)&=2d(2d+2)\cdots(2d+2k-4)(2d+2k-2)\\
&=2^{k}d(d+1)\cdots(d+k-2)(d+k-1) \\
&=2^{k}(d)_{k}
\end{align}
なので$\displaystyle d=\frac{x+1}{2}$で$(d)_{k}=2^{-k}P_{k}(x)$。これを代入し
\begin{align}
&\frac{2^{-a-b}P_{a+b}(x)}{a!b!2^{-a}P_{a}(x)2^{-b}P_{b}(x)}
=\sum_{q=0}^{a}\frac{1}{q!(a-q)!(b-q)!2^{-q}P_{q}(x)}\\
&\Leftrightarrow
\frac{P_{a+b}(x)}{a!b!P_{a}(x)P_{b}(x)}
=\sum_{q=0}^{a}\frac{2^{q}}{q!(a-q)!(b-q)!P_{q}(x)}
\end{align}
$\displaystyle d=\frac{x+1}{2}$は$d$が実数全体をわたるとき$x$も実数全体をわたるので、これは示すべきであった恒等式である。