多元環の中でもホモロジー的にもっとも単純なものは半単純多元環だが、半単純な多元環のなかでもさらに良いクラスに分離多元環(separable algebra)がある。その良さは主に基礎体上でのテンソル積についての振る舞いの良さという意味である。
この記事は、筆者がセミナーをやるときにFactとして出てきた、いくつかの分離多元環の有名な定義たちの同値性を、できるだけ元をとったりごちゃつかずに自分に見やすい形で示すことである。
この同値性は参考文献にあげた書籍等に載っているが、その証明はごちゃごちゃ元を取るのが多くて個人的に分かった気がしない。のでかんたんな証明を心がける。間違っている可能性もありうるので何かあればご指摘ください。
この記事を通して$k$を体(体は常に可換)とする。また$\otimes$は常に$\otimes_k$を意味する。また環は常に結合的単位的とし、$k$多元環は$k$の元が中心的に作用するものとする。
以下のことについては既知とする。
また次の記号を使う。
分離多元環で重要なのは多元環2つを基礎体上でテンソルして出てくる多元環である。
$A$と$B$を$k$多元環とすると、$A \otimes B$には自然に$k$多元環の構造が入る。この積は$(a_1 \otimes b_1) \cdot (a_2 \otimes b_2) = (a_1 a_2) \otimes (b_1 b_2)$を満たすように定義される唯一の積である。
ここでテンソル多元環上の加群を考えることと両側加群を考えることはほぼ同じである。厳密には基礎体についての少しの注意を必要とする:
$A$と$B$を$k$多元環とする。
この$k$-compatibleという用語は今適当に作っただけなので誰か標準的な用語があれば教えて下さい。$k$-compatibleという概念は環$A$と$B$の$k$多元環構造に依存しているので、$A \Mod_k B$は環$A$と$B$だけではなく真に体$k$と環の多元環構造に依存していることに注意。
このとき次の同一視ができる。
$A$と$B$を$k$多元環としたとき、$k$-compatibleな両側$(A,B)$加群を考えることと、右$A^{\op}\otimes B$加群を考えることは同じである。つまり圏$A \Mod_k B$と$\Mod (A^{\op} \otimes B)$は同型である。
概略のみ。$k$-compatibleな両側加群$M$があると、$m \cdot (a \otimes b) = a \cdot m \cdot b$と$m \in M$, $a \in A$, $b \in B$と考えることでこれは右$A^{\op} \otimes B$加群と見れる(テンソルからの射を伸ばしたいときに$k$-compatible性が必要になる)。逆もやればできる。
よって両側$(A,A)$加群を考えるときに次の概念が便利である。
$A$を$k$多元環としたとき、その$k$上の包絡多元環(enveloping algebra)$A^{\env/ k}$を次で定義する$k$多元環とする:
$$
A^{\env / k} := A^{\op} \otimes_k A
$$
$k$多元環$A$について$k$-compatibleな両側$(A,A)$加群を考えることと右$A^{\env/k}$加群を考えることは同じである、つまり圏$A \Mod_k A$と$\Mod (A^{\env / k})$は同型である。
この両側加群の圏について、次の関手を以下で用いる。
$k$多元環$A$に対して、関手$(-)^{(A)} \colon A \Mod_k A \to \Mod k$を、$M \in A \Mod_k A$に対して
$$
M^{(A)} := \{ m \in M \mid \text{任意の$a \in A$について}a \cdot m = m \cdot a \}
$$
で定める。
実はこれは$A$からのHomである:
$k$多元環$A$に対して、関手の同型$(-)^{(A)} \cong \Hom_{A \Mod_k A}(A,-)$が存在する。
$\varphi \colon A \to M$が$A \Mod_k A$であると、$\varphi(1)$を考えると、任意の$a \in A$に対して
$$
a \cdot \varphi(1) = \varphi(a \cdot 1) = \varphi(a) = \varphi(1 \cdot a) = \varphi(1) \cdot a
$$
であり、$\varphi(1) \in M^{(A)}$である。逆に$M^{(A)}$の元$m$が与えられると、$\varphi(a) := a \cdot m = m \cdot a$により定めると、これは$A \Mod_k A$での射であることがすぐに確認できる。これにより同型$\Hom_{A \Mod_k A} (A, M) \cong M^{(A)}$が確認でき、明らかに自然である。
また以下で次の標準的な写像を用いる。
$A$を$k$多元環としたとき、積写像$\mu \colon A \otimes A \surj A$を$\mu(a \otimes b) = ab$を満たすように定める。これは明らかに$A \Mod_k A$での射である。
また半単純多元環のなかでも特別に良いクラスとして次を導入する。
$A$を半単純$k$多元環とする。このとき$A$が分裂半単純$k$多元環(split semisimple $k$-algebra)である、または単に$k$上分裂するとは、次の同値な条件を満たすときをいう:
あとで見るように、
$$
\{\text{分裂半単純多元環}\} \subset \{\text{分離多元環}\} \subset \{\text{半単純多元環}\}
$$という階層構造である。
$k$が代数閉体のとき、有限次元半単純$k$多元環はArtin-Wedderburnなどより$k$上分裂している。このことは以下でもよく使う。
右加群といっているが左右対称である。同値性はArtin-Wedderburnの証明などから明らか。また分裂という概念は基礎体に依存していることに注意(体の真の拡大$K/k$があると$K$は$K$上分裂しているが$k$上は分裂していない)。
さてこの記事の主定理は次を示すことである。
$k$多元環$A$に対して以下は同値である。
主定理の同値条件を満たす$k$多元環$A$を$k$上分離多元環、また$A$を$k$上分離的と呼ぶ。
まず主定理の同値性から次が分かる。
$k$上の分離多元環$A$に対して次が成り立つ。
証明は主定理の同値条件のどれかからすぐなので略。
次は分離的$k$多元環であることが主定理のどれかを使ってかんたんに分かる。
2番めの例があるので、分離多元環は体の分離拡大の一般化とみなせる(というかそれが分離の名前の由来だろう)が、個人的には体論は難しいけど主定理の1や6の条件が表現論的にわかりやすいので、それの体の場合が体の分離拡大というふうにみたほうがわかりやすい(個人差があります)。
$k$多元環が$k$上分離的であるかは$k$に依存する。例えば$k$非分離有限次元拡大体$K$をとると、$K$は$k$多元環として分離的でないが、$K$多元環としてはもちろん分離的である。
以下では主定理を証明していく。以下常に$A$を$k$多元環とする(有限次元性は仮定しないことに注意!)。
$B$として$A^{\op}$を取れば従う。
半単純環上の任意の加群は射影加群なので従う。
命題3より従う。
射影性よりただちに従う。
証明では必要ないが、5ならば3なことも、$A \otimes A$は$A\Mod_k A$のなかで射影的なことから分かる(このことは、$A \otimes A$は$A \Mod_k A = \Mod A^{\env /k}$で同一したときまさに環自身$A^{\env/k}$を右加群とみなしたものであることから従う)。
仮定より積写像$\mu \colon A \otimes A \surj A$が圏$A \Mod_k A$の中で分裂全射である。また半単純$k$多元環$B$を取る。このとき$B^{\op} \otimes A$が半単純なことを示す。 これを示せば明らかに1が成り立つ(半単純環はoppositeで同値だしテンソルは入れ替えても多元環として同型なので)。
任意の加群$M \in \Mod (B^{\op} \otimes A)$をとる。これが射影的なことを示せばよい。まず$_B M_A$と$M$を$k$-compatibleな$(B,A)$両側加群とみなす。この両側加群を、積写像$_A A \otimes A_A \surj {}_A A_A$に左からテンソルすると、分裂全射は関手で保たれるので、
$$
_B M\otimes_A A \otimes_k A_A \surj {}_BM\otimes_A A_A
$$
という両側$(B,A)$加群の分裂全射が得られ、右側は$_B M_A$なので、$_B M_A$は左側の直和因子である。よって左側が射影的なことを示せばよい。しかし左側は$_B M \otimes_k A_A$に同型であり、$B$が半単純であったことから$_B M$は射影左$B$加群である。
なので$_B M$は$_B B$の直和の直和因子だが、テンソルは直和と可換なので、$_B M \otimes_k A_A$は$_B B \otimes_k A_A$の直和の直和因子。
しかし$_B B\otimes_k A_A$は、$\Mod (B^{\op} \otimes A)$の元と見るとまさに環そのものなので射影的である。よって示された。
上に示したことから1-5は同値である。次に基礎体の係数拡大に関する6-10がこれらと同値なことを見る。
明らか。
ここは係数拡大を有限に取り替えられるかというテクニカルなところなので飛ばして読んでもよい。
$A \otimes \ov{k}$は代数閉体$L$上の有限次元半単純$\ov{k}$多元環なので$\ov{k}$上分裂している、つまり$\ov{k}$の行列環$M_n(\ov{k})$の直積に$\ov{k}$多元環として同型。
これを利用して有限次元拡大に取り替えることを考える。まず中間体$k \subseteq L \subseteq \ov{k}$があると$A \otimes L$は$A \otimes \ov{k}$の部分$L$多元環とみなせることに注意。
いま$A \otimes \ov{k}$が行列環の有限直積と同型である。このとき$A$の$k$基底を選び(有限次元より有限個)、次の有限個の元を考える:
ここで$\ov{k}$に含まれる$k$の有限拡大体$L$が存在して、iiの$\ov{k}$の元をすべて含み、かつ$A \otimes L$がiの元をすべて含む。
(これをちゃんと見るには、$L$の$k$上の基底を取れば$A \otimes_k L$はその基底$\alpha_i$についての$A \otimes \alpha_i$という$k$ベクトル空間の直和になっているので、行列単位に対応する元は有限個の$\alpha_i$さえ入っていれば十分なので、そいつらと、またiiの元を$k$に添加した体を$L$とすれば(全部代数的な元なことに注意すると)、求める有限拡大が得られる。)
このとき$L$が欲しい拡大、すなわち$A \otimes L$は分裂半単純$L$多元環になっていることを主張する。簡単のため行列環が1つの場合に見てみると、$A \otimes \ov{k} \cong M_n(\ov{k})$の同型を通して$A \otimes L$は$M_n(\ov{k})$の部分$L$多元環と同型だが、すべての行列単位も含みかつ$L$ももちろん含むので、$M_n(L)$を含んでいる。よって同型を通して$M_n(L) \subseteq A \otimes L$である。
一方$A$の元は同型で$M_n(\ov{k})$の元と対応するが、iiの元を$L$がすべて含んでいたので、$A$の元は同型で$M_n(L)$の中に含まれる。よって$A \otimes L \subseteq M_n(L)$が成り立つ。
以上から$A \otimes L$は$M_n(L)$と同型である。行列環が2つ以上ある場合も議論は同じ。
明らか。
ここが地味に係数拡大やらについてのいくつかの補題を必要とする。
仮定よりある体の拡大$L/k$があって$A\otimes K$は$L$の行列環の直積に同型である。このとき次のことから$A \otimes L$は$L$上の多元環とみて、1-5の条件を満たす:
$k$を体としたとき、$k$上の行列環の有限直積$A$は主定理の条件1-5を満たす。
すでに1-5が同値なことは示したので、1の条件を示す、つまり任意の半単純$k$多元環$B$について$A \otimes B$が半単純をみる。
環の直積とテンソルは分かれるので、$A \otimes B$は$M_n(k) \otimes_k B$の有限直積なので、$M_n(k) \otimes_k B$が半単純ならよい。がこれは$M_n(B)$と同型であり、これは$B$と森田同値である。よって半単純である。
また実は係数拡大とテンソル積・包絡環をとる操作は次の意味で可換である。
体$k$とその拡大体$L$をとる。このとき$k$多元環$A$と$B$に対して$L$多元環$A \otimes L$と$B \otimes L$ができるが、$L$多元環の同型
$$
(A \otimes L) \otimes_L (B \otimes L) \cong (A \otimes B) \otimes L
$$
がある。とくに$A^{\env/ k} \otimes_k L$と$(A \otimes_k L)^{\env / L}$は$L$多元環として同型である。
とりあえず環構造は無視すると、$L$加群の同型
$$
(A \otimes_k L) \otimes_L (B \otimes_k L)
= A \otimes_k B \otimes_k L \\
$$
はある。ここで$B \otimes_k L$の左$L$加群構造は右側の$L$で入っている($L$は可換なことに注意)。
対応は$(a \otimes \lambda) \otimes (b \otimes \mu)$が$(a \otimes b) \otimes (\lambda \mu)$にいく($a,b \in A$, $\lambda, \mu \in L$)。
そしてこの同型は環構造を保っていることが頑張れば確認できる。
次に「係数拡大して半単純ならもともと半単純」が成り立つ:
体$k$上の多元環$A$と体の拡大$L /k$を考える。ここで$\dim_k A<\infty$とし$M$を有限生成右$A$加群、$N \in \Mod A$とする。このとき任意の$i\geq 0$について同型
$$
\Ext_A^i(M, N) \otimes L \cong \Ext_{A\otimes L}^i(M \otimes L, N \otimes L)
$$
が存在する。とくに$A \otimes L$が半単純環であれば$A$も半単純環である。
前半の同型は局所化でよく見るやつなので軽く。$M$の射影分解をとると(仮定より有限生成射影$A$加群で取り続けられる)、これに$\otimes L$してから$\Hom_{A \otimes L} (-, N \otimes L)$してコホモロジーとると右辺が出てくるが、有限生成射影加群$P$について$\Hom_A(P,N) \otimes L \cong \Hom_{A \otimes L}(P \otimes L, N\otimes L)$という同型があることは$P=A$とすれば分かるので、右辺はもとの射影分解に$\Hom_A(-,N)$してから$\otimes L$したのと思える。ここで$L$は$k$上平坦なのでコホモロジーは保存されるので従う。
後半は、$\Ext^1$を見れば明らかである。
これらの補題から9ならば2が従う。なぜならまず$\dim_k A <\infty$は9の条件から保証されており、見たことから$A \otimes L$は$L$多元環とみて1-5の条件をみたす、特に2より$(A \otimes L)^{\env / L}$は半単純環である。よって$A^{\env /k} \otimes L \cong (A \otimes L)^{\env /L}$の同型より、上の補題から$A^{\env /k}$も半単純、つまり2が成り立つ。
1ならば6の$\dim_k A < \infty$以外が成り立つことは自明。なので
ここでは5の条件から$\dim_k A <\infty$が従うことを示す。これがわかれば、一周して1-9がすべて同値が分かる。もともと半単純多元環といったら有限次元のものしか考えないような自分のような人はここのパートは正直いらない。
ここのところの主張はVillamayor-Zelinskyの結果らしい。証明は元をとって結構がんばる。このパートは参考文献の議論そのままである。誰かかんたんな証明を考えてください。
5の仮定より積写像$\mu \colon A \otimes A$は両側$(A,A)$加群としてのsection $s \colon A \to A \otimes A$をもつ、つまり$\mu s = \id_A$である。
$e:= s(1) \in A \otimes A$とする。この$e$は任意の$a \in A$に対して$a \cdot e = e \cdot a$を満たす(この$\cdot$は環の積ではなく$A \otimes A$への左・右$A$作用)。なぜなら$s$が両側$(A,A)$加群の射なことに注意すると:
$$
a \cdot e = a \cdot s(1) = s(a \cdot 1) = s (a) = s( 1 \cdot a) = s(1) \cdot a = e \cdot a
$$
だから。
さて$A$が有限次元を示したいので$A$の$k$加群としての基底$\{ x_i \}_{i \in I}$をとる(とりたくないけど)。この基底に対応するprojection $\{f_i \colon A \to k\}_{i \in I}$が取れる(ただの$k$線形写像)。これは任意の元$a \in A$に対して
$$
a = \sum_{i \in I(a)} f_i(a) x_i
$$
を満たす、ここで$I(a)$は$f_i(a) \neq 0$となる$i \in I$の集合で、どの$a$についても有限である。
また$e \in A \otimes A$を
$$
e = \sum_{j=1}^N a_i \otimes b_i
$$
と書いておく。さらに見やすくするため$i \in I$について
$$
\phi_i := (f \otimes \id_A) \colon A \otimes A \to A
$$
とおく、つまり$\phi_i(a \otimes b) = f_i(a) b$である。これは右$A$加群の準同型になっていることに注意。
以上の記号設定のもとで、実は$A$が$k$上有限個の元で生成されることを示していく。
まず任意に$w \in A \otimes A$をとると等式
$$
w = \sum_{i \in I}(x_i \otimes \phi_i(w))
$$
がなりたつ($\phi_i(w) \neq 0$なる$I$は有限、よって有限和)。これは$w$が$a \otimes b$の形のときに示してやれば十分で、このときは等式$a = \sum_i f_i(a) x_i$を使えば計算すれば分かる。
よって任意に$a \in A$を取ると、次の等式が成り立つ:
\begin{align}
a &= 1 \cdot a
= \mu(s(a \cdot 1))
= \mu(a \cdot s(1))
= \mu(a \cdot e) \\
&= \mu\big(\sum_{i \in I} x_i \otimes \phi_i(a \cdot e)\big)
= \sum_{i \in I} \mu \big( x_i \otimes \phi_i(\sum_{j=1}^N a a_j \otimes b_j) \big) \\
&= \sum_{i \in I} \sum_{j = 1}^N
\mu \big( x_i \otimes f_i(aa_j) b_j) \big)
= \sum_{i \in I} \sum_{j=1}^N f_i(a a_j) x_i b_j
\end{align}
ここで$i \in I$は$\phi_i (a \cdot e) \neq 0$なる$i \in I$を走る(有限)だが、これは一見$a$に依存しているように見える。しかし$a \cdot e = e \cdot a$なことから$\phi_i(a \cdot e) = \phi_i(e \cdot a) = \phi_i (e) \cdot a$が成り立つ($\phi_i$が右$A$準同型もつかう)。なので$\phi_i(e) \neq 0$なる$i \in I$を走れば十分、つまり$I(e)$上の和である。
よって上の等式から$A$は$\{ x_i b_j \mid i \in I(e), 1 \leq j \leq N \}$という有限集合で$k$上生成されることが分かった。ゆえに$\dim_k A < \infty$である。
## 10と11と他の条件との同値性
今までのことから1-10はすべて同値である。この同値な条件を満たすとき$A$を$k$上分離的とよぼう。あと10と11が分離性と同値なことを示す。まずArtin-Wedderburnの議論より10と11は明らかに同値である。
いくつか体に帰着させる補題を準備する。
&&&lem
$A$を有限次元な半単純$k$多元環、$R$を$A$の中心$Z(A)$に含まれる(可換)部分$k$多元環とすると、$R$も半単純である。
&&&
&&&prf
たぶんいろんな示し方がある。Artin-Wedderburnと、直積と中心を取る操作との可換性より、$Z(A)$は結局$k$の有限次元拡大体の有限直積である。よって$Z(A)$の冪零元はゼロのみ。よって$R$ももちろん冪零元はゼロのみ。一方$R$は有限次元$k$多元環であり、よって$R$のJacobson radicalは冪零だが、上の議論から$R$のJacobson radicalはゼロのはず。よって($R$が有限次元多元環よりアルティンなことに注意すると)$R$は半単純である。
&&&
このことから次が分かる。
&&&lem
$A$を分離$k$多元環、$R$を$A$の中心$Z(A)$に含まれる(可換)部分$k$多元環とすると、$R$も分離$k$多元環である。
&&&
&&&prf
$A$は$k$上有限次元である。任意に体の拡大$K/k$をとったとき、$R \otimes K$が半単純なことをみる。いま$A\otimes K$は半単純有限次元$K$多元環であり、$R \otimes K$は$A \otimes K$の部分$K$多元環と見れる($K$は$k$上平坦より)。一方$R \otimes K$は$A \otimes K$の中心に含まれることが、$R \subseteq Z(A)$よりごちゃごちゃやればすぐ分かる。よって上の補題により$R \otimes K$は半単純である。
&&&
結局体論チックなところが出てくるが、それは下の理由による。
&&&lem
$L$を$k$の拡大体で拡大次数有限とする。このとき次は同値である。
a. $L$が$k$上(主定理1-10の意味での)分離多元環である。
b. $L$が$k$の(体論の意味での)分離拡大である、つまり任意の$\alpha \in L$の元の$k$での最小多項式$f \in k[t]$が分離多項式である。
&&&
&&&prf
(aならばb)
$L$の元$\alpha \in L$をとり、その$k$上の最小多項式を$f \in k[t]$とする。まず$k \subseteq k[\alpha] \subseteq L$であるが、$L$は可換分離$k$多元環より、上の補題から$k[\alpha]$は分離$k$多元環である。
$k[\alpha] \cong k[t]/(f)$である。ここで$f \in k[t]$が分離多項式であるとは、$f$の任意の分解体$K$($f \in K[t]$と見たとき1次式の積に分かれるような$K$)(たとえば代数閉包)に対して$f$が$L$内で重根を持たないことである。$f$の適当な分解体$K$をとり、そこでの$f$の根を$a_1,\dots,a_m$(相異なる)、その重複度を$n_1,\dots, n_m$とする、つまり$f = \prod_{i=1}^m (t-a_i)^{n_i}$である。このとき各$n_i =1$をみたい。
このとき$k[\alpha] \otimes_k L$を考えると、
\begin{align}
k[\alpha] \otimes_k K &\cong k[t]/(f) \otimes_k K
\cong K[t]/(f) \\
&\cong \frac{K[t]}{(\prod_{i=1}^m (t-a_i)^{n_i})}
\cong \prod_{i=1}^m \frac{K[t]}{((t-a_i)^{n_i})}
\cong \prod_{i=1}^m \frac{K[t]}{(t^{n_i})}
\end{align}
という$K$多元環の同型が(中国式剰余定理やらで)ある。しかし$k[\alpha]$が分離的なのでこれは半単純なはずで、すると$n_i=1$でなければならない。
(bならばa)
帰納的にやれば避けられる気がするが、簡単のため「有限次元分離拡大は単拡大」という事実を使う。よって$L = k[\alpha]$と$\alpha \in L$を用いてかける。$\alpha$の$k$上の最小多項式を$f$とする、とこれは分離多項式である。
さてあとは上とほぼ同じ議論である。同値条件の8を示す、より具体的には$f$の適当な分解体$K$をとったとき$L \otimes K$が$K$の有限直積と$K$同型なことをみる。が$f$が$K$では一次式の積に分かれることから、その根を$a_1,\dots, a_m$とすると、上の式変形と同様に、$K$同型
$$
L \otimes K \cong k[\alpha]\otimes_k K \cong K[t]/(f) \cong \prod_{i=1}^m K[t]/(t-a_i) \cong \prod_{i=1}^m K
$$
があり、そこから従う。
&&&
さてこの準備のもと、分離多元環ならば10や11を満たす方向が分かる。
### 分離的ならば10
$A$を$k$上分離的な多元環とする。このとき$A$は$k$上有限次元な半単純多元環より、$M_n(D)$という形で$D$は$k$上有限次元可除多元環というものの有限直積である。この$D$に対して、$Z(D)$が$k$上(体論的に)分離拡大であればよい。
さて多元環の直積とテンソルは分かれるので、$M_n(D)$自体が分離的$k$多元環であり、さらに$M_n(D)\otimes B \cong M_n(D \otimes B)$が任意の$k$多元環$B$について成り立ち、$M_n(D \otimes B)$は$D \otimes B$と森田同値なので、結局$D$自体が分離的$k$多元環である。
ゆえに補題9により$Z(D)$は$k$上分離的多元環である。よって$Z(D)$が$k$の拡大体なことに注意すると、補題10により$Z(D)$は$k$の分離拡大である。
### 中心的可除多元環は分離的
あと残るは10,11から残りを出すところだが、そこで重要な補題があるので少し詳しく書く。
10などから他を出したいとき、結局は可除環$D$の場合に帰着され、$D \supseteq Z(D) \supseteq k$という列で、仮定より$Z(D) \supseteq k$は分離的なので、$D$が$Z(D)$上分離的かが気になる。これについて次の「中心的可除環は分離的」が成り立つ。
&&&prop
$D$を中心が$Z(D) =k$を満たす$k$上有限次元な可除多元環とする。このとき任意の体の拡大$K / k$に対して$D \otimes K$は半単純である、つまり$D$は$k$上分離的多元環である。
&&&
&&&prf
$D \otimes K$は有限次元$K$多元環なので、半単純なことを見るには、単純、つまり両側イデアルが$0$と自分自身しかないことを見ればよい(なぜならこれが分かればJacobson radicalがゼロなので、有限次元性より半単純が従う)。
$0 \neq X \subseteq D \otimes K$をゼロでない$D \otimes K$の両側イデアルとする。まず$K$の$k$上の基底を$\{\alpha_i\}_{i \in I}$とすると、$D \otimes K = \bigoplus_{i \in I} D \otimes_k k \alpha_i = \bigoplus_{i \in I} D \otimes \alpha_i$と直和分解される。
ここで$X$のゼロでない元$x$をとると、
$$
x = d_1 \otimes \alpha_{i_1} + d_2 \otimes \alpha_{i_2} + \cdots + d_m \otimes \alpha_{i_m}
$$
と$d_1, \dots, d_m \in D$と$i_1, \dots, i_m \in I$を用いて一意的にかけるが、$x$を$X$のゼロでない元のうち、この$m$が最小であるように取る。最小性から各$d_i \neq 0$に注意。
ここで$X$が両側イデアルなので$(d_1^{-1} \otimes 1)x \in X$であるので、$d_1 = 1$であるとしてよい、すなわち
$$
0 \neq x = 1 \otimes \alpha_{i_1} + d_2 \otimes \alpha_{i_2} + \cdots + d_m \otimes \alpha_{i_m} \in X.
$$
次に任意に$d \in D$を取る。このとき$(d \otimes 1)x - x (d \otimes 1) \in X$だが、
$$
(d \otimes 1)x - x (d \otimes 1)
=
(dd_2 - d_2 d) \otimes \alpha_{i_2} + \cdots +
(d d_m - d_m d) \otimes \alpha_{i_m} \in X
$$
なので、$m$の最小性からこの元はゼロである。よって各$dd_i-d_i d=0$が従う、つまり$d_i \in Z(D)$である。仮定より$d_i \in K$が従う。
すると
\begin{align}
0 \neq x &= 1 \otimes \alpha_{i_1} + d_2 \otimes \alpha_{i_2} + \cdots + d_m \otimes \alpha_{i_m}\\
&= 1 \otimes \alpha_{i_1} + 1 \otimes d_2\alpha_{i_2} + \cdots + 1 \otimes d_m \alpha_{i_m} \\
&= 1 \otimes (\alpha_{i_1} + d_2\alpha_{i_2} + \cdots + d_m \alpha_{i_m}) \\
& = 1 \otimes \beta \in X
\end{align}
である、最後に$\beta \in K$と置いた。しかしこの元は$0 \neq \beta \in K$より、$1 \otimes \beta^{-1}$を逆元として持つ、つまり$x$は可逆である。よって両側イデアル$X$が可逆元を含むので、$X$は全体に一致しなければならない。
&&&
### 分離拡大の推移性
次に体論での「分離拡大の分離拡大は分離拡大」に対応する補題を準備する。
&&&lem
$L$を$k$の拡大体、$A$を$L$多元環とする(と$A$は$k$多元環でもある)。このとき$L$が$k$の有限分離拡大であり、$A$が$L$上分離的であれば、$A$は$k$上でも分離的である。
&&&
これはたぶんいろんな言い方があるので、違うやり方を2つ紹介する。
まずは代数閉包を使って無理やりやるやり方。
&&&prf
まず$\dim_L A < \infty$と$\dim_k L < \infty$から$\dim_k A <\infty$に注意。ここで7を示す、つまり$A \otimes \ov{k}$が半単純をみる。$\ov{L}$を$L$の代数閉包とすると$\ov{L} = \ov{k}$と見れる。よって$A \otimes_k \ov{L}$が半単純なことをみる。
これは、
$$
A \otimes_k \ov{L} = (A \otimes_L L) \otimes_k \ov{L}
= A \otimes_L (L \otimes_k \ov{L})
$$
となるが、$L$が$k$上分離的であることから、(分離多元環の方の性質より)$L \otimes_k \ov{L}$が半単純環となり、しかも半単純$L$多元環である($L$作用は右ではなく左成分でいれる)。すると$A$が$L$上分離的であったことから、$A \otimes_L (L \otimes_k \ov{L})$は半単純環なことが従う。
&&&
次は、あまり使わなかった関手$(-)^{(A)}$を使うやりかた。
&&&prf
4を示す、つまり関手$(-)^{(A)} \colon A \Mod_k A \to \Mod k$が全射を保つかをみる。
$A \Mod_k A $での全射$\varphi \colon M \to N$をとる。このとき$M$と$N$は$k$-compatibleであり、一方両側$A$作用から両側$L$作用も誘導されるので$M,N \in L \Mod_k L$と見れる。
このとき$(-)^{(L)} \colon L \Mod_k L \to \Mod k$は$L$が$k$上分離的なことから全射である、つまり
$$
M^{(L)} \to N^{(L)}
$$
は全射。
次に$M^{(L)}$は$M$のなかで両側$(A,A)$作用で閉じていることが分かる:実際$m \in M^{(L)}$をとると$a \cdot m \cdot b$は、任意の$\lambda \in L$に対して$\lambda\cdot (amb) = a(\lambda \cdot m)b = a(m \cdot \lambda)b = (amb) \cdot \lambda$である。
また$M^{(L)}$の定義より$L$-compatibleである、つまり$M^{(L)} \in A \Mod_L A$である。
ここで$A$が$L$上分離的なことを使うと、$(-)^{(A)} \colon A \Mod_L A \to \Mod k$が全射を保つので、
$$
(M^{(L)})^{(A)} \to (N^{(L)})^{(A)}
$$
は全射。最後に落ち着くと$(M^{(L)})^{(A)} = M^{(A)}$が分かるので、求める結果が得られた。
&&&
### 11なら分離的
いよいよ最後である。$A$が11を満たすとするとき$A$が分離的をみたいが、例えば1などは有限直積で保たれ、行列環$M_n(D)$が分離的かどうかは$D$が分離的かどうかと同値なので、次を示せばよい:
&&&
主張:
$D$を可除$k$多元環で$\dim_k D < \infty$とし、$Z(D)$が$k$の分離拡大だとする。このとき$D$は$k$上分離的である。
&&&
&&&prf
命題11より$D$は$Z(D)$上分離的である。よって推移性の補題12により$D$は$k$上分離的である。
&&&
# 分離多元環なら何がうれしいの?
多元環をやっていて分離多元環が出てくるのは、多元環をテンソルしたときの振る舞いである。証明はしないけど次とかが例えば成り立つ。
&&&prop
$A,B$を有限次元$k$多元環とする。このとき$A$をJacobson radicalで割った半単純多元環が$k$上分離的だと仮定する。と次が成り立つ。
1. $A$の大域次元は$A$の$A^{\env /k}$加群としての射影次元に等しい。
2. $A \otimes B$の大域次元は$A$と$B$の大域次元の和である。
&&&
# まとめ・感想・補足
拡大体を有限に取り直せるかとか、中心的可除環は分離的か、とかのところでいろいろめんどくさい議論があって、なかなか簡潔にはまとまらなかった気がする。けど構造定理の10と11を除いた1-9は(有限次元性を除けば)わりと変なことはせず元をとらずに証明できたと思う。
最後に、実は条件6などでの有限次元性の仮定は外すことができるらしい、つまり「任意に係数拡大して半単純ならその多元環は有限次元」がなりたつらしい。これはMathoverflowで筆者が聞いてみたらそうだという答えが帰ってきた。
https://mathoverflow.net/questions/415736/is-a-separable-algebra-over-a-field-finite-dimensional
証明は可換環や体論のいろんな非自明な結果を使うものでちょっとめんどくさい。さすがにここまではまとめる気はないし正直最初から$A$は有限次元だと仮定して自分になんの損もないのでまあまとめはしないことにする。