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現代数学解説
文献あり

二分木にまつわる不思議な等式の話

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二分木と呼ばれる構造を次のように定義します:

項としての二分木

集合BTは以下の条件を満たすものとする:

  1. BTは非空であり、特にBTで表される要素が存在する。
  2. 任意のt1,t2BTに対して、(t1,t2)BT
  3. 上記の2条件から帰納的に定まる集合がBTである。すなわち、B0={}, Bn+1=Bn{(t1,t2)t1,t2Bn}とするとき、BT=nNBnである。

このとき、BTの各要素を二分木という。

ふつう二分木といえばグラフ構造ですが、定義が簡単になるので項として定義しています。

定義から、二分木の集合BTに対してカノニカルな同型φ:1+BT×BTBTが存在します。この同型の定義は
φ(x)={x1(t1,t2)x=t1,t2BT×BT
で定義できますが、この同型はそれぞれの木の上側 (根の近く) のみを参照しており、枝葉部分の構造に依存していません。このような写像を非常に明示的 (very explicit) と呼ぶことにします (精確な定義は[Blass 1995]を参照してください)。

さて、突然ですがφの構成から、BTは等式1+X2=Xの解と見なすことにします。この等式を通常の整数係数多項式の等式X2X+1=0と同一視すると、この解は
(X2X+1)(X+1)(X2+X+1)(X1)X=(X3+1)(X31)X=(X61)X=X7X
より、等式X7=Xの解の1つでもあることがわかります。
ここで、二分木と等式X7=Xに関するとてもおもしろい定理を紹介します:

Theorem 1,[Blass 1995]

すべての二分木の集合BTと二分木の7つ組すべての集合BT7の間には、非常に明示的な全単射が存在する。

この定理は、X2X+1=0から導かれる他の等式であっても一般には成立しません。例えばX6=1X3+1=0では明らかに成立しません。
また、BTは無限集合なので、N係数で次数が1以上の多項式P(X),Q(X)に対してP(BT)Q(BT)を満たすような同型写像を無数に取れますが、非常に明示的な同型写像についてはこの限りではなく、例えば非常に明示的なX2Xの同型写像は存在しません。

このような現象はなにも二分木および等式X7=Xに限ったことではなく、集合の世界においてもある種の代数が存在して、集合の問題と代数の問題が同一視できる状況が存在するという事実によって発生します。本稿ではそのような集合の世界の不思議な等式と代数について見ていこうと思います。

「7つの木が1つに」

まずは実際に同型射BT7BTを構成してみたいと思います。

Blassの構成方法

s=t1,,t7BT7に対して、f0(s)BTを次のように定める:

  • t4,t5,t6,t7のいずれかがでない場合、f0(s)=((((((t1,t2),t3),t4),t5),t6),t7)
  • t4==t7=かつt3=(u,u)の場合、f0(s)=((((,t1),t2),u),u)
  • t3==t7=かつt2の場合、f0(s)=(((((t1,t2),),),),)
  • t2==t7=かつt1=((((u1,u2),u3),u4),u5)とおける場合、f0(s)=(((((,u1),u2),u3),u4),u5)
  • それ以外の場合、f0(s)=t1

このときfは全単射かつ非常に明示的である。

非常に明示的な全単射は1つではなく、他にも構成方法は存在します。

別解①

s=t1,,t7BT7に対して、以下で定めるf1:BT7BTは全単射かつ非常に明示的である:

  • t5,t6,t7のいずれかがでない場合、f1(s)=((((((t1,t2),t3),t4),t5),t6),t7)
  • t5=t6=t7=かつt4=(u,u)のとき、f1(s)=(((((,t1),t2),t3),u),u)
  • t4==t7=かつt3=(u,u)のとき、f1(s)=((((((t1,t2),u),u),),),)
  • t3==t7=かつt2=(u,u)のとき、f1(s)=(((,t1),u),u)
  • t2==t7=かつt1=(((u1,u2),u3),u4)と書けるとき、f1(s)=((((,u1),u2),u3),u4)
  • それ以外の場合、f1(s)=t1
別解②

s=t1,,t7BT7に対して、以下で定めるf2:BT7BTは全単射かつ非常に明示的である:

  • t5,t6,t7のいずれかがでない場合、f2(s)=((((((t1,t2),t3),t4),t5),t6),t7)
  • t5=t6=t7=かつt4=(u,u)のとき、f2(s)=(((((,t1),t2),t3),u),u)
  • t4==t7=かつt3=(u,u)のとき、f2(s)=((((,t1),t2),u),u)
  • t2==t7=かつt1=(((u1,u2),u3),u4)と書けるとき、f2(s)=((((t1,),),),)
  • それ以外の場合、f2(s)=t1

集合たちの代数

等式X2+1=Xに立ち返ってみます。集合として解釈する場合、加法+とは集合の直和、乗法×とは直積、それぞれの単位元0,1とは空集合およびシングルトンです。

集合としての解釈をする場合、加法の逆操作としての減法は存在しません (†)。そこで、係数に負数を使わない状態でX2+1=Xから等式をいろいろ変形させてみましょう。

BTX=X3+X+1およびX2=X3+X2+1の解。すなわち、非常に明示的な同型BTBT3+BT+1およびBT2BT3+BT2+1が存在する。

任意の木tBTは、((t1,t2),t3), (,t), のいずれかちょうど1つの形で表せる。従って、このことから同型BTBT3+BT+1を得て、これは構成から非常に明示的である。

また、任意の木の組t,tBT2は、t,(u,u), (u,u),, ,のいずれかちょうど1つの形で表せる。このことから同型BT2BT3+BT2+1を得て、これは構成から非常に明示的である。

BTについて、等式X3+1=X4+Xを満たす非常に明示的な同型BT3+1BT4+BTが存在する。

補題 3

r1とする。このとき、任意のkに対して

  1. X=X2+1ならば、Xr=Xk+3+Xk+Xr
  2. BTrBTk+3+BTk+BTr

sBT3+1とは、s=1またはs=t1,t2,t3BT3のどちらかであることとする。sBT3+1に対して、φ(s)BT4+BTを次のように定める:

  1. s=t1,t2,(t3,t3)のとき、φ(s)=t1,t2,t3,t3BT4
  2. s=t1,t2,のとき、φ(s)=(t1,t2)BT
  3. s=1のとき、φ(s)=BT

写像φ:BT3+1BT4+BTは定義から非常に明示的であり、さらに同型である。

(系の証明) X=X2+1であるとき、等式X=X3+X+1が成り立つことから、m0に対して
Xm+1=Xm+4+Xm+1+Xm
を得る。さらにX3+1=X4+Xが成り立つため、kに関する帰納法を用いるとr1k0に対して
Xr=Xk+3+Xk+Xr
を得る。同様にして、非常に明示的な同型
BTr=BTk+3+BTk+BTr
の存在もわかる。

補題3の系を用いることで、等式X7=Xを次のように証明することができます:
X7=X7+X4+X=X
これに対応するBTについての同型は非常に明示的ですので、アドホックでない形で定理の証明を与えることもこれで可能になります。

加法の逆操作としての減法は存在しませんが、X+1+XXというような性質を満たす、ある意味で“負の単位集合”に相当する集合および代数を構成することは可能です。(cf. Shaunel 1990)

多項式半環

集合に関する代数は、結合的な加算と乗算を持ち、分配則が成り立つため、半環の構造を持っているとみなせます。BTと非常に明示的な同型の場合は、剰余多項式半環N[X]/(X=X2+1)に関連付けられます。

Theorem 3, [Blass, 1995]

2つの形式的な非負整数係数多項式P(X),Q(X)N[X]について、P(BT)Q(BT)の間に非常に明示的な同型が存在することと、剰余半環N[X]/(X=X2+1)においてP(X)=Q(X)になることは同値。

N[X]/(X=X2+1)の世界では、X3+1=0X61=0の代わりに、次のような等式が成り立ちます:

多項式P(X)=aNXN++a1X+a0 (aN0) に対してNPの次数と呼ぶことにする。P(X)の次数が1より大きいとき、N[X]/(X=X2+1)において

  • X3+P(X)+1=P(X)
  • X6+P(X)=P(X)+1

可換半環の公理とX=X2+1からこれらの等式を求める証明を辿ることで、その証明に対応する非常に明示的な同型(の1つ)を求めることができます。Blassの構成方法に対応する導出は次のようになります。

X7=X8+X7+X6+X5+X4+X3+X2+1=(X8+X7+X6+X5+X3)+X4+X2+1=X7+X4+X2+1=X7+X4+(X5+X3+X2+X)+1=X7+X5+X4+X3+X2+X+1=X

発展

同じことを別の同値関係に行うことで、類似の命題を示すことができます。

項 (あるいは根つき木) の集合Pを以下のように定める:

  1. 0P
  2. pPならば、s(p)P
  3. p,qPならば、(p+q)P
  4. 以上の操作を繰り返して得られる項のみがPの要素である。

木構造として記述すると、すべての頂点で枝の数が高々2 (すなわち、出入りする辺の数が高々3) であるような木の集合がPであり、従って
P1+P+P×P
が非常に明示的な形で成り立つ。

Pの5つ組s=p1,p2,p3,p4,p5P5に対して、fP(s)Pを次のように定める:

  • p50またはp40のとき、fP(s)=((((p1+p2)+p3)+p4)+p5)
  • p5=p4=0かつp3=(q+q)とおけるとき、fP(s)=(((s(p1)+p2)+q)+q)
  • p5=p4=0かつp3=s(q)とおけるとき、fP(s)=((s(p1)+p2)+q)
  • p5=p4=p3=0かつp2=(q+q)とおけるとき、fP(s)=((((p1+q)+q)+0)+0)
  • p5=p4=p3=0かつp2=s(q)とおけるとき、fP(s)=(s(p1)+q)
  • p5==p2=0かつp1=((q1+q2)+q3)とおけるとき、fP(s)=(((0+q1)+q2)+q3)
  • p5==p2=0かつp1=(s(q)+q)とおけるとき、fP(s)=((0+q)+q)
  • それ以外のとき、fP(s)=p1

これによって定まるfP:P5Pは非常に明示的かつ同型である。

項 (あるいは根つき木) の集合T
T1+T+T3
が非常に明示的に成り立つように定める。すなわち、定数項、単項演算子(t)、3項演算子σ(t1,t2,t3)によって帰納的に構成される項の集合をTとする。

このとき、非常に明示的な同型TT7が存在する。

まとめ

半環という馴染みのない構造にはなりますが、集合や木構造の間にもある種の代数が存在することと、それらの関係性をここまで見てきました。半環が比較的弱い代数構造であるがゆえに、この関係は代数構造と集合との間において一方を他方で実装するための強力なツールを与えます ([Fiore & Leinster, 2004], [Backhouse, Chen & Ferreira, 2013] など)。身の回りにあるデータ構造や代数構造にも、探してみたらおもしろい特性が見つかるかもしれませんね。

リンク

参考文献

[1]
Andreas Blass, Seven trees in one, Journal of Pure and Applied Algebra, 1995, pp. 1–21
[2]
Stephen H. Schaunel, Negative sets have Euler characteristic and dimension, Proceedings of the International Conference held in Como, Italy, July 22–28, 1990, 1991, pp. 379–385
[3]
F. William Lawvere, Some thoughts on the future of category theory, Proceedings of the International Conference held in Como, Italy, July 22–28, 1990, 1991, pp.1–13
[4]
Marcelo Fiore & Tom Leinster, An objective representation of the Gaussian integers, Journal of Symbolic Computation, 2004, pp. 707–716
[5]
Roland Backhouse, Wei Chen & João F. Ferreira, The algorithmics of solitaire-like games, Science of Computer Programming, 2013, pp. 2029–2046
投稿日:2022428
更新日:20231123
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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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  1. 「7つの木が1つに」
  2. 集合たちの代数
  3. 多項式半環
  4. 発展
  5. まとめ
  6. リンク
  7. 参考文献