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トーション関手の名前の由来

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$$\newcommand{Ann}[0]{\mathop{\mathrm{Ann}}\nolimits} \newcommand{id}[0]{\mathop{\mathrm{id}}\nolimits} \newcommand{Im}[0]{\mathop{\mathrm{Im}}\nolimits} \newcommand{Ker}[0]{\mathop{\mathrm{Ker}}\nolimits} \newcommand{Mod}[0]{\mathop{\mathrm{\mathbf {Mod}}}\nolimits} \newcommand{Tor}[0]{\mathop{\mathrm{Tor}}\nolimits} $$

はじめに

本記事では環といえば常に単位元を持つ可換環であるとします。

「ねじれ(torsion)」という語は大雑把にいうと代数的な集合の元が周期的な振る舞いをすることを指します。例えばアーベル群 $G$ の元 $g$ の位数が $n$ なら
\begin{equation} g+g+\cdots+g=ng=0 \end{equation}
となるので $(n+1)g=g$ が得られます。すなわち $g$ は周期的なのでねじれていると言えるでしょう。しかし、ホモロジー代数で登場する torsion functor の定義からはねじれ的な雰囲気は一切感じられません。torsion という名前がついているのにも関わらずです。これは一体どういうことなのでしょうか。この謎を一緒に解き明かしていきましょう!!

基本事項の確認

ねじれ部分加群

$A$ を整域とし、$M$$A$-加群とする。
$$T(M)=\{x\in M\,|\; \exists a\in A,\; \;a\neq 0 \wedge ax=0 \}$$$M$ねじれ部分加群という。

この定義によれば最初に紹介したアーベル群(すなわち $\mathbb Z$ 加群)のねじれた元の集合はねじれ部分加群になっていますよね。ここでねじれ部分加群を取る操作が関手になっていることを確認しておきましょう。

$f:M\longrightarrow N$$A$加群の準同型とする。このとき$$f(T(M))\subset T(N)$$が成り立つ。したがって $f$$T(M)$ への制限を $T(f)$ とおくと $T(f)$$T(M)$ から $T(N)$ への加群の準同型になる。

したがって、この対応は関手的である。すなわち $f,g$ を準同型とすると
$$T(g\circ f)=T(g)\circ T(f)$$が成り立つ。

$x\in T(M)$とすると、 ある$A$の零でない元$a$について$ax=0$が成り立つ。 したがって$f(ax)=af(x)=0$だから$f(x)\in T(N)$となり、 $f(T(M))\subset T(N)$が得られる。$T(f)$$T(g)$ は制限なので関手的であることは明らかである。 $\Box$

このことは $T$$$\Mod_A\in M\longmapsto T(M)\in \Mod_A$$ によって関手となっていることを示しています。ここで $\Mod_A$ とは $A$-加群の圏のことを指します。 

次にトーション関手の定義を確認しましょう。

トーション関手

$A$ を環とし、$M, N $$A$-加群とする。
$$\longrightarrow P_n\longrightarrow P_{n-1}\longrightarrow \cdots\longrightarrow P_0\longrightarrow M\longrightarrow 0 $$$M$ の射影的分解、
$$\longrightarrow Q_n\longrightarrow Q_{n-1}\longrightarrow \cdots\longrightarrow Q_0\longrightarrow N\longrightarrow 0 $$$N$ の射影的分解とする。このとき $A$-加群の複体
$$\longrightarrow N\otimes_AP_n\longrightarrow N\otimes_AP_{n-1}\longrightarrow \cdots\longrightarrow N\otimes_AP_0\longrightarrow 0 $$ $$\longrightarrow Q_n\otimes_AM\longrightarrow Q_{n-1}\otimes_AM\longrightarrow \cdots\longrightarrow Q_0\otimes_A M\longrightarrow 0 $$のホモロジー群 $H_n(N\otimes_A P_{\star})$$H_n(Q_{\star}\otimes_A M)$ は同型であり、これを $\Tor_n^A(M,\,N)$ と書いてトーションと呼ぶ。トーションは $M$ を固定したとき
$$ N\longmapsto \Tor_n^A(M,\,N)$$によって、$A$-加群の圏 $\Mod_A$ から $\Mod_A$ への共変関手となる。関手として扱うときは特にトーション関手 と呼ぶ。

最初に紹介したようにねじれ感は一切ありませんね。(笑) それではこれらの二つの概念がどのように結びついているのかを見ていきましょう。

トーション関手とねじれ部分加群の関係

$A$ を整域、$M$$A$-加群、 $a\in A$を零でない元とすると$$\Tor_1^A (A/(a), M)\cong\{x\in M\,|\, ax=0\}$$が成り立つ。

$0\longrightarrow A\longrightarrow A \longrightarrow A/(a)\longrightarrow 0$は完全列である。 ただし、$f: A\longrightarrow A$$a$倍写像である。 実際、 $A$が整域であることから$f$は単射であり、 $(a)$$A/(a)$における像は$\{0\}$であるから完全列となることがわかる。したがってトーション完全列
$$\Tor_1^A(A,M)\longrightarrow \Tor_1^A(A/(a), M)\longrightarrow A\otimes M\\ \longrightarrow A\otimes M\longrightarrow A/(a)\otimes M\longrightarrow 0$$が得られる。 $A$は平坦$A$-加群であるから $\Tor_1^A(A,M)=\{0\}$ である. したがって $\Tor_1^A(A/(a), M)\longrightarrow A\otimes M$ は単射である。 よって
$$\Tor_1^A(A/(a), M)\cong \Ker(f\otimes 1)$$が成り立つ。$$(a)\otimes M=1\otimes aM\cong aM$$$A\otimes M\cong M$ が成り立つから $f\otimes 1$$M\ni x\longmapsto ax\in M$ と同一視できる。したがって
$$\{x\in M\,|\, ax=0\} \cong \Ker(f\otimes 1)$$が得られ、 証明が完了する。$\Box$ 

この命題でトーション関手とねじれ部分加群が少し近づいた感じがしますね。ここからもう少し考察を進めると、実はねじれ部分加群をとる関手はトーション関手の特別な場合であることがわかります。以下ではそのことを見ていきましょう。

$(M_i)_{i\in I}$をある一つの$A$-加群の部分加群の族とし、添字集合 $I$の任意の$2$$i,j$ に対して$M_i+M_j\subseteq M_k$を満たす$k\in I$が存在するとする。$i\leq j$$M_i\subset M_j$ によって定義し、$i\leq j$に対して $\mu_{ij}: M_i\longrightarrow M_j$は埋め込みとする。このとき$$\lim_{\longrightarrow}M_i=\sum M_{i}=\bigcup M_{i}$$が成り立つ.

$\sum M_i=M$とおき、$\mu_i$$M_i\longrightarrow M$ の埋め込みとする。各 $i\in I$ について $A$ 加群の準同型 $p_i: M_i\longrightarrow N$ が定まっていて $i\leq j$ ならば $p_i$$p_j$ の制限になっているとする。$\mu_{ij}$ は埋め込みなので明らかに $p_i=p_j\circ \mu_{ij}$ が成り立つ。$M$ の任意の元 $x$$I$ の有限部分集合 $J$ を用いて$$x=\sum_{j\in J}a_j x_j\,\,\,(a_j\in A,\, x_j\in M_j)$$と表される。よって仮定よりある $k\in I$ が存在して $x\in M_k$ が成立するから、準同型$p:M\longrightarrow N$ を
$$x\in M_i\Longrightarrow p(x)=p_i(x)$$として定義することができる。$p$ は全ての $i\in I$ に対して $p_i=p\circ \mu_i$ を満たす。もし $p^{\prime}$$p_i=p^{\prime}\circ \mu_i$ を全ての $i$ について満たすなら明らかに $x\in M_i\Longrightarrow p^{\prime}(x)=p_i(x)$ となるから $p_i=p\circ \mu_i$ を満たす $p$ は一意に定まることがわかる。 したがって順極限の普遍性から$$\lim_{\longrightarrow}M_i\cong\sum M_i$$が成り立つ。

$\sum M_i\supset\bigcup M_i$ は明らかで、$\sum M_i$ の元の表示から逆の包含もすぐにわかる。以上より$$\lim_{\longrightarrow}M_i=\sum M_{i}=\bigcup M_{i}$$が示された。 $\Box$

以下、$M(a)=\{x\in M\,|\, ax=0\}$ とおきます。

$A$ を整域とする。$$T(M)\cong \lim_{\longrightarrow}\left(\Tor_1^A(A/(a), M)\right)_{a\neq 0}$$が成り立つ。

まず $A$$0$ でない元の集合について射を$$(b)\supseteq (a)\Longrightarrow b\longrightarrow a$$ と定める。$(a)\subseteq (b)$ のとき $x\in M$ について $bx=0$ ならば $ax=0$ であるから埋め込み
$$\Tor_1^A(A/(a), M)=M(a)\longrightarrow M(b)=\Tor_1^A(A/(b), M)$$ が定まる。これによって$\Tor_1^A(A/(a), M)$ は添字圏を $A-\{0\}$ とする順系をなすことがわかり、したがってその順極限が定まる。

$T(M)=\bigcup_{a\neq 0}M(a)$である。$a, b\neq 0$ について $M(a)+M(b)\subseteq M(ab)$ だから補題$3$より
$$\lim_{\longrightarrow}M(a)=\bigcup_{a\neq 0}M(a)$$が成り立つ。したがって定理$4$を用いると$$T(M)\cong \lim_{\longrightarrow}\left(\Tor_1^A(A/(a), M)\right)_{a\neq 0}$$が得られた。$\Box$

さあ、もう一踏ん張りです。ここで、証明は省きますが次の命題が有効になります。(実はこの命題は https://ja.m.wikipedia.org/wiki/Tor関手 を参照したのですが、証明がわからなかったものです。もし知っている方がいらっしゃったら教えていただけると助かります。)

トーション関手はフィルター余極限を保存する。すなわち $\lim_i M_i$ を添字圏がフィルター圏であるような $A$-加群の余極限であるとすると$$\Tor_n^A(\lim_i M_i,\, N)\cong \lim_i\left(\Tor_n^A(M_i,\,N)\right)$$ が成り立つ。

ここで $\mathrm{\mathbf{I}}$ がフィルター圏である、というのは $\mathrm{\mathbf{I}}$ が次の条件を満たすことを指します。

  1. $\mathrm{\mathbf{I}}$は空ではない。
  2. 任意の対象 $i, j$ について $k$ が存在して射 $i\longrightarrow k$$j\longrightarrow k$ が存在する。
  3. $f,g$ が共に射 $i\longrightarrow j$ ならば $k$ と射 $h:j\longrightarrow k$ が存在して $h\circ f=h\circ g$ が成り立つ。

この定義によれば先程定義した添字圏 $A-\{0\}$ がフィルター圏であることは簡単にわかります。実際 $a,\,b\in A-\{0\}$ に対して $(a),(b)\supseteq (ab)$ となるので 2 が成り立ちますし、二つの対象間の射は常に一つであるので 3 も成り立ちます。したがって$(a)\subseteq (b) $ ならば 埋め込み $A/(b)\longrightarrow A/(a)$が存在することに注意して命題 5 を合わせると次の定理が示されました。

$A$ を整域、$M$$A$-加群とすると$$T(M)\cong \Tor_{1}^A(\lim_{\longrightarrow}(A/(a)),M)$$が成り立つ。

これでようやくゴールにたどり着きました!!「ねじれ部分加群を取る関手はトーション関手の特別な場合である」ということがわかりましたね。

終わりに

最初はなぜトーション関手という名前になっているのかピンときていなかった方もこれで納得がいったのではないでしょうか。一番重要なポイントは命題 2 だと思います。この命題でトーション関手とねじれ部分加群が一気に近づきました。残りは調整のようなものですね。

今回の記事はこれで終わりです。最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうざいました。

参考文献

可換代数入門 M.F.Atiyah, I.G.Macdonald著 新妻弘訳
代数学の拡がり 雪江明彦著
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Filtered_category
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/Tor関手

投稿日:2020119
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Yosei
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