こんにちは!面白そうなサービスなので記事を書いてみたいと思います.よろしくお願いします.
今回は,遠い昔に勉強した佐藤超函数に関する記事を書いてみます.
物理などで出てくるデルタ関数などの普通でない関数(一般化関数と呼びます)を数学的に扱う方法はいくつかあります.ここでは正則函数の理論に基づいたアプローチである佐藤超函数の考え方について説明したいと思います.
まずデルタ関数はどのように「定義」されたかを思い出してみましょう.
実数直線$\bbR$上のデルタ関数とは$\bbR$上の「関数」$\delta(x)$であって,以下の条件を満たすもののことである:
しかし,一つ目の条件を満たしたならば二つ目の条件の中の積分は$0$にならないといけません.よって,普通の関数の意味ではデルタ関数は扱うことができません.残念!
デルタ関数などを数学的に厳密に定義する一つの方法は,関数空間から$\bbR$への線形写像を位相込みで考えて,そこにデルタ関数が住んでいるとみなすやり方です.これはSchwartz distributionと呼ばれています.別のアプローチとして佐藤幹夫によって考えられたやり方は,以下で説明する正則函数に基づくものです.
デルタ関数の「定義」を見て,コーシーの積分公式を思い出した人も多いのではないでしょうか?コーシーの積分公式の特殊な場合は以下のものでした.
$f(z)$を$\mathbb C$上で正則な函数とすると,$0$の周りを正の向きに一周まわる閉曲線$C$に対して
$$
f(0) = \frac{1}{2\pi i}\int_C \frac{f(z)}{z} dz
$$
が成り立つ.
さて$\varphi(x)$を実解析函数として,簡単のために$\bbC$上に正則函数として拡張できるとします.このとき,コーシーの積分公式とそこでの$C$のとり方によらないことを用いて,$0$を上下に無限小だけ避ける$a< b \in \bbR$を通る負の向きに$0$をまわる閉曲線を考えると
$$
\begin{align}
\varphi(0)
& = \int_{a+i0}^{b+i0}\left(-\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}\right) \varphi(z) dz
+\int_{a-i0}^{b-i0}\left(\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}\right) \varphi(z)dz \\
& = \int_{a}^{b} -\frac{1}{2\pi i} \left( \frac{1}{x+i0} - \frac{1}{x-i0} \right) \varphi(x) dx
\end{align}
$$
が得られます.よって,$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \left( \frac{1}{x+i0} - \frac{1}{x-i0} \right)$あるいは$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}$をデルタ関数とみなすことができそうな気がしてきました.
佐藤幹夫はこの考察をさらに深めて超函数というものを定義しました.次節では$\bbR$上の佐藤超函数について見ていきましょう.
デルタ関数$\delta(x)$は$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}$という$0$を除いて正則な函数に対応させることができたのでした.$\delta(x-a) \ (a \in \bbR)$を考えれば$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z-a}$が出てくるはずなので,$\bbC \setminus \bbR$上正則な函数全体$\mathcal O(\bbC \setminus \bbR)$を考えることで普通の函数の概念を広げることができそうです.それでは$\mathcal O(\bbC \setminus \bbR)$を拡張された函数空間とみなせば良いのでしょうか?
実はそれだけではダメで正則函数の分で割ってあげる必要があることが次のようにして分かります.コーシーの積分定理は,$\bbC$上の正則な函数$F(z)$と任意の$\bbC$内の閉曲線$C$に対して
$$
\int_C F(z) dz =0
$$
となることを言っているのでした.なので,上で考えたデルタ関数に対応する$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}$に勝手な正則函数$F(z)$を足した$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}+F(z)$も同じ条件を満たしてしまいます.これら二つが同じものとなるように商をとることで佐藤超函数の空間が定義されます.
$\bbC \setminus \bbR$上正則な函数の空間$\mathcal O(\bbC \setminus \bbR)$を$\bbC$全体で正則な函数の空間$\mathcal O(\bbC)$で割った商空間を$\bbR$上の佐藤超函数の空間と呼び,$\mathcal B(\bbR)$とあらわす:
$$
\mathcal B(\bbR) := \mathcal O(\bbC \setminus \bbR)/\mathcal O(\bbC).
$$
このように考えることでデルタ関数は$\mathcal B(\bbR)$の$\displaystyle -\frac{1}{2\pi i} \frac{1}{z}$が定める同値類として実現することができました.実は普通の関数(正確には局所可積分関数)やSchwartz distributionは佐藤超函数の空間に埋め込めることが知られています.このときSchwartz distributionの像は$\bbR$に高々極を持つ正則函数の同値類としてあらわせることも知られています.この意味で佐藤超函数はさらに多くの一般化関数を扱うことができるのです!
ところで$\mathcal O(\bbC \setminus \bbR)$の元$F(z)$は$\mathbb H_+:=\{z \in \bbC \mid \mathrm{Im}\, z >0 \}$の元$F_+(z)$と$\mathbb H_-:=\{z \in \bbC \mid \mathrm{Im}\, z <0 \}$の元$F_-(z)$の組$(F_+(z),F_-(z))$に対応します.佐藤超函数はこれらの函数の実数$\bbR$の上からの境界値と下からの境界値の差
$$
[F(z)]=F_+(x+i0)-F_-(x-i0)
$$
であらわすこともあります(このように書くと$\bbC$全体で正則な函数を足してもキャンセルされて同じ佐藤超函数をあらわすことが見やすいかもしれませんね).これを使ってデルタ関数を書いてみると
$$
\delta(x)=-\frac{1}{2\pi i} \left( \frac{1}{x+i0} - \frac{1}{x-i0} \right)
$$
と境界値の差の表示に戻ることができました.
このように佐藤超函数$[F(z)]$を正則函数の上下からの境界値の差とみなすことで新しい解析性の概念を得ることができます.つまり$F_+(z)$は本来$\mathbb H_+$でしか正則でないかもしれませんが,ある$x_0 \in \bbR$の近傍では$\mathrm{Im} \, z<0$に解析接続することができるかもしれないわけです.このとき,佐藤超函数$[F(z)]$は$(x_0;idx\infty)$において超局所解析的であるといいます.$F_-(z)$についても考えることで$(x_0;-idx\infty)$において超局所解析的の定義も得られます.この考え方によって,従来の解析性に加えて,各点$x_0 \in \bbR$においてプラス・マイナスの方向に解析的であるか否かの定義が可能になるわけです!このようにして函数の解析性を方向も含めて考えるやり方を超局所解析と呼びます.実は超局所解析的であるか考えた点$(x_0;\pm idx\infty)$は$\bbR$の余接(球)束の点とみなすべきだということがわかり,様々な発展がありました.このあたりについてはまたの機会に説明したいと思います.
今回は以下のことをみました:
佐藤幹夫によって創始された代数解析・超局所解析の展開については今後また説明したいと思いますので,よろしくお願いします.