高校数学で算数の 掛算の順序問題 を解説した記事です。
高校数学で学ぶ「写像の相等」条件の2項演算版を使います。
定義域と値域が同じである二つの写像$f : A$$\times$$B → C$と$g : A$$\times$$B → C$において、全ての$a ∈ A$と全ての$b ∈ B$に対して$f(a,b) = g(a,b)$ が成り立つならば、$f$と$g$は等しいと呼び$f = g$と表します。
小学2年生が学ぶ掛算は自然数の2項演算である掛算です。
本記事が対象とする演算は2項演算 $\mathbb{N} \times \mathbb{N} \rightarrow \mathbb{N}$の掛算・割算であり、外部2項演算の掛算や余りのある割算などは対象外です。
この掛算の定義には、日本と欧米の二つの流儀があります。
例えば累加 $3+3+3+3$ を
$3$ $\times$ $4$ と表記するのが日本の掛算
$4$ $\times$ $3$ と表記するのが欧米の掛算
です。
これ以降、便宜的に
日本の掛算を記号 $←$
欧米の掛算を記号 $→$
であらわします。
つまり
$3 ← 4 = 3+3+3+3$
$4 → 3 = 3+3+3+3$
です。
足される数である 3 を、一つ分
一つ分の個数である 4 を、いくつ分
と称します。
この 3 と 4 は役割が違うので
一つ分といくつ分の順序は交換できません(と学校で学びます)。
3 と 4 を交換すると、以下の様に式の意味が変わってしまうからです。
$4 ← 3 = 4+4+4$
$3 → 4 = 4+4+4$
今までに述べた掛算の立式に関する規則を「掛算順序ルール」と呼ぶことにします。
(順序1)一つ分 $←$ いくつ分 の順で立式する
(順序2)いくつ分 $←$ 一つ分 の順で立式してはいけない
日本の掛算と欧米の掛算は、記述順が違うだけで同じ事象(累加 3+3+3+3 の値)を表しています。
$3 ← 4 = 3+3+3+3$
$4 → 3 = 3+3+3+3$
しかし、同じ事象を表しているからといって、掛算まで等しい $← = →$ と言えるでしょうか?
確認してみましょう。
掛算$←$の乗算表は以下のようになります。表の縦成分が第1引数、横成分が第2引数です。1~4までの一部のみ表示しています。
1 | 2 | 3 | 4 | ... | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 1+1 | 1+1+1 | 1+1+1+1 | … |
2 | 2 | 2+2 | 2+2+2 | 2+2+2+2 | … |
3 | 3 | 3+3 | 3+3+3 | 3+3+3+3 | … |
4 | 4 | 4+4 | 4+4+4 | 4+4+4+4 | … |
︙ | ︙ | ︙ | ︙ | ︙ | ⋱ |
掛算$→$の乗算表は、上記の掛算$←$の乗算表を転置したものになります。
1 | 2 | 3 | 4 | ... | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 2 | 3 | 4 | … |
2 | 1+1 | 2+2 | 3+3 | 4+4 | … |
3 | 1+1+1 | 2+2+2 | 3+3+3 | 4+4+4 | … |
4 | 1+1+1+1 | 2+2+2+2 | 3+3+3+3 | 4+4+4+4 | … |
︙ | ︙ | ︙ | ︙ | ︙ | ⋱ |
ここで掛算$←$の乗算表(無限次元行列$A$と表記)と掛算$→$(${}^t \! A$と表記)の乗算表が等しければ、定義1「2項演算の写像の相等条件」を満たすので、掛算$←$と掛算$→$は等しくなります。
掛算$←$と掛算$→$は等しい
$\Leftrightarrow$$A={}^t \! A$
$\Leftrightarrow$$A$が対称行列
$\Leftrightarrow$掛算$←$の交換法則が成り立つ
ここから、以下の掛算の可換条件が得られます。
2項演算である日本の掛算$←$と欧米の掛算$→$において、以下の3条件は同値である。
(1)$← = →$(日本の掛算と欧米の掛算は等しい)
(2)$m ← n = n ← m$(日本の掛算の交換法則)
(3)$m → n = n → m$(欧米の掛算の交換法則)
定理1(1)の等号=は、写像が等しいことを示しています。
定理1(2)と(3)の等号=は、数値が等しいことを示しています。
小学校で学んだように、掛算$←$の交換法則は、掛算$←$の定義から導かれることが分かっています。従って、日本の掛算$←$と欧米の掛算$→$は、同じ掛算であると結論できます。
$← = →$
定理1 系1 は以下のように書き直すことができます。
(4)$m ← n = m → n$
左辺の一つ分 m は、右辺ではいくつ分です。
左辺のいくつ分 n は、右辺では一つ分です。
よって、一つ分といくつ分の役割は交換可能であることが分かります。
一つ分といくつ分の役割は交換可能
式(4)は単なる計算結果ではなく、←と→は関数の意味をもっているので、mとnも引数として意味をもちます。
系2と、計算順序ルールの(順序1)(順序2)は両立しません。
また、交換法則を確認するまでは、系2が成り立つかどうかは不明であるため、以下が言えます。
掛算順序ルールは、交換法則を確認したあとは順守できない。
4 x 3
は
3 x 4 = 4 x 3
と交換法則で計算したのではなく、立式時に
欧米の掛算$→$
を選択したのです。
日本の掛算$←$ = 欧米の掛算$→$
であるため
欧米の掛算 $→$ が使用禁止なら
日本の掛算 $←$ も使用禁止になり
掛算が計算できなくなります。
日本の掛算 $←$ が使用可能なら
欧米の掛算 $→$ も使用可能になり
欧米の掛算も使用可能です。
記号$←$と$→$は一つ分、いくつ分、記号の3項演算だから意味を区別して表記できるのです。立式では2項演算xを使うので意味を区別できません。
交換法則の式
3 x 4 = 4 x 3
の解釈は4通りあります。
(1)3 $←$ 4 = 4 $→$ 3 かつ $←$ = $→$
(2)3 $→$ 4 = 4 $←$ 3 かつ $←$ = $→$
(3)3 $←$ 4 = 4 $←$ 3
(4)3 $→$ 4 = 4 $→$ 3
3 $←$ 4 = 4 $→$ 3
という関係式は
3+3+3+3 = 3+3+3+3
であり交換法則
3+3+3+3 = 4+4+4
ではありません。
(1)$3←4$の意味は$3+3+3+3$
(2)$3→4$の意味は$4+4+4$
$← = →$ なので、(1)と(2)は
(1’)$3→4$の意味は$3+3+3+3$
(2’)$3←4$の意味は$4+4+4$
よって、(1)と(2’)、及び(2)と(1’)をまとめて
(3)$3→4$の意味は$4+4+4$かつ$3+3+3+3$
(4)$3←4$の意味は$3+3+3+3$かつ$4+4+4$
同様にして
(5)$4→3$の意味は$3+3+3+3$かつ$4+4+4$
(6)$4←3$の意味は$4+4+4$かつ$3+3+3+3$
となり、再定義された掛算の意味は、いずれも$3+3+3+3$かつ$4+4+4$となります。しかし、このようなロジックで掛算の意味を再定義してもよいのでしょうか。
掛算は日本の掛算でもあり、欧米の掛算でもあると言ってよいか検証します。復習になりますが、掛算は以下の手順で導入しました。
①日本の掛算$←$を定義します。
②欧米の掛算$→$を定義します。
③日本の掛算$←$=欧米の掛算$→$を確認します。
④確認したあとは、日本・欧米は意識せず、単に掛算と呼びます。
同様の手順で導入されるものとして、例えば、2次行列の逆行列があります。高校数学の教科書では以下の様になっているはずです。
①XA=Iの解Xを連立方程式を用いて解き、左逆行列を求めます。
②AX=Iの解Xを連立方程式を用いて解き、右逆行列を求めます。
③左逆行列=右逆行列を確認します。
④確認したあとは、左右は意識せず、単に逆行列と呼びます。
行列としては、左逆行列=右逆行列=逆行列ですが
左逆行列と右逆行列は異なった意味を持ち
逆行列は左逆行列でもあり右逆行列でもあります。
関数としては、日本の掛算=欧米の掛算=掛算ですが
日本の掛算と欧米の掛算は異なった意味を持ち
掛算は日本の掛算でもあり欧米の掛算でもあります。
同じ構造です。逆行列の導出のロジックが許されるのなら、掛算のロジックも問題ないはずです。
遅くとも割算を学ぶ時点で解除すべきと考えます。
なぜなら、掛算順序ルールを解除しないと、割算が導入できないからです。
掛算と同様に割算も二つ存在します。
割算は以下のように導入されます。
①全体の数といくつ分から一つ分を求める等分除を定義します。
②全体の数と一つ分からいくつ分を求める包含除を定義します。
③等分除=包含除を確認します。
④確認したあとは、包含除・等分除は意識せず、単に割算と呼びます。
掛算順序ルールを解除する必要があるのは③です。
全体の数といくつ分から一つ分を求める等分除の割算を以下の様に定義します。等分除の割算は記号 / で表します。
(除1) 3 ← 4 = 12 $\Longleftrightarrow$ 3 = 12 / 4
全体の数と一つ分からいくつ分を求める包含除の割算を以下の様に定義します。包含除の割算は記号 \ で表します。
(除2) 3 ← 4 = 12 $\Longleftrightarrow$ 4 = 12 \ 3
ここで 、等分除 / を用いて 4 = 12 / 3 と記述できません。なぜなら
(理由1)3 は一つ分であっていくつ分ではない
(理由2)仮に 3 をいくつ分と見なしても、交換法則が使えない状況では 12 / 3 が 4 に等しい保証がない
からです。そのため、等分除と異なる割算として包含除を定義するのでした。
ここで掛算順序ルールを解除し、(除1)に対して掛算の交換法則を適用すると以下の式を得ます。
(除3) 4 ← 3 = 12 $\Longleftrightarrow$ 4 = 12 / 3
(除2)と(除3)の割算の部分を抜き出すと
(割算2) 4 = 12 \ 3
(割算3) 4 = 12 / 3
これは定義1によれば、等分除の割算 / と 包含除の割算 \ が等しいことを示しています。
包含除・等分除は等しい割算であるため、中立的な記号を用いて割算を ÷( = / = \) と表記します。
12÷4 = 3 を等分除と見做して 3 $\times$ 4 = 12
12÷4 = 3 を包含除と見做して 4 $\times$ 3 = 12
よって掛算の交換法則が証明できた!
交換法則が成り立つから、割算 ÷ が等分除と包含除と二つの意味を持つことができるのです。つまり、この証明は循環論法です。
[皿] は [個 / 皿] あたりの [個] と見做すことができます。
(除4) [皿] = [個 / (個 / 皿)]
このように[皿] が一つ分として解釈できるので、逆順の式であっても立式が可能のように思われます。しかし、これも循環論法です。なぜなら式(除4)の最初の割算 / は包含除です。また2番目の割算 / は等分除です。等分除と包含除が同じ記号で表現されていることから、等分除=包含除であることが分かります。これは、式(除4)という表現自体が掛算の可換性を前提としていることを示しています。