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掛算の順序問題について

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1. はじめに

高校数学で算数の 掛算の順序問題 を解説した記事です。

2. 使用する道具

高校数学で学ぶ「写像の相等」条件の2項演算版を使います。

2項演算の写像の相等条件

定義域と値域が同じである二つの写像$f : A$$\times$$B → C$$g : A$$\times$$B → C$において、全ての$a ∈ A$と全ての$b ∈ B$に対して$f(a,b) = g(a,b)$ が成り立つならば、$f$$g$は等しいと呼び$f = g$と表します。

3. 掛算順序ルールの導入

3.1. 掛算は二つ存在する

小学2年生が学ぶ掛算は自然数の2項演算である掛算です。

本記事が対象とする演算は2項演算 $\mathbb{N} \times \mathbb{N} \rightarrow \mathbb{N}$の掛算・割算であり、外部2項演算の掛算や余りのある割算などは対象外です。

この掛算の定義には、日本と欧米の二つの流儀があります。

例えば累加 $3+3+3+3$
$3$ $\times$ $4$ と表記するのが日本の掛算
$4$ $\times$ $3$ と表記するのが欧米の掛算
です。

これ以降、便宜的に

日本の掛算を記号 $←$
欧米の掛算を記号 $→$

であらわします。
つまり

立式の例

$3 ← 4 = 3+3+3+3$
$4 → 3 = 3+3+3+3$

です。

足される数である 3 を、一つ分
一つ分の個数である 4 を、いくつ分
と称します。

この 3 と 4 は役割が違うので
一つ分といくつ分の順序は交換できません(と学校で学びます)。
3 と 4 を交換すると、以下の様に式の意味が変わってしまうからです。

間違った立式の例

$4 ← 3 = 4+4+4$
$3 → 4 = 4+4+4$

3.2. 掛算順序ルール

今までに述べた掛算の立式に関する規則を「掛算順序ルール」と呼ぶことにします。

掛算順序ルール

(順序1)一つ分 $←$ いくつ分 の順で立式できる。
(順序2)いくつ分 $←$ 一つ分 の順で立式できない。
(順序3)いくつ分 $→$ 一つ分 の順で立式できる。
(順序4)一つ分 $→$ いくつ分 の順で立式できない。

4. 掛算順序ルールの破綻

4.1. 本当は掛算は一つしか存在しない

日本の掛算と欧米の掛算は、記述順が違うだけで同じ事象(累加 3+3+3+3 の値)を表しています。

$3 ← 4 = 3+3+3+3$
$4 → 3 = 3+3+3+3$

しかし、同じ事象を表しているからといって、掛算まで等しい $← = →$ と言えるでしょうか?

確認してみましょう。

掛算$←$の乗算表は以下のようになります。表の縦成分が第1引数、横成分が第2引数です。1~4までの一部のみ表示しています。

                 1           2           3           4          ...     
111+11+1+11+1+1+1
222+22+2+22+2+2+2
333+33+3+33+3+3+3
444+44+4+44+4+4+4

掛算$→$の乗算表は、上記の掛算$←$の乗算表を転置したものになります。

                1          2          3          4          ...     
11234
21+12+23+34+4
31+1+12+2+23+3+34+4+4
41+1+1+12+2+2+23+3+3+34+4+4+4

ここで掛算$←$の乗算表(無限次元行列$A$と表記)と掛算$→$${}^t \! A$と表記)の乗算表が等しければ、定義1「2項演算の写像の相等条件」を満たすので、掛算$←$と掛算$→$は等しくなります。

掛算$←$と掛算$→$は等しい
 $\Leftrightarrow$$A={}^t \! A$
 $\Leftrightarrow$$A$が対称行列
 $\Leftrightarrow$掛算$←$の交換法則が成り立つ

ここから、以下の掛算の可換条件が得られます。

掛算の可換条件

2項演算である日本の掛算$←$と欧米の掛算$→$において、以下の3条件は同値である。
(1)$← = →$(日本の掛算と欧米の掛算は等しい)
(2)$m ← n = n ← m$(日本の掛算の交換法則)
(3)$m → n = n → m$(欧米の掛算の交換法則)

定理1(1)の等号=は、写像が等しいことを示しています。
定理1(2)と(3)の等号=は、数値が等しいことを示しています。

小学校で学んだように、掛算$←$の交換法則は、掛算$←$の定義から導かれることが分かっています。従って、日本の掛算$←$と欧米の掛算$→$は、同じ掛算であると結論できます。

$← = →$

4.2. 掛算順序ルールの破綻

欧米の掛算は(順序3)に従い立式します。

(順序3)いくつ分 $→$ 一つ分 の順で立式できる。

ここで、$← = →$ なので、この(順序3)は

(順序3’)いくつ分 $←$ 一つ分 の順で立式できる。

でもあります。しかし(順序3’)は(順序2)と矛盾します。

(順序2)いくつ分 $←$ 一つ分 の順で立式できない。

$← = →$ は交換法則と同値でした。従って、交換法則を確認した時点で、掛算順序ルールは順守できなくなります。

交換法則と掛算順序ルールは両立しない。

4.3. 質疑応答

4.3.1. 欧米の掛算の使用禁止は暗黙の了解だ

暗黙の了解は効力を持ちません。なぜなら、
日本の掛算 $←$ = 欧米の掛算 $→$
なので、両者を区別することが出来ないからです。
つまり
欧米の掛算 $→$ が使用禁止なら
日本の掛算 $←$ も使用禁止になり
掛算が使用できなくなります。

5. 掛算の意味

5.1. 交換法則の意味

交換法則の式
3 x 4 = 4 x 3
の解釈は4通りあります。

(1)3 $←$ 4 = 4 $→$ 3 かつ $←$ = $→$
(2)3 $→$ 4 = 4 $←$ 3 かつ $←$ = $→$
(3)3 $←$ 4 = 4 $←$ 3
(4)3 $→$ 4 = 4 $→$ 3

5.2. よくある間違い(その1)

3 $←$ 4 = 4 $→$ 3
という関係式は
3+3+3+3 = 3+3+3+3
であり交換法則
3+3+3+3 = 4+4+4
ではありません。

交換法則と呼ばれるのは、定理1の(2)(3)だけです。

5.3. 掛算の数学的な意味

意味が「定義にさかのぼる原則」に従うとすると

(1)$3←4$の意味は$3+3+3+3$
(2)$3→4$の意味は$4+4+4$

となります。$← = →$ なので、それぞれ

(1’)$3→4$の意味は$3+3+3+3$
(2’)$3←4$の意味は$4+4+4$

よって、(1)と(2’)、及び(2)と(1’)をまとめて

(3)$3→4$の意味は$4+4+4$かつ$3+3+3+3$
(4)$3←4$の意味は$3+3+3+3$かつ$4+4+4$

同様にして

(5)$4→3$の意味は$3+3+3+3$かつ$4+4+4$
(6)$4←3$の意味は$4+4+4$かつ$3+3+3+3$

となり、掛算の意味も等しくなります。

5.4. 検証

掛算は日本の掛算でもあり、欧米の掛算でもあると言ってよいか検証します。復習になりますが、掛算は以下の手順で導入しました。

①日本の掛算$←$を定義します。
②欧米の掛算$→$を定義します。
③日本の掛算$←$=欧米の掛算$→$を確認します。
④確認したあとは、日本・欧米は意識せず、単に掛算と呼びます。

同様の手順で導入されるものとして、例えば、2次行列の逆行列があります。高校数学の教科書では以下の様になっているはずです。

①XA=Iの解Xを連立方程式を用いて解き、左逆行列を求めます。
②AX=Iの解Xを連立方程式を用いて解き、右逆行列を求めます。
③左逆行列=右逆行列を確認します。
④確認したあとは、左右は意識せず、単に逆行列と呼びます。

左逆行列=右逆行列=逆行列ですが
左逆行列と右逆行列は異なった意味を持ち
逆行列は左逆行列でもあり右逆行列でもあります。

日本の掛算=欧米の掛算=掛算ですが
日本の掛算と欧米の掛算は異なった意味を持ち
掛算は日本の掛算でもあり欧米の掛算でもあります。

同じ構造です。なので、逆行列は左逆行列でもあり右逆行列でもある、といえるなら、掛算も日本の掛算でもあり欧米の掛算でもある、といってよいでしょう。

6. 掛算順序ルールの解除のタイミング

遅くとも割算を学ぶ時点で解除すべきと考えます。
なぜなら、掛算順序ルールを解除しないと、割算が導入できないからです。

6.1. 割算の導入

掛算と同様に割算も二つ存在します。
割算は以下のように導入されます。

①全体の数といくつ分から一つ分を求める等分除を定義します。
②全体の数と一つ分からいくつ分を求める包含除を定義します。
③等分除=包含除を確認します。
④確認したあとは、包含除・等分除は意識せず、単に割算と呼びます。

掛算順序ルールを解除する必要があるのは③です。

①等分除の定義

全体の数といくつ分から一つ分を求める等分除の割算を以下の様に定義します。等分除の割算は記号 / で表します。

(除1) 3 ← 4 = 12 $\Longleftrightarrow$ 3 = 12 / 4

②包含除の定義

全体の数と一つ分からいくつ分を求める包含除の割算を以下の様に定義します。包含除の割算は記号 \ で表します。

(除2) 3 ← 4 = 12 $\Longleftrightarrow$ 4 = 12 \ 3

ここで 、等分除 / を用いて 4 = 12 / 3 と記述できません。なぜなら

(理由1)3 は一つ分であっていくつ分ではない
(理由2)仮に 3 をいくつ分と見なしても、交換法則が使えない状況では 12 / 3 が 4 に等しい保証がない

からです。そのため、等分除と異なる割算として包含除を定義するのでした。

③等分除=包含除

ここで掛算順序ルールを解除し、(除1)に対して掛算の交換法則を適用すると以下の式を得ます。

(除3) 4 ← 3 = 12 $\Longleftrightarrow$ 4 = 12 / 3

(除2)と(除3)の割算の部分を抜き出すと

(割算2) 4 = 12 \ 3
(割算3) 4 = 12 / 3

これは定義1によれば、等分除の割算 / と 包含除の割算 \ が等しいことを示しています。

④割算 $\div$ 記号の定義

包含除・等分除は等しい割算であるため、中立的な記号を用いて割算を $\div$( = / = \) と表記します。

6.2. よくある間違い(その2)

誤った交換法則の証明

12$\div$4 = 3 を等分除と見做して 3 $\times$ 4 = 12
12$\div$4 = 3 を包含除と見做して 4 $\times$ 3 = 12
よって掛算の交換法則が証明できた!

交換法則が成り立つから、割算 $\div$ が等分除と包含除と二つの意味を持つことができるのです。つまり、この証明は循環論法です。

6.3. よくある間違い(その3)

掛算の逆順の式を正当化する方法として、例えば、数助詞の皿と個を単位に見立て

(除4)  [皿] = [個 / (個/皿)]

を示す説明がありますが、これも循環論法と言えます。なぜなら、式(除4)の最初の割算 / は、等分除ではなく包含除 \ であるため / = \ という関係式が成立しています。

(除5) / = \

定義1によれば / = \ なので例えば12と4に対して以下の式が成り立ちます。

(割算5) 3 = 12 / 4
(割算6) 3 = 12 \ 4

割算は掛算の逆演算で定義されるので、上記2式の割算に対応する掛算の式は以下となります。

(掛算7) 3 ← 4 = 12
(掛算8) 4 ← 3 = 12

(掛算7)(掛算8)の成立を前提に(割算5)(割算6)で包含除と等分除が定義されます。ですから、包含除と等分除を用いて(掛算7)(掛算8)を正当化するのは循環論法です。

6.4. 割算と掛算の 多重定義

3 を一つ分
4 をいくつ分
12 を全体の数
とします。

3 $\times$ 4 であれば、日本の掛算 3 ← 4 (意味は3+3+3+3)
4 $\times$ 3 であれば、欧米の掛算 4 → 3 (意味は3+3+3+3)
12 $\div$ 4 であれば、等分除 12 / 4   (意味は3+3+3+3)
12 $\div$ 3 であれば、包含除 12 \ 3   (意味は3+3+3+3)

掛算順序ルールを解除しない場合、逆順の式 4 $\times$ 3 の意味だけ 4+4+4 となりいかにも不自然です。式の解釈に整合性を持たせる意味でも、割算を学ぶまでに掛算順序ルールは解除すべきなのです。

7. まとめ

  1. 日本の掛算と欧米の掛算は等しい。
  2. 掛算順序ルールは、交換法則を確認するまでは有効である。
  3. 掛算順序ルールは、交換法則を確認したあとは順守できない。
  4. 執行できないルールは失効させねばならない。
投稿日:2023911

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