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冪等完備な加法圏は有限生成射影加群のなす圏である

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$$\newcommand{Ab}[0]{\mathcal{A}b} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{proj}[0]{\operatorname{\mathsf{proj}}} $$

概要

任意の前加法圏$\CC$は、米田埋め込みにより、アーベル群の圏$\Ab$値の加法的関手のなす関手圏$[\CC^{op},\Ab]$に実現されます。この関手圏は$\CC$加群の圏と呼ばれ、抽象的な圏$\CC$を、加群圏という(ちょっとは)分かりやすい具体的なアーベル圏の部分圏として実現しています。

この記事の目標は、「あるよい条件($\CC$の冪等完備性)のもとでは、$\CC$は有限生成射影加群のなす圏に一致している(また逆にそのような圏は冪等完備)」という主定理を示すことです。

前提とする知識

加法圏の定義や米田の補題やアーベル圏(の射影対象とか)を知っている人向けです。

圏上の加群圏

圏上の加群圏

$\CC$を前加法圏とするとき、アーベル群のなす圏$\Ab$への反変加法的関手と自然変換のなす関手圏$[\CC^{op},\Ab]$のことを$\Mod\CC$と書き、$\CC$加群のなす圏と呼びます。

加群圏は加群圏である

$\Lambda$は自然に対象が1つの前加法圏$\CC$と見れますが、このとき$\Mod\CC$は自然に$\Mod\Lambda$(通常の右$\Lambda$加群のなす圏)と同一視できます。なので一般の前加法圏の場合は、$\Mod\CC$は「環上の加群を、環を自然にmany objectificationして考えたもの」と思えます。

$\Mod\CC$はアーベル圏になっています。以下で見るように、これはさらに射影的に豊富であり、また実はGrothendeick圏なので移入的に豊富でもあります。

前加法圏$\CC$に対して、米田埋め込み$\CC \hookrightarrow \Mod\CC$を考えます($C \in \CC$を表現可能関手$\CC(-,C)$へ送ります)。この像(つまり表現可能関手)は特別な加群となっています。どのような加群でしょうか?予想してみましょう。

こういうことを考えるときにやるべきことは、古典的な場合を考えることです。つまり先程の例1で出てきた、通常の環上の加群の場合を考えます。すると、米田埋め込みを観察すると、その像は$\Lambda$を右$\Lambda$加群とみなしたrank 1の自由加群になっています。

実は標語的に次が成り立ちます:

表現可能関手はfinite rankな自由加群に他ならない

圏上の加群について「自由加群」というものを定義していないのでこれは正確な定理ではありませんが、これの起結として「表現可能関手は射影加群である」が従うはずです:

表現可能関手は射影的

$\CC$を前加法圏、$C \in \CC$とする。このとき$\CC(-,C) \in \Mod\CC$は射影加群、つまりアーベル圏$\Mod\CC$の射影対象である。

証明は米田の補題からすぐです。

Tikz-cdが書けないので困った。頭の中で図式を書きながらがんばってお付き合いください。$\CC$加群の全射$M \twoheadrightarrow N$をとり、$\CC(-,C) \to N$を任意にとるとき、これが$M$までliftできればよい。米田の補題により$\CC(-,C) \to N$に対応する元$N(C) \in \Ab$の元$n_C$があるが、もとの全射に$C$を代入すると$M(C) \twoheadrightarrow N(C)$というアーベル群の全射が得られる。よってこの写像で$n_C$に飛ぶ$M(C)$の元がとれ、米田の補題により対応する$\CC(-,C) \to M$が得られる。これが求めるものであることは米田の補題の簡単な演習問題である。

このことから、$\Mod\CC$が射影的に豊富なことが分かります:

加群圏は射影的に豊富

$\CC$を前加法圏とすると、任意の右$\CC$加群は、表現可能関手の(possibly infiniteな)直和からの全射を持つ。$\Mod\CC$は射影的に豊富 (has enough projectives) であり、さらに$\Mod\CC$の射影対象はちょうど表現可能関手の(無限)直和の直和因子である。

集合論を無視します(厳密には$\CC$が骨格的に小さいことを仮定します)。任意に$\CC$加群$M$をとり、$\CC$の対象の集合を考え、各$C \in \CC$について$M(C)$の元を全てとってきます。すると米田より$\CC(-,C) \to M$がいっぱい得られ、それを全部直和します。これを束ねた$\bigoplus_{C \in \CC} \bigoplus_{m_C \in M(C)} \CC(-,C) \to M$が全射なことは、米田の補題の練習問題です。後半の主張は、射影対象は直和で閉じることと、表現可能関手は射影的なことから従います。

環上の加群については、「自由加群の有限直和の直和因子」を取ることで全ての有限生成射影加群が得られました。同じことを今からするのですが、そのために有限生成$\CC$加群を導入する必要があります。

有限生成加群
  1. $\CC$加群$M$が有限生成であるとは、$M$が表現可能関手(≒rank 1の自由加群)の有限直和からの全射を持つときを言う。
  2. 有限生成射影的右$\CC$加群のなす圏を$\proj\CC$と書く。
有限生成加群は有限生成加群である

$\Lambda$において上の定義を適応すると、$\Mod\Lambda$の中で「$\Lambda$の直和からの全射を持つ」ものが取り出せます。これは有限生成$\Lambda$加群の同値な定義の一つです。

有限生成性の定義について

表現可能関手という特殊なものを使っているので、アーベル圏に内在的な有限生成性の定義はないのかと思われる方がいらっしゃると思いますが、安心してください、ちゃんとあります。余完備なアーベル圏において、対象$M$が有限生成であるとは、任意の全射$\bigoplus_{i \in I} A_i \twoheadrightarrow M$に対して、必ず$I$の有限部分集合が取れて、そこ上の直和に制限してもまだこの写像が全射になっているときをいいいます。
もし$M$がこの意味で有限生成なら、$\Mod\CC$の任意の対象は、表現可能関手の無限直和からの全射を持つので、上の意味で有限生成になります。逆も成り立ちますが、米田の補題の演習問題なのでやってみてください。

定義と、任意の$\CC$加群は表現可能関手の無限直和からの全射を持つことと、上の注意の話から、次が直ちに従います。

有限生成射影加群の特徴づけ

有限生成な射影的$\CC$加群は、ちょうど表現可能関手の有限直和の直和因子である。つまり$\proj\CC$とは、ちょうど表現可能関手たち有限直和の直和因子を取ることで得られる加群の部分圏と一致する。また$\CC$が更に加法圏な場合は、$\proj\CC$は表現可能関手の直和因子のなす圏である。

後半の主張のみ議論が必要だが、$\CC$が加法圏の場合$\CC$は有限直和を持ち、米田埋め込みは有限直和を保つので、「表現可能関手の有限直和はまた表現可能」が成り立つので従う。

この定理を見てみても、先の標語「表現可能関手はfinite rankな自由加群」ということが納得できると思います。
では射影加群についてはどうでしょうか?上の定理によれば、(加法圏の場合は)表現可能関手に加え、その直和因子をとる必要があります。しかし、実は冪等完備性は、「直和因子を取る」という操作が不要なことを保証することが分かり、これが本記事の主定理です。

冪等完備性

冪等完備な加法圏

加法圏$\CC$冪等完備 (idempotent complete) (まれにKaroubian、また「idempotent splits」とも)とは、任意の$\CC$冪等射$e \colon X \to X$(つまり$e = e^2$を満たす自己準同型)が、次の形の射と同型なときいいます:
$$ \begin{bmatrix} 1_A & 0 \\ 0 & 0 \end{bmatrix} \colon A \oplus B \to A \oplus B $$

冪等完備性の定義

加法圏$\CC$に対して様々な同値な定義があります。以下は全て同値です。

  1. $\CC$は冪等完備である。
  2. 任意の冪等射$e$は核を持つ。
  3. 任意の冪等射$e$は余核を持つ。
  4. 任意の冪等射$e\colon X \to X$に対して、ある$s \colon A \hookrightarrow X$$r \colon X \twoheadrightarrow A$があり、$rs = 1_A$かつ$sr = e$を満たす(このような分解を、**冪等射の分裂 (splitting idempotent) **と呼ぶ)。

最後の条件4を言い換えたものが上の定義です。上の定義が一番直接的で見やすく、つまり任意の冪等射は必ず直和分解を与えると言い換えられます。

冪等完備な圏の例
  1. アーベル圏は必ず冪等完備です(なぜなら核射が必ず存在するので、上の条件の2や3から従う)(前加法圏で十分)。
  2. アーベル圏の、「直和因子と直和で閉じた部分圏」は冪等完備です。これは1と、直和因子で閉じることから定義を直ぐに確認できます。標語的には冪等完備な加法圏とは、何となく「直和因子で閉じた圏」であると筆者は思っています。
  3. 上の具体的な例として、「射影加群のなす圏」「有限生成射影加群のなす圏」などは冪等完備です。他にも、加群圏の部分圏で、普通に考えうる多くの部分圏はたいてい直和因子で閉じているので、冪等完備です。
  4. 余積を持つ三角圏は、homotopy colimitの議論により冪等完備です(証明は面倒)。よって2と同様、そのような三角圏の「直和因子で閉じた部分圏」は冪等完備です。例えば余積を持つ三角圏のthick部分圏は冪等完備です。

主定理と証明

さてようやく主定理を述べることができます。

主定理

$\CC$を加法圏とする。このとき次は同値である:

  1. $\CC$は冪等完備。
  2. 米田埋め込み$\CC \hookrightarrow \Mod\CC$は、$\CC$と有限生成射影$\CC$加群のなす圏$\proj\CC$との圏同値を誘導する。
  3. $\CC$がある余完備アーベル圏の有限生成射影対象のなす圏と圏同値

とくにこのとき、有限生成射影的$\CC$加群はちょうど表現可能関手のことである。

  1. $\Rightarrow$ (2): これが一番非自明な箇所である。
    米田埋め込みは忠実充満なので、そのessential imageがちょうど$\proj\CC$となればよい。表現可能関手は自明に有限生成で、また射影的なので、essential imageは$\proj\CC$に入る。

逆に、任意の$P \in \proj\CC$を取る。このとき$P$は表現可能関手$\CC(-,C)$の直和因子であることが前節最後の定理より分かっている。対応する直和因子への射影子(これは冪等射)$\CC(-,C) \to \CC(-,C)$をとる。このとき自然な射影と包含$\CC(-,C) \twoheadrightarrow P \hookrightarrow \CC(-,C)$がこの冪等射の分裂を与えていることに注意。
米田の補題により、対応する$e \colon C \to C$が得られ、これは米田より冪等射である。ここで$\CC$が冪等完備なことから、$e$の冪等射を分裂できる。厳密にいうと、$r \colon C \twoheadrightarrow A$$s \colon A \hookrightarrow C$であり$rs = 1_A$かつ$e=sr$であるものが取れる。

この$e$の分解を米田埋め込みで送っても、関手性より$\CC(-,e) : \CC(-,C) \twoheadrightarrow \CC(-,A) \hookrightarrow \CC(-,C)$という冪等射の分裂が得られる。ここで冪等射の分裂が一意的であることが簡単に分かるので、$P$$\CC(-,A)$に同型となる。

  1. $\Rightarrow$ (3): 自明。

  2. $\Rightarrow$ (1): 余完備アーベル圏は冪等完備であり、有限生成射影的対象のなす圏は、その直和因子で閉じた部分圏なので冪等完備である。

まとめ

多元環の表現論で出てくるほぼ全ての圏$\CC$は冪等完備です。なので、それを米田埋め込みすることにより、主定理から、$\CC$を有限生成射影加群のなす圏として実現することができます。これは、抽象的な加法圏に対するある種の実現定理(埋め込み定理)と言えますが、うちの業界以外では知名度が低そうなので、みなさんぜひ使ってください。
この考えの具体的応用としては、いわゆる有限表現型な多元環についてのAuslander対応がありますが、それについては気が向いたらそのうち書くかもしれません。

投稿日:20201112

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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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