概要
環を考えます。この環が局所環であることには様々な同値な定義が存在します。可換環ではよく「極大イデアルがただ一つしかない」ことを定義とされていますが、非可換の場合は極大右イデアルと極大左イデアルがあるので、局所環の考えられる定義は
の二通りあります。しかし二つの定義は実は同値で、他にも数多くの同値な定義があります。
この記事では、著者が知る限り多くの可能な(25個!)局所環の特徴づけを与えて、証明することにします。
前提とする知識
環や加群や右・左イデアルや単純加群の定義や加群の準同型定理などを知っていれば十分です、根基について知らなくても全てself-containedになっているはずです。
本記事では、環といったら常に単位的結合的で可換とは限らない環を指し、環の元は加法の単位元、は常に乗法の単位元を指します。また加群は主に右加群について扱います。よって加群の元に対して、の作用はと書かれます。やなどもそのような意味です。
局所環のいくつかの有名な定義の同値性を示すだけなら、本記事の証明よりも短く直接的に証明できる可能性があります。本記事の証明方法は、筆者がその場で書きながら考えた、あくまでその一つの証明であり、聡明な皆さんならより短い方法で示せることも十分あるので、自信がある方は本記事を鵜呑みにせず自分で別証明を考えてみるとよい訓練になります。
可除環とJacobson根基からの準備
特徴づけのため、可除環(=斜体)とJacobson根基についての命題を用いるので、それを準備します。
まず可逆元についての言葉遣いを確認しておきます。
可逆元
環の元について、
- が右可逆であるとは、あるが存在してとなるときをいう。このときをの右逆元と呼ぶ。
- が左可逆であるとは、あるが存在してとなるときをいう。このときをの左逆元と呼ぶ。
- が可逆であるとは、あるが存在してとなるときをいう。このときをの逆元と呼び、またと書くときもある。
逆元の存在について、次の補題が便利です。
右可逆かつ左可逆ならば可逆
環の元について、が可逆であることと、が右可逆かつ左可逆であることは同値である。
可逆元が右可逆かつ左可逆なことは明らか。逆にが右可逆かつ左可逆とする。このときの右逆元と左逆元をとる。もしならば、明らかにがの逆元となり、は可逆である。実際、次の式変形からこれは分かる:
ゼロでない可換環が体であるとは、任意のでない元が可逆であることでした。これの非可換な場合は、斜体とも言われますが、本記事ではより紛らわしくない可除環という言葉を使うことにします。
可除環
ゼロでない環が可除環であるとは、任意のでない元が可逆であるときをいう。
上の定義では、任意の元が「可逆」、つまり両側可逆であることを要求していましたが、これも含めて、可除環には次のような様々な特徴づけがあります。
可除環の特徴づけ
ゼロでない環に対して次は同値である。
(1) は可除環である。
(1) のでない任意の元が右可逆である。
(1) のでない任意の元が左可逆である。
(2) がの極大右イデアルである。
(2) がの極大左イデアルである。
(3) は単純右加群である。
(3) は単純左加群である。
右イデアルはの右加群としての部分加群ことだったので、(2)(3)と(2)(3)は明らか。また(1)(1)と(1)(1)も明らか。以下では(1)(3)と、(1)(1)を示す(これでちゃんと回っている)。
(1)(3):が可除環だとし、任意のゼロでないの(右加群としての)部分加群をとる。このときが取れ、部分加群なことからとなる。しかしが可除環よりは可逆元なので、が成り立つことが容易に分かる。よってとなり、これはが右加群として単純なことを意味する。
(3)(1):任意のでない元を取ると、はのゼロでない部分加群なので、単純性によりとなる。よって右辺のをとれば、あるが存在してとなり、つまりは右可逆である。
(1)(1):任意のでない元を取ると、仮定よりの右逆元が存在する。つまりである。一方ここでにも仮定により右逆元が存在する(がすぐ分かるので)。よっては左可逆(左逆元を持つので)かつ右可逆なので、補題1より可逆元である。よってからはの逆元、つまりはの逆元となる。なのでは可逆である。
(非可換でも可換でも)環上の加群論ではJacobson根基という特別な両側イデアルが重要な役割を果たします。
Jacobson根基の特徴づけ
環とその元に対して、次は同値。
(1) は任意の極大右イデアルに含まれる。
(1) は任意の極大左イデアルに含まれる。
(2) 任意の元についてが可逆である。
(3) 任意の元についてが可逆である。
(3) 任意の元についてが右可逆である。
またこのような元からなる集合(つまり(1)より全ての極大右イデアルの共通部分または全ての極大左イデアルの共通部分)をのJacobson根基といい、本記事ではよくと書く。
(1) (2):が全ての極大右イデアルに含まれるとし、任意の元をとる。このときも全ての極大右イデアルに含まれる。まずが右可逆なことを示す。もしそうでないなら、はの真の右イデアルなので、ある極大右イデアルに含まれる(任意の真の右イデアルはある極大右イデアルに含まれます)。つまりを含む極大右イデアルがあるが、すでに見たようには任意の極大右イデアルに属するのでを含む極大右イデアルが存在することとなり、矛盾である。よっては右可逆である。
次にが可逆なことを示す。の右逆元をとると、である。移行すると、
を得るが、すでに示したことから(としてを取る)、は右可逆である。よっては右可逆かつ左可逆なので可逆元である。ゆえにも可逆である。
最後に、が両側イデアルであることを示せば、なことから任意の元に対してはこの集合に入るので、すでに示したことからが可逆となる。非自明なのはが左側からの作用で閉じることである。
実は、は次のような記述を持つ:
実際、右辺の元を取ろう。すると任意の極大右イデアルについて、単純右加群を考えればよりが従う。逆に、左辺から元を取り、任意の単純加群を考える。するとあるの極大右イデアルを用いてとなるが、なことから、よってとなる。
この記述により、が左イデアルなことがすぐに従う。一応やると、とをとれば、任意の単純右加群について、よりなので、となる。
- (3) (3):明らか。
(3) (1):背理法で、を含まない極大右イデアルがあったとする。それをとすると、はより真に大きい右イデアルなのでに一致する、つまりである。右辺のを考えると、あるとに対してとなるが、移項してとなる。しかし(3)よりは右可逆である。このことからの右逆元をとれば、となり、が真のイデアルなことに矛盾する。
実はこれで証明が終わっている。なぜなら以上で(1)以外の条件は全て同値だが、(2)の条件は完全に左右対称な条件である。よって各条件の左右を逆にした条件もまた同値であり、とくに(1)も他のものと同値である(怖い方は、反対環を考えるか、またはもっと直接に、(3)と(3)をひっくり返した条件を考えれば(1)もぐるっとまわる)。
上の特徴づけにより、はの両側イデアルであり、ゼロでない環に対してJacobson根基は真のイデアルである、つまりなことが従います。なぜなら、なら、となり、が可逆元になるからです。よってもゼロ環ではありません。このことは以下で何も言わずに用います。
この注意は中山の補題の特別な場合ですがまあそれは今回は置いておきます。
主定理とその証明
ではさっそく主定理を見ていきましょう。
局所環の特徴づけ
ゼロでない環に対して、次は同値(ここではのJacobson根基)である。この同値な条件を満たす環を局所環と呼ぶ。
(1) の極大右イデアルは一つしかない。
(1) の極大左イデアルは一つしかない。
(2) はの極大右イデアルである。
(2) はの極大左イデアルである。
(3) 環は可除環(斜体)である。
(3) 右加群は単純右加群である。
(3) 左加群は単純左加群である。
(4) がの非可逆元全体にちょうど一致している。
(4) がの右可逆でない元全体にちょうど一致している。
(4) がの左可逆でない元全体にちょうど一致している。
(5) の非可逆元全体は両側イデアルになる。
(5) の右可逆元でない元全体は両側イデアルになる。
(5) の左可逆元でない元全体は両側イデアルになる。
(6) の非可逆元全体は加法で閉じている。
(6) の右可逆元でない元全体は加法で閉じている。
(6) の左可逆元でない元全体は加法で閉じている。
(7) 任意の有限個の元について、が可逆元ならば、いずれかの元は可逆元である。
(7) 任意の有限個の元について、が右可逆元ならば、いずれかの元は右可逆元である。
(7) 任意の有限個の元について、が左可逆元ならば、いずれかの元は左可逆元である。
(8) 任意の有限個の元について、ならば、いずれかの元は可逆元である。
(8) 任意の有限個の元について、ならば、いずれかの元は右可逆元である。
(8) 任意の有限個の元について、ならば、いずれかの元は左可逆元である。
(9) 任意の元に対して、とのいずれかは可逆元である。
(9) 任意の元に対して、とのいずれかは右可逆である。
(9) 任意の元に対して、とのいずれかは左可逆である。
多分25個あります。長いのでいくつかのブロックに分けてやります。
(1)から(3)までが同値なこと
(1)から(3)までは、落ち着けばほとんど可除環の特徴づけや定義からすぐに従います。のでこれらがまとめて同値なことを示します。
(1)から(3)まで
(1) (2):命題3(Jacobson根基の特徴づけ)により、は極大右イデアルの全ての共通部分である。このことを考えると、その自身が極大右イデアルになることと、が唯一の極大右イデアルになることと、極大右イデアルが一つしかないことは同値であることが落ち着けば分かる。
(2) (3):右加群の右イデアルによる剰余加群がなので、部分加群の対応定理から明らか。
(3) (3):(3)の条件を考えると、を右加群として見ているが、加群でもあり、また単純性は加群としてみても加群としてみても変わらない。よって(3)は「環は右加群として単純加群である」と同値である。よって命題2(可除環の特徴づけ)から(3)(3)が従う。
ここで(3)は左右対象な条件なので、全て側でも同値が言える(厳密には反対環を取るか、全く逆の議論をする)。念の為詳しく言うと次の同値が示せたので、(1)から(3)の条件は全て同値である:
この証明から、すでに(1)「極大右イデアルがただ一つしかない」と(1)「極大左イデアルがただ一つしかない」という、有名な局所環の定義の左右対称性が証明されています。
(3)と(4)の各条件同値性
つぎに(3)と(4)の条件(右と左も込み)を考えます。(3)はざっくり「modulo での元は可逆」であり、(4)の条件は「からを取り除いたとこの元は可逆」で、近い条件です。
議論の見通しをよくするため、いくつかの簡単な補題を準備します。
に注意。するとがもし右可逆な元を含んでしまうと、右逆元を取れば、が右イデアルなことからが従い、よってになって矛盾。よっての元は右可逆元を含まず、最初の包含が成り立つ。次の包含は「可逆元ならば右可逆元」の対偶から従う。
環のJacobson根基とについて、次は同値。
(1) はの可逆元。
(2) 剰余環の中では可逆元。
(2):明らか。
(1):剰余環の中でのの逆元をとると、なことからとはに入る。よって命題3(Jacobson根基の特徴づけ)から、とは可逆元です。するとが右逆元を持つことからは右逆元を持ち、が左逆元を持つことからは左逆元を持つ。つまりは右可逆かつ左可逆なので補題1によりは可逆元。
この準備をすれば(3)と(4)の同値性はすぐです。主定理から必要箇所を抜粋します。
環とそのJacobson根基について次は同値。
(3) 環は可除環(斜体)である。
(4) がの非可逆元全体にちょうど一致している。
(4) がの右可逆でない元全体にちょうど一致している。
(4) がの左可逆でない元全体にちょうど一致している。
(3)と(4)の同値性
(4):いま補題5によりの元は全て非可逆元である。よって(4)を示すためには、任意の非可逆元がに入ること、すなわちに属さない元は全て可逆元なことを示せばよい。に属さない元をとると、(3)の仮定よりは可除環で、の剰余類はの非ゼロ元なので可逆元。よって上の補題6によりはの可逆元である。
(4):補題5より直ちに従う。
(4) (3):いま(4)の仮定により、の元は全て右可逆である。よってのゼロでない元は右可逆となるが、命題2(可除環の特徴づけ)によりが可除環となる。
(3)や(4)は左右対称な条件なので、これで(3)、(4)、(4)、(4)の同値性が分かった。
お疲れさまです。あとちょっとで終わりですのでもう少しお付き合いください。
残りの条件の同値性
今までで(1)から(4)までの全ての条件は同値です。残りの条件がこれらと同値なことを示します。必要箇所を主定理から抜粋して見やすく並べ替えたのが下です。
環とそのJacobson根基について、次は同値。
(4) がの非可逆元全体にちょうど一致している。
(5) の非可逆元全体は両側イデアルになる。
(6) の非可逆元全体は加法で閉じている。
(7) 任意の有限個の元について、が可逆元ならば、いずれかの元は可逆元である。
(8) 任意の有限個の元について、ならば、いずれかの元は可逆元である。
(9) 任意の元に対して、とのいずれかは可逆元である。
(4) がの右可逆でない元全体にちょうど一致している。
(5) の右可逆元でない元全体は両側イデアルになる。
(6) の右可逆元でない元全体は加法で閉じている。
(7) 任意の有限個の元について、が右可逆元ならば、いずれかの元は右可逆元である。
(8) 任意の有限個の元について、ならば、いずれかの元は右可逆元である。
(9) 任意の元に対して、とのいずれかは右可逆である。
たとえば(6)と(6)は、可逆元と右可逆な元との関係がまだわからないことから、直ちに分かるimplicationはないことに注意してください(実際は右可逆元と可逆元は局所環では一致しますが、それは証明の内部では使えません)。
なんだか多くて大変そうですが、大部分は自明で、非自明な箇所はほんの少しです。
(4)から最後までが同値なこと
(4)と(4)の同値性はすでに示されていた。よって次を示せば十分である:
(については?と思われた方は、(4)などが全部左右対称な条件なので、同様にぐるっと回せます。)
ここで、落ち着いて対偶などを考えれば、非自明な箇所は(9) (4)と(9) (4)の2つのみである!(自明な条件で数を水増ししたな、とか思わないでね、実際間の条件も便利です)
- (4):補題5により「の任意の元は右可逆」を示せばよい。なるをとろう。すると命題3(Jacobson根基の特徴づけ)により、あるが存在して、が非可逆である。よって(9)からは可逆でなければならない。の逆元を取れば、これはを意味し、は右可逆である。
(9)の方も証明は同様だが、Jacobson根基の特徴づけの違う箇所を使ったことに注意されたい。
(9) (4):補題5により「の任意の元は右可逆」を示せばよい。なるをとろう。すると命題3(Jacobson根基の特徴づけ)により、あるが存在して、が右可逆でない。よって(9)からは右可逆でなければならない。の右逆元を取れば、これはを意味し、は右可逆である。
お疲れさまでした。
まとめ
証明から、局所環の性質よく使う性質をいくつか取り出そう。
局所環の性質
局所環とそのJacobson根基について、次が成り立つ。
- はの唯一の極大右イデアルであり、かつ唯一の極大左イデアルでもある。
- 可逆元と左可逆元と右可逆元は同じものである。
- 、つまりが成り立つ。
証明は様々な特徴づけから直ちに従うので各自確かめられたし。
局所環は何に使うの?
これは可換環の人・代数幾何の人と非可換の人とで答えがはっきり分かれて戦争が起こる問いかけだと思います。自分は非可換環上の加群をやる人ですが、一応よく聞くことをそれぞれの立場から書いておきます。
可換環の人だと「大抵の命題は素イデアルで局所化して局所環の場合に帰着されるので、局所環の場合が大切」とか「完備ネーター局所だとKrull-Schmidtが成り立つのでよい」などだと思います。
代数幾何の人だと「局所環の理論は、代数多様体の局所理論(ある1点の近傍での理論)」なのでそりゃ大切だと思います。
非可換環上の加群論の人(自分)にとっては、局所環はまさに「直既約な加群の自己準同型環」として頻繁に現れます(よいクラスの環では「加群が直既約」と「自己準同型環が局所環」は同値)。
またクイバー(=有向グラフ)的に言うと、「直既約な環=頂点が一つしかなく、矢がループのみの環」という直感です。ちょっとだけ細くすると、環をクイバー(=有向グラフ)で「生成元と関係式」表示することができますが、そのときに頂点が一つしかいらない(局所的!)なものが局所環に対応します。
自分のこれまでの記事を見れば、いろいろJacobson根基や直既約性に言及していたと思いますが、そこでも息をするように局所環の性質を使います。
(ごめんなさい可換環と代数幾何は詳しくないので、いろいろ文句や「もっとこういうのがあるよ」とかあると思います)
感想
疲れました。できるだけself-containedに、しかも見たことがある特徴づけを全部一気に証明しようとしたのは多分初めてで、論理を組み立てるのが大変でした。導入に言ったように、ある特徴づけの同値性なら別経路で楽に証明できたりもするので、各自別証明を考えてみるのはいい暇つぶしになると思います。
追記
初めこの記事を書いたとき、局所環の特徴づけの一つに「単純右加群の同型類が一つしかない」を入れていました。これは自分の勘違いで、ウソです。例えば体上の行列環は体と森田同値なので単純右加群は一つしかありませんが、さまざまな他の特徴づけにより明らかに局所環ではありません。自分の勘違いに気づくいいきっかけになりました……