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加群の次元(ランク)が一意的でない環

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$$\newcommand{AA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{DD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{equiv}[0]{\Leftrightarrow} \newcommand{Ext}[0]{\operatorname{Ext}} \newcommand{Hom}[0]{\operatorname{Hom}} \newcommand{imp}[0]{\Rightarrow} \newcommand{implies}[0]{\Rightarrow} \newcommand{inj}[0]{\hookrightarrow} \newcommand{mod}[0]{\operatorname{\mathsf{mod}}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{surj}[0]{\twoheadrightarrow} $$

概要

線形代数で学ぶように、ベクトル空間の次元は一意的に定まります。一般に、可換環も同じ事実が成り立ちます。本記事は、ある程度のクラスの環(特に全ての可換環)で類似が成り立つこと、また成り立たない反例が簡単に構成することを目的としています。

前提とする知識

(非可換)環上の加群・自由加群・加群の直和を知っている人です(Hom関手も知っていることが望ましい)

反例の構成の関係上、また宗教上の理由で、加群は右加群とします。またゼロ環を全て除いています。

必要な用語の定義

このため、次元の概念を(非可換)環に拡張しましょう。しかし次元というとKrull次元とぶつかるので、ランク(rank)と普通は呼ばれます。

加群の次元

$A$を(可換と限らない)環とし、$X$を右$A$加群とする。
このとき$X$ランク$n$の自由加群であるとは、加群の同型
$$ X \cong A^n $$
が成り立つときをいう。

線形代数的な言い方をすると、この定義はまさに$X$$n$元集合からなる基底を持つことの言い換えです。

体でない環では、有限生成加群でも自由加群と限らないので基底を持たない場合があります(反例は各自考えられたし)。

さて、ランクの一意性が成り立つ環には名前がついています。

$A$IBN(Invariant Basis Number)を満たすとは、有限生成自由加群のランクがwell-definedであること、すなわち非負整数$n,m$について$A^n \cong A^m$ならば$n=m$を満たすときをいう。

IBNを満たす環

冒頭で宣言したとおり、全ての可換環はIBNを満たします。

可換環はIBNを満たす

$R$を可換環とすると、$R$はIBNを満たす。より一般に、ゼロでない有限生成$R$加群$X$について、$X^m \cong X^n$ならば$m=n$がなりたつ。

証明は、$R$の極大$\mathfrak{m}$をとって$R/\mathfrak{m}$をテンソルすれば得られるので、詳しくは可換環の演習問題とします。

非可換環についても、可換環の場合から直ちに次の命題が成り立ちます。

$A$を可換環$R$上の代数で、$R$加群として有限生成であるとする。このとき$A$はIBNを満たす。

代数学で出てくる多くの環はこれを満たすと思われるので安心できます(たぶん解析で出てくる環はIBNが成り立たない環が多くあると思いますが詳しくは知らない)

反例

$A$に対して、右$A$加群のなす圏を$\Mod A$と書く。

このとき次はよく知られています。

$A$上の加群$X$を取る。このとき自己準同型環$\End_A(X)$を考えると、加法的関手
$$ \Hom_A(X,-) \colon \Mod A \to \Mod \End_A(X) $$
が得られる。

さて、反例を構成する準備ができました。簡単に作れます

IBNを満たさない環

$k$を体とし、可算無限次元ベクトル空間$X$を考える:
$$ X := \bigoplus_{i=1}^\infty k. $$
このとき、$B:= \End_k(X)$を考えると、右$B$加群として$B \cong B\oplus B$が成り立つ。とくに任意の$m,n > 0$に対して$B^m \cong B^n$である。

明らかに$X \cong X \oplus X$が成り立つ(可算無限なので偶数と奇数へ分けるなり)(いわゆるEilenberg swindleの典型例)。この同型を関手
$$ \Hom_k(X,-) \colon \Mod A \to \Mod B $$
で飛ばせば、右$B$加群の同型$B \cong B \oplus B$を得る(関手は同型を保つことと有限直和を保つことを使った)。

このように一瞬で構成できました(別に$k$が体であることすら使っておらず、任意の環で置き換えてよいです)。

まとめ

代数学で出てくるたいていの環はIBNを満たすのでIBNは余り気にしなくていいですが、こうやって簡単に反例が作れることを知っておくと知り合いにひけらかす小ネタになるでしょう。

投稿日:20201114

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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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