こんにちは。東京大学理学部物理学科による有志団体 Physlab. 2026 の物性物理班の班長sugiです。
この記事はPhyslab. 2026のアドベントカレンダー4日目の記事です。我々物性物理班がどんな興味を持っていて、どんな活動を行っているかを簡単にご紹介します。
Physlab. 2026がどんな団体かやほかの班の活動については "physlab2026アドベントカレンダー" のタグのついたほかの記事をご参照ください。
「物性物理」はぴったりな英語訳がない日本語として有名なものランキング上位に入る言葉でもありますね(筆者調べ)。そのためarxivのジャンル名には"bussei"があります 嘘です。最も近い英語は condensed matter physics, 日本語訳は「凝縮系の物理」とされています(arxivにもこのジャンル名で存在しています)。小さいもの(電子や、イオンや...)がぎゅーっと集まったような系が「凝縮系」という感じでしょうか。たとえば固体、液体、ガラス、液晶... なんかは典型的な研究対象といえます。
普段物理に触れない方には「系」という言葉になじみがないかもしれません。英語だとsystemですが、要するに考えている対象のことを言います。たとえば、ガスコンロで熱されたやかんの中の水に興味があったら、「ガスコンロ(エネルギー供給源)とやかんと水」でできた系を考える、と言います。
arxiv とは日々最新の科学論文が投稿されるウェブサイトの名前です。
「物性物理」はもうすこしだけ広いでしょうか。「物」質の「性」質だったらなんでも、という感じがします。実際にはこの二つの言葉はほとんど区別なく使われていると思います。
ちなみに「固体物理」solid state physics という言葉も使われることがあります。
いずれにせよ、身の回りにあるものの性質のことをなんでも調べたい!というのが物性物理という分野です。理由はよくわからないが「こうなっている」という現象論的な説明ももちろん有用ですが、驚くべきことは、量子力学を用いた「微視的な理論」が、さまざまな観測事実を見事に説明してきた、ということです。すなわち、
電子、イオン、という小さなレベルの機構から、たとえば電気を通すもの/通さないもの、透明なもの/不透明なもの、やわらかいもの/かたいものがあるのはなぜかを(少なくとも部分的には)解明することが可能になってきた
というわけです。
ここで「量子力学」という言葉になじみがない方もいらっしゃるかもしれません。高校の「物理基礎」や「物理」で勉強するのは、いわゆる「古典力学」というもので、そういうある意味では「直感的な」ルールでつくられた世界になっています。
髪の毛の細さのスケール ~ 0.01 cm から、太陽系のような大きなスケール ~ 100 000 000 km までの多くの現象が同じルールでほぼ完璧に記述できるということは、あまりにも驚くべきことです。
しかし 0.000 001 cm 以下のようなすごく小さいスケールでは、違うルールが現象を支配していることが100年前ごろにわかってきました。そのルールが「量子力学」と呼ばれるもので、粒のように考えられると思われていた「電子」などはもはや波としての振る舞いを見せることが、今ではよく知られています。
しかし上で囲った部分は「100...000 個(0 が 20 ~ 24 個くらい並ぶ)にも及ぶ粒子たちを1つ1つ考えて」できたわけではありません。人間にはおろかコンピューターでもそんな計算はとてもできませんし、あるいはそもそもそんな計算が「できないこと」が、また決定的に重要であることも、今は分かってきています。
粒子同士がどのような相互作用をもつのか、それを思い切って無視したり、近似的に取り入れたりしながら、手に負える計算に落とし込んできた、そしてそれにもかかわらず見事に実験結果が説明できるようになってきた。この「成功」の膨大な蓄積が、量子力学(と統計力学)の圧倒的な強力さを物語っています。
相互作用がないか、あっても十分に小さくて無視できる場合は、かなり多くの問題を解くことができます。
近似なんて「だらしない」と思うかもしれません。しかし、重要なところはなにかを抽出して本質的な議論がどうやったらできるだろうか? というのが、物理屋さんのセンスの見せどころであるといっても過言ではないでしょう。もちろん、どうやってできるだけ近似なしで問題を解けるだろうか、という研究も、たくさんなされています。
我々はこんな魅力のつまった「物性物理」に惹かれ、日々その面白さを探求すべく、教科書の輪講を中心に活動しています。また五月祭での展示も行っています。
現在輪読されている本を紹介します。
ベリー位相とは、波動関数の波数空間でのねじれ方みたいなものを反映したものですが、この概念を駆使した分極の理論など、著者の鋭い指摘と柔らかい解説でテンポ良く進んでいく良書だと感じています。「分極」なんてのは学部2年生でも習う概念ですが、それのミクロな基礎付けはかなり微妙な問題をはらんでいること、そしてその解決方法が鮮やかに展開されています。トポロジカル物性なんていうものが今ホットなトピックの一つになっていますが、それの基礎も学ぶことのできる本です。手持ちのPCでさまざまな計算ができるプログラムもたくさん掲載されており、メンバーは楽しんでいるようです。
日曜日の夜21:00から開催されているハードなゼミですね(そんなゼミはあまりないので安心してください)。雑談が多すぎてまったく本が進まないという声も。
物性の理論を本格的に扱うためには、非相対論的な「場の量子論」を用いるとよいです。電子などの粒子同士が不可弁別であるという事実を積極的に取り入れるため、物理が見やすいという利点があります。
実は非相対論的な場の量子論は、いわゆる「第一量子化」と本質的には等価な理論を与えます。したがって場の量子論が必須というわけではない、ということもできますが、実際には便利さからあまりにもよく使われます。
そして上でも少しふれたように、電子同士の相互作用をどのように取り入れるかは、物性理論の重要なテーマの一つです。それを重要な寄与から順番に「取り入れる」ことができるというのがファインマンダイアグラムという手法で、これを基礎からじっくり学んでいます。
こちらは土曜の朝9時からですね(これもハードかも...)。このゼミのおかげで土曜日の朝が充実しています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。また、このあとの「physlab2026アドベントカレンダー」では物理のさまざまな解説記事も投稿される予定です。物性物理班のメンバーも記事をたくさん書いてくれるようですのでお楽しみに!