前の記事でも書いたけど、私が算オリ問題に挑戦するようになったのは大人になってから。それも今年の数か月前。
小学生時代は親が統合失調症で家では落ち着けず、また私の重度の喘息だったりで学校を休みがちだった。学校に行ったとしても勉強についていけなかったり、おとなしい性格だったので舐められたりいじめられたりで、とても学業に集中できる環境ではなかった。また、日直のスピーチという、その日の日直担当の生徒が朝に黒板の前に立って、みんなにあいさつした後何かしら話す時間があった。スピーチのテーマは教師によってそれぞれで、「今日頑張りたい科目」とか「最近あった楽しいこと」とかそんな感じ。
私はこの日直のスピーチが大嫌いで、それを理由に学校を休みたい日があるほどだった。理由は、緊張して何を話せばいいかわからなかったからである。
それを教師に理解してもらえず、スピーチができず教師に叱られることもあった。けれど、この生きづらさは根本解決されないまま、小学校を卒業することになる。
中学校も喘息やクラスになじめないことからほとんどの時間を保健室・別室登校で過ごした。高校は定時制に通った。学力や偏差値はおそらく重要でなく、やる気さえあれば入れるような学校という感じ。
そんなわけで算数とは無縁の時間を過ごしてきたわけだが、高校に入ってから変化が加わる。図書推薦文を書く課題のために図書館に行く時間があったのだが、そこで天文学系の本を見つけ、手に取ってみる。それをきっかけに、私は天文学系の本を読むようになった。
そして、天文学本を読んでいくと数学の知識がいることがわかり、やがて今まで興味も環境も整わなかった算数を小1からやり直すことになった。
自分から勉強した機会がほとんどなかったので、どんな勉強法がいいかとかそういうのも当時は手探りである。
最初はちびむすドリルからやってたと思うが、難しい問題集についても調べ、手を出した始めの問題集が「スーパーエリート問題集」である。今思うとスパルタな選択だったかもしれないが。
足し算のひっ算で凡ミスをしたり、なんで間違えたのかわからない問題に出会っては涙を流すこともあった。勉強は高校卒業してもなお、しばらく期間を置いたり、またやり直したりという時間を経て小3までの問題集を突破することになる。
そして、うつ病と診断された現在、ネットで見かけたことのある「算数オリンピック」という名の問題を調べ、とあるファイナルの図形問題に挑んでみることになる。
これが解けなくて、少なくとも数時間以上は悩んだ。補助線を引いては消してを繰り返したと思うが、とある補助線を引くと、合同と二等辺三角形であることの証明を使い、角度が求められたのである。無事正解した。
そこから私は、ネットで算数オリンピックの過去問を見つけては主に図形問題に挑戦していた。解ける問題、解けない問題、いろいろあったと思う。
そうして、数時間以上、場合によっては数日一問に格闘するような日々を数か月間過ごしてきた。昨日も算オリのトライアル問題を一つ解いた。補助線を引く面積問題で、数時間以上はかかった。日を跨ぐこともあった。
私が算オリ問題に挑むようになってから数か月で、問題を解ける実力になった要因は、「粘り強く考えること」だったと思う。これは頑張るとか、本心を押し殺してでもやるとか、そういう根性論的な話ではない。私の場合、動機は「問題が気になるから」だったと思う。あと、気づいたら時間が経ってたというのもある。
この勉強法を始める前は、思考系問題が苦手だった。スーパーエリート問題集もトップレベルの項目は思考系問題であるため、例外ではなかった。その思考系問題も現在は正解率が上がり、間違えても凡ミスしただけで考え方は合ってたとか、そういう時も少なくない。
過去に学校で評価されなかった、適応できなかったからと言って、それが自分の力を決める理由にはならない。無理せずに、気になることやっていきましょっと。
読んでいただき、ありがとうございました。