物理学、特に素粒子系や宇宙物理系の学問では特殊な単位系 −自然単位系や幾何学単位系− を用いることがあります。これらの単位系ではある種の省略を用いるため、物理量の表現がシンプルになります。また素粒子・宇宙論で典型的なスケールの量が1程度になります。
しかし一方で初めて聞くと意味がわからないし、またこれらの単位から通常の単位を再現することは慣れないと難しいかもしれません。例えばReissner-Nordström解という電荷を持ったブラックホール解には
\begin{align}
r_Q^2=\frac{Q^2}{4\pi}
\end{align}
なる量$r_Q$が現れます。$r_Q$は長さ、$Q$は電荷の単位を持つ量です。では1クーロンの電荷に対して$r_Q$は何メートルなのでしょうか(※のちほど説明します)。
数学徒にはこのような単位の話は馴染みがないかもしれないので、だいぶ物理色が強いのですが参考になることもあるかと思って記事にしました。
以下議論に必要なことを列挙しておきます。
単位とは「物理量を測る基準」です。メートル、ヤード、キログラム、秒などです。メートルとキロメートルのように単に$10^3$倍違うだけという単位もありますが、これらも単位としては違うものとみなします。
量の次元とは
ある量体系に含まれる量とその量体系の基本量との関係を、基本量と対応する因数のべき乗の積として示す表現
(Wikipedia「量の次元」の項目より引用)
です。要は「あらゆる単位は長さ、時間、重さ等のべき乗の積で分類できる」ということです。
キロメートルとメートルとヤードは違う単位ではありますが、長さを測る単位という意味では同類であり、どれも長さの次元を持ちます。同様に秒や年は時間、キログラムやポンドは重さの次元、エネルギーは(重さ)×(長さ)×(時間)${}^{-2}$の次元を持ちます。次元は同じ方法で測れる物理量の同値関係に関する同値類と言えます。
長さ・時間・重さの3つはいつでも出てくる根本的な次元です。これに加え電流、温度、物質量、光度が基本的な次元として用いられます。電流は電荷に置き換えてもいいのですが、次に説明するSI単位系では電流を基本的な単位(および次元)として採用しています。本記事ではのちほど単位としてアンペア${\rm A}$を使用します。電流の次元は${\rm I}$で表すことにします。ただし本記事では電荷も基本単位として(そして基本的な次元として)用いる場合があることをご了承ください。
以下重さ、長さ、時間の次元をそれぞれ
\begin{align}
{\rm M},{\rm L}, {\rm T}
\end{align}
で表します。また、ある量の次元を表すのに$[\ ]$を使います。例えば
のように表します。
ちなみに典型的な量の次元の覚え方なのですが、以下を思い浮かべるとよいかと思います。
SI単位系は現在世界で標準的に用いられている単位系です。この単位系では
で表します。これらの単位から組み立てられる単位もこれらの積で表します。例えば
SI単位系では${\rm m,s, kg}$に加えさらに以下の4つの単位を基本的な単位として採用します:
本記事でもSI単位系を用います。
光速を$c$、換算プランク定数を$\hbar:=h/(2\pi)$とします。自然単位系は
単位系です(※脚注)。
$c,\hbar$の具体的な値は以下です:
\begin{align}
c&=2.9979\times 10^8 {\rm m/s},\\
\hbar&=1.0546\times 10^{-34} {\rm J\cdot s}=6.5821\times 10^{-16} {\rm eV\cdot s}
\end{align}
自然単位系で物理量を表す一般論は以下のようになります。$c=\hbar=1$とすると、すべての単位は1つの単位のべきで表せます。自然単位系ではすべてをエネルギー単位で表すのが標準的です。さらに言えばエレクトロンボルト単位(${\rm eV}$)で表すのがふつうです。
物理量$O$が次元$[O]=[{\rm M}^p{\rm L}^q{\rm T}^r]$をもつとき、これを$c,\hbar,E$の次元のべきで表しましょう。$[c]=[{\rm M}^0{\rm L}{\rm T}^{-1}], \ [\hbar]=[{\rm M}{\rm L}^2{\rm T}^{-1}], \ [E]=[{\rm M}{\rm L}^2{\rm T}^{-2}]$なので
\begin{align} [c^\alpha \hbar^\beta E^\gamma]=[{\rm M}^{\beta+\gamma}{\rm L}^{\alpha+2\beta+2\gamma}{\rm T}^{-\alpha-\beta-2\gamma}] \end{align}
です。これと$O$の次元が等しいとすると以下の式を得ます:
\begin{align}
\beta+\gamma&=p\\
\alpha+2\beta+2\gamma&=q\\
-\alpha-\beta-2\gamma&=r
\end{align}
よって
\begin{align} \alpha&=q-2p\\ \beta&=q+r \\ \gamma&=p-q-r \end{align}
です。$c,\hbar$は1にするので、$O$の次元は自然単位系において
\begin{align} [O]=[c^\alpha\hbar^\beta E^\gamma]=[c^{q-2p}\hbar^{q+r}E^{p-q-r}] \xrightarrow{\text{自然単位系}}[E^{p-q-r}] \end{align}
です。例えば重さ・長さ・時間の場合は以下のようになります:
$O$を自然単位系で表すには
\begin{align} O\times c^{-\alpha}\hbar^{-\beta}=O\times c^{2p-q}\hbar^{-q-r} \end{align}
とすればよいです。要は物理量に$c,\hbar$のべきをかけて、エネルギーのべき乗の次元にすればよいです。すべてSI単位系で表した場合、この表式の単位は${\rm J}^\gamma$になります。これをエレクトロンボルトに直すには$1{\rm J}=6.242\times 10^{18}{\rm eV}$を使います。
逆に自然単位系から通常の単位系になおすときには、足りない単位を$c,\hbar$のべきによって補います。自然単位系で表された物理量$O_{\text{自然単位系}}$(通常の単位は$O$と同じとする)を通常の単位に変換する場合
\begin{align} O_{\text{自然単位系}}\times c^\alpha\hbar^\beta =O_{\text{自然単位系}}\times c^{-2p+q}\hbar^{q+r} \end{align}
とすればよいです。
「自然単位系⇒通常の単位系」の変換を行う際には${\cal O}_{\text{自然単位系}}$の通常の次元を指定しないといけません。ふつう1キログラムと言えばそれは重さです。しかしながら自然単位系で1キログラムと言った場合それに$c,\hbar$をかける自由度があるので、例えば上記したようにエネルギーもキログラムで表せます。よって重さに関して1キログラムと言いたければ「重さ1キログラム」と言わなければなりません。でも考えてみれば殆どの場合議論中の量が何かはわかっているので、これが問題になることはほぼないです。
以下いくつか自然単位系の計算例を示します。
重さ50kgを自然単位系に直してみます。質量だから$p=1,q=0,r=0$。故に次元は$[E^1]$です。$\alpha=-2,\beta=0$なので、自然単位系にするには
\begin{align}
50\times c^2 ({\rm J})
\end{align}
とすればよいです。$c$は${\rm m/s}$で表すことに注意。これより
\begin{align}
50\times (3.0\times 10^8)^2({\rm J})=4.5\times 10^{18}({\rm J})
\end{align}
になります。
これは$E=mc^2$を使って質量をエネルギーに換算した値と等しいです。ちなみにこのエネルギーは令和3年度の日本の最終エネルギー消費量(3999ペタジュール)と同程度です。
自然単位系における陽子の質量$938{\rm MeV}$をキログラムに直してみます。SI単位系で扱いたいので、これをジュールになおしておきます。$1{\rm eV}=1.602\times 10^{-19}{\rm J}$なので、$938{\rm MeV}=1.50\times 10^{-10}{\rm J}$です。これにSI単位系で測った$c^{-2}$をかければキログラムになるので
\begin{align}
938{\rm MeV}\xrightarrow{\text{質量}} 1.50\times 10^{-10}{\rm J}\times (3.0\times 10^8 {\rm m/s })^{-2}=1.67\times 10^{-27}{\rm kg}
\end{align}
です。
物の重さは実質陽子と中性子の重さと思って良いです。陽子と中性子は同程度の量、またアボガドロ数が$10^{23}$くらいなので、陽子の重さにアボガドロ数をかけてさらに1万倍くらいして1kg程度になるのはまあまあ感覚とも合っていると思います。
エネルギーの不確定性$\Delta E$と時間の不確定性$\Delta t$の間には$\Delta E\cdot \Delta t\gtrsim \hbar$という関係があります。不安定な粒子の寿命を時間ではなく崩壊幅$\Gamma$(単位はエネルギー)で表すことがありますが、この場合崩壊幅が$\Delta E$、寿命が$\Delta t$に対応します。$\Gamma$を時間に直したければ$\Delta t\simeq \hbar/\Gamma$を計算すればよいです。そしてこれは$\Gamma^{-1}$を自然単位系において時間に直す作業と実質同じです。
例えば$\eta'$という中間子の崩壊幅は
Particle Data Group
によると$0.188{\rm MeV}$です。この逆数を時間に直すには$\hbar$をかければいいので
\begin{align}
(0.188{\rm MeV})^{-1}\hbar\simeq 3.50\times 10^{-21}\ ({\rm s})
\end{align}
です。これがこの粒子のおおよその寿命です。
波長が$\lambda=10^{-10}{\rm m}$の光子を考えます。これを自然単位系で表せば ($\alpha=1,\beta=1,\gamma=-1$)
\begin{align}
10^{-10}\times c^{-1}\hbar^{-1}
\end{align}
ここで$\hbar c=197.3{\rm MeV\cdot fm}\ (=197.3\times 10^6\times 10^{-15}{\rm eV\cdot m})$という数字を憶えておくとよいです。これより
\begin{align}
10^{-10}{\rm m}\times (197.3\times 10^6\times 10^{-15}{\rm eV\cdot m})^{-1}&=5.07\times 10^{-4}{\rm eV}^{-1}\\
&\simeq (2{\rm keV})^{-1}
\end{align}
となります。
ところで、アインシュタインの関係式と呼ばれるものにはエネルギーと振動数・波長の変換$E=h\nu=hc/\lambda$もあります。$E=mc^2$による質量⇔エネルギーの変換に関しては自然単位系と同じでした。ならば波長⇔(エネルギー)$^{-1}$に関しても自然単位系の計算と同じ、すなわち$\lambda=10^{-10}{\rm m}$の波長の光子は$2{\rm keV}$のエネルギーを持つのでは?と思うかも知れません。しかしそれだと答えが$2\pi$ずれます。なぜなら自然単位系では換算プランク定数$\hbar=h/2\pi$を1としているのに対し、$E=h\nu$では比例係数が$h$だからです。本当の光のエネルギーを得るには自然単位系の値に$2\pi$をかける必要があります。およそ$12{\rm keV}$が正しい値です。
まあでも$2\pi$の違いを気にしないのなら実質合ってます。
これらの例から自然単位系は相対論・量子論の感覚に適った単位系と言えます。
電磁気学では重さ長さ時間のほかに、電流アンペア($\rm A$)または電荷クーロン($\rm C$)を単位として加えます。前記したようにSI単位系ではアンペアを加えます。これらは
\begin{align}
{\rm C}={\rm A\cdot s}
\end{align}
の関係があるのでどちらかひとつ加えればよいです。電流の次元は${\rm I}$で表すことにします。
電磁気学には真空の誘電率・透磁率が現れます。これらはそれぞれ以下で定義されます:
\begin{align}
\epsilon_0&=8.85418782\times 10^{-12}{\rm m}^{-3}{\rm kg}^{-1}{\rm s}^4{\rm A}^2\\
\mu_0&=1.25663706\times 10^{-6}{\rm m}\ {\rm kg}\ {\rm s}^{-2}{\rm A}^{-2}
\end{align}
よって
\begin{align}
[\epsilon_0]&=[{\rm M}^{-1}{\rm L}^{-3}{\rm T}^4{\rm I}^2]\\
[\mu_0]&=[{\rm M}{\rm L}{\rm T}^{-2}{\rm I}^{-2}]
\end{align}
です。これらは電流の次元を含みます。電流や電荷の次元をもつ単位が現れた場合、これらの量をかけることで単位の調節を行います。
光速は真空の誘電率$\epsilon_0$、真空の透磁率$\mu_0$を用いて
\begin{align}
c^2=\frac{1}{\epsilon_0\mu_0}
\end{align}
であることがMaxwell方程式からわかります。自然単位系では$c^2=1$なので、$\epsilon_0=1/\mu_0$になります。よって$\epsilon_0,\mu_0$のどちらかのみ導入すればよいです。
素粒子論の教科書では、自然単位系に加え更に$\mu_0=\epsilon_0=1$にすることが多いです。これらを復元するには、等号の両辺の物理量の電流・電荷の次元を合わせるように$\mu_0$または$\epsilon_0$のべきをかければよいです。例えば$\epsilon_0=1$としたクーロンの法則は
\begin{align}
F=\frac{1}{4\pi}\frac{q_1q_2}{r^2}
\end{align}
です。$q_1=q_2=1{\rm C}=1{\rm A\cdot s}$、$r=1{\rm m}$として力$F$をSI単位系で具体的に求めたいとします。どうするかというと、左辺は電荷の単位を持たないので右辺の電荷は邪魔です。これを消すように$\epsilon_0$で割ります。すると
\begin{align}
\left[\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{q_1q_2}{r^2}\right]=[{\rm M}{\rm L}{\rm T}^{-2}]
\end{align}
のように次元が力と等しくなります。あとは表式内のすべての量をSI単位系にして計算すればよいです。$\mu_0$をかけても電荷の単位は消えますが、このとき全体の単位は力と異なります。これに$c,\hbar$のべきをかけてこの単位のずれを補えば($c^2$をかければよい)正しい結果が得られます。このように自然単位系と$\epsilon_0=\mu_0=1$とは整合的です。
U(1)のゲージ理論のラグランジアン密度に関する単位に関して言及しておきます。素粒子の教科書ではこのラグランジアンは$c=\hbar=\epsilon_0=1$として
\begin{align} {\cal L}=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}=\frac{1}{2}(\vec E^2-\vec B^2) \end{align}
と書くことが多いです。$\vec E,\vec B$はそれぞれ電場、磁場です。また$[{\cal L}]=[{\rm L}^{-3}\cdot (\text{エネルギー})]$です。このラグランジアン密度の$\epsilon_0$依存性を復活させましょう。そのために電場・磁場の次元を考えます。ローレンツ力$\vec F_L$は電場・磁場を$\vec E,\vec B$として
\begin{align}
\vec F_L=q\vec E+q\vec v\times \vec B
\end{align}
で与えられます($q$:電荷、$\vec v$:速度)。よって電場の次元は[力/電荷]、磁場の次元は[力/電荷/速度]です。一方ラグランジアンは電荷の次元を持たないので、$\epsilon_0$をかけて電荷の単位を消す必要があります。電場の2乗は(電荷)$^{-2}$の次元を持つので$\epsilon_0$をかければよいです。よって
\begin{align}
{\cal L}=-\frac{\epsilon_0}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} \tag{1}
\end{align}
として電荷の単位を消しておきます。$-\frac{1}{4}\epsilon_0F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}=\frac{\epsilon_0}{2}(\vec E^2-\vec B^2)$の次元はその電場の成分を見ると
\begin{align}
\left[\frac{\epsilon_0}{2}\vec E^2\right]&=[\epsilon_0\cdot(\text{力})^2\cdot (\text{電荷})^{-2}]\\
&=[{\text M}{\rm L}^{-1}{\text T}^{-2}]\\
&=[{\rm L}^{-3}\cdot{\rm M}{\rm L}^2{\rm T}^{-2}]\\
&=[{\rm L}^{-3}\cdot\text{エネルギー}]
\end{align}
となり、正しくラグランジアン密度の次元を再現します。磁場の成分に関してはさらに$c^2$をかけて
\begin{align}
c^2\frac{\epsilon_0}{2}\vec B^2
\end{align}
とすることで次元が$[{\rm L}^{-3}\cdot\text{エネルギー}]$になります。よってラグランジアン密度の$\epsilon_0$依存性は、自然単位系においてEq.(1)で正しいです。
この議論からわかるように、$F_{\mu\nu}$を電場と磁場から構成するとき通常の単位系では電場と磁場に相対的に$c$をかける(または$c$でわる)必要があります。このように$c$をかけるのは面倒であり、また具体的に数値を入れて計算しない限りそれほど重要になることもないので、自然単位系は便利です。
こちらは宇宙論でよく使われる単位系です。これは$G$を重力定数とし
単位系です。
$c,G$の具体的な値は以下です:
\begin{align}
G&=6.67430(15)\times 10^{-11}{\rm m}^3{\rm kg}^{-1}{\rm s}^{-2},\\
[G]&=[{\rm M}^{-1}{\rm L}^3{\rm T}^{-2}]
\end{align}
です。そして幾何学単位系ではすべての量を長さの次元のべき、SI単位系なら${\rm m}$のべきで表します。
自然単位系と同様、物理量を$[c^\alpha G^\beta {\rm L}^\gamma]$で表しましょう。物理量$O$の次元が$[{\rm M}^p {\rm L}^q{\rm T}^r]$として、$\alpha,\beta,\gamma$を$p,q,r$で表せば
\begin{align} \alpha&=-r+2p\\ \beta&=-p\\ \gamma&=p+q+r \end{align}
になります。よって
\begin{align} [O]=[{\rm M}^p{\rm L}^q{\rm T}^r]=[c^{-r+2p}G^{-p}{\rm L}^{p+q+r}]\xrightarrow{\text{幾何学単位系}}[{\rm L}^{p+q+r}] \end{align}
です。ゆえにこの単位系では通常の単位系の重さ、長さ、時間はすべて長さ$[{\rm L}^1]$で表されます。
$O$を幾何学単位系で表すには
\begin{align} O\times c^{-\alpha}G^{-\beta}=O\times c^{-2p+r}G^{p} \end{align}
とすればよいです。逆に幾何学単位系で表された物理量$O_{\text{幾何学単位系}}$(通常の単位は$O$と同じとする)を元に戻すときには
\begin{align} O_{\text{幾何学単位系}}\times c^\alpha G^\beta =O_{\text{幾何学単位系}}\times c^{2p-r} G^{-p} \end{align}
とすればよいです。
電磁気学に関し、宇宙論では$\epsilon_0=1$ではなく$4\pi\epsilon_0=1$を用いることも多いです。このとき例えば電磁場のラグランジアンは
\begin{align}
-\frac{1}{16\pi}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}
\end{align}
と表されます。このときクーロンの法則は$F=q_1q_2/r^2$でありシンプルです。
幾何学単位系に関する具体的な計算例は次の章で示します。
電荷が存在する場合の静的な時空における物質の外部解であるReissner-Nordström(RN)解を用い、幾何学単位系
\begin{align}
c=G=\epsilon_0=1
\end{align}
で表された物理量を実際のSI単位系になおしてみます。ここではRN解の物理的背景および詳細は必要ありませんので説明しないことをご承知ください。
RN解のメトリックは以下で与えられます:
\begin{align} g_{\mu\nu} &= \begin{pmatrix} \displaystyle 1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2} & 0 & 0 & 0 \\ 0 & \displaystyle -\left(1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2}\right)^{-1} &0 & 0\\ 0 & 0 & -r^2 & 0\\ 0 & 0 & 0 & -r^2\sin^2\theta \end{pmatrix} ,\\ {}\\ &r_s:=2M, \ r_Q^2:=Q^2/4\pi \end{align}
ここで$r_s$はシュバルツシルト解の事象の地平の半径、$r_Q$は長さの次元を持つ量、$M$は物質の質量、$Q$は電荷です。このメトリックは事象の地平を持ち得ます。そのスケール感がどんなものか、実際の数値になおして実感してみることにします。この解は物質の外部解であり、物質が存在しない真空でのメトリックであることに注意してください。
以下太陽と同じ質量$M$を持つ星が電荷$Q$も持っていて、さらに静的な状況だとします。太陽質量$M$は
\begin{align}
M=1.989\times 10^{30}({\rm kg})
\end{align}
です。
$r_s=2M$ですが、これは長さの次元をもつ量なので質量$M$を$c,G$を用いて長さに変換します。それには
\begin{align}
r_s=2M\times c^{-2}G
\end{align}
とすればよいです。SI単位系で計算すれば
\begin{align}
r_s=2M\times(2.998\times 10^8)^{-2}\times (6.674\times 10^{-11})\ (m)\\
=1.485\times 10^{-27}M \ (m)
\end{align}
です。$M$は${\rm kg}$単位で測ることに気をつけてください。
$r_Q^2=Q^2/4\pi$です。クーロンの単位をもつ量をそうではない量に変換するため、$\epsilon_0$または$\mu_0$をかけることでこれを消します。ここでは$\text{電荷}^2$の次元を消すように$1/\epsilon_0$をかけます:
\begin{align}
r_Q^2=\frac{Q^2}{4\pi\epsilon_0}
\end{align}
クーロンを${\rm C}(={\rm A\cdot s})$とすると
\begin{align}
\epsilon_0=
[{\rm M}^{-1}{\rm L}^{-3}{\rm T}^2{\rm C}^2]
\end{align}
なので、これで電荷の単位が打ち消されることがわかります。さらに$c,G$を用いて長さの単位を作るには
\begin{align}
r_Q^2=\frac{Q^2G}{4\pi\epsilon_0c^4}
\end{align}
とすればよいです。$r_Q$をSI単位系で表すと
\begin{align}
r_Q^2=7.425\times 10^{-35}Q^2({\rm m}^2)
\end{align}
になります。$Q$はクーロンで測ることに注意してください。
ちなみに$4\pi\epsilon_0=1$を採用すれば$r_Q^2=Q^2$となり、表式が非常にシンプルになります。
$r_s$は電荷のないときの事象の地平の半径(シュバルツシルト半径)です。電荷があるとき、RN解における事象の地平$r$は$g_{11}$が発散する(かつ$g_{00}=0$となる)点で与えられるので
\begin{align}
r=\frac{r_s\pm\sqrt{r_s^2-4r_Q^2}}{2}
\end{align}
です。電荷がなければ$+$の解が$r=r_s$となり、シュバルツシルトブラックホールの結果と整合的です。
式を見ればわかるように、$r_s^2<4r_Q^2$だとブラックホール解が存在しません。事象の地平が存在するギリギリの電荷は
\begin{align} r_Q=r_s/2 \end{align}
です。このとき$r=r_s/2$であり、事象の地平が通常のシュバルツシルトブラックホールの半分になります。$r_s$を太陽質量で計算し、$r_Q=r_s/2$から$r_Q$を計算してそこから電荷を見積もると
\begin{align}
Q^2=4\pi\epsilon_0M^2G=2.937\times 10^{40}\ {\rm C}^2 = (1.71\times 10^{20} {\rm C})^2
\end{align}
になります。
一方、例えば10000mAhのモバイルバッテリーが満充電で保持する電荷$10000\times 10^{-3}\times 3600=36000({\rm C})$に対し、$r_Q$、$r_Q=r_s/2$を満たす$r_s$および質量$M$を計算すると
\begin{align}
r_Q=3.10\times 10^{-13} {\rm m} \ (=r), \ \ \
r_s=6.20\times 10^{-13} {\rm m}, \ \ \ M=2.20\times 10^{12} {\rm kg}
\end{align}
になります。
素粒子論および宇宙物理学関連の分野で用いられる自然単位系と幾何学単位系に関し、計算の具体例を挙げながら説明しました。
決して難しくないし慣れれば大変便利です。
おしまい。${}_\blacksquare$
(*脚注) 自然単位系という言葉は、本記事で述べた自然単位系・幾何学単位系のような単位系の総称・種別として使うこともあるようです ( Wikipedia 「自然単位系」 参照のこと)。しかしそのような場合は稀で、基本的には自然単位系は$c=\hbar=1$とする単位系のことを指します。