解析学を研究している博士課程の2年生。
もし大学1年生の自分に会えたら数学の勉強についてアドバイスしたいことがいくつかあるので、それを簡単にまとめたい。現在進行形で学部生をやっている人の参考になれば嬉しい。ただし、あくまで個人的な考えであり、視点が偏っているので、鵜呑みにはしない方が良い。
できる限り早い段階で集合と写像の言葉を覚えよう。微分積分や線形代数より先にこちらをやった方が良い。そもそも集合と写像の言葉は大学数学をやっていくうえで必要不可欠であり、微分積分や線形代数さえこれらの知識がなければ十分には理解できない。それから、定義に従って厳密に議論できるようにならなければ、そもそも大学数学のスタートラインにさえ立てない。集合と写像の勉強はその習得に適していると思う。
ちなみに、僕がこの「スタートライン」に立てたのは学部1年後期だった。少人数向けの演習科目で、「$A \subset B$かつ$B \subset C$ならば$A \subset C$ であることを示せ」と言われ、最初は何をしたらいいのかさっぱり分からなかったけど、先生の解説を聞いた瞬間に「なるほど、数学的に厳密に議論するとはこういうことか」と理解した瞬間のことは鮮明に覚えている。
「集合と写像の言葉を覚えよう」と言っても何も身構える必要はなくて、最初は、例えば松坂和夫『集合・位相入門』の第1章を読めば十分だ。この本に限らず、集合と写像の基礎が解説してある教科書は色々あるので、適当に選べば良い。(松坂和夫『集合・位相入門』は記述がややくどいものの、言い方を変えれば説明が丁寧なので独習に向いていると思う。)
ところで、入門的な教科書でいわゆる素朴集合論を勉強すると、そもそも集合という概念が「厳密」には定義されていないことに気付く人も多いと思う。そして、実はラッセルのパラドックスというものがあり、集合を厳密に定義しそれ自体を研究する公理的集合論という分野があることを知るようになるだろう。そこでいきなり公理的集合論に興味を持って勉強を始めてしまう人もいるかもしれない(僕自身そういう経験がある)。それは全く悪いことではなく、やりたいように勉強すればいいのだけど、ほとんどの「普通」の数学では、集合の厳密な定義を知らなくても全く困らない。大学数学を勉強し始めたばかりの段階であれば、まずは講義で扱われるような内容に力を入れて勉強してみるのが良いと思う。
ひとまず、集合と写像の言葉を理解し、数学的に厳密に議論することもできるようになったとしよう。それ自体簡単なことじゃないけど、それでもまだスタートラインに立っただけだ。これから色々なことを勉強していかなければならない。微分積分、線形代数、位相空間論、複素関数論、群・環・体、多様体、ルベーグ積分などなど……
数学科での勉強法は、大きく分けて二通りあると思う。授業中心の勉強と数学書の独学中心の勉強だ。僕は授業にはほとんどついていけず、ひとりで数学書と向き合って勉強していたので、残念ながら前者の勉強法についてアドバイスできることは何もない。(というか、講義とその復習だけで勉強できる人ってどんだけ頭良いんだって今でも不思議に思っている。) 以下では、数学書を中心に学部レベルの勉強をする際のアドバイスを書く。
数学書の読み方については色々な人が色々なことを言っている。大切なのは、「定義に従って厳密に議論する」という基本的なスキルが大前提だということだ。個人的には 竹山美宏先生のページ が参考になると思う。数学書を読み始めたばかりの人は、このようなアドバイスに従って丁寧に勉強すればいいと思う。
上の記事で触れられていないけれど、教科書に載っている具体例を確かめたり、演習問題をなるべく解くこともとても大事だ。個人的な経験では、定理の証明は厳密にフォローするけれど具体例は読み飛ばす人が結構いる。具体例や演習問題は理解を深める貴重な場なので決してスルーしないようにしたい。ただし、演習問題については難しい問題も多いので、解けない問題に固執する必要もないと思う。
ところで、上の記事のような勉強の進め方はどこかのタイミングで必ず無理が来る。すべてを厳密に追っていては到底時間も労力も足りない、という状況にいずれ直面する。それから、これは個人的な意見なのだけど、ある程度勉強を進めていくと、すべての論理をフォローすることにあまり意味がなくなってくる。すべての行間を埋めても、「正しいことを確認した」だけになってくる。
それくらいのレベルに到達した場合、証明の詳細よりも、「具体例を通して主張のお気持ちを理解する」ことや「証明のアイデアを理解する」ことなどを意識すると良い。これらは本来、最初から意識すべきことなのだけど、論理をひとつひとつ積み上げていく議論に慣れなければいけない段階の人がここまで意識して勉強するのはちょっと現実的ではない気がする。これらはある程度力がついてから意識すればいいと思う。
数学科には基礎に固執する人がいる。学部3年生になっても「自分は基礎が疎かだから」と学部1年生で習うような微分積分や線形代数を「復習」している人さえいる。この背景には「数学は積み上げ学習であり、分からないところまで遡ってやり直さなければいけない」という迷信が影響していると思う。
数学においては、Aを勉強しているときはAの大切さが分からないのが普通だと僕は思う。Aの先のBを勉強して初めてAの大切さが分かることの方が圧倒的に多い。だから、Aが分からないからBに進むべきではないなんてことはなくて、むしろAが分からないならBを先に勉強してAがどう使われるのか見てくるべきでさえある。
学部3年生で微分積分や線形代数の復習をするのは決して悪いことではない。例えば多様体の講義を受けていて、多変数の微積分の知識があやふやであることに気付いて復習する、それは必要なことだ。しかし、「多様体を勉強するためには多変数の微積分が必要らしいからまずは復習からやろう」という態度は本当に良くない。まずは進もう。必要になったら引き返せばいいんだから。
誰もが自主ゼミできる友人を見つけられるとは限らないけれど、可能であれば自主ゼミすることを勧めたい。人に何かを説明する練習になるし、モチベーションを維持しやすいし、何より楽しい。最近はTwitterやDiscordで仲間を見つけるという手もある。
学部生の段階では、これからどんなことを勉強するのか、大学院に進学したい人であればいつ頃どんなふうに研究が始まるのか先の見通しが全く立たないのが普通だと思う。だから、もし近くに数学科の先輩がいれば積極的に話を聞いてほしい。自分の勉強について先生に話を聞きに行く(あるいは相談に行く)のも良いと思う。僕が学部生のときは「先生に話を聞きに行くからには先生の論文を読んでいかなければならないのだろう」と思い、先生の論文を実際に印刷したものの何ひとつ分からず撃沈したりしていたが、そんなに思い詰める必要は一切なくて、もっと気軽に「どんな研究してるんですか?」と話を聞きに行って良いと思う。
ずっと一人で勉強していると、変な方向に突っ走りやすい。例えば、シュワルツ超関数論ではテスト関数の空間$\mathcal{D}$や超関数の空間$\mathcal{D}'$の位相そのものは取り扱わず、すべて点列の収束で議論するのが普通なのだけど、僕は線形位相空間論の一般論から始めて数か月を費やし$\mathcal{D}$や$\mathcal{D}'$の位相の厳密な取り扱いを勉強してしまったことがある。こういう勉強は無駄ではなかったにせよ、より勉強の優先度が高い内容はいくらでもあった。何を、どういう優先度で、どの程度の深さまで勉強するべきなのかは一人では判断しづらいことが多いので、先輩や先生に相談することを強く推奨する。
最近は色々と新しい教科書が出ているけれど、僕が読んだ限りで良かった教科書や注意点などを書きます。
大学1年生の微分積分の教科書と言えば杉浦光夫『解析入門Ⅰ』を読む人が多いけど、リーマン積分に関する記述はあまりにも細かすぎるので別の教科書(例えば笠原晧司『微分積分学』など)で勉強した方が良いと思う。少なくとも解析学を選べばいずれリーマン積分など使わなくなるし(なぜならルベーグ積分という完全上位互換が登場するから)、解析学以外でもおそらく事情は同じだと思う。微分積分は大事だが、微分積分にあまり固執しない方が良い。
敢えて名前は出さないが教養の線形代数で指定されがちな薄い教科書は明らかに不十分。一方、大学1年生には(あるいは2年生でも)斎藤毅『線形代数の世界 抽象数学の入り口』は人によっては難しく感じると思うし、解析学に進むのであればこれほどの知識は要らない。線形代数は、初手は例えば川久保勝夫『線形代数学』にしておき、より発展的な内容が必要になったら『線形代数の世界』を読む、という流れが良いのではないかと思う。
Twitter上では異常に高度な教科書を読んでいる人たちがいるが、別に気にする必要はない。僕は松坂和夫『集合・位相入門』で勉強した。説明が丁寧ですごく分かりやすかったと思う。別にどんな本で勉強してもいい。
アールフォルス『複素解析』やスタイン--シャカルチ『複素解析』は辞書的に使った方が良いと思う。神保道夫『複素関数入門』は分かりやすい。笠原乾吉『複素解析 1変数解析関数』は内容がやや発展的だし行間もやや広いけど不思議と読みやすかった。
久々に長い文章を書いたので疲れました。みんな楽しく数学してください。それでは、また。