8月の終わり、本番まで残り3週間。深夜のゼミ室で、私は確率の大問の前で手を止めていた。外部から院試を受けると決めてから、過去問は何年分も集めた。けれど公式の解答は出ない。自分の答案が何点なのか、誰も教えてくれない。
その夜の問題は、条件付き期待値を使う典型だった。計算自体はできる。$E[X \mid Y]$ を出して、最後の数値も合っているように見える。なのに、解説記事と見比べると、どこかで論理が飛んでいる気がして落ち着かない。「合っているのに、点が来ない気がする」——この感覚が、確率・統計の院試でいちばん厄介なところだった。
転機は、研究室の先輩の一言だった。私の答案を眺めて、先輩はこう言った。「最初に確率空間と確率変数を宣言していないよね。だから途中の式が"何の上で"動いているのか、読み手に伝わらない」。
計算ではなく、宣言が足りない。言われて初めて、自分の答案が「数式の羅列」で、採点者が論理を追えない形だったと気づいた。そこから答案の書き方を3点だけ直した。確率・統計の院試で点を落とさないための、最小限の型だ。
答案の最初の一行は計算ではなく宣言にする。確率空間 $(\Omega, \mathcal{F}, P)$ の上で、$X, Y$ がどんな確率変数なのか、台と分布を定義してから式に入る。たとえば「$X$ は試行回数、$Y$ は成功回数で $Y \mid X = n \sim \mathrm{Binomial}(n, p)$」と一行置くだけで、以降のすべての式が何の上で動くのかが確定する。ここを飛ばすと、採点者は途中式の意味を推測するしかなく、部分点が削られる。
条件付き期待値が絡む問題は、ほぼ次の二つの公式に帰着する。
$$E[X] = E\bigl[E[X \mid Y]\bigr]$$
$$\mathrm{Var}(X) = E\bigl[\mathrm{Var}(X \mid Y)\bigr] + \mathrm{Var}\bigl(E[X \mid Y]\bigr)$$
上が全期待値の公式、下が全分散の公式だ。答案では「$E[X \mid Y]$ を $Y$ の関数として求める → 外側の期待値(分散)を取る」という順序を、接続詞付きで明示する。「ここで $Y$ で条件付けると」「したがって全期待値の公式より」と書くだけで、論理の飛びが消える。私が落としていた点は、まさにこの順序の宣言不足だった。
大数の法則と中心極限定理は、結論の形を正確に書けるかで差がつく。
収束の種類(確率収束 $\xrightarrow{P}$ と分布収束 $\xrightarrow{d}$)を取り違えると、それだけで減点される。分布を同定する問題ではモーメント母関数 $M_X(t) = E[e^{tX}]$ の一意性を使う、と方針を一行で宣言してから計算に入ると、採点者は安心して読める。
3週間で私が直したのは計算ではなく「宣言と接続詞」だった。確率変数を定義し、どの公式をどの順で使うかを言葉にし、収束の種類を区別する。たったそれだけで、自分の答案を読み返したときに「ここで何点取れているか」が自分で見えるようになった。確率・統計の院試で怖いのは、計算が合っているように見えて、論理が採点者に伝わっていないことだ。
Mathlog の確率・統計の解説連載は、独学の受験生にとって貴重な無料リソースだ。読むだけで終わらせず、上の3点を意識して「自分の答案」に翻訳すると、本番で書ける量が変わる。
最後に一つだけ。院試の確率・統計は公式解答が出ないので、自分の答案を照合する母数が足りなくなりがちだ。私(TeX64)は院試hub( https://inshihub.com)で、大学・研究科ごとの年度別オリジナル解答を整備している。答え合わせの相手を増やす用途で、Mathlog の解説と併せて使ってもらえればと思う。最終的に答案を書くのはあなた自身なので、解答は「読む」で止めず、宣言と接続詞まで自分の手で再現してほしい。よい院試対策を。