「薄い圏の考察(1)」の例5にならって、非負実数および無限大 $\infty$ を対象とし、通常の大小関係 $\geq$ (ただし任意の非負実数 $r$ に対して $\infty \geq r$ かつ $\infty \geq \infty$ とする)を射とする薄い圏 $C([0,\infty],\geq)$ を考える。
ここで、局所的小圏 $\mathcal{C}$ から薄い圏 $C([0,\infty],\geq)$ への関手 $T$ を考える。各対象 $i, j \in \mathrm{Ob}(\mathcal{C})$ に対し、射 $T(i) \geq T(j)$ の評価値(距離) $d_{T(i)T(j)}\in [0,\infty]$ が一意に定まり、以下の条件を満たすものとする。
1.$d_{T(i)T(j)} < \infty.$($\mathrm{hom}_{\mathcal{C}}(i,j) \neq \emptyset$ のとき)
2.$d_{T(i)T(j)} = \infty.$ ($\mathrm{hom}_{\mathcal{C}}(i,j) = \emptyset$ のとき)
3.$d_{T(i)T(i)} = 0.$
4.$\mathcal{C}$ における射の合成($T(i) \geq T(j)$と$T(j) \geq T(k)$に対する$T(i) \geq T(k)$)に対し、対応する値は $d_{T(i)T(j)} + d_{T(j)T(k)} \geq d_{T(i)T(k)}$ を満たす。
特に $\mathcal{C}$ が小圏(Ob($\mathcal{C})$が集合)のとき、この関手Tによって構成される薄い圏 $C(\mathrm{Ob}(\mathcal{C}), \{\geq_{T(i)T(j)}\}_{i, j \in \mathrm{Ob}(\mathcal{C})})$ は、Lawvereの一般距離空間(Generalized Metric Space)の構造を持つ。
ここでさらに、$\mathcal{C}$の対象を恒等写像で写し、射を上記の(距離をもつ)関係に写す関手 $T': \mathcal{C} \to C(\mathrm{Ob}(\mathcal{C}), \{\geq_{T(i)T(j)}\}_{i, j \in \mathrm{Ob}(\mathcal{C})})$ を定義する。$T'$ が関手となることは「薄い圏の考察(3)」の命題1よりわかる。$T'$ は対象について全射な写像なので、関手として本質的に全射となり「薄い圏の考察(3)」(での普遍的対象をあつかった命題)により、$\mathcal{C}$ における普遍的対象(始対象・終対象など)は $T'$ によって移された先でも普遍的対象となる。($T'$ は$\mathcal{C}$における射の有無を、距離が有限か無限かという形で判断できることを注意しておく。)
薄い圏における普遍的対象を求めることは、順序関係における上限・下限、すなわち「最大距離・最小距離を与える対象」を求める問題に帰着されるので、圏 $\mathcal{C}$ における抽象的な普遍性問題を、距離空間における最適化問題へと遷移させることが可能となる。
この議論は、$C([0, \infty], \leq)$に対しても同様に展開できる。ただし上記の条件4.が
4'.$\mathcal{C}$ における射の合成($T(i) \leq T(j)$と$T(j) \leq T(k)$に対する$T(i) \leq T(k)$)に対し、対応する値は $min\{ d_{T(i)T(j)},d_{T(j)T(k)}\} \leq d_{T(i)T(k)}$ を満たす。
となる。いずれにせよ最短経路や最大流・最大容量を求める問題になる。
また、上議論の亜種として、局所的小圏 $\mathcal{C}$ から薄い圏 $C([0,1],\geq)$ への関手 $T$ を考える。各対象 $i, j \in \mathrm{Ob}(\mathcal{C})$ に対し、射 $T(i) \geq T(j)$ の評価値(確率)を $p_{T(i)T(j)}\in [0,1]$ と表すとき、これは以下の条件を満たすものとする。
1.$p_{T(i)T(j)}>0.$($\mathrm{hom}_{\mathcal{C}}(i,j) \neq \emptyset$ のとき)
2.$p_{T(i)T(j)} =0.$ ($\mathrm{hom}_{\mathcal{C}}(i,j) = \emptyset$ のとき)
3.$p_{T(i)T(i)} =1.$
4.$\mathcal{C}$ における射の合成($T(i) \geq T(j)$と$T(j) \geq T(k)$に対する$T(i) \geq T(k)$)に対し、対応する値は $p_{T(i)T(j)}\cdot p_{T(j)T(k)} \leq p_{T(i)T(k)}$ を満たす。(ここで$\cdot$は通常の積演算を表す)
この設定で薄い圏$C(\mathrm{Ob}(\mathcal{C}), \{\geq_{T(i)T(j)}\}_{i, j \in \mathrm{Ob}(\mathcal{C})})$ を定義して、そこでの上限下限を考えることもできる。これは確率の圏における極値問題(通信やシステムの信頼性・維持可能性の最大最小化など)になる。
上記の方法は、$T'(i)$が$T'(\mathcal{C})$における普遍的対象であってもiが$\mathcal{C}$において普遍的対象になるとは限らないので、あくまで普遍的対象の候補を挙げられるだけだが、うまく$T'$をとることが出来たら実用に耐える。
ラグランジェの未定係数法にしろ、ホモロジーの計算にしろ、この$T'$をうまくとろうとする人間の工夫の歴史的成果といえる。
人間そしてAiも、ぶあつい圏をそのまま扱うことは一般にできないので、最終的には扱いやすい薄い圏に写してから演算を行うしかない。