この記事は
Math Advent Calender 2023
の22日目の記事です.21日目は不等式Botさん,23日目は
赤べこぬーぴーさん
です.
今回の記事は2023年8月26日(土)から2023年8月29日(火)に東京工業大学で行われた
第18回可換環論サマースクール
の講義ノートの一部です.セミナー自体のノートは
こちら
です.本記事では基本的に流れの紹介を目指すので,細かい証明には立ち入りません.証明はBruns―Herzogや
拙稿
をみてください.
(今回もサボって
学内向けに書いたノート
から抜粋しようかと思いましたが,直前でやめました.今年度から社会人ドクターをしているのでその話にしようかとも思いましたが,それもやめました.来年はわかりません.)
ホモロジカル予想
この記事を通して,環といえば1を持つ可換環のこととします.Noether性は断らない限り課しません.(ホモロジカル予想の話をするのに?)
また環に対して は上の有限生成加群全体のなす圏を,は加群全体のなす圏を表すこととします.
さて,ホモロジカル予想とは,(Noether)局所環上の(有限生成)加群の不変量のホモロジカルな解釈に基づく一連の予想のことです.例として,Krull次元とホモロジカル次元(射影次元,入射次元,大域次元,などなど)の関係を調べることが挙げられます.
歴史の話をしましょう.1960年代から1970年代前半にかけて,Serre, Auslander, Peskin, Szpiro らが活躍しました.代表的なものに(新)交叉定理が挙げられます.
交叉定理(Serre, 1965)
を正則局所環とする.について,はArtinかつNoether(長さ有限)であるならば,がなりたつ.
余談ですが,なぜ交叉なの?という疑問への答えは代数幾何的な解釈ができるためです.Hartshorne から引用しましょう.
Hartshorne, Chap. I, Prop. 7.1
をアファイン空間とし,をの中にある次元の多様体とする.このときをの任意の既約成分とすると,である.
さて,可換環論に戻ります.ここでAuslander―Bushsbaumの公式を思い出しましょう.
Auslander―Buchsbaum の公式
をNoether局所環とし,とし,が有限であるとする(での射影次元を表すことにする).このとき;
が成り立つ.
この公式を本記事では A-B 公式と呼ぶことにします(A-B formula だとそれっぽいのに日本語にするとチープですね).A-B 公式と交叉定理により,次が分かります.
この不等式に正則性はいらないだろう,というものが次の予想です(今はもう定理ですが).
交叉予想
をNoether局所環とする. について, はArtinかつNoetherであるとすると,である.
するとが射影次元有限であるようなArtin かつ Noether 加群のとき,であることがわかります.右片はA-B 公式から導かれます.左辺は交叉予想そのものです(12/22 :ご質問受け追記しました).
これの左辺を一般化したものが次の新交叉予想(これも定理)です.
新交叉予想
をNoether局所環とする.を完全でない複体とする.任意のについてが有限自由であり,ホモロジーがArtinかつNoetherならば,である.
これらの定理はRoberts, Peskin, Szpiroらにより研究されました.まず等標数の場合に示され,その後に一般の場合はRobertsにより1987年に証明されています.環の標数をで表すことにしましょう.復習しておくと,局所環の標数は次の4パターンしかないのでした.
- 等標数 :
- 等標数 :
- 混標数:
- 混標数:
このうち,ホモロジカルな環論は等標数の場合から研究が進んでくることが多いのですが,その理由は環の標数が(でない)素数であるのはその場合に限るため,と説明できます.のとき,Frobenius射が環準同型となり,これが非常に強力な道具となるのです.
直和因子予想と単項式予想
さて,次に直和因子予想について触れていきましょう.
直和因子予想(Direct Summand Conjecture, DSC)
を正則局所環とし,を加群として有限生成であるような代数とする.このとき,は加群としてを直和因子に持つ.
この予想は André (2016)により証明されました.その本質には混標数の場合に big CM 加群と呼ばれる加群の存在を示したことにあります.本記事では,というよりもととなった講義では等標数の場合に big CM 加群の存在の証明のあらすじを伝えることを1つの目的としています.これは Hochster (1975) によって示されています.
直和因子に持つって何が嬉しいの?を少しだけ考えてみましょう.をイデアルとします.このときを代数としたとき;
- が忠実平坦.
- :直和因子に持つ.
のどちらかを満たすならば,となります.
さて,ここでがCohen―Macaulay(以後CMと略します)のとき,DSCが成り立つことのスケッチを見てみましょう.
がCMのときのスケッチ
とすると,が整拡大なのでであって,をの巴系とするとこれはの巴系でもあり,がCMだからは正則列になる.すなわち;
であり,またが正則だからとなる.するとA-B公式によって;
であるのでは射影加群でなければならない.よっては自由加群なので,を直和因子に持つ.
この予想と関係が深いのは,次の単項式予想です.
単項式予想(Monomial Conjecture, MC)
をNoether局所環とし,をの巴系とする.任意のに対してである.
この予想は巴系は(多項式の不定元のように)「独立っぽく」振る舞う,と主張しています.これらの定理間の関係はつぎのようになっています.
DSCとMCの関係を見ていきましょう.
を正則局所環,を正則巴系とする.を加群として有限生成であるような代数とする.が加群としてを直和因子に持つことと,任意のに対してであることは同値である
が正則なので,である.いまをのイデアルととするとである.よってである.
を完備としてよい.とおく.いまから誘導されるは単射になる(テクい.は次元Gorensteinであり,となって矛盾する).
いまは入射的加群なので;
とおくとはMittag―Lefflerな集合の射影系になる.一般にMittag―Lefflerな射影系について,が高々可算で,各についてならば空でない射影極限が存在する.よってであり,すなわちは分裂する.
をNoether局所環とし,をの巴系とする.あるが存在してが正則ならば,任意のに対してである.
であると仮定する.このときである.いまとおき,についてである.これは;
に矛盾する.
このの存在こそが本質です.さきほど触れたbig CM加群がまさにこれに当てはまります.
big CM加群
big CM加群
をNoether局所環とする.加群に対して,ある巴系が存在して,が正則列であるとき,をの(に関する)big CM加群という.
Big CM予想(André,2016)
をNoether局所環とする.任意の巴系に対して,ある加群が存在して,は正則列である.
ちょっとだけ例をみてみましょう.
を体,とする.するとは加群である.については正則だが,はそうではない.よってはに対してbig CMではない.
加群について,すべての巴系に対してが正則列となるとき,を均衡(balanced) big CM 加群であるといいます.このとき次の事実が知られています.
をNoether局所環とし,をの巴系,を加群,をの進完備化とする.がについてのbig CM加群ならば,は均衡big CM加群である.
Noether環のホモロジカルな議論では,基本的に環を完備と仮定してよい場面がほとんどです.という非常にありがたい事実(一般の環では完備化すると次元が下がります.を考えてみましょう)と,Cohenの構造定理というこれまたありがたい事実のおかげです.ですので,big CM 加群が存在すれば均衡 big CM 加群が存在すると思えるのです.
また,この均衡big CM加群の議論には,松村の16節に述べられている準正則列を本質的に用います.松村のその個所を読んだだけではあまりありがたみを感じられない準正則列が活躍する様は感動的です.ぜひBruns―Herzogで味わってみてください(一応拙稿にも書いてあります).
さて,big CM 予想がDSCを導くことのスケッチをみてみましょう.
を整域とし,をの整拡大とする.するとの上にあるの素イデアルに対して,がの直和因子ならばはの直和因子でもある.
証明は俯瞰定理(Lying over theorem)と可換図式のお絵描きです.
をHensel局所環とする.代数についてが整拡大で,が整域であるならばは局所環である.
をの極大イデアルとする.となるをとる.が整拡大なので,モニック多項式でとなるものがある.いま;
であり,また任意のに対してならなのでとなって矛盾する.よってあるでとなるものがある.そこでとなるがとれる.このときのへの像は;
であるので,がHensel環なのでモニックなが存在してとかける.いまが整域なのでまたはであり,繰り返すと次数が真に減っていくのでとなり矛盾する.
big CM予想 DSC のスケッチ
は完備としてよい.補題12よりを整域,補題13よりを局所環としてよい.をの正則巴系とするとはの巴系でもあるので,定理9と8によりはの直和因子である.
等標数の場合のbig CM予想の証明
Hochster は等標数 でbig CM予想を証明し,その後「メタ定理」をつかって等標数の場合を示しました.そのあらすじを見ていきましょう.なお先に述べた通り,完全解決(混標数の場合)には2010年代まで待つ必要がありました.そこでは本質的にパーフェクトイド空間と概環論(Almost ring theory)という最先端の道具が使われています.
さて,まず「改良」を定義しましょう.が正則でないとき,それを補正していこう,というアイデアです.
加群の改良
を環とし,を加群とし,を1つ固定する.あるが存在して,であるとき,をの標準基底として;
とおく.このときをの(による)型改良(-modification of type )という.
加群との組を考えるとき,加群とが存在して,これに対して線型写像でとなるものが存在するときのように書くことにします.いま列;
に対してがの型の改良となっているとき,この列をの型改良列といいます.特にをの型の改良といいます.
非退化
を環とし,を加群,とする.組に対してであるとき,は非退化(non degenerate)であるという.そうでないときに退化(degenerate)しているという.
つぎのテクニカルな命題がカギとなります.
をNoether環とし,とする.次は同値である.
- 加群であってが正則列であるようなものが存在する.
- の改良はすべて非退化である.
これらにより,big CM予想を等標数の場合に示せます.
等標数におけるbig CM予想の証明のスケッチ
は完備であると仮定してよい.命題14によりすべてのの改良が非退化であることを示せばよい.をの退化する改良とする.すると任意のに対してはの改良で,退化する.
ここで冪零でないが存在して,任意のに対してであってとなるものが存在する(テクい.がGorenstein環の準同型像であればよい.ここでは完備性を使った)すると; なので,となって矛盾する.
最後に「メタ定理」を紹介して,等標数の場合を眺めましょう.
連立方程式系
とする.有限部分集合を連立方程式系(system of equations)という.
ある環について,あるが存在して,任意のに対してであるとき,はで解を持つという.
Hochsterのメタ定理
を等標数のNoether環,を連立方程式系とする.がで解を持つとする.このとき等標数のNoether局所環が存在して,は解を持ち,はの巴系であるようにとれる.さらに次が成り立つ.
- は有限体上有限生成整域をその極大イデアルで局所化したものとして取れる.
- が正則局所環ならばも正則にとれ,を正則巴系にできる.
証明にはArtinの近似定理(approximation theorem)や,Hensel化がエタール代数の極限で表されること,など高度な結果を用います.
メタ定理は「連立方程式系の言葉で表現できる性質は,等標数で成り立つなら等標数でも成り立つ」ということを意味しています.そのためにbig CM性を連立方程式系の言葉に翻訳しましょう.命題14によりそれは加群の改良と退化の言葉に言い換えられているので,さらにそれを翻訳します.
とする.と連立方程式系が存在して,任意の環と点列に対して次が同値である.
- の型の改良で退化するものが存在する.
- あるが存在して,はの解である.すなわち,任意のに対してである.
証明はひたすら手の運動をします.いよいよフィナーレです.
等標数でbig CM予想が成り立つ.
任意の加群に対して,は正則列ではないとする.すると命題14によっての型改良で退化するものが存在する.このに対して命題16におけるをとる.いまはで解をもち,メタ定理によってあるNoether局所環で等標数のものが存在して,はにおいて解でがの巴系であるようなものを持つ.すると命題16によっての型改良で退化するものが存在する.すると命題14によってはを正則列とする加群を持たないが,これは等標数の場合に矛盾している.