はじめに
この記事では,アンドレ・ヴェイユが「ヴェイユ予想」を提唱した論文『Numbers of solutions of equations in finite fields』1の中で議論されていることの具体例を見てみます.私の理解が浅いため,ヴェイユ予想の主張自体は説明しません.(ヴェイユ予想については1,または2を見てみるといいでしょう.)なお「予想」という言葉を使っていますが,現在ではヴェイユ予想はすでに解決しています.
論文のタイトルを和訳すると「有限体上の方程式の解の個数」になります.この論文ではまず個の変数からなる
という形の方程式の有限体における解の個数を評価します.次に,上の方程式でとした方程式
の,射影空間における解の個数を係数とする冪級数を考えます.この記事ではこれら2つのことについて,具体例を見てみます.
方程式の解の個数
設定
この記事で考えるのは次の方程式です:
標数の有限体におけるの解の個数を評価しましょう.
を以上の整数とし,とおきます.当面の間はを固定して議論するので,添え字を省略して単にとも書くことにします.(.)以降定義する記号についても,同様に添え字を省略することがあります.
個の元からなる有限体における方程式の解の個数をとします:
この章の目標はに対する次のつの評価を得ることです:
等式による評価
が成り立つ.
また,.
(ただしは,あとで定義する.)
命題1から命題2はすぐに得られるので,まずは命題1を仮定して命題2を示しておきます.
また,命題2の不等式の両辺をで割ることで
となり,次の評価が得られました:
命題3の評価は論文には出てきませんが,私はこの形の方が好きです.比がに近い(あるいは,が大きくなるにつれて限りなくに近づく)ことが見える形だからです.のにおける解の個数はに近い値になるということになります.
例
の場合について,プログラムを書いて調べた解の個数を載せておきます.の値も並べておきます
| | | |
1 | 55 | 49 | 1.12... |
2 | 3025 | 2401 | 1.25... |
3 | 110809 | 117649 | 0.94... |
4 | 5594401 | 5764801 | 0.97... |
5 | 286021315 | 282475249 | 1.01... |
確かにととはまあまあ近い値になっていますね!
命題1の証明
乗根の個数
それでは命題1の等式を証明していこうと思います.改めて記号を確認しておきます.は以上の整数であり,であり,における方程式
の解の個数をとします.
さて,に対して,のにおける乗根の個数をと書くことにします.です.また,に対してはの乗根がもし存在すればもの乗根であるため,次の命題が成立します:
このを用いて解の個数は次のように書けます:
を満たすをとり固定する.
に対してを満たすを取れば,組はの解となるが,条件を満たす組は個ある.
ところではの中で上次元の部分空間をなすので,次が成り立ちます:
指標を考える
次にやを指標を用いて評価していきます.
有理数に対して写像を次のように定義します:
まずは巡回群なので,その生成元をつとり固定します.はあるによりと書けるので,このを用いてと定めます.また,のとき,のときと定めます.
実は次の章でごとのたちの整合性が必要になるので,これらは次のように定められているとします.
の生成元をと書き,とにより定まるを,を明記してと書くことにする.は生成元の取り方に依存して決まるが,次の整合性を満たしていると仮定する:
任意のに対して.
ただしは体拡大に対して定まるノルム.
(この整合性を満たすようにたちを定めるということです.)
さて,こうして定めたに対して次のことが成立するのはそんなに難しくないでしょう:
(1)に対して.
(2)に対して.
(3)に対して.
(4)に対して.ただし.
((4)はの場合と,でが立方数である場合と,立方数でない場合とで場合分けすると示せます.)
命題5と命題7(4)を合わせることで次が得られます:
以下ではつの値の組をつの文字でおいてやとも書くことにします.
以降で添字集合を個の部分集合に分けることで命題8の右辺を評価していきます.
とおき,
,
のうちであるものの個数がまたは,
のいずれもでない
とおきます.するととなります.
そこで,がを動くときのの和をそれぞれ評価していきます.
まず,を評価します.
次にを評価します.
に対して,を固定してを動かしたときの和を
と定めます.各を評価します.
ただし次の補題を用いました:
と命題10により,次が得られます:
最後にを評価します.
前項と同様にに対して,を固定してを動かしたときの和を
と定めます.
さてを表すのに必要な記号をいくつか定義します.
とおきます.少し手を動かすとわかると思うのですが,となります.とおきます.
に対して,と定めます.すると,次の評価が成り立ちます:
をとる.なので,のときであることから,
そこで,なるに対してとおくと,より,命題7(2),(3)を用いて,
ただしとおいた.
ここで,右辺の前者の因子に注目し,が整数かどうかで場合分けする.
(i)の場合,
補題11の証明と同様にして
ゆえ,
(ii)の場合,
ゆえ,
以上から,
以上をまとめる
命題8,9,12,13により,次の評価が得られます:
また,全く自明ではないのですが,となります.(このことを示すのはこの記事では省略します.論文1では,ガウス和というものを考えて示しています.)
以上で命題1が証明されました!
解の個数で冪級数を作る
射影空間における解の個数
射影空間とは
この章では比全体の集合である射影空間で解の個数を考えます.まず射影空間の定義を見ましょう.
を体とし,集合に次のように定義される同値関係を導入します:
上の同値関係を次のように定義する:
に対して,
あるが存在して
この同値関係による商集合をと書き,射影空間と呼ぶことにします:.また,が代表するの元をと書くことにします.
解の個数
について,これが方程式の解である()とき,はの解であるということにします.以上の整数に対して, とおいたとき,の元であっての解であるものの個数をと書くことにします.前の章の結果(命題1)からに対する次の評価がすぐに得られます:
まず方程式のにおける解の個数は.
また,の解をつとり固定するとき,任意のに対してであり,においてと同じ元を定めるの元の個数は.
よって命題1により
さて,実は次のことが成り立ちます:
この命題は自明でないですが,証明は省略します.
さてに対してとおきます.命題14,15より,次の評価が得られます:
こうしてが「」という形の数の和差として書けました.実はこのことが,あとで効いてきます!
ちなみにの値を求めることは難しくないです.との定義を確認して計算すると,
がわかります.
解の個数という整数を表すのに複素数が登場するというのなんとも奇妙で面白いですね!
例
の場合の解の個数を命題16により計算したので,載せておきます:
冪級数を考える
形式的冪級数環とは
を係数とする冪級数を考えましょう.
複素数体上のを変数とする多項式環を知っている人は多いと思うのですが,ここでは無限版多項式環ともいうべき,形式的冪級数環というものを考えます.
は,集合としてはと無限個の項の形式的な和として書けるもの全体の集合です:
.
環における加法は,多項式環と同様に,次のように定まっています:
における乗法の定義は省略しますが,考えうる限り最も自然な方法で定義されています.また,「微分」も次のように定義されています:
解の個数を係数とする冪級数
それでは,におけるの解の個数を係数とする冪級数
を考えましょう.添え字と指数がずれていることに注意してください.
さてここから,命題16を用いてを変形していきましょう.なお以下の議論では細かい説明を省略していますが,解析における操作と同様の操作がなぜかおこなえると思って読んでください.
の元の定義だけ一応書いておきます:
命題16を用いてを変形します:
この右辺のの中身を(の)合同ゼータ関数と言います.
(なお両辺を「積分」することで
,
さらに両辺のをとることで
.
となり,2の定義11.15の形になります.)
ヴェイユ予想によれば,この合同ゼータ関数は,において方程式が定める代数多様体の「かたち」に関する情報を持っているらしいです.(私の理解が浅いため詳しく説明することはできませんが,いつかちゃんと理解したいです!)
さて,合同ゼータ関数の分子の係数がになっており,この記事で我々が扱っている体の標数と一致していますね.実はこれは偶然ではなく,ヴェイユ予想の小さな片鱗がここに現れているのです!
漸化式を求める
フィボナッチ数列との比較
命題16の解の個数に対する評価を再掲します:
移項して両辺を入れ替えることで,
を得ます.この式では,左辺の整数が,無理数のべきの和として表されています.これを見て,私はフィボナッチ数列を思い浮かべました.
フィボナッチ数列とは,
とし,漸化式により順次定まる数列です.特性方程式を考えるなどして一般項を求めることができ,一般項は次のようになっています:
.
整数が無理数のべきの差の倍として書かれています.さっきのと似ていますね.
解の個数についての漸化式を求める
というわけで,この類似を見て私は,逆に数列がどんな漸化式を満たすのか,求めたくなりました.フィボナッチ数列の漸化式から一般項を求める手順を逆向きに辿ることで,数列 の漸化式を求めてみましょう!
ここでとおくと,であるから,は公比の等比数列である.よって次の漸化式を得る:
よって,より,
ここでとおくと,でありは公比の等比数列である.よって次の漸化式を得る:
よって,より,
かくしてという漸化式が得られました!ここにを代入し整理することで,次のに対する漸化式も得られます:
左辺のの係数はと並んでいますが,の合同ゼータ関数の分子の係数にも同じが並んでいて興味深いですね.
おしまい.