0

一般のモノイダル圏上の豊穣圏論におけるweighted limitについて

19
0

はじめに

圏論は数学の抽象的な構造を統一的に扱う道具であり、極限や余極限はその中核にある概念だ。しかし、射の集合を単なる「集合」として捉える通常の圏論の枠組みでは、時にこのモデルが物足りなくなる場面がある。もっと「豊かな」構造を射の間に考えたい——そんなときに登場するのが、豊穣圏(enriched category)だ。
豊穣圏では、射をモノイダル圏の対象として扱うことで、線形性や順序といった追加の構造を取り込むことができる。その中でも「weighted limit(重み付き極限)」は、豊穣圏の枠組みで極限を一般化した概念である。
weighted limitを定義できる豊穣圏論のベースとなるモノイダル圏は、とりわけ行儀の良いものになっている。
この記事では、より一般のモノイダル圏上の豊穣圏に対してweighted limitの定義について紹介し、米田の補題の計算やベースが行儀の良い場合との関係について観ていく。モノイダル圏および豊穣圏の定義をおさらいし、行儀の良いモノイダル圏上の場合のweighted limitを紹介する。

準備

モノイダル圏

まず、モノイダル圏論における基本事項について述べる。

モノイダル圏

M上のモノイダル構造(monoidal structure over a category M)とは、以下のデータからなる:
(1) テンソル積: 函手:M×MM;
(2) 単位対象: 対象IM;
(3) 結合子: 自然同型α:(×idM)(idM×);
(4) 左単位子: 自然同型λ:IidMidM;
(5) 右単位子: 自然同型ρ:idMIidM;
これらのデータは、以下の公理を満たす:
(R1) 結合律: a,b,c,dMに対して以下の図式が可換となる:


(a(bc))dαa,bc,d((ab)c)dαabcdαab,c,d(ab)(cd)αa,b,cda((bc)d)idαbcda(b(cd))

(R2) 単位律: a,bMに対して以下の図式が可換となる:

(aI)bαa,I,bρaba(Ib)aλbab

これらの組(M,,I,α,λ,ρ)モノイダル圏(monoidal category)といい、Mをこのモノイダル圏の下部圏(underlying category)という。
代表的なモノイダル構造として、圏論的直積をテンソル積とするものがある。このようなモノイダル圏は特にカルテシアン圏(cartesian category)と呼ばれており、以下のような例がある:

  • 1以上の整数全体Nと整数の整除関係|の組(N,|)などの、完備束の元とその間の順序関係により定まる圏,
  • 集合とその間の写像のなす圏Set,
  • 位相空間とその間の連続写像のなす圏Top
    モノイダル圏Mに対して、積Mを反転して得られるモノイダル圏をM反転といい、Mrevで表す。
    Cに対して、C上の自己函手のなす圏EndC:=Func(C,C)は、函手の合成をテンソル積とし、恒等函手を単位対象としてモノイダル圏となるため、以後EndCにはこのようなモノイダル構造が備わっているとみなす。
モノイダル函手

モノイダル圏M,Nに対して、MからNへのlaxモノイダル函手(lax monoidal functor from M to N)とは、以下のデータからなる:
(1) 函手構造: 下部圏の間の函手T:MN;
(2) 劣加法手: 自然変換η:N(T×T)TM;
(3) 単位手: Nの射μ:INT(IM);
これらのデータは以下の公理を満たす:
(R1) 結合律: 以下の図式が可換となる:


(T(a)T(b))T(c)αNηabT(c)T(a)(T(b)T(c))T(a)ηbcT(ab)T(c)ηab,cT(a)T(bc)ηa,bcT((ab)c)T(αM)T(a(bc))

(R2) 単位律: 以下の図式が可換となる:

T(a)INT(a)μρNT(a)T(IM)ηa,IMT(a)T(aIM)T(ρM)INT(a)μT(a)λNT(IM)T(a)ηIM,aT(a)T(IMa)T(λM)

双対的に(ημの向きを逆にして)定義される関係をoplaxモノイダル函手(oplax monoidal functor)と呼ぶ。
特に、μが自然同型なとき正規モノイダル函手(normal monoidal functor)といい、η, μがともに同型なとき強モノイダル函手(strong monoidal functor)、η, μがともに恒等なとき厳格モノイダル函手(strict monoidal functor)という。
以後、単にモノイダル函手と言った場合はlaxモノイダル函手を指すものとする。

モノイダル自然変換

モノイダル函手F,G:MNに対して、FからGへのモノイダル自然変換(monoidal natural transformation from F to G)とは、自然変換σ:FGであって以下の図式がそれぞれ可換となる:


F(a)F(b)σaσbηabFG(a)G(b)ηabGF(ab)σabG(ab)F(IM)σIMG(IM)INμFμG

圏上のモノイダル構造は一意的ではない具体的な例として、可換環R上の加群のなす圏ModR上のモノイダル構造として以下の2つが挙げられる。
(1) 加群の直和をテンソル積とし、零加群を単位対象として得られるモノイダル構造
(2) 加群のテンソル積をテンソル積とし、整数からなる加法群Zを単位対象として得られるモノイダル構造
これらのモノイダル構造は、下部圏が圏同値だがモノイダル圏同値でない例である。

豊穣圏

以下、Mをモノイダル圏する。

豊穣圏

M上の豊穣圏(category enriched over M)、あるいは単にM-圏(M-category)とは、以下のデータからなる:
(1) 対象の集まり: ObA;
(2) 各対象a,bObAに対して、Mの対象A(a,b);
(3) 各対象aObAに対して、Mの射ida:IA(a,a);
(4) 各対象a,b,cObAに対して、Mの射(A)acb:A(b,c)A(a,b)A(a,c);
これらのデータは以下の公理をそれぞれ満たす:
(R1) 結合律: 各a,b,c,dObAに対して、以下の図式が可換となる:


(A(c,d)A(b,c))A(a,b)α(A)bdcA(a,b)A(c,d)(A(b,c)A(a,b))A(c,d)(A)acbA(b,d)A(a,b)(A)adbA(c,d)A(a,c)(A)adcA(a,c)

(R2) 単位律: 各a,bObAに対して、以下の図式が可換となる:

IA(a,b)λidbA(a,b)A(a,b)A(b,b)A(a,b)(A)abbA(a,b)IρA(a,b)idaA(a,b)A(a,b)A(a,a)(A)aba

豊穣圏A=(ObA,homA=(A(a,b):a,bObA),id,A)に対して、aObAaAと表すこととする。

特に、M-圏の対象の集まりが特に集合となるとき、それは小さいといい、小さいM-圏をM-小圏という。
M-圏Aの対象a,aAに対して、Mの射IA(a,a)aからaへの射として圏A0が定義できる。これをAの下部圏と呼ぶこととする。

通常の圏論と同様に定まるM-圏Aの双対圏Aopは、Mrev-圏となる。

豊穣圏の間の函手

M-圏A,Bに対して、AからBへの豊穣函手(enriched functor from A to B)、あるいは単にM-函手(M-functor)とは、以下のデータからなる:
(1) 対象の間の写像: ObF:ObAObB (ObFaAにおける値をFaと表す);
(2) Hom対象の間の射: 各a,aAに対して、Mの射Faa:A(a,a)B(Fa,Fa);
これらのデータは、以下の公理をそれぞれ満たす:
(R1) 合成を保つ: 各a,b,cAに対して、以下の図式が可換となる:


A(b,c)A(a,b)FbcFab(A)acbB(Fb,Fc)B(Fa,Fb)(B)Fa,FcFbA(a,c)FacB(Fa,Fc)

(R2) 恒等射を保つ: 各aAに対して、以下の図式が可換となる:

IidaidFaA(a,a)FaaB(Fa,Fa)

モノイダル圏(特にカルテシアン圏)の例として紹介した集合の圏Setだが、Set上の豊穣圏とは局所小圏のことであり、Set-函手とは通常の圏の間の函手の定義に一致する。

豊穣函手の間の自然変換

A, BM-圏、F,G:ABM-函手とする。
このとき、FからGへの豊穣自然変換(enriched natural transformation from F to G)、あるいは単にM-自然変換θ:FGとは、Mの射の族(IθaB(Fa,Ga))aAであって、次の図式が可換となる:


IA(a,b)λ1θbFabB(Fb,Gb)B(Fa,Fb)comp.A(a,b)ρ1B(Fa,Gb)comp.A(a,b)IGabθaB(Ga,Gb)B(Fa,Ga)

M-圏AからBへのM-函手とその間のM-自然変換のなす圏を、FuncM(A,B)で表す。
特に、ベースとなるモノイダル圏が文脈から明らかな場合は、Func(A,B)と略記する。

weighted limitについて

アイディア

通常の圏論における極限・余極限は、対角函手の左随伴および右随伴として特徴づけられるが、一般のモノイダル圏上の豊穣圏論では、対角函手が標準的に定義できないため、別の定義を採用する必要がある。
ここで、通常の圏論における図式F:JCの極限limFは同型


C(,limF)limC(,F)Set(pt,limC(,F))[J,Set](Δpt,C(,F))

により、函手[J,Set](Δpt,C(,F))の表現として特徴付けれるため、Δpt:JSetを一般の函手W:JSetとすることで、SetにおけるFWで重み付けられたweighted limitは、函手[J,Set](W,C(,F))の表現として定義できる。
これを一般のモノイダル圏M上で定義するために、次の課題を解決する必要がある:

  1. 函手W:JMとは? (Mは一般にM-圏でないため、先のM-函手の定義は使えない)
  2. 函手圏[J,M]をどう定義すれば、適切に[J,M](W,C(,F))の表現を考えられるか?

これらは、M完備かつ余完備な対称閉モノイダル圏(complete and cocomplete closed symmetric monoidal category)とすれば解決する。

完備かつ余完備な対称閉モノイダル圏上でのweighted limit

モノイダル圏Mが対称閉であるとは、a,bMについて自然な同型βa,b:abbaと、函手[,]:Mop×MMが備わっており、以下の公理をそれぞれ満たす:
(R1) βb,aβa,b=idab;
(R2) 以下の図式が可換となる:


(ab)cβabcαabc(ba)cαbacb(ac)bβaca(bc)βa,bc(bc)aαbcab(ca)

(R3) 任意のvMに対して随伴v[v,]が成り立つ。
以後、Mを完備かつ余完備な対称閉モノイダル圏とする。
[,]:Mop×MMをHom函手として、MM-圏となるため、以後これらは区別しないものとする。
通常の函手CDの函手圏Func(C,D)のEndによる特徴づけ

Func(C,D)(F,G)cCD(Fc,Gc)

と同様に、豊穣函手F,G:ABに対して[A,B](F,G):=aAB(Fa,Ga)として[A,B]を定義することで、[A,B]は豊穣圏となる。
これらから、M-圏におけるweighted limitは、次のように定義される。

M-函手F:JAに対して、FW:JMで重み付けられた極限(weighted limit over F with W)を、M-函手[J,M](W,A(,F)):AopMの表現として定義する。
すなわち、aAについて自然な同型


A(a,limWF)[J,M](W,A(a,F))

が成り立つような対象limWFのことである。
双対的に、FW:JopMで重み付けられた余極限(weighted colimit over F with W)を、M-函手[Jop,M](W,A(F,)):AMの表現として定義する。
すなわち、aAについて自然な同型

A(colimWF,a)[Jop,M](W,A(F,a))

が成り立つような対象colimWFのことである。

Kan拡張

極限を用いた、各点右Kan拡張の具体的な結果について紹介する。

Kan拡張

J,K,LM-圏とし、F:JK, E:JLM-函手とする。Fに沿ったEの左Kan拡張(left Kan extension of E along F)とは、M-函手FE:KLM-自然変換η:E(FE)Fの組(FE,η)であって、以下の普遍性を満たすものである:

  • M-函手G:KLM-自然変換θ:EGFの組(G,θ)に対して、一意的なM-自然変換τ:FEGが存在して、θ=τFηと分解できる。
    他方、Fに沿ったEの右Kan拡張(right Kan extension E along F)とは、M-函手FE:KLM-自然変換ε:(FE)FEの組(FE,ε)であって、以下の普遍性を満たすものである:
  • M-函手G:KLM-自然変換θ:GFEの組(G,θ)に対して、一意的なM-自然変換σ:GFEが存在して、θ=εσFと分解できる。

通常の圏論であれば、函手DFCEUについて、Cが小圏かつUが余完備なとき、左Kan拡張FEは各dDごとに以下のように計算できる:


(FE)(d)colimFcd(F/d)Ec

すなわち、dDuUについて自然な同型

U((FE)(d),u)Hom((F/d)proj.CEU,Δu)Hom(D(F,d),U(E,u))

が成り立つ。
他方、Cが小圏かつDが完備なとき、右Kan拡張FEは各dDごとに以下のように計算できる:

(FE)(d)limdFc(d/F)Ec

すなわち、dDuUについて自然な同型

U(u,(FE)(d))Hom(Δu,(d/F)proj.CEU)Hom(D(d,F),U(u,E))

が成り立つ。
これらは各点Kan拡張と呼ばれる計算について、一般の豊穣圏においても、先に定義したweighted limitおよびweighted colimitにより、次のように計算できる:

M-函手F:CD, E:CVに対して、各点左Kan拡張FEの定義より、vVについて自然な同型


V(FE(d),v)[Cop,M](D(F,d),V(E,v))

が成り立つため、FE(d)colimD(F,d)Eである。
これは、dDについて自然な同型であるため、余極限の存在性と各点左Kan拡張の存在性は同値である。

投稿日:20241218
更新日:20241226
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

桜武
桜武
5
781
普段は、ITエンジニアとして働いています。 面白そうなガジェットやジャンクを買っては改造したり修理したりして遊んでいます。 解析的整数論 / 高次圏論 / 豊穣圏論

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. はじめに
  2. 準備
  3. モノイダル圏
  4. 豊穣圏
  5. weighted limitについて
  6. アイディア
  7. 完備かつ余完備な対称閉モノイダル圏上でのweighted limit
  8. Kan拡張