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【位相空間論】その『近さ』、数式でどう表す?"近傍関係"からのアプローチ

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はじめに

位相空間論といえば、開集合や閉包を使って定義するのが一般的です。しかし、この記事では「近傍関係」という少し変わったアプローチで位相空間を定義し、その性質を調べていきます。

この記事で分かること

  • 開集合を使わずに「点の近さ」を表現する方法
  • 「近傍関係」という概念の正確な定義
  • 近傍関係と、通常の位相構造が実は同じものであること

少しマニアックなテーマかもしれませんが、読み終える頃には、位相空間をより深く、多角的に理解できるようになるはずです。

近傍関係の定義

近傍関係

$X$を集合とする。$\mathfrak{P}(X)$上の二項関係$\ll$が以下の条件を満たすとき、$\ll$$X$上の近傍関係(neighborhood relation)と呼ぶ:

  1. 自明な近傍: $\emptyset\ll\emptyset$かつ$X\ll X$;
  2. 任意の二元が上界を持つ: $A\ll B$かつ$A\ll C$ならば$A\ll B\cap C$;
  3. 任意の部分集合が下界を持つ: $\forall\lambda\in\Lambda, A_\lambda\ll B$ならば$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\ll B$;
  4. 包含関係より強い: $A\ll B$ならば$A\subseteq B$;
  5. 包含関係との左合成: $A\ll B\subseteq C$ならば$A\ll C$;
  6. 包含関係との右合成: $A\subseteq B\ll C$ならば$A\ll C$;
  7. 補間性: $A\ll C$ならば$A\ll B\ll C$なる$B\subseteq X$が存在する;

位相空間上の近傍関係

近傍関係による位相構造

$X$を集合、$\ll$$X$上の近傍関係、$A\subseteq X$とする。
\begin{gather} A^\circ=\bigcup\{B\subseteq X\colon B\ll A\} \end{gather}
とすると、$A\mapsto A^\circ$を開核作用素として位相空間が定まる。

  1. 等式「$X^\circ=X$」を示す。$X\ll X$より$X\subseteq X^\circ$なため$X^\circ=X$を得る。
  2. 命題「$A\subseteq B$ならば$A^\circ\subseteq B^\circ$」を示す。$A\subseteq X$に対して$P(A)=\{C\subseteq X\colon C\ll A\}$とすると、仮定より$C\in P(A)$に対して$C\ll A\subseteq B$より$C\ll B$なため$C\in P(B)$。よって$P(A)\subseteq P(B)$となるため、$A^\circ\subseteq B^\circ$を得る。
  3. 等式「$(A\cap B)^\circ=A^\circ\cap B^\circ$」を示す。先に示した(ii)より$(A\cap B)^\circ\subseteq A^\circ\cap B^\circ$は明らかなため、その逆を示せばよい。$x\in A^\circ\cap B^\circ$とすると、$x\in C\cap D$かつ$C\ll A$かつ$D\ll B$なる$C,D\subseteq X$が取れるため、$C\cap D\subseteq C\ll A$かつ$C\cap D\subseteq D\ll B$より$C\cap D\ll A\cap B$なため$x\in C\cap D\subseteq (A\cap B)^\circ$となる。
  4. 命題「$A^\circ\subseteq A$」を示す。$x\in A^\circ$に対して$x\in B\ll A$なる$B\subseteq X$が存在するため、$B\subseteq A$より$x\in A$となる。
  5. 等式「$(A^\circ)^\circ=A^\circ$」を示す。先に示した(ii)と(iv)より$(A^\circ)^\circ\subseteq A^\circ$は明らかなため、その逆を示せばよい。$x\in A^\circ$に対して$x\in B\ll A$なる$B\subseteq X$が存在するが、$B$について$B\ll A$より$B\ll C\ll A$なる$C\subseteq X$が取れるため、$x\in C^\circ$かつ$C\subseteq A^\circ$となるため、$x\in C^\circ\subseteq (A^\circ)^\circ$となる。
位相構造による近傍関係

$X$を位相空間、$(\ast)^\circ$$X$における開核作用素、$A,B\subseteq X$とする。
\begin{gather} A\ll B\mathrel{:\!\iff}A\subseteq B^\circ \end{gather}
として二項関係$\ll$を定めると、$\ll$$X$上の近傍関係となる。

  1. $\emptyset^\circ=\emptyset$かつ$X^\circ=X$より$\emptyset\ll\emptyset$, $X\ll X$を得る。
  2. $A\ll B$かつ$A\ll C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\cap C^\circ=(B\cap C)^\circ$となるため、$A\ll B\cap C$を得る。
  3. $\lambda\in\Lambda$について$A_\lambda\ll B$として$A_\lambda, B\subseteq X$を取ると、$A_\lambda\subseteq B^\circ$より$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\subseteq B^\circ$となるため$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\ll B$を得る。
  4. $A\ll B$として$A,B\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\subseteq B$より$A\subseteq B$を得る。
  5. $A\ll B\subseteq C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\subseteq C^\circ$より$A\ll C$を得る。
  6. $A\subseteq B\ll C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B\subseteq C^\circ$より$A\ll C$を得る。
  7. $A\ll C$として$A,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq C^\circ=(C^\circ)^\circ$より$A\ll C^\circ\ll C$なため、$B=C^\circ$と取れば良い。
位相空間における近傍関係の例
  • 離散位相:
    集合$X$上の近傍関係$\ll$が離散位相を定める必要十分条件は、$\ll=\subseteq$(i.e. 任意の$A,B\subseteq X$に対して、$A\ll B\iff A\subseteq B$)となることである。
  • 密着位相:
    集合$X$上の近傍関係$\ll$が密着位相を定める必要十分条件は、非自明な近傍関係が$\emptyset\ll X$のみであることである。
  • 補有限位相:
    集合$X$上の近傍関係$\ll$が補有限位相を定める必要十分条件は、$A\ll B$であることと$A\subseteq B$かつ$B$が補有限であることが同値となることである。
連続性の近傍関係による特徴付け

$X,Y$を位相空間、$f\colon X\to Y$を写像とする。以下同値である。

  1. $f$は連続写像である。
  2. $A,B\subseteq Y$に対して$A\ll B$ならば$f^{-1}(A)\ll f^{-1}(B)$である。
  • $(1)\Rightarrow(2)$: $A\ll B$として$A,B\subseteq Y$を任意にとり固定する。このとき、$A\subseteq B^\circ$であって、仮定より$f$が開核を保つ写像であるため、$f^{-1}(A)\subseteq f^{-1}(B^\circ)\subseteq(f^{-1}(B))^\circ$となるため、$f^{-1}(A)\ll f^{-1}(B)$となる。
  • $(2)\Rightarrow(1)$: $A\subseteq Y$を任意にとり固定する。$A^\circ\ll A$なため仮定より$f^{-1}(A^\circ)\ll f^{-1}(A)$となるから$f^{-1}(A^\circ)\subseteq(f^{-1}(A))^\circ$を得る。

順序集合への一般化:「Way-Below」関係

「冪集合$\mathfrak{P}(X)$上の二項関係」としての近傍関係を、一般的な半順序集合(poset) $(P,\leq)$上の二項関係$\ll$へと一般化する。この一般化された関係は、特に領域理論(Domain Theory)という数学・計算機科学の分野でWay-Below関係と呼ばれ、中心的な役割を果たす。

Way-Below関係

半順序集合$(P,\leq)$における二項関係$\ll$が以下の条件を満たすとき、$\ll$Way-Below関係(Way-Below relation)という。

  • 順序との整合性: $x\ll y$ならば$x\leq y$
  • 推移律: $x\ll y\ll z$ならば$x\ll z$
  • 補間性: $x\ll z$ならば$x\ll y\ll z$を満たす$y\in P$が存在する。

定義より明らかに、$X$上の近傍関係$\ll$は冪集合$(\mathfrak{P},\subseteq)$におけるWay-Below関係となる。
それ以外の例として、以下のようなものがある。

連続関数のなす順序集合

閉区間$[0,1]$上の連続函数全体$C([0,1])$における順序$\leq$を、
$$ f\leq g\iff\forall t\in[0,1],f(t)\leq g(t) $$
として半順序集合としたとき、$C([0,1])$におけるWay-Below関係$\ll$として、$f\ll g$を「$f$のグラフが$g$のグラフから一様に離れている」こと、すなわち、
$$ f\ll g\iff\inf_{t\in[0,1]}(g(t)-f(t))>0 $$
として定義する。

この$\ll$が補間性を満たす。もし、$f\ll h$ならば$\varepsilon=\inf_{t\in[0,1]}(h(t)-f(t))>0$として$g(t)=f(t)+\varepsilon/2$とすると、$g$は明らかに連続函数であって$f\ll g\ll h$となる。

測度空間における可測集合

測度空間$(X,\Sigma,\mu)$を包含関係$\subseteq$で半順序集合とみる。
このとき、$(X,\Sigma,\mu)$における二項関係$\ll$として、
$$ A\ll B\iff A\subseteq B\text{かつ}\mu(B\setminus A)>0 $$
として定義する。

測度$\mu$非アトム的(non-atomic)であれば、$\ll$の補間性を満たす。$A\ll C$なら$C\setminus A$は正の測度を持つため、$\mu$が非アトム的であるから、$0<\mu(D)<\mu(C\setminus A)$を満たす部分集合$D\subseteq C\setminus A$が取れる。ここで、$A=C\setminus (C\setminus A)\subseteq C\setminus D\subseteq C$より$B=C\setminus D$とすれば、$\mu(B\setminus A)=\mu((C\setminus A)\setminus D)=\mu(C\setminus A)-\mu(D)>0$かつ$\mu(C\setminus B)=\mu(D)>0$なため、$A\ll B\ll C$となる。

この測度空間による例は、以下の定理により位相空間とつながる。

リース=マルコフ=角谷の表現定理(Riesz–Markov–Kakutani representation theorem)

局所コンパクトハウスドルフ空間$X$に対して、コンパクトな台を持つ複素数値連続関数からなる線形空間を$C_{\text{comp}}(X)$と表す。
$C_{\text{comp}}(X)$上の任意の正の線型汎函数$\psi$に対し、$X$上の正則ボレル測度$\mu$として次を満たすようなものが唯一つ存在する。

  • 任意の$f\in C_{\text{comp}}(X)$に対して、$\psi(f)=\int_Xfd\mu$が成り立つ。

特に、測度が存在する必要十分条件が以下のように述べられる。

コンパクトハウスドルフ空間$X$に対して、以下同値である。
(1) $X$上に台が$X$全体となる非アトム的なボレル確率測度が存在する。
(2) 以下の2条件が成り立つ。

  1. $X$完全性(Perfectness)を満たす。すなわち、$X$は孤立点を持たない。
  2. $X$可算鎖条件(Countable Chain Condition, ccc)を満たす。すなわち、互いに交わらない空でない開集合の族は、必ず高々可算個しか存在しない。
投稿日:20241219
更新日:830
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桜武
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普段は、ITエンジニアとして働いています。 面白そうなガジェットやジャンクを買っては改造したり修理したりして遊んでいます。

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