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はじめに
位相空間論といえば、開集合や閉包を使って定義するのが一般的です。しかし、この記事では「近傍関係」という少し変わったアプローチで位相空間を定義し、その性質を調べていきます。
この記事で分かること
- 開集合を使わずに「点の近さ」を表現する方法
- 「近傍関係」という概念の正確な定義
- 近傍関係と、通常の位相構造が実は同じものであること
少しマニアックなテーマかもしれませんが、読み終える頃には、位相空間をより深く、多角的に理解できるようになるはずです。
近傍関係の定義
近傍関係
$X$を集合とする。$\mathfrak{P}(X)$上の二項関係$\ll$が以下の条件を満たすとき、$\ll$を$X$上の近傍関係(neighborhood relation)と呼ぶ:
- 自明な近傍: $\emptyset\ll\emptyset$かつ$X\ll X$;
- 任意の二元が上界を持つ: $A\ll B$かつ$A\ll C$ならば$A\ll B\cap C$;
- 任意の部分集合が下界を持つ: $\forall\lambda\in\Lambda, A_\lambda\ll B$ならば$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\ll B$;
- 包含関係より強い: $A\ll B$ならば$A\subseteq B$;
- 包含関係との左合成: $A\ll B\subseteq C$ならば$A\ll C$;
- 包含関係との右合成: $A\subseteq B\ll C$ならば$A\ll C$;
- 補間性: $A\ll C$ならば$A\ll B\ll C$なる$B\subseteq X$が存在する;
位相空間上の近傍関係
近傍関係による位相構造
$X$を集合、$\ll$を$X$上の近傍関係、$A\subseteq X$とする。
\begin{gather}
A^\circ=\bigcup\{B\subseteq X\colon B\ll A\}
\end{gather}
とすると、$A\mapsto A^\circ$を開核作用素として位相空間が定まる。
- 等式「$X^\circ=X$」を示す。$X\ll X$より$X\subseteq X^\circ$なため$X^\circ=X$を得る。
- 命題「$A\subseteq B$ならば$A^\circ\subseteq B^\circ$」を示す。$A\subseteq X$に対して$P(A)=\{C\subseteq X\colon C\ll A\}$とすると、仮定より$C\in P(A)$に対して$C\ll A\subseteq B$より$C\ll B$なため$C\in P(B)$。よって$P(A)\subseteq P(B)$となるため、$A^\circ\subseteq B^\circ$を得る。
- 等式「$(A\cap B)^\circ=A^\circ\cap B^\circ$」を示す。先に示した(ii)より$(A\cap B)^\circ\subseteq A^\circ\cap B^\circ$は明らかなため、その逆を示せばよい。$x\in A^\circ\cap B^\circ$とすると、$x\in C\cap D$かつ$C\ll A$かつ$D\ll B$なる$C,D\subseteq X$が取れるため、$C\cap D\subseteq C\ll A$かつ$C\cap D\subseteq D\ll B$より$C\cap D\ll A\cap B$なため$x\in C\cap D\subseteq (A\cap B)^\circ$となる。
- 命題「$A^\circ\subseteq A$」を示す。$x\in A^\circ$に対して$x\in B\ll A$なる$B\subseteq X$が存在するため、$B\subseteq A$より$x\in A$となる。
- 等式「$(A^\circ)^\circ=A^\circ$」を示す。先に示した(ii)と(iv)より$(A^\circ)^\circ\subseteq A^\circ$は明らかなため、その逆を示せばよい。$x\in A^\circ$に対して$x\in B\ll A$なる$B\subseteq X$が存在するが、$B$について$B\ll A$より$B\ll C\ll A$なる$C\subseteq X$が取れるため、$x\in C^\circ$かつ$C\subseteq A^\circ$となるため、$x\in C^\circ\subseteq (A^\circ)^\circ$となる。
位相構造による近傍関係
$X$を位相空間、$(\ast)^\circ$を$X$における開核作用素、$A,B\subseteq X$とする。
\begin{gather}
A\ll B\mathrel{:\!\iff}A\subseteq B^\circ
\end{gather}
として二項関係$\ll$を定めると、$\ll$は$X$上の近傍関係となる。
- $\emptyset^\circ=\emptyset$かつ$X^\circ=X$より$\emptyset\ll\emptyset$, $X\ll X$を得る。
- $A\ll B$かつ$A\ll C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\cap C^\circ=(B\cap C)^\circ$となるため、$A\ll B\cap C$を得る。
- 各$\lambda\in\Lambda$について$A_\lambda\ll B$として$A_\lambda, B\subseteq X$を取ると、$A_\lambda\subseteq B^\circ$より$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\subseteq B^\circ$となるため$\bigcup_{\lambda\in\Lambda}A_\lambda\ll B$を得る。
- $A\ll B$として$A,B\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\subseteq B$より$A\subseteq B$を得る。
- $A\ll B\subseteq C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B^\circ\subseteq C^\circ$より$A\ll C$を得る。
- $A\subseteq B\ll C$として$A,B,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq B\subseteq C^\circ$より$A\ll C$を得る。
- $A\ll C$として$A,C\subseteq X$を取ると、$A\subseteq C^\circ=(C^\circ)^\circ$より$A\ll C^\circ\ll C$なため、$B=C^\circ$と取れば良い。
位相空間における近傍関係の例
- 離散位相:
集合$X$上の近傍関係$\ll$が離散位相を定める必要十分条件は、$\ll=\subseteq$(i.e. 任意の$A,B\subseteq X$に対して、$A\ll B\iff A\subseteq B$)となることである。 - 密着位相:
集合$X$上の近傍関係$\ll$が密着位相を定める必要十分条件は、非自明な近傍関係が$\emptyset\ll X$のみであることである。 - 補有限位相:
集合$X$上の近傍関係$\ll$が補有限位相を定める必要十分条件は、$A\ll B$であることと$A\subseteq B$かつ$B$が補有限であることが同値となることである。
連続性の近傍関係による特徴付け
$X,Y$を位相空間、$f\colon X\to Y$を写像とする。以下同値である。
- $f$は連続写像である。
- $A,B\subseteq Y$に対して$A\ll B$ならば$f^{-1}(A)\ll f^{-1}(B)$である。
- $(1)\Rightarrow(2)$: $A\ll B$として$A,B\subseteq Y$を任意にとり固定する。このとき、$A\subseteq B^\circ$であって、仮定より$f$が開核を保つ写像であるため、$f^{-1}(A)\subseteq f^{-1}(B^\circ)\subseteq(f^{-1}(B))^\circ$となるため、$f^{-1}(A)\ll f^{-1}(B)$となる。
- $(2)\Rightarrow(1)$: $A\subseteq Y$を任意にとり固定する。$A^\circ\ll A$なため仮定より$f^{-1}(A^\circ)\ll f^{-1}(A)$となるから$f^{-1}(A^\circ)\subseteq(f^{-1}(A))^\circ$を得る。
順序集合への一般化:「Way-Below」関係
「冪集合$\mathfrak{P}(X)$上の二項関係」としての近傍関係を、一般的な半順序集合(poset) $(P,\leq)$上の二項関係$\ll$へと一般化する。この一般化された関係は、特に領域理論(Domain Theory)という数学・計算機科学の分野でWay-Below関係と呼ばれ、中心的な役割を果たす。
Way-Below関係
半順序集合$(P,\leq)$における二項関係$\ll$が以下の条件を満たすとき、$\ll$をWay-Below関係(Way-Below relation)という。
- 順序との整合性: $x\ll y$ならば$x\leq y$。
- 推移律: $x\ll y\ll z$ならば$x\ll z$。
- 補間性: $x\ll z$ならば$x\ll y\ll z$を満たす$y\in P$が存在する。
定義より明らかに、$X$上の近傍関係$\ll$は冪集合$(\mathfrak{P},\subseteq)$におけるWay-Below関係となる。
それ以外の例として、以下のようなものがある。
連続関数のなす順序集合
閉区間$[0,1]$上の連続函数全体$C([0,1])$における順序$\leq$を、
$$
f\leq g\iff\forall t\in[0,1],f(t)\leq g(t)
$$
として半順序集合としたとき、$C([0,1])$におけるWay-Below関係$\ll$として、$f\ll g$を「$f$のグラフが$g$のグラフから一様に離れている」こと、すなわち、
$$
f\ll g\iff\inf_{t\in[0,1]}(g(t)-f(t))>0
$$
として定義する。
この$\ll$が補間性を満たす。もし、$f\ll h$ならば$\varepsilon=\inf_{t\in[0,1]}(h(t)-f(t))>0$として$g(t)=f(t)+\varepsilon/2$とすると、$g$は明らかに連続函数であって$f\ll g\ll h$となる。
測度空間における可測集合
測度空間$(X,\Sigma,\mu)$を包含関係$\subseteq$で半順序集合とみる。
このとき、$(X,\Sigma,\mu)$における二項関係$\ll$として、
$$
A\ll B\iff A\subseteq B\text{かつ}\mu(B\setminus A)>0
$$
として定義する。
測度$\mu$が非アトム的(non-atomic)であれば、$\ll$の補間性を満たす。$A\ll C$なら$C\setminus A$は正の測度を持つため、$\mu$が非アトム的であるから、$0<\mu(D)<\mu(C\setminus A)$を満たす部分集合$D\subseteq C\setminus A$が取れる。ここで、$A=C\setminus (C\setminus A)\subseteq C\setminus D\subseteq C$より$B=C\setminus D$とすれば、$\mu(B\setminus A)=\mu((C\setminus A)\setminus D)=\mu(C\setminus A)-\mu(D)>0$かつ$\mu(C\setminus B)=\mu(D)>0$なため、$A\ll B\ll C$となる。
この測度空間による例は、以下の定理により位相空間とつながる。
リース=マルコフ=角谷の表現定理(Riesz–Markov–Kakutani representation theorem)
局所コンパクトハウスドルフ空間$X$に対して、コンパクトな台を持つ複素数値連続関数からなる線形空間を$C_{\text{comp}}(X)$と表す。
$C_{\text{comp}}(X)$上の任意の正の線型汎函数$\psi$に対し、$X$上の正則ボレル測度$\mu$として次を満たすようなものが唯一つ存在する。
- 任意の$f\in C_{\text{comp}}(X)$に対して、$\psi(f)=\int_Xfd\mu$が成り立つ。
特に、測度が存在する必要十分条件が以下のように述べられる。
コンパクトハウスドルフ空間$X$に対して、以下同値である。
(1) $X$上に台が$X$全体となる非アトム的なボレル確率測度が存在する。
(2) 以下の2条件が成り立つ。
- $X$は完全性(Perfectness)を満たす。すなわち、$X$は孤立点を持たない。
- $X$は可算鎖条件(Countable Chain Condition, ccc)を満たす。すなわち、互いに交わらない空でない開集合の族は、必ず高々可算個しか存在しない。