これは統治行為論アドベントカレンダー2024、9日目の記事です。
修論で気が狂っていたらいつの間にか自分の番になっていて、内容を何にも考えていませんでした。
修論ではケーラー曲面の退化について書いているのですが、重要な先行研究の結果にリー環の表現論を使います。統治行為論さんは表現論がお好きみたいなので、今回は修論でお世話になっている偉い先人の結果について書いていきます。
一般論を色々と準備するのは面倒なので、今回は$\mathfrak{sl}_{\mathbb{C}}(n)$に話を限って説明をします。これはDynkin 図形で言うと$A_n$型に対応する話で、同様の結果が$D_n$型、$E_n$型に対しても成り立つことが知られています(そして、本質的にはこのADE型で起こる現象が、曲面の場合を尽くしていることも知られています)。
さて、あらためて$\mathfrak{sl}_\mathbb{C}(n)$の定義を確認しておきましょう。
\begin{eqnarray} \mathfrak{sl}_\mathbb{C}(n) := \{X \in \mathrm{Mat}_{n}(\mathbb{C}) \mid \mathrm{tr}(X) =0\} \end{eqnarray}
以降はもう体は$\mathbb{C}$しか使わないので、単に$\mathfrak{sl}(n)$と書いてしまいます。いま、$\mathfrak{sl}(n)$は$n$次の正方行列全体の部分集合なので、交換子積
\begin{eqnarray}
[X,Y] := XY - YX
\end{eqnarray}
が定義できますが、$\mathfrak{sl}(n)$は交換子積に関して閉じていることが分かります。以降は、$\mathfrak{sl}(n)$にはこの交換子積でリー環の構造が入っているものとしておきましょう。さて、$\mathfrak{sl}(n)$の場合にはルート系やカルタン部分代数などが手で具体的に計算できます:
$\mathfrak{h}= \{X \in \mathfrak{sl}(n)\mid X \text{は対角行列} \}$とおくと、これは$\mathfrak{sl}(n)$の可換な部分リー環となっています。また、行列要素$E_{i,j}$($(i,j)$成分だけが$1$で、他の成分がすべて$0$であるような行列)に対して、$h = \mathrm{diag}(h_1,\ldots,h_n) \in \mathfrak{h}$をぶつけると、
\begin{eqnarray}
[h,E_{i,j}] = (h_i - h_j)E_{i,j}
\end{eqnarray}
が直接計算することでわかります。ところで$E_{i,j}$たちはベクトル空間として$\mathfrak{sl}(n)$の基底となっているので、$\mathfrak{h}$加群としての分解
\begin{eqnarray}
\mathfrak{sl}(n) = \mathfrak{h} \oplus_{i \neq j} \mathbb{C}E_{i,j}
\end{eqnarray}
が得られます。
リー環$\mathfrak{sl}(n)$ と$n$次の巡回群$C_n$には切っても切れない深い縁があります。このことを少し観察してみましょう。$C_n$の既約表現$\pi_0, \ldots, \pi_{n-1}$を$\pi_i(a) = \zeta_n^i$で定めます。ここで$a \in C_n$は生成元とし、$\zeta_n$は$1$の原始$n$乗根としてとっておきます。有限群の既約表現は共役類の個数と一致し、$C_n$はアーベル群なので$\pi_i$たちが$C_n$の既約表現を尽くしているとわかります。また、$\pi_N$を$\mathbb{C}^2$上の表現として、$\pi_N(a) = \mathrm{diag}(\zeta_n, \zeta_n^{-1})$で定めます(以降はこの表現を通して$C_n \subset \mathrm{SU}(2)$とみなします)。このとき、行列$A = (a_{ij})$を
\begin{eqnarray}
\pi_N \otimes \pi_i = \bigoplus a_{ij} \pi_j
\end{eqnarray}
により定めます。このとき、行列$C = 2I_n - A$は$\mathfrak{h}$に対応する拡大Dynkin図形を記述するカルタン行列となっていることが手で計算するとわかります。特に、$\mathfrak{h}$の単純ルート(≒大変良い基底) と$C_n$の既約表現の間に自然な一対一対応が作れることが分かります。
以上の準備の下でさっそく重力インスタントンを構成していきます。さて、次のような空間を考えます:
\begin{eqnarray}
V = \mathbb{C}^2 \otimes \mathrm{End}(\mathbb{C}[C_n]).
\end{eqnarray}
ここで、$\mathbb{C}[C_n]$は既約分解$\mathbb{C}[C_n] = \bigoplus \pi_i$がある(これは手でやればできる)ので、これが直交分解になるように$\mathbb{C}[C_n]$に内積を入れておく。すると、$U(\mathbb{C}[C_n])$が$V$に自然に作用する($\mathbb{C}^2$側には自明に作用させる)。このとき、$F \subset U(\mathbb{C}[C_n]) (\subset \mathrm{Mat_n(\mathbb{C})})$を、$V$への自然な$C_n$作用と可換な元からなる部分群とし、$M := V^{C_n}$上の$Z= (\mathrm{Lie}(F) \cap \mathfrak{sl})^{\oplus3}$値関数$\mu$をいい感じの斉次二次式で定めます。疲れてきちゃったので以降は大体で書きます。このとき、$X_\zeta = \mu^{-1}(\zeta)/ F$とおくと、$X_\zeta$には$M$から降ってくるハイパーケーラー多様体としての構造が入ることが知られています。このハイパーケーラー構造を重力インスタントンと呼びます。
なんかいきなりよくわからない空間を作り出したなという感じがするので、以下のようにして、詳しく$X_\zeta$のことを観察していきます。まず、定義から$M = \mathrm{Hom}_{C_n}(\mathbb{C}[C_n], \mathbb{C}^2 \otimes \mathbb{C}[C_n])$がわかります。したがって特に、
\begin{eqnarray}
M = \bigoplus_{i,j}a_{i,j}\mathbb{C}
\end{eqnarray}
と分解し、これは$F$の作用の分解でもあることが分かります。また、$X_\zeta$のパラメータ空間$Z$は$C_n$の既約表現と$\mathfrak{h}$の単純ルートとの対応により、自然と$(\mathfrak{h}^{\oplus3})$と同型であることもわかります。詳しくは自分で考えてください、あなたたちは頭がいいのできっとわかるはずです。
ケーラー曲面の退化は本質的に重力インスタントンの解析に帰着させられるのではないかと業界の間では期待されています。詳しくは数か月以内にarxivに挙がるはずの私の修論を読んでください。
リー環を用いた重力インスタントンの構成は中島啓先生による箙多様体の理論のプロトタイプであることが知られています。
最期に参考文献をあげておきます。
はじめに3,4の詳細は松澤淳一先生の教科書「特異点とルート系」を参照してください。はじめに5以降の内容はKronheimerによる原論文"The construction of ALE spaces as hyperkahler quotients"を読んでください。