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慶應理工2024、"忖度しないで"解いてみた!

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はじめに

 今回は,2024年2月12日に実施された慶應義塾大学理工学部の大学入試で出題された問題を考えてみます.取り上げるのは大問1(1)の(イ)です.あまり話題になっていませんが,この問題には出題ミス(問題文の不備)の疑惑があります(し,僕もそう思っています).この問題を,はじめに忖度して解き(恐らく出題者の想定解答),そのあとに忖度せずに解くとどうなるのかを考えていきます.
 実は2024年入試では,私立大学トップの双璧をなす早稲田理工も「最大値を求めよ」という問で「最大値なし」という出題ミスをしています.ミスが正式に発表され,早大は2020年にも「体積を求めよ」という問で「体積は$\infty$」となる大やらかしをしていることもあり,X(旧Twitter)上ではこちらに話題がとられている感があります.早稲田のミスにかこつけて,慶應が沈黙を貫いて乗り切るつもりじゃないか?という邪推はしてみたくなります.しかし,あえてこの潮流に逆らって,慶應もやらかしているよ!ということを擦り続けたい欲求が出てきたため,この記事を書くことにしました.

問題視されている問題

元の問題

 さて,問題視されているのは以下の問題です.

2024 慶應義塾大学理工学部 大問1(1)

 2024の約数の中で1番大きいものは2024だが,6番目に大きいものは[ア]である.2024の6乗根に最も近い自然数は[イ]である.

まあ,[ア]はいいと思います.2024の正の約数を列挙して考えてもよいですし,2024の正の約数のうち6番目に小さいもので2024を割ってもよいです.いずれにせよ,答えは$2024/(2 \cdot 11) = 92$です.良くないのは[イ]です.最初,僕はこの問題文を読んで戸惑ってしまいました.

問題文にケチをつける

 問題文を読んだとき,僕は以下のように考えました.

問題文を読んで戸惑うぼくの脳内

 「2024の6乗根」と書くと,これは$z^6 = 2024$を満たす複素数$z$すべてを表すので,$z_k = \sqrt[6]{2024} \left(\cos{\dfrac{k \pi}{3}} + i \sin{\dfrac{k \pi}{3}}\right) \ (k = 0,1,2,\cdots ,5)$の6つになる.ということは,[イ]は6つの場合分けが必要になるのだろうか?仮にそうだとして「虚数と最も近い自然数」はどのように定義するのか?まあ,複素数平面上での距離で考えるのが自然か?
 という訳で,複素数平面上で各点$z_k \ (k = 0,1,\cdots,5)$と最も距離が小さい点$n_k \in \mathbb{N}$を答えればよいのか?

とまあ,こんな風に考えられるわけです.場合分けは6通りあるので,答えも高々6個あるということになります.中々骨が折れます.
 しかし,そもそも虚数と最も近い自然数は高校数学で定義されていないです.さらにこの問題文は「2024の6乗根」という集合と最も近い自然数を考えさせようとする問題にも読めますが,仮にそう考えたとしても集合と自然数の距離が定義されていないです.定義不足だらけです.慶應義塾さん,やってくれるぜ.またメタ的に考えると,この問題は穴埋めなので解答欄にそんなスペースは無いでしょう.さらに例年,慶應理工の大問1は小問集合になっていることもあって,そんなに難易度・計算量の高い問題は出題されないはずです.これらを踏まえると,問題文に不備があると言わざるをえないと思います.

慶應理工の出したかったもの

 慶應が出したかった問題というのは,以下のようなものだったのではないかと考えています.

おそらく慶應が出したかったもの

 2024の約数の中で1番大きいものは2024だが,6番目に大きいものは[ア]である.$\sqrt[6]{2024}$に最も近い自然数は[イ]である.

これならば,ちょうど良い難易度の6乗根の評価の問題になります.

ある実数と最も近い自然数

 実数$x$と最も近い自然数とは,$|n - x|$(数直線上での$x$との距離)が最小となる$n \in \mathbb{N}$のこと.例えば,$\sqrt[6]{2024}$に最も近い自然数は,$|n - \sqrt[6]{2024}|$が最小となるような$n$

したがって,$N \leq \sqrt[6]{2024} < N+1$となる$N \in \mathbb{N}$を決定し,その後$N + \frac{1}{2}$$\sqrt[6]{2024}$の大小を比較すれば答えが求まります.
 結局のところ,「2024の6乗根」は,$\sqrt[6]{2024}$ではなく$z^6 = 2024$を満たす複素数すべてを表すことを取り違えたゆえの出題ミスなのだろう,と考えています.中学生のとき「2の平方根を答えよ」と言われて$\sqrt{2}$と答えたらバツを食らった経験をした人もいるでしょう.僕はしてました. 慶應の出題者は,これと同種のうっかりミスをしてしまったのではないでしょうか.

忖度Ver.と忖度なしVer.を解いてみる

 それでは,この問題の忖度Ver.と,(適宜問題文を修正した)忖度なしVer.を解いていきたいと思います.[ア]は関係ない設問なので解答は省略します.

忖度Ver.

2024慶應理工 1(1) 忖度Ver. (問題2の再掲)

 2024の約数の中で1番大きいものは2024だが,6番目に大きいものは[ア]である.$\sqrt[6]{2024}$に最も近い自然数は[イ]である.

解答

 $2024 < 2048 = 2^{12}$ゆえ$\sqrt[6]{2024} < 2^2 = 4$.一方,$2024 > 729 = 3^6$ゆえ$3 < \sqrt[6]{2024}$.よって$3 < \sqrt[6]{2024} < 4$.次に,$\dfrac{3 + 4}{2} = \dfrac{7}{2}$$\sqrt[6]{2024}$の大小を比べる.すると
$$ \left(\frac{7}{2}\right)^6 = \frac{117649}{64} = 1838.2 \cdots < 2024 $$
より$\dfrac{7}{2} < \sqrt[6]{2024}$を得る.以上より
$$ 3 < \frac{7}{2} < \sqrt[6]{2024} < 4 $$
が成り立つから,[イ]は$4$となる.

忖度なしVer.

Ver.1

2024慶應理工 1(1) 忖度なしVer.1

 2024の約数の中で1番大きいものは2024だが,6番目に大きいものは[ア]である.2024の6乗根に最も近い自然数は[イ]である.ただし「複素数$z$と最も近い自然数」は次のように定義する:自然数$n \in \mathbb{N}$のうち,複素数平面上での2点$z$$n$の距離が最も小さくなるようなもの.

 実数の範囲では,「最も近い自然数」を数直線上での距離が最も小さい自然数と定義していました.さらに自然な拡張として,複素数の範囲では「最も近い」ことを複素数平面上での距離が最も小さいと定義しています.

解答

 2024の6乗根は,$z_k = \sqrt[6]{2024} \left(\cos{\dfrac{k \pi}{3}} + i \sin{\dfrac{k \pi}{3}}\right) \ (k = 0,1,2,\cdots ,5)$の6つ.自然数$n \in \mathbb{N}$と,固定された複素数$z_k$の複素数平面上での距離$d_k(n)$
$$ d_k(n) = \sqrt{(n - \mathrm{Re}(z_k))^2 + \mathrm{Im}(z_k)^2}. $$
いま$d_k(n)$を最小にする$n$を求めるので,結局は$|n - \mathrm{Re}(z_k)|$を最小にする$n$を求めればよい.
$$ \mathrm{Re}(z_k) = \begin{cases} \sqrt[6]{2024} & (k = 0), \\ \sqrt[6]{2024}/2 & (k = 1, 5), \\ - \sqrt[6]{2024}/2 & (k = 2, 4), \\ - \sqrt[6]{2024} & (k = 3) \end{cases} $$
なので,$\sqrt[6]{2024}$$\dfrac{\sqrt[6]{2024}}{2}$を評価する.忖度Ver.と同様に考えれば
$$ 3.5 = \frac{7}{2} < \sqrt[6]{2024} < 4, \qquad 1.75 = \frac{7}{4} < \frac{\sqrt[6]{2024}}{2} < 2. $$
よって,$z_k$に最も近い自然数$n_k$
$$ n_k = \begin{cases} 1 & (k = 2, 3, 4), \\ 2 & (k = 1, 5), \\ 4 & (k = 0) \end{cases} $$
となる.これが[イ]である.

補足

 受験数学的な話をすると,解答のポイントは不等式による評価です.

Ver.2

2024慶應理工 1(1) 忖度なしVer.2

 2024の約数の中で1番大きいものは2024だが,6番目に大きいものは[ア]である.2024の6乗根に最も近い自然数は[イ]である.ただし,「実数$x$$k$乗根と最も近い自然数」は次のように定義する:$x$$k$乗根を$\zeta_1,\ \zeta_2,\ \cdots,\ \zeta_k$とする.自然数$n \in \mathbb{N}$のうち,複素数平面上で2点$\zeta_i$$n$の距離$d_i(n)$の総和$\displaystyle\sum_{i=1}^k d_i(n)$が最も小さくなるようなもの.

 こちらは「複素数と最も近い自然数」ではなく,「$k$乗根(という数の集合)と最も近い自然数」の定義を入れてみたバージョンです.

解答

 忖度なしVer.1と同様に記号を定義すると,求めるものは
$$ S_n = \sum_{k=1}^6 d_k(n) = \sum_{k=1}^6 \sqrt{(n - \mathrm{Re}(z_k))^2 + \mathrm{Im}(z_k)^2} $$
を最小にする$n \in \mathbb{N}$である.$z_k \ (k = 0,1,2,3,4,5)$は複素数平面上で,原点を中心とする半径$\sqrt[6]{2024}$の円に内接する正六角形をなす(また,頂点の1つは点$\sqrt[6]{2024}$である)ことに注意する.すると$\sqrt[6]{2024} < 4$より,$n \geq 4$$d_k(n)$は単調増加するので$S_n$は単調増加する.したがって,$n = 1,2,3$を調べればよい.
 ここで$d_0(n) + d_3(n) = 2 \sqrt[6]{2024}$が常に成り立ち,さらに$d_1(n) = d_5(n)$および$d_2(n) = d_4(n)$が成立するので
\begin{align} S_n &= 2 \sqrt[6]{2024} + 2 \{d_1(n) + d_4(n)\} \end{align}
を得る.複素数平面上で図形的に(点$z_1$から点$n$を経由して点$z_4$に至る折れ線)考えると,$d_1(1) + d_4(1) < d_1(2) + d_4(2) < d_1(3) + d_4(3)$が分かる.以上より,[イ]は$1$

補足

 受験数学的な話をすると,ポイントとなる解法は「折れ線は,折り返してなるべく伸ばせ」です.

最後に

 今回は,慶應理工2024の出題ミス疑惑がある問題について解説・分析してみました.つらつらと書いてみましたが,僕は実際に現地で試験を受けてないので実際のところは分かりません.現地では問題文の訂正があったのかもしれません.まあ,X(旧Twitter)ではそのような投稿は見つけられませんが.また,大手予備校は忖度Ver.で解いているようですが,むしろ本稿の忖度なしVer.が想定解答だった可能性もあります.まあ,無いとは思いますが.解答欄には場合分けが充分書き込めるスペースがあったのかもしれません.
 僕は数学専攻ではありませんが数学というのは味わい深くて面白いですね.大学受験の数学1つとっても,色々考察しがいがあります.$d_k(n)$を今回は高校数学らしく$L_2$ノルムでやりましたが,別の距離を入れて考えても面白いかもしれません.皆さんもやってみてはどうでしょう.

投稿日:222
更新日:65
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