環の完備化について,ちょっと悩んだので備忘録的に書いておきます.
とりあえずここでは環と言ったら可換環ということにしておきます.また簡単のためにフィルターを以下のように定義することにします.
環$R$の(減少)フィルターとは以下を満たすイデアルの族$\{F_mR\}_{m \in \N}$のことをいう.
また,このフィルター付きの環を$(R,F)$と表す.
多項式環$R = \C[x]$を考えると,次のような次数によるフィルターが自然に考えられます.
$$
F_m \C[x] = \{\text{最低次の項が}m\text{次以上の多項式}\} = x^m\C[x] = (x^m)$$
ここで,減少フィルターを考えるために「$m$次以下の多項式」ではないことに注意してください.
次にフィルター付き環に対して完備化を定義します.
フィルター付き環$(R,F)$に対して,その完備化$\hat{R}$を射影極限
$$
\hat{R} = \varprojlim_{m \in \N} \,\, R / F_mR
$$
で定義する.
ここで射影系は$m\geq n$に対して
$$
p_{m,n} \colon R/F_mR \to R/F_nR, \quad a + F_mR \mapsto a + F_nR
$$
で定められています.$\hat{R}$を具体的に書くと
$$
\hat{R} = \left.\left\{(f_m)_m \in \prod_{m \in \N}(R/F_mR) \,\, \right|\,\, p_{m,n}(f_m) = f_n \, (\text{for } m \geq n)\right\}
$$
です.
上の例のように多項式環にフィルターを入れて完備化してみましょう.定義から$p_{m,n}$は$m$次未満の多項式に対して$n$次未満の部分を取り出す写像になるから
$$
\widehat{\C[x]} = \{(f_m(x))_m \mid f_m(x) \text{は}m\text{次未満の多項式}で n \text{次未満の部分が} f_n(x) \, (\text{for } m \geq n)\}
$$
ということになります.より具体的には
$$
\left(1, 1 + x, 1 + x + \frac{1}{2}x^2, 1 + x + \frac{1}{2}x^2 + \frac{1}{6}x^3, \cdots\right)
$$
というように,1つずつ項を増やしてできる列が$\widehat{\C[x]}$の元です.この列と,列の行き先を同一視することによって,$\widehat{\C[x]}$は形式的冪級数環$\C[[x]]$と同一視することができます.
$$
\widehat{\C[x]} \cong \C[[x]]
$$
ここからが本題です.$R = \C[[x]]$を係数環とする多項式環$A = R[y]$を考えます.$R$には多項式環のときと同じように$F_m R = (x^m)$によってフィルターを入れます.そして,$A$には$R$のフィルターから誘導される次のフィルターを考えます.
$$
F_mA = \left.\left\{\sum_k f_k(x)y^k \in A \,\,\right|\,\, f_k(x) \in F_mR \right\} = (F_mR)[y]
$$
このフィルターに関して$A$を完備化するとどうなるでしょうか.私は初め安直に「係数の$R$の部分が完備化されることになるが,$R$はすでに完備だから結局変わらず$\hat{A} \cong A$になるだろう」と思いました.しかし実際に計算してみるとそうではありませんでした.
$A / F_mA \cong (R/F_mR)[y]$なので,定義通りに書き下すと$\hat{A}$の元は
$$
\left(\sum_{k \in \N} f^0_k(x)y^k, \sum_{k \in \N} f^1_k(x)y^k, \sum_{k \in \N} f^2_k(x)y^k, \cdots
\right)
$$
という列で,$f^m_k(x)$は$m$次未満であって$n$次未満で打ち切ったものが$f^n_k(x)$になっているというものです.さらに各$\sum_k f^m_k(x)y^k$は$y$については多項式(有限和)になっていなければならないので,十分大きい$k$については$f^m_k(x)=0$となっている必要があります.
このままだと少し難しいので見方を変えます.各成分を$y$ではなく,$x$について整理しなおして
$$
\sum_{k \in \N} f^m_k(x)y^k = \sum_{l=0}^{m-1} g^m_l(y)x^l
$$
としましょう.左辺は$x$に関しては$m$次未満だったので右辺の$l$は$0$から$m-1$までです.また,左辺では$y$に関しては有限次数だったので,右辺でもそうなっているはずで,したがって$g^m_l(y)$は多項式(有限次数)です.
この書き方で列を書き直せば
$$
\left(\sum_{l=0}^{0} g^0_l(y)x^l, \sum_{l=0}^{1} g^1_l(y)x^l, \sum_{l=0}^{2} g^2_l(y)x^l, \cdots\right)
$$
となり,単に$x$の冪が追加されていくという形になります.よって,この極限は$y$の多項式を係数に持つ$x$に関する形式的冪級数
$$
\hat{A} \cong \C[y][[x]]
$$
ということになります.
$\C[y][[x]]$と書くと,$y$については有限次かのように見えるかもしれませんが,そうではありません.これはあくまでも,$x$に関する冪級数の形にまとめたときには各係数は$y$の多項式になっているということです.したがって
$$
e^{xy} = 1 + yx + \frac{1}{2}y^2x^2 + \frac{1}{6}y^3x^3 + \cdots
$$
は$\hat{A} = \C[y][[x]]$に含まれていることになります.一方で
$$
xe^{y} = \left(1 + y + \frac{1}{2}y^2 + \frac{1}{6}y^3 + \cdots \right)x
$$
は$\hat{A} = \C[y][[x]]$には含まれていないということです.
なので,$\C[y][[x]]$は$y$に関しては無限次を許しているが$\C[[x,y]]$よりは小さいということです.
結果:$\widehat{\C[[x]][y]} = \C[y][[x]]$
このフィルターで完備化すると$[[x]]$と$[y]$が逆になる!?
以上の結論は,とある行間を埋める過程で発生したものです.私は可換環論などにはあまり詳しくないのでもしかしたら間違ってるかもしれません.間違っている場合は教えていただけると助かります.