0

特異点論入門〜これほど簡単な入門記事は多分ない〜part4

134
0
$$\newcommand{defa}[0]{\overset{\text{def}}{\Longleftrightarrow}} \newcommand{defe}[0]{\overset{\text{def}}{=}} \newcommand{e}[0]{E_{n,p}^{0}} \newcommand{J}[0]{\mit{J}} \newcommand{K}[0]{\mathcal{K}} \newcommand{keq}[0]{\sim_{\scriptsize{\K}}} \newcommand{kjet}[0]{\J^{k}(n,p)} \newcommand{m}[0]{\mathfrak{m}} \newcommand{R}[0]{\mathcal{R}} \newcommand{req}[0]{\sim_{\scriptsize{\R}}} $$

有限決定性〜Finite Determinacy〜

お、お客さん。また来て下すったんですかい

いや〜、最近はお客さん少なくなっちゃってねェ...来てくれて嬉しいですよ俺ゃ
そりゃね、店開いた時は繁盛したんだけどねェ...
あっ、ははは、そんな大将なんて呼ばねェで下さいよ。古びた店のおっちゃんなモンで。シンさんって呼んでくださいよ
あ、これ。サービスです、良ければ召し上がってくだせェ

じゃァ、サービスついでに俺ん話を聞いてやってください
『有限決定性〜Finite Determinacy〜』

ジェットって聞いたことあります?

$f$は収束冪級数なので、項が無限に連なります.では,$f$に微分同相(これも冪級数)を合成してください!ってなったら、永遠に計算し続けないといけなくなります.なので、途中で作業を放棄止めるということを考えます.

$k$-ジェット

$f\in E_{n}$とする.
非負整数$k\in\mathbb{Z_{\geq}}$に対して,$j^{k}:E_{n}\to E_{n}/\m^{k+1}$:自然な射影を考える.
$j^{k}f:=\bar{f}\in E_{n}/\m^{k+1}$:$f$$k$-ジェット($k$-th jet)という.

$\m^{k+1}$$k+1$次の単項式で生成されるイデアルでした.$E_{n}/\m^{k+1}$というのは$\m^{k+1}$$0$と見なそうね!という意味なので,つまりは$f$$k+1$次以上の項は切り捨てよう!ということになります.ランダウの記号を勉強した人はピンと来るかもしれません.

  • $f(x)=e^{x}=\sum_{i=0}^{\infty}\frac{1}{i!}x^{i}$$k$-ジェットは$j^{k}f=\sum_{i=0}^{k}\frac{1}{i!}x^{i}$
  • $f(x,y,z)=x^{3}+yz^{2}+y^{4}+z^{5}+x^{2}y^{2}z^{2}$$4$-ジェットは$j^{4}f=x^{3}+yz^{2}+y^{4}$

さて,関数のジェットを扱いましたね.写像のジェットも定義しましょう.
$E_{n,p}$の部分加群$\e$$\e:=\m E_{n,p}$とします.

写像のジェット
  • $\kjet\left.\defe\e\right/\m^{k}\e$:$k$-ジェット空間($k$-th jet space)
  • $j^{k}:\e\to\kjet$:自然な射影
  • $j^{k}f\in\kjet$:$k$-ジェット($k$-th jet)

$\kjet$は体$\mathbb{K}$上の商ベクトル空間と思えます.基底は$\{x_{1},\cdots,x_{n},\cdots,x_{1}^{k},\cdots,x_{n}^{k}\}$:$k$次以下の単項式全体となります.

$j^{k}f$$E_{n}$の元ではないが,「$f$$k+1$次以上の項を消しただけ」という意味で$j^{k}f$$E_{n}$に含まれるとすることがある(言葉の濫用みたいなもの)(卒研のテキストで暗にコレされて最初「は?」ってなった)(多分そういう慣習があるんだと思う)

$j^{k}f=j^{k}g\Leftrightarrow f-g\in\m^{k+1}$

それはそう.

$f$$k$-ジェット$j^{k}f$$f$の近似として納得できると思います.また$k$を大きくすれば大きくするほど,良い近似になることもわかると思います.

有限決定

さて,みなさんの中にはモヤモヤしている人もいるかもしれません.
え、それやっちゃっていいの?
ごもっともです。しかし私だってぐうの音は出ます!
気になる点を挙げると以下のよう。

  • 途中で切っちゃっていいの?
  • どこまできっちゃっていいの?

確かにジェットすることによって,$\R$,$\K$-同値性が崩れてしまっては研究が台無しですしね!!

$\R$-有限決定

$f\in\e$とする.

  • $f$:$k$-$\R$-決定($k$-$\R$-determined)$\defa$任意の$j^{k}g=j^{k}f$なる$g\in\e$について,$f\req g$
  • $f$:$\R$-有限決定($\R$-finitely determined)$\defa\exists k\in\mathbb{Z}_{\geq}$s.t.$f$:$k$-決定

先ほどの質問を整理したような定義ですね。
「途中で切って同じなら,切る前のモノも$\R$-同値.つまり切っても全然問題ない!!」っていうのが有限決定です.
どこまで切り取ってもOKか?という疑問の答えは$k$-決定の$k$になるわけです.この$k$のうち最小のものをオーダーといい,$O_{\R}(f)$で表します.

じゃあ全部有限決定なの?という疑問ももちろん生まれます.
結果から言うと,有限決定なものもあるし,そうじゃないのもあります.
じゃあその判定法は?
まず、簡単のため$p=1$とします。

その前に復習と準備

part2で接空間について説明したのは覚えているでしょうか?

  • $T\R f=\m J_{f}$

また$K_{n,p}$と同様に考えることで,群作用$R_{n}\times\e\to\e;$が考えられます.特にこの$R_{n}$$(\mathbb{K}^{n},0)$上の微分同相全体です.ここで$R_{n}=E_{n,n}^{0}$なので,$k$-ジェットを考えることができます.
$R_{n}^{k}\defe j^{k}(R_{n})$とします.簡単のため$n$を省くこともあります.

$f\in\m$:$k$-決定$\Rightarrow T\R f\supset\m^{k+1}$

$q=j^{k+1,k}:\J^{k+1}(n,1)\to \J^{k}(n,1)$:自然な射影とする.$f$:$k$-決定ゆえ$q^{-1} (j^{k}f)\subset R^{k+1}\cdot j^{k+1}f$
($\because q^{-1}(j^{k}f)$の元$j^{k+1}\tilde{f} $$j^{k}f=j^{k}\tilde{f}$であるので,$k$-決定性から$f\req\tilde{f}$)
この式の$j^{k+1}f$における接空間を両辺に取る.
\begin{align} \frac{\m^{k+1}}{\m^{k+2}}\subset\frac{\m J_{f}+\m^{k+2}}{\m^{k+2}} \end{align}
(これは左辺が$f$$k+1$次部分を表し,右辺が$R_{n}$-軌道の$k+1$-ジェットの接空間になります)
この不等式から$\m^{k+1}\subset\m J_{f}+\m^{k+2}$が得られるので,中山の補題から$T\R f=\m J_{f}\supset\m^{k+1}$

この補題で$k$-決定の大枠がやっと見えてくる訳です.

そもそも接空間$T\R f$$f$$\R$同値な微小変形なので,(切り取るという変形の意味する)$\m^{k}$を含めば、そりゃ切り取る前も$\R$-同値なものができそうだよな〜というのが私の中での落とし所です

$f\in\m$について以下が成り立つ

  • $T\R f\supset\m^{k+1}\Leftrightarrow f$:"強い"$k$-決定
  • $\m T\R f\supset\m^{k+1}\Rightarrow f$:$k$-決定

"強い"ってなんなんだよ!!というクレームが入る前に定義を挟みましょう.
$J^{s}(u)\defe (j^{s,k-1})^{-1}(u)=u+\mbox{Ker}(j^{s,k-1})\subset J^{s}(n,1)$
ただし,$u\in J^{k-1}(n,1)$

"強い"$k$-決定

$f\in\m$が"強い"$k$-決定であるとは,
$J^{k}(j^{k-1}f)$内の$j^{k}f$のザリスキ近傍$U(f)$が存在して,$j^{k}g\in U(f)$を満たす任意の$g\in\m$$f$$\R$-同値であること

"強い"$k$-決定ならば$k$-決定
さらに$(k-1)$-決定ならば"強い"$k$-決定

  • $f\in\m$を"強い"$k$-決定とする.$j^{k}g=j^{k}f$なる$g\in\m$をとると,$j^{k}g=j^{k}f\in U(f)$ゆえ,$g\req f$
  • $f\in\m$$(k-1)$-決定とする.
    $U(f)=J^{k}(j^{k-1}f)$とすると,$j^{k}g\in U(f)$$j^{k-1}g=j^{k-1}f$ゆえ,$g\req f$

この命題から"強い"たる由縁が伺えます.実はこの"強い"ヤツがめちゃめちゃ大事なんです!!(っていうのは定理3をみれば明らか)
定理3を用いれば有限決定かどうか分かる上に、オーダーすら分かりうるわけです!!
(ちなみに私の使用してるテキストには"strongly $k$-th determinant"って書いているのですが,和訳は知らないので"強い"って呼んでます)

しかし、この定理を証明なのですが、、、すみません!!!複素の場合だけしか示しません!!理由はちょっと面白い補題を使うからです.ただ多少遠回し感が否めませんが、、、

Artinの近似定理

$Y(X)\in\mathbb{C}[[X]]^{p}$を方程式系$S:F(X,Y)=0$(ただし$F(X,Y)\in\mathbb{C}\{X,Y\}^{q}$)の形式的冪級数としての解とする.
このとき,任意の正整数$k\geq1$に対して収束冪級としての$S$の解$Y^{k}(X)\in\mathbb{C}\{X\}^{p}$が存在して,$j^{k}Y^{k}(X)=j^{k}Y(X)$を満たす

$p$個の方程式に形式的な解があれば,収束的に出来るっていう定理です!!そもそも収束と形式の違いがわからなければ嬉しくないですよね...私がこの手であなたを嬉しくして差し上げます!!
(誤解を恐れずにいうと)形式的冪級数は"グラフ的に"意味を持つとは限りません.収束冪級数環はTaylor展開された関数全体と考えると"グラフ的に"意味ありますよね.具体例を見て形式的と収束的の差を実感しましょう!

\begin{align} f(x)=\sum_{n=0}^{\infty}n!x^{n} \end{align}という形式的冪級数はダランベールの判定法から$\lim_{n\rightarrow\infty}\left|\frac{n!}{(n+1)!}\right|=\lim_{n\to\infty}\frac{1}{(n+1)}=0$から収束半径は0であるので,どんな原点近傍でも収束しない.

こういうのが収束的でないですよね
実は私はちゃんと幾何的な意味を大事に(しろと先生にいわれ)ながら生きてる数学徒なのでこういう定理は本当に大事なんです.

証明は次回やります

準備だけで結構大変ですよね.疲れちゃいました...

まとめ

  • ジェットを使えば"有限的に"写像を調べられる
  • 有限決定を仮定すれば(ある程度)デカい項は切り取ってもOK
  • 切り取ってもいい限度がオーダー
  • 決定より強いのが"強い"決定
  • 証明には「Artinの近似定理」を用いる

お客さん、今日はありがとうございましたァ!!また、来てくださいねェ
 
 
 
次回「証明《ナゾトキ》はディナーのあとで」

投稿日:33
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. 有限決定性〜Finite Determinacy〜
  2. お、お客さん。また来て下すったんですかい
  3. ジェットって聞いたことあります?
  4. 有限決定
  5. 証明は次回やります