3

順像法も逆像法もただの像だよ?

1226
0
$$$$

ぞうのたまごはおいしいぞう。ぞうのたまごはおいしいぞう。ぞうのたまごはおいしいぞう。ぞうのたまごはおいしいぞう。 …………ハッ!? う,うーん,なにかにうなされていたような…… 夏バテかな.UDA です.今日は像の話をします.……え? 象? 違いますよ,ちゃんと人偏をつけてください!(現実逃避)

Twitter で「順像法」「逆像法」というワードをまた見かけたのですが,私はこれらの俗称が嫌いです.別名として「順手流」「ファクシミリの原理」「逆手流」と,色々あるみたいです.受験数学界隈を中心に独自に拡がったものと思われ,高校の数学の教科書に出てくるような正式な用語ではありません.教科書に出ない仲間としてはロルの定理など,また正式でない用語の方もバウムクーヘン積分などの例が(いくらでも)挙げられますが,これらも嫌いという訳ではないです.では,なぜ順像法・逆像法を嫌っているかというと,名前が本質を捉えていないからです.きっちりとした数学用語として「像」と「逆像」があるのにそれらとの関係性があまりに紛らわしいのも問題です.いくつか解説を読むと,何を以て「順」「逆」と呼び分けているかは,まぁ,気持ちは分からないでもありません.しかしながら,命名の気持ちを飲み込んだとしても,順像法・逆像法の教義として語られる説明の多くは教育上有害な可能性すらあると感じています.こうした複数の懸念があって,どうにも好きになれない訳です.滅びてくれ

さて,は順像法とも逆像法とも大いに関係があり,本記事では順像法も逆像法もただの像の式変形だという話をしていきます.逆像法でも扱うのは像の方です.典型的な逆像法で逆像はむしろ使いません.ある程度証明の類型化を試みるにあたり,本記事では後半以降が大学数学の知識を多少仮定した内容となっています.順像法は必要条件の,逆像法は十分条件の論証だと捉えると傾向を類型化しやすそうだという話も最後に少しだけします.

題材:$P(x, y)$ が動くときの $Q(x+y, xy)$ の軌跡

ここでは代表的な軌跡の問題として以下を題材に考えます:

軌跡

$2$次元平面全体を点 $P(x,y)$ が動くとき,点 $Q(x+y, xy)$ の軌跡を求めよ.

順像法

順像法というのは,変数の一部を固定して残りの変数を動かすことで点が動く範囲を求める証明パターンのことを指すようです.なんらかの対応関係に関して単に「順」の向きの論証を順像法と呼ぶような説明もあります.変数の間の関係式(関数)$b = f(a)$ における対応 $a \mapsto b$ の向きを「順」とみなし,$b$$a$ の(順)像と呼ぶことに由来するということです.グラフを描いて視覚的に説明できるなら順像法という説もあります.$a$ を動かしたときの $b$ のとる値の範囲,つまり値域を求めるという観点でこれらは共通しています.逆像法以外の軌跡の証明手法はおよそ順像法に相当するという主張も見かけました.おそらく,対象となる問題毎にどのように説明・導入するのか流儀も色々あるのでしょう.そもそも証明パターンを厳格に類型化し定義するのは困難なので,この言葉の定義には深入りせずいったん進めることにします.

問題1の誤った順像法証明

$x, y$ に従属する変数を
\begin{align} X & = x + y \tag{1}\label{eq-X} , \\ Y & = xy \tag{2}\label{eq-Y} \end{align}
とおく.まず,$X$ がとり得る値として実数 $\alpha$ を任意にとって固定し $X = \alpha$ とする.条件\eqref{eq-X}, \eqref{eq-Y}の下で $x, y$ を動かし,$Y$ の値が取る範囲を求める.$X = \alpha$ と \eqref{eq-X} より$y = \alpha - x$だから,\eqref{eq-Y} に代入し $Y = x (\alpha - x) = -(x - \alpha / 2)^2 + \alpha^2 / 4 \le \alpha^2/4$ を得る.$X = \alpha$ は任意だったので,$Q(X, Y)$ は不等式 $Y \le X^2 / 4$ が表す領域を動く.

後の証明と合わせる都合に過ぎないのですが,$X$ がとり得る値として $\alpha$ を登場させて変数と値を区別しています.$\alpha$ は使わず直接 $X$ を固定してもいいです.

必要性だけの証明になってしまっており,十分性がしっかりと言及されていないため,この証明は不完全です.順像法の教義のとおりにパラメータ $\alpha$ を固定し $Y$ の値域を求めた訳ですが,示すべきことが残っています.さて,どこがおかしいか分かりますか? ヒント:「$x$ が実数全体を動く」ことにまだ言及していないですね?

逆像法

次は逆像法です.逆像法は,軌跡の点を与えるパラメータが存在するための条件を考察することで軌跡を求める証明パターンを指すようです.変数の間の関係式 $b = f(a)$ において値 $b$ を与えるようなパラメータ $a$ が存在するか考える,つまり $b \mapsto a$ という順像法と「逆」向きの構図になるため,逆像法と呼ぶみたいです.なお,決して一般的ではありませんが $a$ のことを $b$ の逆像と呼ぶ人もいるようです.紛らわしいのですが,実際の証明では写像 $f$ による集合 $B$ の逆像 $f^{-1}[B]$ を用いる訳では全くありません.逆像の元 $a \in f^{-1}[B]$ を考察することで以て逆像法と命名しているとすると少々乱暴なように思います.

問題1の誤った逆像法証明

$2$次元平面上に点 $Q(X, Y)$ を任意にとり固定する.$Q$ が軌跡に属するためには,次の二式 \eqref{eq-X-inv}, \eqref{eq-Y-inv}
\begin{align} X & = x + y \tag{3}\label{eq-X-inv} , \\ Y & = xy \tag{4}\label{eq-Y-inv} \end{align}
が成り立つような実数 $x, y$ が存在すればよい.解と係数の関係より,$\xi$ に関する二次方程式 $\xi^2 - X\xi + Y = 0$ が実数解を持てばよい.よって,判別式が非負であればよく,「$X^2 - 4Y \ge 0$」が求める条件である.ゆえに,領域 $Y \le X^2/4$ が求める軌跡である.

今度は十分性だけ言及して,必要性の方が足りていない不完全な証明です.わざとらしいので,逆像法に詳しい人が見たら「いや証明の欠け方に悪意がある!」と怒られそうです.でも,ちょっとだけ冷静に考えてくださいね.これは実は,逆像法の教義のとおりに「条件」を求めるマインドで書いた証明という想定です.条件条件,と思って書き出し始めたものの,「すればよい」連発症候群を併発し,十分条件だけの主張になってしまって片手落ちというシナリオです.時間がなかったり焦ったりしているときに,こういう勘違い&片手落ちミスをやらかさない自信,ありますか?

必要性と十分性の区別は一大難関トピックです……(え,そうなのぉ?🥺)まぁ,不慣れな内はどの向きで論証中か迷子になりがちというのが定説です.上の証明も,同値や必要十分と言い換えるだけで正しくなるんですが,果たして意識できる高校生はどれくらいいるでしょう? 私が少し検索した範囲だけでも,「逆像法で証明できる!」と言いつつ「すればよい」のような危うい語彙に走る人がそれなりに見受けられました.教義のとおりに進めて初学者が陥りやすい罠があるとするなら,それはある種の構造的欠陥に思われます.証明手法を伝える人々が,「条件」や「すればよい」の表現でサボることなく常に必要十分性を強調してくれるならいいですが,聞きかじっただけの人がこの本質を見落とす可能性は十二分にあります.

像の定義

順像法も逆像法も,証明パターンの説明を述べそのとおりに証明を進めてみて論証が不足してしまう例を見てきました.教義自体をうまく定義し直せば防げるかもしれませんが,その問題はいったん脇に置いておきましょう.

ここからは「写像による像」の概念を用いて話を整理していきます.当たり前ですが,点 $P(x, y)$$Q(X, Y)$ の間には関係式(写像)があり,軌跡はまさにこの写像 $P \mapsto Q$ による像に他なりません.一般に,像は次のように定義されます.

像(値域)

集合 $A$ から集合 $B$ への写像 $f \colon A \to B$ に対して,
\begin{equation} f[A] \coloneqq \set{b \in B \mid \text{ある $a \in A$ が存在して $b = f(a)$} } \end{equation}
と定義し,$f[A]$$f$ による $A$ の像と呼ぶ.

(特に高校以前の数学では)値域という用語が使われることもあります.しかし,写像 $f \colon A \to B$ の終域 $B$ のことを指して値域と呼ぶ場合もあるため,紛らわしい用語です.(特に大学以降は)なるべく使うのを避けた方が無難でしょう.本記事では一部を除き原則「像」に統一しています.

ところで,和集合の定義はご存知でしょうか? 和集合は実は「存在量化」と対応しています(定義そのものです).写像による像も和集合を使って書き直すことができます.

\begin{equation} f[A] = \bigcup_{a \in A} \set{b \in B \mid b = f(a)}. \end{equation}

右辺は,$a \in A$ 全体にわたって一点集合 $\set{f(a)}$ の和集合をとっています.一点集合を回りくどく書いているように見えるかもしれませんが,像の定義式の方と揃えた内包表記にしているだけです(ここ伏線です).$a$$A$ 全体を走るときの,$b = f(a)$ の形で書ける要素 $b$ 全体からなる集合が,$f$ による $A$ の像であるということですね.

像はしばしば informal に $\set{f(a) \mid a \in A}$ と書き表すことがありますが,注意を要する表記法です.直観的で多くの場面で通用し実際便利ではありますが,一方で厳密さが要求される証明の場面において誤解を招く要因となり得ます.そのため,本記事では用いません.

逆像法とは結局のところ像である

先に逆像法相当の証明を書き直しておきます.定義から直ちに明らかなように,これは本当にただの「像」です.

写像 $f \colon \mathbf{R}^2 \to \mathbf{R}^2$$f(x, y) \coloneqq (x+y, xy)$ で定義する.$f$ による像は,
\begin{equation} f[\mathbf{R}^2] = \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid \text{ある実数 $x, y$ が存在して $X = x + y,\ Y = xy$} } \end{equation}
である.像の定義より,$(X, Y) \in f[\mathbf{R}^2]$ であることと,$X = x + y,\ Y = xy$ が成り立つような実数 $x, y$ が存在することは同値である.解と係数の関係より,これは $\xi$ に関する方程式 $\xi^2 - X \xi + Y =0$ が実数解を持つこと,すなわち,判別式が非負である $X^2 - 4Y \ge 0$ ことと同値である.ゆえに,
\begin{equation} f[\mathbf{R}^2] = \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid X^2 - 4Y \ge 0 }. \end{equation}

流石に必要条件と十分条件を分けて証明するほどでもないので同値変形を連ねました.ここでの存在条件って像の定義そのものなんですよ.わざわざ名前をつけるような手法なんですかね.像です.

順像法とは結局のところ像である

さて,次は順像法の証明です.さっき見た和集合による書き換えを使います.

写像 $f \colon \mathbf{R}^2 \to \mathbf{R}^2$$f(x, y) \coloneqq (x+y, xy)$ で定義する.$f$ による像は,
\begin{align} f[\mathbf{R}^2] & = \bigcup_{(x, y) \in \mathbf{R}^2} \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid (X, Y) = f(x, y)} \\ & = \bigcup_{x \in \mathbf{R}} \bigcup_{y \in \mathbf{R}} \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid X = x + y,\ Y = xy} \\ & = \bigcup_{\alpha \in \mathbf{R}} \bigcup_{x \in \mathbf{R}} \bigcup_{y \in \mathbf{R}} \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid X = \alpha = x + y,\ Y = x y} \\ & = \bigcup_{\alpha \in \mathbf{R}} \bigcup_{x \in \mathbf{R}} \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid X = \alpha,\ Y = x (\alpha - x)} \\ & = \bigcup_{\alpha \in \mathbf{R}} \left( \set{X \in \mathbf{R} \mid X = \alpha} \times \bigcup_{x \in \mathbf{R}} \set{Y \in \mathbf{R} \mid Y = x (\alpha - x)} \right) \\ & = \bigcup_{\alpha \in \mathbf{R}} \set{\alpha} \times g_\alpha[\mathbf{R}]. \end{align}
ここで,各実数 $\alpha$ に対して写像 $g_\alpha \colon \mathbf{R} \to \mathbf{R}$$g_\alpha(x) \coloneqq x (\alpha - x)$ で定義した.平方完成すれば $g_\alpha$ の像が
$\set{Y \in \mathbf{R} \mid Y \le \alpha^2 / 4}$ に包含されることがわかる.逆に,$Y \in \mathbf{R}$$Y \le \alpha^2/4$ を満たすとすると,$x$ に関する二次方程式 $x^2 - \alpha x - Y = 0$ が解を持つ.このとき,$Y = x(\alpha - x)$ を満たす $x$ が存在するので,像の定義より $Y \in g_\alpha[\mathbf{R}]$ である.よって,$g_\alpha[\mathbf{R}] = \set{Y \in \mathbf{R} \mid Y \le \alpha^2 / 4}$であり,
\begin{align} f[\mathbf{R}^2] & = \bigcup_{\alpha \in \mathbf{R}} \left\{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid X = \alpha,\ Y \le \dfrac{\alpha^2}{4} \right\} \\ & = \left\{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid Y \le \dfrac{X^2}{4} \right\}. \end{align}

だいぶポイントが見えてきたので整理しておきましょう.

  1. 写像による像の定義を書き下した($(x,y)$ を動かすことで $(X, Y)$ が動く範囲つまり軌跡を求めたい)
  2. $\alpha$ に関する和を外側でとり変数の束縛順を入れ替えた(先に “$\alpha$ を任意に固定”)
  3. $\alpha$$g_\alpha$ による像を求めた($x(\alpha - x)$ の値のとる範囲を求める)

どの変数を動かすとか固定するとかは一切述べなかったですが本質的には同じ方針です.和集合による等式変形に押し込められています.像の定義をバラして和の順番(つまり存在量化の順番)を入れ替えたところが,「変数をまず固定する」証明に対応します.そして順番を入れ替えた変数のスコープでは,別の切り口の写像による像が出てきました.固定する・動かす変数の見方を変えたんですから写像の形は変わりますよね.まぁ,ファクシミリの原理とか呼ばれる訳です.この名前は分からんでもないです.なお,順像法とファクシミリの原理が異なるのか同一なのかも諸説あります.人によって言うことが割と違います.

もう一つポイントとして,先の誤った証明では変数が多く依存関係の迷子に陥っていました.具体的には,$x$ が実数全体を動くことを見落として $g_\alpha[\mathbf{R}]$ の包含関係の片方を示し忘れていた形でした.一方,今の証明は $x$ が実数全体を走る事が和集合の添字に現れており,$g_\alpha$ による像は $\alpha^2 / 4$ 以下の実数全体から成る集合である(自明),と言い切って良いぐらいには変数の間の関係性が論理的に明らかになっています.それでも敢えて必要条件と十分条件を分けて議論した訳ですが,こう整理して眺めると $f[\mathbf{R}^2] \subseteq \set{(X, Y) \in \mathbf{R}^2 \mid Y \le X^2 / 4}$ の方が自明で逆向きの包含関係の方が少し非自明と言って良いように思われます.と言いますか,この部分,十分性の方は順像法の中なのに逆像法使っちゃってるんですよ.そうしないと形式的にきちんと十分性言えないですから.もちろん,$g_\alpha$ のグラフを描いて「図より明らか」と回避できるところではあります.グラフを使えば順像法になる説もあるようなので,それならきっと順像法オンリーで完結するんでしょう.知らんけど.この方針で証明の入れ子の中でグラフも逆像法も使わず証明できると思う人はやってみせてください.

上の証明を高校数学の範囲で極力書き直すと

$(x, y) \in \mathbf{R}^2$ をとって定義域全体で自由に動かして,それによって $(X, Y) = f(x, y)$ が動いていると見ると順像法に相当します.前節で見たように,像の定義から等式変形していくバージョンの順像法証明は「$x, y$ を動かす」ところを $x, y$ を添字とする和集合によって表現していたのでした.和集合の添字の部分を「動かす」と言い換えれば高校レベルに収めた証明へとほぼ機械的に書き換えは可能です.

二次元平面上を点 $P(x, y)$ が動くときの点 $Q(x + y, xy)$ の軌跡を求める.$X = x + y,\ Y = xy$ とおく.$x, y$ が実数全体を動くとすると,$X$ も実数全体を動く.実数 $\alpha$ を任意に固定し,変数 $X$ が値 $\alpha$ をとるとする.このとき,$Y = x(\alpha - x)$ が成り立つ.$x$ を実数全体で動かすと,$Y = x(\alpha - x)$ の値域が $\alpha^2/4$ 以下の実数全体であることが分かる(二次関数のグラフより).よって,$\alpha$ を決めるごとに,$Y$$Y \le \alpha^2/4$ の範囲全体を動くことができる.$X = \alpha$ は任意だったので実数全体を動くことができ,このとき $Y$$Y \le X^2 / 4$ の範囲全体を動くことができる.すなわち,$Q$ の軌跡は不等式 $Y \le X^2/4$ が表す領域である.

二次関数の値域は今回グラフを使って処理したことにしました.値域に関しては表現に気をつけないと,十分性への言及が不足し得るので注意が必要です.

正直,こうも「動かす」を連発してしまうと,簡素に分かりやすい証明とはあまり思えません.せっかく明快だった変数の間の関係性が,「動かす」証明ではまたどこか不明瞭な感じになってしまいます.高校数学範囲内に限ると読みやすい証明にするには工夫が必要ですね.日本語の表現で苦労するぐらいなら,必要条件と十分条件に分けて論じる方が手っ取り早く確実に読みやすくなると思いますよ.

順像法と逆像法が相補性を持つ傾向について

順像法も逆像法も結局のところただの像の式変形だというのを見ました.それぞれの教義は初手で何を考えるべきかに焦点を当てた説明が多いです.私は軌跡や値域の問題は初手だけでなくてむしろ途中で処理すべき逆の論証こそ重要だと思っており,この観点での意見も述べておきます.

主観も入りますが,必要条件と十分条件のどちらで攻めるか(証明を書き出しやすいか)という整理をしてみます.当然ですが,内包表記の中の存在条件からスタートして十分条件や必要条件の議論をすれば,集合は一般には小さくなったり大きくなったりします.順像法はパラメータを取り替えるなどして式変形していくため,必要条件の方が導出しやすいことが多いです.逆に,逆像法は存在条件を考察するため,存在性を導くために強い条件を仮定しようという動機が働きやすいです.先の誤った証明はそれぞれ必要条件と十分条件だけを示した形で,包含関係が片方ずつしか出ていませんでした.この観点で区別すると,必要条件を連鎖するか十分条件を連鎖するかで結論しやすい包含関係が逆になっています.包含関係を両方示すことで等号が成り立つため,これらは実は相補的な関係を持ちます.$f[\mathbf{R}^2] \subseteq \set{(X, Y) \mid X^2 - 4Y \ge 0} \subseteq f[\mathbf{R}^2]$ ですね.$f$ に対し順像法を進めていき結局途中で $g_\alpha$ に対する逆像法が出てきたケースも本質的にはこれと同じです.片方の包含関係だけでは証明は完結しないので,厳密さを損なわず証明しようとすれば必然的にこうなる傾向があります.

(この節の主張を補強するためにはもう少し非自明な軌跡の問題を題材に扱う方が良いのですが,気力が尽きたので日を改めます.)

  • ※20240824追記: 最初「一階述語論理」云々とここで書いていましたが,数名論理学のプロと話していてやはり却って分かりづらいなと感じ,当該段落の記述は削除しました.この節の主張を形式化して論じるのは大変な割にメリットも薄そうなので,まぁ忘れてください.
  • ※20240829追記: 指摘を受けてこの節はいくらか加筆修正しました.なお,私にはまだいまいちピンと来ていませんが,順像法の証明の入れ子の中で出てくる十分性の主張を処理する場合は存在性を扱っていても逆像法とは言わないのだそうです.

逆像法も必要性の議論になりがちでは? 十分性になりやすいとは限らないのでは?

高校数学レベルで考えるとそうなりがちだという意見は理解できます.そもそも,十分性を見落としがちというのは軌跡の問題が顕著なだけで軌跡に限らないことです.解の存在性に着目することで問題が解決するのはたいてい二次方程式の解の存在に帰着させる場合です(つまりそこまで辿り着きさえすれば同値変形しやすい訳です).存在性を扱うのが難しい問題は高校数学レベルの知識では「(値域を直接求める)順像法」で解くのが標準的なだけで,無理やりやれば「(解の存在を先に論じる)逆像法」が可能な場合も実はあるのです.こういう場合,厄介な十分条件の議論をするしかなくなります.(ここまで書くとどんな問題かなんとなく想像がつくんじゃないですか?)

終わりに

「和集合」「写像」「像」などの大学以降の数学の知識を利用しましたが,これはあくまで証明の論理的な構造を整理するための試みであり,高校数学の範囲内で書くような実際の証明とは乖離があります.しかし,順像法も逆像法も結局は像の定義を同値変形していく証明を異なる視点で見ているに過ぎないという点は十分説明できたと思います.像ではない順像法や逆像法の証明がこの世にあるなら是非ともお目にかかりたいです.はじめに挙げた誤証明はかなり恣意的に作ったもので,必要性・十分性の議論しやすさも主観による部分が大きいですから,そこは反論の余地があると思います.ただ,順像法・逆像法の教義は初手で何をすべきかに焦点を当てています.証明の導入部分をパターン化することで手を動かしやすくなるという効率化のメリットこそがきっとこの用語が持て囃されている理由なのでしょう.しかしながら,軌跡の問題でより本質的に重要なのは,むしろ証明後半に入ってからの逆向きの論証です.前半の様式に拘って後半で本質的な同値性(逆)の検証が疎かになっては本末転倒です.順像法も逆像法も「正しい証明手法」と認識されて名前だけが一人歩きすると,そこを疎かにした不正確な証明を是認する流れが初学者の間で出来てしまうのではという懸念があります.

誤解を招かないよう立場を明確にしておくと,私にとって図形・軌跡の問題は大好きな部類です.だからこそ,順像法だの逆像法だのの本質をついていない名前が嫌いです.順像法も逆像法も数ある証明パターンのうちの一つとして認識し,それで論理的に不足のない正確な証明が書けるようになるのであれば全く問題はないと思います.ところが,「軌跡の問題の解答例」と称して同値性の検証が疎かな論証まがいのものがインターネット上に出回っているというのが悲しい実情です.そして,順像法も逆像法も,単体ではこの現状を打破する銀の弾丸とまでは言えません.(二つセットにすれば,あくまで傾向としては必要十分両方揃えやすくなり,幾分かマシになるはずですが.実際には誰もそんなことしようともしないでしょう.)

最後に.「こじつけが過ぎるぞ! これはもっと便利な手法なんだ!」と思った擁護派の方もいらっしゃるかもしれません.もちろん,自然言語による数学の証明にはもっと自由度がありますから,必ずしもなんらかのルールに拘って証明を書かなければいけない訳ではありません.しかし,順像法も逆像法も教義が曖昧過ぎるため,ある程度は類型化(≒こじつけ)を試みないことには是非の議論もできないというのが正直な気持ちです.有益性を主張される方は是非とも,順像法・逆像法かくあるべしという教義を定義し,証明パターンを厳格に類型化し,ご教授ください.

投稿日:824
更新日:829

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

UDA です.応用数学をしています.

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中