今回『薄い圏の考察』を書き進めるうち、筆者は一つの感覚(思い)を抱くようになった。
「人間とAiの数理的知性が、圏論、とりわけ薄い圏から逃れることは、意外なほど難しい」ということである。
このことについての考察(感想)を、本シリーズの最後に記しておきたい。
1. Aiが解ける問題と、解けない問題。
近年、Aiが長期未解決だった数学的問題を次々と解決し始めている。これらのAiによる成功例の多くは「遠く離れた各分野にある既知の道具(概念)を、人間(ジャンル専門家)が気づかなかった意外な方向で組み合わせる」「広大な探索空間の中から有効な構成を見つける」といった手法によるものらしい。(自分の手元にあるAiの推測)
一方で、すでに人間によって解決された問題であっても、Aiには単独での解決再現が難しいタイプもあるようだ。
たとえば、20世紀後半にほぼ人類の手作業のみによって達成された「有限単純群の分類」について、筆者が手元のAiに『もしあなたが1950年当時の数学的知識しかない状況にいるとして、そこから人間の助けなしに単独で分類を完成させられるか?』とたずねたところ、『無理。もしくは楽観的に見て数百年かかる』と返答された。
どうやら、人間の直観(Aiには見つけにくい突飛な発想)が無ければ、解決困難らしい。
ここで自然に生じるのが「Aiに解ける問題と解けない問題の差はどこにあるのか」という疑問である。
そして今、具体的な各問題を解くことより、そのようなメタな方向に人間の知的関心の中心が移りだしたように筆者には感じる。南方熊楠の言うところの萃点(すいてん)移動が起こりだしたように見えるのだ。
2. 薄い圏と厚い圏。
筆者は、この差を捉えるレンズのひとつとして、薄い圏(thin category)と厚い圏の対比を考えた。
薄い圏とは、任意の二対象間の射が高々一つしか存在しない圏であり、実質(実用)的には(前)順序集合のことである。計算や最適化、測度論的・確率論的な量を取る、高次元ベクトル空間への埋め込みといった操作はすべて「薄化関手」であり、現在のAiは情報をすべて「薄化」してから処理している。
対照的に、厚い圏は射が複数存在し、高次の構造や質感を持ちうる。
人間は感覚や美意識、直観を通じて、この厚い構造に「ほんの少し」触れているように筆者には思える。
「この証明は美しい」「この定義は自然だ」といった判断は、単なる順序付けや最適化を超えた、厚い関係性への部分的なアクセスである。しかし、この厚いアクセスを言語化・形式化し、共有可能な形にしようとすると、ほぼ必然的に薄化が起きる。
人間の数理的思考もまた、厳密化の過程で薄い圏の引力に引き戻されてしまうのだ。
3. 薄化という基本動作。
本シリーズで繰り返し考察してきた「薄化関手」についての各論は、この過程を定式化したものだった。局所的小圏から薄い圏への関手、括射関手、薄い圏での最適化問題への置き換え——これらは、厚い構造を計算可能な形に射影する操作のモデルである。
ヤコビアン予想をはじめとするいくつかの予想をこの枠組みで見直したとき、共通して見えたのは「薄化 → 局所的な極値・最適化 → 大域的構造の再構成の成否」というパターンだった。
薄化がうまく情報を保存できる場合は成功し、本質的な損失が起きる場合は破綻する。このパターンは、Aiの成功と限界を理解する上でも示唆的でないかと考える。
Aiが得意なのは、薄化しても十分な情報が残り、薄い圏上の探索で突破できる問題である。逆に、薄化によって決定的な損失が起きる問題は、人間の感覚的な厚みへのアクセスがまだ強みを持つ領域にあるかもしれない。
4. 薄圏からの逃れがたさについて。
数理的知性によって問題を厳密に運用しようとすると、それらはどうしても対象と関係(射)の構造に還元されやすく、また、その最も扱いやすい形が薄い圏となる。
Aiは設計上この薄い空間でしか(高速ではあるが)動けない。
他方、人間は美意識や直観といったもので厚い圏を捉えることが(すこし)可能だが、形式化の瞬間に薄い圏に引き戻される。
(命題)論理の圏が薄い圏であることをわすれてはいけないし、そもそも人間の論理的思考を記した「論理的文章」自体が、文字を一列に並べてひとつの読解を人間に与える順序集合といえる。(芸術的な詩文は、読解にゆらぎを許しているという意味で、薄いとはいえない)
人間がなにかを論理的に形式化しようとする試み自体が、ある種の薄化であり、限界を持つのだ。
たとえば『薄い圏の考察16』の追加2で見たように、 P≠NP予想を証明しようとすると『「薄化に耐えられない(厚みを持つ)構造」の存在を「薄化された論理体系の内部」だけで完全に記述して証明しなければならない』という、本質的なねじれ問題が立ちはだかる。
また量子コンピュータ計算における量子測定なども、量子状態(分厚い圏)から観測結果(薄い圏)への薄化関手(状態の射影・古典数値の確定)とみなせる。最後にこの工程を入れないと、人間(Ai)はデータを処理できない。
この意味で、人間の数理的知性そしてAi(人工知性)は、ともに薄い圏から完全に逃れることが難しい。薄い圏を基盤としつつ、いかにして厚い構造へアクセスできるか探求してきたのが、数理的知性の今までの、そしてこれからも変わらない営みではないだろうか。
5. 結び。
筆者は本シリーズを通じて、薄い圏をさまざまな角度から考察してきた。その過程で得られたのは、薄い圏が単なる技術的な対象ではなく、数理的知性の動作様式そのものを映し出す鏡である、という認識だった。
Aiが難問を解く速度が加速するこれからの時代に、人間の数学(問題)へのメタ認識はますます重要度を増すと思われる。その議論において、薄い圏と厚い圏の対比、そして薄化という基本操作を見つめ直すことは、決して無意味ではないと筆者は考える。
「人間は、薄い圏から逃がれて厚い圏に挑めるようになるのか?それとも、逃れられないことを前提として挑みつづけるのか?」
この問いを、シリーズの最終的な感想としてここに残しておきたい。