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現代数学解説
文献あり

多重ゼータ値の反復積分表示の離散化について

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$$\newcommand{abs}[1]{\left |#1\right |} \newcommand{bm}[1]{\boldsymbol{#1} } \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{d}[0]{\mathrm{d}} \newcommand{dep}[0]{\operatorname{dep}} \newcommand{F}[4]{{}_{#1}F_{#2}\left[\begin{array}{c}#3\end{array};#4\right]} \newcommand{Fourier}[2]{\mathcal{F}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{Hartley}[2]{\mathcal{H}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{Hilbert}[2]{\mathcal{Hil}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{inttrans}[3]{\mathcal{#1}_{#2}\left [#3\right ]} \newcommand{invtrans}[3]{\mathcal{#1}^{-1}_{#2}\left [#3\right ]} \newcommand{Laplace}[2]{\mathcal{L}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{matrix}[1]{\left ( \begin{matrix}#1\end{matrix} \right )} \newcommand{Mellin}[2]{\mathcal{M}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{Res}[1]{\underset{#1}{\operatorname{Res}}} \newcommand{tLaplace}[2]{\mathcal{B}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{Weierstrass}[2]{\mathcal{W}_{#1}\left [#2\right ]} \newcommand{wt}[0]{\operatorname{wt}} $$

はじめに

この記事では、論文"Deriving two dualities simultaneously from a family of identities for multiple harmonic sums"( arXiv:2402.05730 )の主定理である、「多重ゼータ値の反復積分表示の離散化」(MSW等式)について解説します。これは多重ゼータ値と呼ばれる対象に関係のある有限級数の関係式族で、多重ゼータ値の”極限をとる前”の性質を明らかにするものです。詳しい説明をする前に、一つ具体例を紹介します。
$$ \sum_{0< n_1< n_2< N}\frac{1}{n_1^3n_2^2} = \sum_{ 0<\underbrace{n_1\leq n_2 \leq n_3}_{3} <\underbrace{n_4\leq n_5 }_2< N} \frac{1}{ \underbrace{(N-n_1)n_2n_3}_3 \underbrace{(N-n_4)n_5}_2} $$

前提知識

主定理の意味を理解するために必要な前提知識を説明します。多重ゼータ値について既に知っている人は、このセクションはスキップできます。

用語について

正整数の組$\bm k =(k_1,\ldots,k_r)$インデックスと呼び、特に$k_r\geq 2$のときは許容インデックスであるという。また、$r=: \dep (\bm k)$$\bm k$深さ(depth)$k_1+\cdots +k_r=: \wt (\bm k)$$\bm k$重さ(weight)と呼ぶ。
たとえば、$(1,3,2)$は許容インデックスであるが、$(2,3,1)$は許容インデックスではない。また、これらのインデックスの深さは3,重さは6である。

多重ゼータ値

インデックス$\bm k = (k_1, \ldots,k_r)$と正整数$N$に対して、有限多重調和和
$$ \zeta_{< N}(\bm k):=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r< N}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
により定める。$\bm k$が許容的であるとき、
$$ \zeta(\bm k) :=\lim_{N \to \infty}\zeta_{< N}(\bm k)=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
は収束し、多重ゼータ値(Multiple zeta value, MZV)と呼ぶ。

多重ゼータ値の性質

ウェイトが等しい多重ゼータ値の間には、有理数係数の線形関係式が豊富に存在することが知られています。たとえば、
$$ \zeta(1,4)+\zeta(2,3)+\zeta(3,2)=\zeta(5),\,\zeta(1,2)=\zeta(3) $$
などが成り立ちます。(ウェイトが異なるもの同士には関係式が存在しないことが予想されていますが、これは非常に難しい問題となっています。)
その中の一つとして、双対関係式と呼ばれる関係式族を紹介します。

双対関係式

許容インデックス$\bm k$は、正整数$a_1,\ldots,a_s,b_1,\ldots,b_s$を用いて$\bm k=(\{1\}^{a_1-1},b_1+1,\ldots,\{1\}^{a_s-1},b_s+1)$という形に一意に表されます。ここで、$\{1\}^i$$1$$i$回繰り返されることを表します。このとき、以下によって$\bm k$双対インデックス$\bm k^{\dagger}$を定義します。
$$ \bm k^{\dagger} := (\{1\}^{b_s-1},a_s+1,\ldots,\{1\}^{b_1-1},a_1+1) $$
例えば、$\bm k =(3,2)$のとき、$\bm k^{\dagger}=(2,1,2)$です。
双対関係式とは、以下の等式を指します。

双対関係式(Duality)

許容インデックス$\bm k$に対して、$\zeta(\bm k) = \zeta( \bm k^{\dagger})$

この定理の有名な証明は、多重ゼータ値の反復積分表示に基づくものです。

反復積分表示

$\bm k =(k_1,\ldots,k_r)$を許容インデックスとします。このとき、$\zeta(\bm k)$は以下の積分表示を持つことが知られています。
$$ \zeta(\bm k)=\int_{0< t_{1,1}< t_{1,2}<\cdots < t_{1,k_1}< t_{2,1}<\cdots< t_{r,k_r}<1}\prod_{i=1}^r \frac{\d t_{i,1}}{1-t_{i,1}}\frac{\d t_{i,2}}{t_{i,2}}\cdots \frac{\d t_{i,k_i}}{t_{i,k_i}} $$
たとえば、$\bm k =(3,2)$の場合には、
$$ \zeta(3,2)=\int_{0< t_1<\cdots < t_5<1}\frac{\d t_1}{1-t_1}\frac{\d t_2}{t_2}\frac{\d t_3}{t_3}\frac{\d t_4}{1-t_4}\frac{\d t_5}{t_5} $$
となります。一方で、
$$ \zeta(2,1,2)=\int_{0< t_1<\cdots < t_5<1}\frac{\d t_1}{1-t_1}\frac{\d t_2}{t_2}\frac{\d t_3}{1-t_3}\frac{\d t_4}{1-t_4}\frac{\d t_5}{t_5} $$
も成り立ちますが、$t_i\mapsto 1-t_{6-i}$の置換により、二つの積分は一致することがわかります。したがって、双対関係式の特殊な場合である$\zeta(3,2)=\zeta(2,1,2)$が得られました。一般の許容インデックスに対して、MZVの反復積分表示で$t \mapsto 1-t$の置換を施すことにより、双対関係式が証明されます。

主定理:反復積分表示の離散化

多重ゼータ値とその積分表示は、それぞれ多重調和和、リーマン和という二つの異なる和の極限として考えることができます。しかしMSW等式は、驚くべきことに、この二種類の和が実は極限をとる前から等しいことを主張します。つまり、(多重調和和)=(リーマン和)という等式が成り立つのです!
リーマン和の取り方は無数に考えられますが、ここでは区間$(0,1)$$N$等分することにします。そのためには、反復積分表示において、$\d t_i\mapsto 1/N,\, t_i\mapsto n_i/N$とした多重和を考えればよいですね。たとえば、$\zeta(3,2)$の積分表示
$$ \int_{0< t_1<\cdots < t_5<1}\frac{\d t_1}{1-t_1}\frac{\d t_2}{t_2}\frac{\d t_3}{t_3}\frac{\d t_4}{1-t_4}\frac{\d t_5}{t_5} $$
のリーマン和として
$$ \begin{align*} &\sum_{ 0< n_1< n_2 < n_3 < n_4< n_5 < N} \frac{1/N}{ 1-n_1/N}\frac{1/N}{n_2/N}\frac{1/N}{n_3/N }\frac{1/N}{1-n_4/N}\frac{1/N}{n_5/N} \\&= \sum_{ 0< n_1< n_2< n_3 < n_4< n_5 < N} \frac{1}{ (N-n_1)n_2n_3 (N-n_4)n_5} \end{align*} $$
というものを考えることができます。ただ、(当然のことですが)これはそのままでは$\zeta_{< N}(3,2)$とは一致しません。しかし、リーマン和の選び方は他にもあります。というのも、不等号は別に$<$である必要はなく、$\leq$としても良いからです。実際、$\d t/t$に由来する変数の前の不等号を$\leq$に変えると
$$ \sum_{ 0<\underbrace{n_1\leq n_2 \leq n_3}_{3} <\underbrace{n_4\leq n_5 }_2< N} \frac{1}{ \underbrace{(N-n_1)n_2n_3}_3 \underbrace{(N-n_4)n_5}_2} $$
というリーマン和が得られます。一般のインデックス$\bm k$に対して、今のような不等号の取り方をしたリーマン和を$\zeta^\flat_{< N}(\bm k)$とします。これが多重調和和と等しい、というのが、MSW等式です。

主定理(MSW等式, MZVの反復積分表示の離散化)

インデックス$\bm k$と正整数$N$に対して、$\zeta_{< N}(\bm k) = \zeta^\flat_{< N}(\bm k)$

$N\to \infty$においてこの等式はMZVの反復積分表示になります。反復積分表示の精密化を与えたと言ってもよいでしょう。
証明はここでは述べませんが、論文内では、連結和法という手法により、有限和のみを用いて主定理が証明されています。

応用例

双対性

反復積分表示の離散化により、今まで積分を用いて行っていた操作の一部を有限和の変形として行うことができます。とっかかりやすい例として、双対関係式の積分を使わない新証明を与えてみましょう。(論文のセクション2)

インデックス$\bm k$と正整数$N$に対して、$\zeta^{\flat}_{< N}(\bm k)$の和をとる範囲の不等号を先頭と末尾以外すべて$\leq $にしたものを$\zeta^\sharp_{< N}(\bm k)$とする。たとえば、
$$ \zeta^\sharp_{< N}(3,2) =\sum_{ 0< n_1\leq n_2\leq n_3 \leq n_4\leq n_5 < N} \frac{1}{ (N-n_1)n_2n_3 (N-n_4)n_5} $$
である。許容インデックス$\bm k$に対して、
(i)$\lim_{N\to \infty} \zeta^\flat_{< N}(\bm k)=\lim_{N\to \infty} \zeta^\sharp_{< N}(\bm k)$
であることが簡単な不等式評価によりわかる。(論文の補題2.1を参照せよ)
(ii)$\zeta^\sharp _{< N}(\bm k)=\zeta^\sharp _{< N}(\bm k^\dagger)$
であることが$n_i\mapsto N-n_{\wt(\bm k)+1-i}$の変数変換によりわかる。
(i),(ii)と主定理を合わせて
$$ \lim_{N \to \infty}\left(\zeta_{< N}(\bm k)-\zeta_{< N}(\bm k^\dagger)\right) \overset{MSW}=\lim_{N \to \infty}\left(\zeta_{< N}^\flat(\bm k)-\zeta^\flat_{< N}(\bm k^\dagger)\right) \overset{(\mathrm i)}=\lim_{N \to \infty}\left(\zeta^\sharp_{< N}(\bm k)-\zeta^\sharp_{< N}(\bm k^\dagger)\right)\overset{(\mathrm {ii})} =0 $$
であるから、$\zeta(\bm k) = \zeta(\bm k^\dagger)$が示された。(証明終)

この証明方法には、$\zeta_{< N}(\bm k)-\zeta_{< N}(\bm k^\dagger)$が明示的に書けるという利点があります。

有限多重ゼータ値における双対性

論文のタイトルにある"two dualities"のもう一つのもう一つの双対性について補足します。これは有限多重ゼータ値という対象における双対性(Hoffman双対性)であり、有限多重ゼータ値というのは有限多重調和和に対して$\mathcal A$-極限という操作をしたものです。(だいたい有限多重調和和を$\mod p$したもの(を有限個を除いて全ての素数について考えたもの))
MSW等式において$N=p$として、両辺を$\mod p$することにより直ちにHoffman双対性が従います。(論文のセクション3)

複シャッフル関係式

多重ゼータ値の積分表示からわかる関係式族に複シャッフル関係式というものがあります。多重ゼータ値同士の積は次のように、多重ゼータ値の線形結合に二通りの方法で分解できます。
まず、級数表示を考えれば
$$ \begin{align*} \zeta(2)^2 &=\sum_{0< m}\frac{1}{m^2}\sum_{0< n}\frac{1}{n^2}\\ &=\left(\sum_{0< m< n}+\sum_{0< m=n}+\sum_{0< n< m}\right)\frac{1}{m^2n^2}\\ &=\zeta(4)+2\zeta(2,2) \end{align*} $$
というふうに、変数の大小関係により展開できます(調和積)。
一方、積分表示で同じようなことをすれば
$$ \begin{align*} \zeta(2)^2 &=\int_{0< x< y<1}\frac{\d x}{1-x}\frac{\d y}{y}\int_{0< s< t<1}\frac{\d s}{1-s}\frac{\d t}{t}\\ &=\left(\int_{0< x< y< s< t<1}+\int_{0< x< s< y< t<1}+\int_{0< s< x< y< t<1}+\int_{0< x< s< t< y<1}+\int_{0< s< x< t< y<1}+\int_{0< s< t< x< y<1}\right) \frac{\d x}{1-x}\frac{\d y}y\int_{0< s< t<1}\frac{\d s}{1-s}\frac{\d t}{t}\\ &=2\zeta(2,2)+4\zeta(1,3) \end{align*} $$
という、異なった展開を得ることもできます(シャッフル積)。両者を比較することにより、
$$\zeta(4)=4\zeta(1,3)$$
という関係式が得られます。これが複シャッフル関係式です。
MSW等式により、シャッフルを有限級数で行うことができるようになり、極限をとる前の誤差が明示的に記述できるようになりました。

正規化複シャッフル関係式(EDSR)

多重ゼータ値の間のすべての線形関係式を導くと予想されている関係式族として、正規化複シャッフル関係式(Extended double shuffle relation, EDSR)というものがあります。これは複シャッフル関係式を、(一方のみ)許容的でないインデックスに対しても行えるようにしたものです。許容的でないインデックスの多重和や積分は発散してしまいますが、正規化という操作を行い発散度合いを比較することにより関係式を得るというものです。しかしMSW等式が得られた今、有限和のみを用いて、積分を使わないシンプルな証明が得られています。詳しくは論文"Shin-ichiro Seki, A proof of the extended double shuffle relation without using integrals, 2024, arXiv:2402.18300 "を参照してください。

おわりに

積分表示の離散化は多重ゼータ値だけで起こる現象ではないように見受けられます。実際、よく知られた等式である
$$ \sum_{0< n<2N}\frac{(-1)^{n-1}}n=\sum_{0\leq n< N}\frac{1}{N+n} $$
という等式も、$\log 2$の積分表示
$$ \sum_{0< n}\frac{(-1)^{n-1}}n=\int_0^1\frac{\d t}{1+t} $$
の離散化と考えることができるかもしれません。無限級数や積分の等式は、どこまで有限級数の世界の話で説明できるのでしょうか。

参考文献

[1]
Takumi Maesaka, Shin-ichiro Seki, Taiki Watanabe, Deriving two dualities simultaneously from a family of identities for multiple harmonic sums, preprint
[2]
Shin-ichiro Seki, A proof of the extended double shuffle relation without using integrals, preprint
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更新日:31
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