このノートでは、確率微分方程式の解の諸性質を軽く述べたのち、ラフパス理論への入門を試みます。必要であれば 前回のノート を参照してください。
前回のノート と似た前提条件下で考えてみます。
$T>0$として$\mathbb{T}=[0,T]、B$を1次元ブラウン運動、$K$を$K_0=0$を満たす滑らかな確率過程、$f$を確率過程、$S_0$を定数とし、これらの適切な可測性・可積分性の下で、ある有価証券の価値$S$を
$$S_t=S_0+\int_0^tf_udB_u+K_t$$
によって表すことにします。(ちなみに、このような確率過程を伊藤過程と呼びます。確率解析では日本人の貢献が大きく、たびたび日本人の名前が出てきます。)
ここで可測性とは、確率過程の曲線としての性質の良さを表しており、可積分性とは、期待値的な意味での有限性を表していると思ってください。
時刻0から投資行動を始め、時刻$t$での資産の総量を$I$で表し、$I$に依存する投資戦略をとる状況を考えます。すなわち、定数$I_0$と、投資戦略を反映するマップ$g,F,G:\mathbb{T}\cross \mathbb{R}\cross\Omega\rightarrow\mathbb{R}$に対して、
$$\begin{align}
I_t &= I_0+\int_0^tg(u,I_u)dS_u\\
&=I_0+\int_0^tF(u,I_u)dB_u+\int_0^tG(u,I_u)du\tag{1}\label{1}
\end{align}
$$
を満たす$I$について考えるということです。
マップF,Gとして経路依存の関数を取ることがある。すなわち、微分方程式の係数としてマップ$F,G:C([0,T],\mathbb{R})\cross\Omega\rightarrow\mathbb{R}$を用いることがある。経路依存の方程式の解は、概ね経路非依存の方程式($\ref{1}$)の解と同様の性質を持つ。以下では経路非依存の方程式について記述する。
確率微分方程式($\ref{1}$)の解とは、ここでは($\ref{1}$)を満たす確率過程のことを指していると思ってください。可測性の要請など厳密な定義は省略します。
まず数学的に純粋な疑問として、($\ref{1}$)の解は存在するでしょうか。そしてその解は一意に定まるでしょうか。
実は$F,G$が十分に滑らか(例えば、$t,\omega$に関して一様なLipschitz連続性を持つ場合)であれば、($\ref{1}$)の解の一意存在がわかります。ざっくりした証明は以下です:
適切な可測性・可積分性を備えた確率過程全体の集合$\mathcal{L}_2([0,T])$を取り、$\mathcal{L}_2([0,T])$には2乗期待値によるノルム$||\cdot||_{\mathcal{L}_2}$を定める:
$$||f||_{\mathcal{L}_2}^2:=E\left[\int_0^T|f_s|^2ds\right],f\in\mathcal{L}_2([0,T]).$$そして、$f\in\mathcal{L}_2([0,T])$に対し、
$$\Phi_T(f)_\cdot:=I_o+\int_0^\cdot F(u,f_u)dB_u+\int_0^\cdot G(u,f_u)du$$
により確率過程$\Phi_T(f)$を定める。すると、$\Phi_T(f)\in\mathcal{L}_2([0,T]) $であり、十分小さい$T_0$に対して$\Phi_{T_0}$は$\mathcal{L}_2([0,T_0])$から$\mathcal{L}_2([0,T_0])$への縮小写像となるので、唯一の不動点$I$が存在する。
同様のプロセスを有限回繰り返せば、$I\in\mathcal{L}_2([0,T])$を構成することができ、これが($\ref{1}$)の解であることがわかる。解の一意性は$\Phi_{T_0}$の縮小性によりわかる。
別構成法として、反復合成$\Phi_T^{(n)}(I_0)$の$n\to\infty$とした時の収束を示す方法がある。詳細はKusuokaの命題6.1.1を参照すると良い。
上記の解の構成では$||\cdot||_{\mathcal{L}_2}$の定義に見られるように、期待値的な操作を介しているのが大きなポイントです。つまり各サンプル$\omega\in\Omega$ごとに($\ref{1}$)の解を構成しているわけではないということです。(そもそも確率積分自体が各サンプル$\omega\in\Omega$ごとに定義されるものではない。)
ラフパス理論の功績を強調するためにも、確率微分方程式の解の近似についても書いておきます。ここではオイラー丸山近似を紹介します。
以下の囲み枠に、オイラー丸山近似について書きます。
分割$\pi_m=\{0=t_0^m< t_1^m<…< t_{l_m}^m=T\}$に沿って、
$$I^{(m)}_t=I^{(m)}_{t_k}+\frac{1}{t_{k+1}-t_k}\int_{t_k}^{t_{k+1}}\left\{F(u,I^{(m)}_{t_k})(B_t-B_{t_k})+G(u,I^{(m)}_{t_k})(t-t_k)\right\}du \quad,t\in[t_k,t_{k+1}]$$
と定める。ただし、$I^{(m)}_0=I_0$とする。
このとき、$\lim_{m\to\infty}E\left[\sup_{t\in\mathbb{T}}|I_t-I^{(m)}_t|^2\right]=0$となることが知られている。証明はKusuokaの命題6.1.2を参照されたい。ちなみに、これは($\ref{1}$)の解の構成法にもなっている。
オイラー丸山近似でも見られるように、($\ref{1}$)の解$I$は「オイラー法により近似的に構成した$I^{(m)}$」の確率的な極限として実現されます。つまり、やはり各サンプル$\omega\in\Omega$ごとに解が定義できているわけではありません。
そもそも確率積分を決定論的に、つまり$\omega\in\Omega$ごとに、線積分として定義することなど不可能だというのが一昔前の常識だったと聞きます。それを打破したのが近年出てきたラフパス理論です。次節からようやくラフパス理論へ「入門」していきます。
実は、Kar,Shrの命題5.2.24によれば、$B$が1次元ブラウン運動であれば、Wong-Zakai近似は決定論的に($\ref{1}$)の解を実現する。すなわち、各サンプル$\omega\in\Omega$ごとに定まる近似値$J^{(m)}_t(\omega)$は$J_t(\omega)$に収束する。
しかしながら、Kar,Shrの主張の中でその収束の速さまでもは明らかになっているわけではない。
後に述べるが、ラフパス理論によれば$(\ref{1})$の解を決定論的に定義できることだけでなく、$(\ref{1})$の解のサンプルパス$B(\omega)$に関しての連続性(より強く、局所Lipschitz連続性)を有することが明らかになる。このことがラフパス理論の持つ功績の一つだと思っている。
私自身がここ1、2年でラフパス理論を勉強し始めたばかり(参考までに、ラフパス理論についてよく読まれている文献Fri,Haiの8章までを読んだことがある程度)であるため、以下に書く内容がこの道の専門家の見解と異なる可能性が大いにあることに留意して読んでいただければと思います。
ここではラフパス理論の持つ側面として、決定論的な線積分の定義、連続性定理について触れたいと思います。
線積分とは
$$\int_0^Ty_udx_u\tag{2}$$
という形をした積分であり、例えばRiemann-Stieltjes積分では、
$$\int_0^Ty_udx_u=\lim_{\pi\in\mathcal{P}_T,|\pi|\to0}\sum_{k=0}^{n-1}y_{t_k}(x_{t_{k+1}}-x_{t_k})\tag{3}\label{3}$$
で定義されます。ただし、$\pi=\{0=t_0<…< t_n=T\} $、$[0,T]$の分割全体を$\mathcal{P}_T$、$\pi$の分割の幅を$|\pi|$で表しています。
($\ref{3}$)のような極限が存在する十分条件として、変動有限性を使った条件があります:
$\mathcal{S}_T:=\{(s,t)\in\mathbb{R}^2,0\leq s\leq t\leq T\}$、$p>0$とする。
連続なパス$x:\mathcal{S}_T\rightarrow\mathbb{R}$で
$$||x||_{p;[s,t]}^p:=\sup_{s=t_0<…< t_n=t}\sum_{k=0}^{n-1}|x_{t_k,t_{k+1}}|^p<\infty$$
が任意の$(s,t)\in\mathcal{S}_T$で成り立つもの全体を$\mathscr{V}_2^p$とする。
連続なパス$x:[0,T]\rightarrow\mathbb{R}$で$\delta x\in\mathscr{V}_2^p$となるもの全体を$\mathscr{V}^p_1$とする。ただし、$\delta x_{s,t}=x_t-x_s$とする。
$$p\geq1,q\geq1,\frac{1}{p}+\frac{1}{q}>1$$
であり、$x\in\mathscr{V}^p_1$、$y\in\mathscr{V}^q_1$であるとき、($\ref{3}$)の線積分は収束する。この線積分をYoung積分という。
通常は$x,y$に同程度のレギュラリティを課す、つまり$p=q$とすることが多く、この場合Young積分が定義できる条件は$1\leq p<2$となります。このような$p$に対して、ブラウン運動$B$が$B(\omega)\in\mathscr{V}_1^p,\omega\in\Omega$となってくれれば、確率積分をYoung積分の範疇で理解することができるのですが、
$$E\left[||B||_p^p\right]\begin{cases}=\infty(1\leq p<2)\\<\infty(2\leq p)\end{cases}$$
となることがわかります。
つまり、確率積分を決定論的な線積分として捉えるためには、更にレギュラリティの低いパス空間$\mathscr{V}_1^p(2\leq p)$に対する線積分の概念が必要になります。この新しい概念こそが後に紹介するラフ積分になります。
ラフ積分という概念の足がかりとして、定理1の証明がヒントになると思うのでざっくりと証明してみます。
$\omega(s,t):=||y||_{q;[s,t]}^q+||x||_{p;[s,t]}^p,\theta:=\frac{1}{p}+\frac{1}{q}>1$とおく。
(1)$J_{s,t}=y_s(x_t-x_s)$、$\delta J_{s,u,t}=J_{s,t}-J_{s,u}-J_{u,t}$とおくと
$$|\delta J_{s,u,t}|=|\delta y_{s,u}\delta x_{u,t}|\leq\omega(s,t)^\theta\quad\quad(0\leq s\leq u\leq t\leq T)\tag{4}\label{4}$$
となる。
(2)分割$\pi=\{s=t_0<…< t_n=t\}$に対して、$I_\pi:=\sum_{k=0}^{n-1}J_{t_k,t_{k+1}}$とおくと、($\ref{4}$)より
$$|I_\pi-J_{s,t}|\leq C_\theta \omega(s,t)^\theta\tag{5}\label{5}$$
となることが知られている。(一点抜き論法)
(3)$\hat{\pi}$を$\pi$の細分とすれば、($\ref{5}$)より
$$|I_\pi-I_{\hat{\pi}}|\leq C_\theta\omega(s,t)\max_{0\leq k\leq n-1}\omega(t_k,t_{k+1})^{\theta-1}\tag{6}\label{6}$$
となる。よって、$\pi$の分割の幅を0に近づけていく列を考えると、$I_\pi$はCauchy列になるので収束する。
証明の途中で$\omega$の連続性と優加法性:
$$\omega(s,t)\geq\omega(s,u)+\omega(u,t) \quad(0\leq s\leq u\leq t\leq T)$$
を用いた。このような$\omega$を制御関数と呼ぶ。
($\ref{4}$)を満たす$J:\mathcal{S}_T\rightarrow\mathbb{R}$について、上と同様に$(\ref{5})(\ref{6})$を示すことができるので、$I_\pi=\sum_{k=0}^{n-1}J_{t_k,t_{k+1}}$の$|\pi|\to0$とした時の極限の存在を証明することができる。
これをSewing lemmaという。詳細はFri,Haiの命題4.2を参照。
ラフ積分はまさにこのSewing lemmaの応用として定義される。
そろそろ頭がパンクしてくる頃だと思うので、前節2.1.の内容を1文で整理します:
$\int_s^ty_udx_u$を形式的に一次で線型近似したものが$$J_{s,t}=y_s(x_t-x_s)=y_s\delta x_{s,t}$$
であり、もし$x,y\in\mathscr{V}_1^p(1\leq p<2)$ならばこの$J_{s,t}$を用いたRiemann和の極限としてYoung積分が定義される。
では以下$2\leq p<3$として、より性質の悪いパス$x,y\in\mathscr{V}_1^p$に対してはどのような方法で積分が定義されるでしょう。
その答えは、$y$のGubinelli微分$y’$を用いて、形式的な二次の線型近似$$J_{s,t}=y_s\delta x_{s,t}+\frac{1}{2}y’_s(\delta x_{s,t})^2\tag{7}\label{7}$$
を用いたRiemann和の極限を取るという方法です。
見かけ上は、形式的な近似の精度を上げただけです。ここでGubinelli微分とは、$y$の$x$に沿った“微分”の概念です。重要な概念なので定義を述べておきます。
$y\in\mathscr{V}_1^p$に対して、以下を満たす$y’\in\mathscr{V}_1^p,R^y\in\mathscr{V}_2^{\frac{p}{2}}$が存在するとする:
$$\delta y_{s,t}=y’_s\delta x_{s,t}+R^y_{s,t}.$$
このとき$y’$を$y$のGubinelli微分と呼び、このような$(y,y’)$を非制御パス(controlled path)とよび、非制御パス全体を$\mathscr{V}^p_x$で表す。
それでは$x\in\mathscr{V}_1^p$、$(y,y’)\in\mathscr{V}_x^p$である時、Sewing lemmaを走らせることにより、($\ref{7}$)で定まる$J_{s,t}$を用いたRiemann和の収束を示しましょう。
前節最後に述べた通り($\ref{4}$)を示すことができれば十分です。証明の見やすさの為、$x^2_{s,t}:=\frac{1}{2}(\delta x_{s,t})^2$と置くことにします。この時、Chenの恒等式と呼ばれる関係式:
$$x^2_{s,t}-x^2_{s,u}-x^2_{u,t}=\delta x_{s,u}\delta x_{u,t}\tag{Chen}\label{Chen}$$
が成り立ち、$x^2\in\mathscr{V}_2^{\frac{p}{2}}$となります。
以下が($\ref{4}$)の証明です:
$$\begin{align}
\delta J_{s,u,t}
&=y_s\delta x_{s,t}-y_s\delta x_{s,u}-y_u\delta x_{u,t}+y’_sx^2_{s,t}-y’_sx^2_{s,u}-y’_ux^2_{u,t}\\
&=y_s\delta x_{u,t}-y_u\delta x_{u,t}+y’_s(x^2_{u,t}+\delta x_{s,u}\delta x_{u,t})-y’_ux^2_{u,t}\\
&=-\delta y_{s,u}\delta x_{u,t}-\delta y’_{s,u}x^2_{u,t}+y’_s\delta x_{s,u}\delta x_{u,t}\\
&=-R^y_{s,u}\delta x_{u,t}-\delta y’_{s,u}x^2_{u,t}
\end{align}$$
より、
$$\omega(s,t):=||y’||_{p;[s,t]}^p+||R^y||_{\frac{p}{2};[s,t]}^\frac{p}{2}+||x||_{p;[s,t]}^p+||x^2||_{\frac{p}{2};[s,t]}^\frac{p}{2}$$と定め、$\theta=\frac{2}{p}+\frac{1}{p}=\frac{3}{p}>1$とおけば($\ref{4}$)が示される。
よってSewing lemmaによりRiemann和の収束が示され、これがラフパス積分$\int_0^Ty_udx_u$を定義する。
上では$x^2$を具体的に与えたが、実は$x^2\in\mathscr{V}_2^\frac{p}{2}$と($\ref{Chen}$)を満たしていれば同様の議論を走らせることができる。むしろ、($\ref{Chen}$)によるラフパス$(x,x^2)$の特徴付けの方が一般的であるが、イメージの容易さの為、具体的に$x^2$を定めて議論した。
ラフパスの厳密な定義は以下である。
$2\leq p< 3$とし、$\omega$を制御関数とする。($\ref{Chen}$)を満たし、$||x||_{p;[s,t]}^p+||x^2||_{\frac{p}{2};[s,t]}^\frac{p}{2}\leq\omega(s,t)$ を満たす$x\in\mathscr{V}_1^p,x^2\in\mathscr{V}_2^\frac{p}{2} $の組$(x,x^2)$をラフパスと呼び,これらの成す集合を$\Omega_{p-\omega}$で表すことにする。
$E[||B||_2^2]<\infty$より確率1で$B(\omega)\in\mathscr{V}_1^2$となる。よってラフパス理論の範疇で線積分$\int f_u dB_u(\omega)$を扱うことができる。証明は省略するが、$f$に対する適切なレギュラリティの仮定の下で、ラフパス積分と確率積分が一致することがわかる。(Fri,Hai命題5.1)
$x,y\in\mathscr{V}_1^p(n\leq p< n+1)$の場合も上の議論の拡張でラフ積分を定義することができる。
すなわち、線積分の$n$次の形式的線型近似を導き、そのRiemann和の極限としてラフ積分を定めることができる。
さて、前節でラフパス積分の定義をしました。これによりラフ微分方程式を扱うことができるようになります。ここでは、$\sigma:\mathbb{R}\rightarrow\mathbb{R}$を十分なめらかな関数、$y_0\in\mathbb{R}$を定数として、ラフパス$(x,x^2)\in\Omega_{p-\omega}$に対するラフ微分方程式:
$$y_t=y_0+\int_0^t\sigma(y_u)dx_u\tag{8}\label{8}$$
を考えましょう。
この節の結論を先に述べると、連続性定理とは
「微分方程式のインプットである$(x,x^2)$から、その解$y$へのマップが連続になる」という定理だ、ということです。
以下このことを説明するために一歩ずつ進んでいきましょう。
まず、ラフ微分方程式($\ref{8}$)の解とは、($\ref{8}$)を満たす$(y,y’)=(y,\sigma(y))\in\mathscr{V}^p_x$のことであるという認識で問題ありません。
次に、限られたスペースで多くは語れないですが、解の一意存在に関する以下の事実があります。
$\sigma$を十分なめらかな関数、$y_0\in\mathbb{R},2\leq p<3,(x,x^2)\in\Omega_{p-\omega}$とすると、($\ref{8}$)の解が一意に存在する。
この定理によりラフ微分方程式の解を与えるマップ$\Phi:\Omega_{p-\omega}\rightarrow\mathscr{V}_1^p$を考えることができるようになります。このマップをIto-Lyonsマップと呼びます。
次の定理はこの節の目標である連続性定理になります。
$\mathscr{V}_1^p$にはノルム$||\cdot||_p$による距離を定める。
$\Omega_{p-\omega}$に自然な距離を定めれば、$\Phi$は局所Lischitz連続になる。
これを使えば、例えばラフパス$(x,x^2)\in\Omega_{p-\omega}$をよく近似するなめらかなラフパス$(\hat{x},\hat{x}^2)\in\Omega_{p-\omega}$があったとして、($\ref{8}$)の解を「($\ref{8}$)において$x$をなめらかなパス$\hat{x}$に置き換えた常微分方程式を解いた解」で近似することができます。更に、2つの解の誤差を$(x,x^2)$と$(\hat{x},\hat{x}^2)$の距離に比例したオーダーで評価することもできます。
確率微分方程式におけるオイラー丸山近似やWong-Zakai近似の誤差が期待値的な評価に止まっていたのに対し、以上のラフパス理論を用いれば各サンプル$\omega\in\Omega$ごとに評価をすることができるようになります。
このようにラフパス理論は決定論的な線積分を定義することにより、確率積分を決定論的に定まるものとして認識することを可能にしました。
それだけではなく、確率解析で扱えないようなパス(例えば、レギュラリティがブラウン運動以上に低いパス)の解析も可能になることが、上記の説明からもわかると思います。例えば、不安定性の高い(トレンドが掴めない)市場で投資を行う状況を考えるとき、そのモデルとしてfBm(非整数ブラウン運動、Hurst指数$<1/2$なら従来のブラウン運動よりもレギュラリティの低いパス)によって駆動される確率微分方程式が使われることがあるらしいのですが、これは数学的にはラフ微分方程式に由来する方程式になります。
以上、確率微分方程式とその解の構成法、近似手法を足がかりに、ラフパス理論の功績を「入門」という形で書いてみました。
このノートが確率解析やラフパス理論に興味を持っている方にお役に立てれば幸いです。