この記事では私とJineon Baek氏,上苙隆宏氏による最近の論文
our_paper J. Baek, J. Koizumi, T. Ueoro, A note on the Erdős conjecture about square packing (
arXiv: 2411.07274
)
の内容を解説します.
数学者Paul Erdős(ポール・エルデシュ)は生涯に約1500篇もの論文を執筆したことで知られていますが,彼の提唱した予想の数もまた驚くべきものです.Erdősの予想を纏めたwebサイト「 Erdős Problems 」には全部で860の予想が掲載されており,2024年11月現在,そのうち280個(33%)が解決済みとなっています.このwebサイトの右上には「Random Open(未解決の予想をランダムに表示する)」と書かれたボタンがあり,それを押して面白い問題を探すことが私の最近の日課になっています.
さて,我々の今回の論文は以下の予想に関するものです.
単位正方形(一辺の長さが1の正方形)の中に$n$個の正方形を置き,どの2つの正方形も周以外で交わらないようにするとき,$n$個の正方形の一辺の長さの総和としてありうる最大値を$f(n)$とする.このとき正整数$k$に対して$f(k^2+1)=k$が成り立つであろう.
我々はこの予想のうち,内側の正方形が「まっすぐ」な場合を解決しました.ただし内側の正方形が「まっすぐ」であるとは,その辺が単位正方形の辺と平行であることを指します.
単位正方形の中に$n$個のまっすぐな正方形を置き,どの2つの正方形も周以外で交わらないようにするとき,$n$個の正方形の一辺の長さの総和としてありうる最大値を$g(n)$とする.このとき正整数$k$に対して$g(k^2+1)=k$が成り立つ.
なお,この結果は最初私と上苙氏の共著論文として公開したのですが,Baek氏も同時期に独立に別証明を発見していたため,3人の共著という形になりました.本記事では私と上苙氏による証明を紹介します.
証明に入る前に,この予想に関する先行研究について触れておきます.まずは簡単にわかることを述べます.
正整数$k$に対して$f(k^2)=k$が成り立つ.
単位正方形を$k\times k$に等分するとき,$k^2$個の正方形の一辺の長さの総和はちょうど$k$となるため,$f(k^2)\geq k$が成り立つ.
逆に一辺の長さが$d_1,d_2,\dots,d_{k^2}$の正方形が単位正方形の中に置けたとすると,Cauchy–Schwarzの不等式より
$$
d_1+\cdots+d_{k^2}\leq \sqrt{k^2}\sqrt{d_1^2+\cdots+d_{k^2}^2}\leq k
$$
となるため$f(k^2)\leq k$が成り立つ.
正整数$k$に対して$f(k^2+1)\geq k$が成り立つ.
単位正方形を$k\times k$に等分し,そのうち1つの正方形を取り除いて,代わりに一辺の長さが$1/(2k)$の正方形を2つ配置する.このとき$k^2+1$個の正方形の一辺の長さの総和はちょうど$k$となるため,$f(k^2+1)\geq k$が成り立つ.
$f(k^2+1)\geq k$の証明
上の不等式において等号が成立するというのがErdősの予想です.予想の$k=1$の場合(すなわち$f(2)\leq 1$であること)は,面白い問題なのでぜひ考えてみてください.$k=2$の場合はNewmanが解いたという記述がありますがErdos-Graham75,残念ながら証明は出版されていません.
一般の$n$に対する$f(n)$の値については,Erdős-SoiferとCampbell-Statonが独立に次のことに気づきました.
$-k< c< k$を満たす整数$k,c$に対して$f(k^2+2c+1)\geq k+(c/k)$が成り立つ.
$c=0$の場合は上で述べた通りである.$c=-1$の場合,単位正方形を$k\times k$に等分し,そのうち一つを取り除くと一辺の長さの総和は$k-(1/k)$となるのでよい.
$c\geq 1$の場合,単位正方形を$k\times k$に等分し,右下の$c\times c$の正方形を連結して$(c+1)\times (c+1)$に等分しなおす.このとき正方形の個数は$k^2-c^2+(c+1)^2=k^2+2c+1$となり,一辺の長さの総和は$k+(c/k)$となる.
$c\leq -2$の場合,単位正方形を$k\times k$に等分し,右下の$(-c)\times (-c)$の正方形を連結して$(-c-1)\times (-c-1)$に等分しなおす.このとき正方形の個数は$k^2-(-c)^2+(-c-1)^2=k^2+2c+1$となり,一辺の長さの総和は$k+(c/k)$となる.
これをもとに彼らは次の予想を立てています.
$-k< c< k$を満たす整数$k,c$に対して$f(k^2+2c+1)=k+(c/k)$が成り立つであろう.
これが正しければ,$f(k^2)=k$と合わせると全ての$f(n)$の値が求まることになります.実際,$k^2< n<(k+1)^2$とすると$n-k^2$と$(k+1)^2-n$のどちらか一方は奇数なので,$n=k^2+2c+1$または$n=(k+1)^2-2c+1$と表すことができます.上の予想の$c=0$の場合がもともとのErdősの予想ですが,実は次のことが示されています.
Erdősの予想が正しければ,Erdős-SoiferとCampbell-Statonの予想も正しい.
なお,本節で述べた補題や定理は$f(n)$の代わりに$g(n)$を用いても同様に成り立ちます(証明にまっすぐな正方形しか使っていないため).
それでは我々の主定理の証明を述べます.
$g(k^2+1)=k$が成り立つ.
$g(k^2+1)\geq k$が成り立つことはすでに見たので,$g(k^2+1)\leq k$を示せばよい.単位正方形の中に$k^2+1$個のまっすぐな正方形$S_1,S_2,\dots,S_{k^2+1}$が置かれており,どの2つの正方形も周以外で重なっていないとする.$S_i$の一辺の長さを$d_i$とし,$\sum_{i=1}^{k^2+1}d_i > k$と仮定して矛盾を導く.単位正方形が$0\leq x\leq 1,\ 0\leq y\leq 1$となるような座標を取る.$0\leq a<1/k$に対し,$k$本の直線
$$
L_j(a) : x=a+(j/k)\quad (j=0,1,\dots,k-1)
$$
を考える.
直線$L_j(a)\ (k=3)$
ここで関数$m_{ij}(a)$を
$$
m_{ij}(a) = \begin{cases}1&(S_i\cap L_j(a)\neq\emptyset)\\0&(S_i\cap L_j(a)=\emptyset)\end{cases}
$$
により定めると
\begin{align*}
\int_{a=0}^{1/k}\biggl(\sum_{i=1}^{k^2+1}\sum_{j=0}^{k-1}m_{ij}(a)\biggr)da &=
\sum_{i=1}^{k^2+1}\biggl(\sum_{j=0}^{k-1}\int_{a=0}^{1/k}m_{ij}(a)da\biggr)\\
&=\sum_{i=1}^{k^2+1}d_i>k
\end{align*}
となるため,左辺の被積分関数の値が$k^2$よりも真に大きくなるような$a$が$0\leq a<1/k$の範囲に存在する.以下このような$a$を固定し,$L_j(a)$のことを単に$L_j$で表す.$m_i=\sum_{j=0}^{k-1}m_{ij}(a)$と定めると,$a$の取り方より
$$
\sum_{i=1}^{k^2+1}m_i \geq k^2+1\quad \cdots (1)
$$
である.次に集合$\{1, 2, \dots, k^2 + 1\}$を三つの部分に分ける:
\begin{align*}
A := \{i\in \{1,2,\dots,k^2+1\}\mid m_i=0\},\\
B := \{i\in \{1,2,\dots,k^2+1\}\mid m_i=1\},\\
C := \{i\in \{1,2,\dots,k^2+1\}\mid m_i\geq 2\}.
\end{align*}
すると不等式(1)は
$$
\#B+\sum_{i\in C} m_i \geq \#A+\#B+\#C
$$
と書き換えられるので,移項すると
$$
\#A \leq \sum_{i\in C} (m_i-1)\quad\cdots (2)
$$
となる.ここで各$i$に対して$d_i$を評価する.
以上の評価を合わせると
\begin{align*}
\sum_{i=1}^{k^2+1}d_i & \leq \dfrac{\#A}{k}+\sum_{i\in B}\sum_{j=0}^{k-1}\mu(S_i\cap L_j)+\sum_{i\in C}\sum_{j=0}^{k-1}\mu(S_i\cap L_j) - \sum_{i\in C}\dfrac{m_i-1}{k}\\
& = \dfrac{1}{k}\left(\#A-\sum_{i\in C}(m_i-1)\right)+\sum_{i=1}^{k^2+1}\sum_{j=0}^{k-1}\mu(S_i\cap L_j)\\
&\leq k
\end{align*}
となる(最後の行で不等式(2)を用いた).これは$\sum_{i=1}^{k^2+1}d_i>k$という仮定に反している.以上で$g(k^2+1)\leq k$が示された.
定理5が$g(n)$に対しても成立することを使うと,以下のように$g(n)$の値が全て決定できます.
$-k< c< k$を満たす整数$k,c$に対して$g(k^2+2c+1)=k+(c/k)$が成り立つ.
この論文の主定理の証明は,正方形がまっすぐであることを本質的に使っており,斜めの正方形を許すと全く無意味な議論になってしまいます.したがって,Erdősの予想の完全な解決まではまだ遠いと言わざるを得ません.
Erdősの予想に関連して,次のような興味深い未解決問題もあります.
$n\neq 2,3,5$とする.単位正方形を$n$個の正方形に分割するとき,$n$個の正方形の一辺の長さの総和としてありうる最大値を$h(n)$とする.$h(n)$を求めよ.
ただし$n=2,3,5$のときは分割が存在しないため$h(n)$は定義されないことに注意します.定義から明らかに$h(n)\leq g(n)$ですが,$n=k^2\pm 1$以外の場合には,$g(n)$の値は正方形の分割によって達成されるのでした.(定理4の証明).また$n=k^2+1$の場合も,$g(n)$の値を達成する分割が存在することが知られていますStaton-Tyler07.したがってこれらの場合には$h(n)=g(n)$が成り立ちます.残るのは$n=k^2-1$の場合のみですが,例えば$h(8)=13/5$であることが知られておりPraton13,これは$g(8)=8/3$よりも真に小さい値です.一般に$h(k^2-1)\geq k-\frac{1}{k-1}$が示されていますが,$k=4$などでより良い構成が存在するため,一般の$k$に対する$h(k^2-1)$の値は予想すら立っていない状況です.