トーリック幾何には,シンプレクティック幾何を使ったトーリック幾何と複素代数幾何を使ったトーリック幾何の2つの理論がある.前者と後者のそれぞれを概説し,最後に,両者がどのように関係するのかを見る.前提知識としては,シンプレクティック幾何と代数幾何の基本的な部分は仮定するが,トーリック幾何の知識は仮定しない.
$T^n:=(S^1)^n=(\mathbb{R}/2\pi\mathbb{Z})^n$
$\mathbb{C}^\times:=\mathbb{C}\setminus\{0\}$
$N:$階数$n$の自由$\mathbb{Z}$-加群
$M:=\mathrm{Hom}_{\mathbb{Z}}(N,\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^n$
$N_\mathbb{R}:=N\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{R}\cong\mathbb{R}^n$
$M_\mathbb{R}:=M\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{R}\cong\mathbb{R}^n$
また,polytopeとは,$\{(x_1,\dots,x_n)\in\mathbb{R}^n\mid a_1x_1+\cdots+a_nx_n\leq b\}$という形の部分空間の有限個の共通部分のこととする.つまり,ここでは有界性を仮定しない.
シンプレクティックトーリック多様体(symplectic toric manifold)とは,$2n$次元シンプレクティック多様体$(X,\omega)$であって,$n$次元トーラス$T^n$の効果的なハミルトン作用をもつもの.
作用$\rho:T^n\times X\to X$が効果的(effective)であるとは,写像$\rho:T^n\to\mathrm{Diff}(X)$が単射であること.
作用$\rho:T^n\times X\to X$がハミルトン作用であることの定義により,$X$上のmoment map$\mu:X\to\mathbb{R}^n$が存在する.このmoment map$\mu$のとり方は一意的ではないが,定数$c\in\mathbb{R}^n$の差を除いて一意的に定まる.
シンプレクティックトーリック多様体といったら,正確には,作用$\rho$やmoment map$\mu$も含めた組$(X,\omega,T^n,\rho,\mu)$を指すが,たんに$(X,\omega)$と略記する.
シンプレクティック多様体$(S^2,\omega_{std})$へのトーラス作用として$z$軸まわりの回転による$T^1$-作用$\rho:T^1\times S^2\to S^2$を考える.これのmoment mapは$\mu:S^2\to\mathbb{R},(x,y,z)\mapsto z$である.
シンプレクティック多様体$(\mathbb{C}^n,\omega_{std})$へのトーラス作用$\rho:T^n\times\mathbb{C}^n\to\mathbb{C}^n,((t_1,\dots,t_n),(z_1,\dots,z_n))\mapsto(e^{it_1}z_1,\dots,e^{it_n}z_n)$を考える.これのmoment mapは$\mu:\mathbb{C}^n\to\mathbb{R}^n,(z_1,\dots,z_n)\mapsto(\frac{1}{2}|z_1|^2,\dots,\frac{1}{2}|z_n|^2)$である.
シンプレクティック多様体$(\mathbb{CP}^n,\omega_{FS})$へのトーラス作用$\rho:T^n\times\mathbb{CP}^n\to\mathbb{CP}^n,((t_1,\dots,t_n),[X_0:\dots:X_n])\mapsto[X_0:e^{it_1}X_1:\dots:e^{it_n}X_n]$を考える.これのmoment mapは$\mu:\mathbb{CP}^n\to\mathbb{R}^n, [X_0:\dots:X_n]\mapsto(\frac{|X_1|^2}{\sum_{0\leq i\leq n}|X_i|^2},\dots,\frac{|X_n|^2}{\sum_{0\leq i\leq n}|X_i|^2})$である.
どの例でも,トーラス作用で退化している点があることに注意したい.さて,唐突だが,ここでDelzant polytopeを定義する.
polytope$P\subset M_\mathbb{R} = \mathbb{R}^n$がDelzantであるとは,次の条件を満たすこと.
シンプレクティックトーリック多様体とpolytopeは次の定理によって密接に関係する.
$2n$次元コンパクトシンプレクティックトーリック多様体$(X,\omega,T^n,\rho,\mu)$に対して,moment mapの像$\mathrm{Im}(\mu)$は$n$次元コンパクトDelzant polytopeである.
次の$1:1$対応がある.
{コンパクトシンプレクティックトーリック多様体の同型類}$\leftrightarrow${コンパクトDelzant polytopeの同型類}
$(X,\omega,T^n,\rho,\mu)\mapsto \mathrm{Im}(\mu)$
逆に,polytopeからシンプレクティックトーリック多様体を構成するときは,シンプレクティック簡約(symplectic reduction)によって構成できる.とりあえず重要なことは,この定理により,シンプレクティックトーリック多様体はpolytopeによって完全に決定されるということである.
上の例で出てきたシンプレクティックトーリック多様体を考える.
トーリック多様体(toric variety)とは,$\mathbb{C}$上の$n$次元既約代数多様体$X$であって,次の条件を満たすもの.
トーリック多様体といったら,正確には,埋め込み$i$や作用$\rho$も含めた組$(X,(\mathbb{C}^\times)^n,i,\rho)$を指すが,たんに$X$と略記する.
用語の問題ではあるが,ここではシンプレクティックトーリック多様体といったら多様体(manifold)で,トーリック多様体といったら代数多様体(variety)なので,注意.
唐突だが,ここでconeを定義する.
$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M]$を,半群$\sigma^\vee \cap M$が$\mathbb{C}$上で生成する$\mathbb{C}$代数として定義する.たとえば,$\mathbb{C}[\mathbb{N}^n]=\mathbb{C}[x_1,\dots,x_n]$である.次の定理により,coneが与えられると,それに付随してアファイン代数多様体が得られ,さらにトーリック多様体としての構造を持つ.
rational strongly convex cone$\sigma\subset N_\mathbb{R}$が与えられると,それに付随して$n$次元アファイントーリック多様体$X_\sigma:=\mathrm{Spec}(\mathbb{C}[\sigma^\vee\cap M])$が定まる.
rationalという仮定により,$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M]$は有限生成$\mathbb{C}$代数であることがわかる.少し考えると,$\mathbb{C}$代数の単射$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] \hookrightarrow \mathbb{C}[t_1^{\pm1},\dots,t_n^{\pm1}]$があることがわかる.よって,$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] $は整域で$\mathrm{Spec}(\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] )$はアファイン代数多様体.次に,$n$次元であることとトーリックの構造が入ることを示す.strongly convexの仮定により,$\mathrm{dim}(\sigma^\vee) = n$がわかる.$m_0 \in \mathrm{Int}(\sigma^\vee) \neq \phi$を任意にとって1つ固定する.頑張ると,先ほどの単射$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] \hookrightarrow \mathbb{C}[t_1^{\pm1},\dots,t_n^{\pm1}]$は次の局所化写像に分解することがわかる.$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] \xrightarrow{\mathrm{loc}} \mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M]_{m_0} \cong \mathbb{C}[M] \cong \mathbb{C}[t_1^{\pm1},\dots,t_n^{\pm1}]$.よって,開埋め込み$\mathrm{Spec}(\mathbb{C}[t_1^{\pm1},\dots,t_n^{\pm1}]) \hookrightarrow \mathrm{Spec}(\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M])$が存在する.つまり,$X_\sigma$は$n$次元トーラス$(\mathbb{C}^\times)^n$を開部分集合として含む.とくに,$X_\sigma$は$n$次元.トーラス作用$(\mathbb{C}^\times)^n\times X_\sigma \to X_\sigma$については,$\mathbb{C}$代数の自然な写像$\mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M] \to \mathbb{C}[M] \otimes \mathbb{C}[\sigma^\vee \cap M]$を考えればよい.
有限個のconeの集まり$\Sigma=\{ \sigma_{i} \}_i$であって,しかるべき条件をみたすもののことをfanという.各coneからアファイン代数多様体を構成できるということは,fanから代数多様体を構成する方法がありそうで,実際ある.
$N$内のfan$\Sigma$が与えられると,それに付随して$n$次元トーリック多様体$X_\Sigma:=(\coprod_{\sigma\in\Sigma}X_\sigma)/\sim$が定まる.
$\sigma_1,\sigma_2 \in \Sigma$が共通の面$\sigma_3 \in \Sigma$を持つとき,開埋め込み$X_{\sigma_1} \hookleftarrow X_{\sigma_3} \hookrightarrow X_{\sigma_2}$が存在するので,$X_{\sigma_1}とX_{\sigma_2}$を$X_{\sigma_3}$で貼り合わせることができる.この貼り合わせをすべての$\sigma \in \Sigma$について行うことで,各アファイントーリック多様体$X_\sigma$たちを貼り合わせればよい.
代数多様体を構成する方法としてfanを使う方法を紹介したわけだが,さらにそのfanを構成する方法としてpolytopeを使う方法がある.次はこれを紹介する.
polytope$P\subset M_\mathbb{R}$がlatticeであるとは,$P$の各頂点が$M$に属すること.
$n$次元lattice polytope$P\subset M_\mathbb{R}$が与えられると,それに付随して$N$内のfan$\Sigma_P$を構成するcanonicalな方法がある.
polytope$P \subset M_\mathbb{R}$は,境界に対応する上半平面$H_i=\{m \in M_\mathbb{R} \mid \langle m,n_i \rangle \geq b_i \} $を用いて,$P=\cap_{i} H_i$と表示できる.$P$の各面$Q \subset M_\mathbb{R}$に対してcone$\sigma_Q \subset N_\mathbb{R}$を$\sigma_Q:=\mathrm{Cone}( \{ n_i \mid Q \subset H_i \} ) \subset N_\mathbb{R}$で定義する.$\Sigma_P: = \{\sigma_Q \}_Q $と定義すれば,これはfanになることが確かめられる.
polytope$P$が(polytopeの意味で)smoothであることとトーリック多様体$X_{\Sigma_P}$がsmoothであることは同値である.smoothness以外にも,$X_{\Sigma_P}$はpolytope$P$の性質をいろいろ反映する.
重要なことは,polytopeからシンプレクティックトーリック多様体(manifold)をcanonicalに構成する方法とはまた別に,polytopeからトーリック多様体(variety)をcanonicalに構成する方法があるということである.ここまでの構成の流れを整理すると,次のようになる.
polytope$\to$シンプレクティックトーリック多様体
cone$\to$アファイントーリック多様体
polytope$\to$fan$\to$トーリック多様体
すべてのトーリック多様体がfanから得られるわけではないが,トーリック多様体が正規(normal)であればfanから得られる.より強く,次の定理が成り立つ.
次の$1:1$対応がある.
{fanの同型類}$\leftrightarrow${正規トーリック多様体の同型類}
$\Sigma\mapsto X_\Sigma$
なお,シンプレクティックトーリック多様体のときのようにpolytopeとの1対1対応があるわけではない.
$M$の階数を$n$とする.コンパクトDelzant lattice polytope$P\subset M_{\mathbb{R}}$が与えられると,シンプレクティック幾何の章で見たように$2n$次元シンプレクティックトーリック多様体$X_P$を構成でき,一方で代数幾何の章で見たように$n$次元トーリック多様体$X_{\Sigma_P}$を構成できる.それぞれがmanifoldとvarietyなので,このままでは比較できないが,$P$がpolytopeの意味でsmoothなので$X_{\Sigma_P}$はsmooth varietyであり,$X_{\Sigma_P}$を自然に複素多様体とみなすことで「$X_P$と$X_{\Sigma_P}$はmanifoldとして同型か?」という質問が意味を持つ.次の定理は,この2つが一致することを主張する.
$P\subset M_{\mathbb{R}} $をコンパクトDelzant lattice polytopeとする.このとき,$X_P$と$X_{\Sigma_P}$はmanifoldとして同型である.
[1] Ana Cannas de Silva, Symplectic Toric Manifolds
[2] William Fulton, Introduction to Toric Varieties
[3] Qiuyu Ren, Toric varieties in algebraic and symplectic geometry