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スカラー三重積と3k-次元k-ベクトル空間

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$$\newcommand{CAb}[0]{\mathbf{Ab}} \newcommand{CArr}[0]{\mathbf{2}} \newcommand{CCat}[0]{\mathbf{Cat}} \newcommand{CCAT}[0]{\mathbf{CAT}} \newcommand{CEnr}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Cat}} \newcommand{CENR}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{CAT}} \newcommand{CMod}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Mod}} \newcommand{CMonCat}[0]{\mathbf{MonCat}} \newcommand{cod}[0]{\mathop{\mathrm{cod}}} \newcommand{Colim}[0]{\mathop{\mathrm{Colim}}} \newcommand{couni}[0]{\varepsilon} \newcommand{CQuiv}[0]{\mathbf{Quiv}} \newcommand{CSet}[0]{\mathbf{Set}} \newcommand{CUni}[0]{\mathbf{1}} \newcommand{defeq}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{=}} \newcommand{defequiv}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{\Leftrightarrow}} \newcommand{dom}[0]{\mathop{\mathrm{dom}}} \newcommand{Hom}[0]{\mathop{\mathrm{Hom}}} \newcommand{Id}[0]{\mathrm{Id}} \newcommand{id}[0]{\mathrm{id}} \newcommand{Lim}[0]{\mathop{\mathrm{Lim}}} \newcommand{Limind}[0]{\mathop{\underset{\longrightarrow}{\mathrm{Lim}}}\nolimits} \newcommand{Limproj}[0]{\mathop{\underset{\longleftarrow}{\mathrm{Lim}}}} \newcommand{lsimarrow}[0]{\xleftarrow{\sim}} \newcommand{Lsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longleftarrow}} \newcommand{Mor}[0]{\mathop{\mathrm{Mor}}} \newcommand{Obj}[0]{\mathop{\mathrm{Obj}}} \newcommand{rsimarrow}[0]{\xrightarrow{\sim}} \newcommand{Rsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longrightarrow}} \newcommand{SMC}[0]{\mathbf{SMC}} \newcommand{SMCC}[0]{\mathbf{SMCC}} \newcommand{To}[0]{\Rightarrow} \newcommand{uni}[0]{\eta} \newcommand{var}[1]{\boldsymbol{#1}} $$

はじめに

ふと思い立ってベクトル解析で腑に落ちていない箇所をこねくりまわしていたら、3次元でしかうまくいかない非自明なことを平気な顔でやっていたためキレちらかしたログが以下の文章になります。

なお、以下の文章ではスカラー三重積の話をしていますが、より非自明なベクトル三重積についてはまだよくわかっていません。誰か教えてください。

スカラー三重積とは

スカラー三重積とは、ベクトル解析に登場する摩訶不思議な演算です。3次元ベクトル空間$V$について、$V$上のベクトルを$\var{x},\var{y},\var{z}$、内積を$\var{x}\cdot\var{y}$、外積を$\var{x}\times\var{y}$で表すとするとき、スカラー三重積は次のような演算です:

$$ \var{x}\cdot(\var{y}\times\var{z}) $$

スカラー三重積は3つのベクトルからスカラー値を導出し、次のような性質を持っています:

$$ \var{x}\cdot(\var{y}\times\var{z})=\var{y}\cdot(\var{z}\times\var{x})=\var{z}\cdot(\var{x}\times\var{y}) $$

証明は成分ごとにゴリゴリ計算すれば出ます。

外積代数から見るスカラー三重積

外積代数とは

外積代数は、微分幾何を始め、各種の幾何学で強力なツールとなる代数の体系です。学部生時代の記憶だともっぱら微分形式の形でお目にかかりましたが、それに限らず幾何学と線形代数の要素があれば幅広く応用できます。個人的に幾何学の中で最も美しい体系だとすら思います(代数贔屓がひどいことは認める)。

$V_1,\dots,V_k,W$を(体$L$上の)ベクトル空間とする。このとき、$k$-重線形写像とは、写像$f\colon V_1\times\cdots\times V_k\to W$であって、各引数それぞれについて線形であるものをいう。
すなわち、各$1\leq i\leq k$について$a_1,\dots,a_{i-1},a_{i+1},\dots,a_k\in V$を固定したときに$f(a_1,\dots,\Box,\dots,a_k)\colon V_i\to W$が線形であるものをいう。

(体$L$上の)ベクトル空間$V_1,\dots,V_k$に対して、テンソル積$V_1\otimes\cdots\otimes V_k$とは、$k$-重線形写像$\varphi\colon V_1\times\cdots\times V_k\to V_1\otimes\cdots\otimes V_k$を備えたベクトル空間で、次の普遍性を満たすものである:

  • 任意の$k$重線形写像$f\colon V_1\times\cdots\times V_k\to W$に対して、ある線形写像$\bar{f}\colon V_1\otimes\cdots\otimes V_k\to W$がただ1つ存在して、$f=\bar{f}\mathbin{\circ}\varphi$である。

構成的には、直積空間を然るべき同値関係で割ると作ることができます。詳細はお手元の線形代数学の教科書をご確認ください (加群のテンソル積も同じ構成なので可換環論の教科書でもよい)。

$L$上のベクトル空間$V$に対して、$V$上のテンソル代数$T(V)$とは、$V$$k$次テンソル冪$V^{\otimes k}:=V\otimes\cdots\otimes V$ ($k$個の$V$のテンソル積) たちの直和
$$ T(V):=\bigoplus_{k=0}^\infty V^{\otimes k}=L\oplus V\oplus(V\otimes V)\oplus\cdots $$
である。

$L$上のベクトル空間$V$に対して、$V$上の外積代数とは、$V$上のテンソル代数$T(V)$$x\otimes x\sim 0$から生成される同値関係で割ったものである。
$V$上の外積代数を$\bigwedge(V)$で、$\bigwedge(V)$上でのテンソル積を$x\wedge y$で、$k$個の元$x_1,\dots,x_k\in V$の積$x_1\wedge\cdots\wedge x_k$のなす部分空間を$\bigwedge^k(V)$で表す。

外積代数$\bigwedge(V)$について、$x\wedge y=-y\wedge x$

外積代数の定義から、$(x+y)\wedge(x+y)=0$である。$\wedge$は双線形であるため、

\begin{align} (x+y)\wedge(x+y) &=x\wedge x+x\wedge y+y\wedge x+y\wedge y\\ &=x\wedge y+y\wedge x\\ \therefore x\wedge y+y\wedge x&=0 \end{align}

詳細は省きますが、ベクトル空間$V$の基底が$e_1,\dots,e_n$で表されるとき、$k$階テンソル空間は$e_{i_1}\otimes\cdots\otimes e_{i_k}$たちを基底として持ちます。外積代数では定義から$x\wedge x=0$になるため、次の事実がわかります。

$e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_k}$ ($1\leq i_1<\cdots< i_k\leq n$) たちは$\bigwedge^k(V)$の基底をなす。従って、各$\bigwedge^k(V)$$\tbinom{n}{k}$次元ベクトル空間である。

いま、$V$の基底には番号によって順番$e_1,\dots,e_n$が与えられていますが、一般には正規直交基底$\{b_1,\dots,b_n\}$を用いて基底の向き(orientation) $\omega:=b_1\wedge\cdots\wedge b_n$を固定します。

$M$$n$次元可微分多様体とする。このとき、点$p\in M$の周りでの$k$次微分形式とは、余接空間$T^*_pM$上の$k$次外積のことを言う。
$k$次微分形式$\omega=\sum_{1\leq i_1<\cdots< i_k\leq n}f_{i_1\cdots i_k}dx_{i_1}\wedge\cdots\wedge dx_{i_k}\in\bigwedge^k(T^*_pM)$に対して、外微分$d\omega\in\bigwedge^{k+1}(T^*_pM)$
${\displaystyle d\omega:=\sum_{j=1}^n\sum_{1\leq i_1<\cdots< i_k\leq n}\frac{\partial}{\partial x_j}f_{i_1\cdots i_k}dx_{i_1}\wedge\cdots\wedge dx_{i_k}\wedge dx_j}$
で定まる。

$n=3$の場合において、$\bigwedge^k(T^*_pM)$ ($k=1,2$) を実3次元関数ベクトルと同一視すると、各$k=0,1,2$についての外微分はそれぞれ$\nabla f\ (\mathop{\mathrm{grad}}f),\nabla\times\omega\ (\mathop{\mathrm{rot}}f),\nabla\cdot\omega\ (\mathop{\mathrm{div}}f)$に対応する。

ホッジ作用素

二項係数にはご存じの通り$\binom{n}{k}=\binom{n}{n-k}$という関係があるわけですが、なんと外積代数上でこの関係が意味を持ちます。

$L$は体、$V$$L$上のベクトル空間、$\langle\_,\_\rangle$$V$上の内積とする。
任意の$L$値線形関数$f\colon V\to L$について、ある$q\in V$がただ1つ存在して、$f(x)=\langle x,q\rangle$

$V$の正規直交基底$b_1,\dots,b_n$に対して、$q=\sum_{i=1}^nf(b_i)b_i$とすると、
\begin{align} \langle x,q\rangle &=\left\langle\textstyle\sum_{i=1}^nx_ib_i,q\right\rangle\\ &=\textstyle\sum_{i=1}^nx_if(b_i)\\ &=f(\textstyle\sum_{i=1}^nx_ib_i)\\ &=f(x) \end{align}
基底の一次独立性から一意性は明らか。

$x\in\bigwedge^k(V)$$y\in\bigwedge^{n-k}(V)$に対して$x\wedge y\in\bigwedge^n(V)$となりますが、$\bigwedge^n(V)$は1次元空間、すなわち$L$と同型であるため、固定された基底の向き$\omega$に対して$f_x(y)\in L$が定まって
$x\wedge y=f_x(y)\omega$
となります。線形性から明らかに$f_x\colon\bigwedge^{n-k}(V)\to L$は線形写像であるため、ある$q_x\in\bigwedge^{n-k}(V)$が存在して
$x\wedge y=\langle y,q_x\rangle\omega$
が成り立ちます。

$x\in\bigwedge^k(V)$に対して、$\mathop{\star}x\in\bigwedge^{n-k}(V)$
$\forall y\in\bigwedge^{n-k}(V).x\wedge y=\langle y,\mathop{\star}x\rangle\omega$
を満たすただ1つの元として定める。この$\mathop{\star}x$$x$Hodge双対 (ホッジ双対)という。Hodge双対を求める作用素をHodge作用素という。

$V$は3次元ベクトル空間、$V$の基底の向きを$b_1\wedge b_2\wedge b_3$で固定する。
このとき、$\mathop{\star}b_1=b_2\wedge b_3,$ $\mathop{\star}b_2=b_3\wedge b_1,$ $\mathop{\star}b_3=b_1\wedge b_2$である。
また、$\mathop{\star}(b_1\wedge b_2)=b_3,$ $\mathop{\star}(b_2\wedge b_3)=b_1,$ $\mathop{\star}(b_3\wedge b_1)=b_2$である。

$\mathop{\star}\mathop{\star}x=(-1)^{k(n-k)}x$

$V$のある基底$e_{i_1},\dots,e_{i_k}$ ($i_1<\cdots< i_k$) に対して、これに含まれていない基底を$e_{j_1},\dots,e_{j_{n-k}}$ ($j_1<\cdots< j_{n-k}$) とおき、$(i_1,\dots,i_k,j_1,\dots,j_{n-k})$$(1,\dots,n)$にする置換を$\sigma$で表す。このとき、
\begin{align} \mathop{\star}\mathop{\star}(e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_k}) &=\mathop{\star}\left((-1)^{\mathop{sgn}(\sigma^{-1})}e_{j_1}\wedge\cdots\wedge e_{j_{n-k}}\right)\\ &=(-1)^{\mathop{sgn}(\sigma^{-1})+\mathop{sgn}(\sigma)+k(n-k)}e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_k}\\ &=(-1)^{k(n-k)}e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_k} \end{align}
より、線形性から従う。

固定した基底の向き$\omega$に対して、
$\mathop{\star}\omega=1$

$l\in L$に対して、
$\langle l,\mathop{\star}\omega\rangle\omega=l\wedge\omega=l\omega=\langle l,1\rangle\omega$より従う。

$\langle x,y\rangle=(-1)^{k(n-k)}\mathop{\star}(\mathop{\star}y\wedge x)$

$\mathop{\star}y\wedge x=(-1)^{k(n-k)}\langle x,y\rangle\omega$に対して、両辺Hodge双対を取ればよい。

外積代数におけるクロス積

$V$が3次元ベクトル空間であるとき、$x=\sum_{i=1}^3x_ib_i,y=\sum_{i=1}^3y_ib_i$ ($\{b_i\}_{i=1,2,3}$は正規直交基底) に対して
$$ x\wedge y=\sum_{1\leq i< j\leq 3}(x_iy_j-x_jy_i)b_i\wedge b_j $$
であるため、クロス積 $x\times y$$x\times y=\mathop{\star}(x\wedge y)$で表すことができる。

特に$n=3k$である場合、$x,y\in\bigwedge^k(V)$に対して再び$\mathop{\star}(x\wedge y)\in\bigwedge^k(V)$となるため、3次元の場合と類似したクロス積の一般化を得る (これは一般にクロス積の一般化と言われる7次元空間上の演算ではないことに注意)。

スカラー三重積

$n=3k$とする。$n$次元ベクトル空間上の$k$次外積$x,y,z\in\bigwedge^k(V)$について、
$\langle x,y\times z\rangle=\mathop{\star}(x\wedge y\wedge z)$

$(-1)^{k(n-k)}=(-1)^{k\cdot 2k}=1$であるため、
\begin{align} \langle x,y\times z\rangle &= \mathop{\star}(\mathop{\star}(y\times z)\wedge x)\\ &= \mathop{\star}(\mathop{\star}\mathop{\star}(y\wedge z)\wedge x)\\ &=\mathop{\star}(y\wedge z\wedge x)\\ &=\mathop{\star}(x\wedge y\wedge z) \end{align}

$\langle x,y\times z\rangle=\langle y,z\times x\rangle=\langle z,x\times y\rangle$

$x\wedge y\wedge z=y\wedge z\wedge x=z\wedge x\wedge y$と定理6より従う。

まとめ

外積代数を用いることで、スカラー三重積が3つのベクトルの積$x\wedge y\wedge z$と関連しており、対称性が自然に従うことと、この性質が$3k$次元空間の$k$-ベクトルに対してのみ成り立つことがわかりました。ベクトルの間の積について、特にクロス積を再び同じベクトルと考えることがあまりにも非自明な行為であり、これが諸悪の根源と言っても過言ではないことがわかります。

スカラー三重積はまだ$n=3k$であれば成立する性質でしたが、ベクトル三重積は$n=3$でなければ成立しない (例えば6次元空間にすら一般化不可能) のではないかという疑いを今のところ持っています。なまじ我々のいる空間が3次元という低次元空間であり、基底の組み合わせが非常に少なかったことがスカラー/ベクトル三重積のような非自明な公式を当然のように教科書に載せた根源なのではないかと、恨み節と責任転嫁が止まりません。

参考文献

[2]
Grassmann, Hermann (trans. Kannenberg, Lloyd C.), Extension Theory, American Mathematical Society, 2000
投稿日:2023530

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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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