はじめに
ふと思い立ってベクトル解析で腑に落ちていない箇所をこねくりまわしていたら、3次元でしかうまくいかない非自明なことを平気な顔でやっていたためキレちらかしたログが以下の文章になります。
なお、以下の文章ではスカラー三重積の話をしていますが、より非自明なベクトル三重積についてはまだよくわかっていません。誰か教えてください。
スカラー三重積とは
スカラー三重積とは、ベクトル解析に登場する摩訶不思議な演算です。3次元ベクトル空間について、上のベクトルを、内積を、外積をで表すとするとき、スカラー三重積は次のような演算です:
スカラー三重積は3つのベクトルからスカラー値を導出し、次のような性質を持っています:
証明は成分ごとにゴリゴリ計算すれば出ます。
外積代数から見るスカラー三重積
外積代数とは
外積代数は、微分幾何を始め、各種の幾何学で強力なツールとなる代数の体系です。学部生時代の記憶だともっぱら微分形式の形でお目にかかりましたが、それに限らず幾何学と線形代数の要素があれば幅広く応用できます。個人的に幾何学の中で最も美しい体系だとすら思います(代数贔屓がひどいことは認める)。
を(体上の)ベクトル空間とする。このとき、-重線形写像とは、写像であって、各引数それぞれについて線形であるものをいう。
すなわち、各についてを固定したときにが線形であるものをいう。
(体上の)ベクトル空間に対して、テンソル積とは、-重線形写像を備えたベクトル空間で、次の普遍性を満たすものである:
- 任意の重線形写像に対して、ある線形写像がただ1つ存在して、である。
構成的には、直積空間を然るべき同値関係で割ると作ることができます。詳細はお手元の線形代数学の教科書をご確認ください (加群のテンソル積も同じ構成なので可換環論の教科書でもよい)。
体上のベクトル空間に対して、上のテンソル代数とは、の次テンソル冪 (個ののテンソル積) たちの直和
である。
体上のベクトル空間に対して、上の外積代数とは、上のテンソル代数をから生成される同値関係で割ったものである。
上の外積代数をで、上でのテンソル積をで、個の元の積のなす部分空間をで表す。
詳細は省きますが、ベクトル空間の基底がで表されるとき、階テンソル空間はたちを基底として持ちます。外積代数では定義からになるため、次の事実がわかります。
() たちはの基底をなす。従って、各は次元ベクトル空間である。
いま、の基底には番号によって順番が与えられていますが、一般には正規直交基底を用いて基底の向き(orientation) を固定します。
を次元可微分多様体とする。このとき、点の周りでの次微分形式とは、余接空間上の次外積のことを言う。
次微分形式に対して、外微分が
で定まる。
の場合において、 () を実3次元関数ベクトルと同一視すると、各についての外微分はそれぞれに対応する。
ホッジ作用素
二項係数にはご存じの通りという関係があるわけですが、なんと外積代数上でこの関係が意味を持ちます。
は体、は上のベクトル空間、は上の内積とする。
任意の値線形関数について、あるがただ1つ存在して、。
の正規直交基底に対して、とすると、
基底の一次独立性から一意性は明らか。
とに対してとなりますが、は1次元空間、すなわちと同型であるため、固定された基底の向きに対してが定まって
となります。線形性から明らかには線形写像であるため、あるが存在して
が成り立ちます。
に対して、を
を満たすただ1つの元として定める。このをのHodge双対 (ホッジ双対)という。Hodge双対を求める作用素をHodge作用素という。
は3次元ベクトル空間、の基底の向きをで固定する。
このとき、 である。
また、 である。
のある基底 () に対して、これに含まれていない基底を () とおき、をにする置換をで表す。このとき、
より、線形性から従う。
外積代数におけるクロス積
が3次元ベクトル空間であるとき、 (は正規直交基底) に対して
であるため、クロス積 をで表すことができる。
特にである場合、に対して再びとなるため、3次元の場合と類似したクロス積の一般化を得る (これは一般にクロス積の一般化と言われる7次元空間上の演算ではないことに注意)。
スカラー三重積
まとめ
外積代数を用いることで、スカラー三重積が3つのベクトルの積と関連しており、対称性が自然に従うことと、この性質が次元空間の-ベクトルに対してのみ成り立つことがわかりました。ベクトルの間の積について、特にクロス積を再び同じベクトルと考えることがあまりにも非自明な行為であり、これが諸悪の根源と言っても過言ではないことがわかります。
スカラー三重積はまだであれば成立する性質でしたが、ベクトル三重積はでなければ成立しない (例えば6次元空間にすら一般化不可能) のではないかという疑いを今のところ持っています。なまじ我々のいる空間が3次元という低次元空間であり、基底の組み合わせが非常に少なかったことがスカラー/ベクトル三重積のような非自明な公式を当然のように教科書に載せた根源なのではないかと、恨み節と責任転嫁が止まりません。