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現代数学議論
文献あり

多様体にヤコビアンとホモロジー群が定める2種類の向きの整合性

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始めに例を見よう

記事の概要

この記事では,ヤコビアンとホモロジー群のそれぞれを用いて,2種類の向きを多様体に対して定義し,それらの間にはよい対応があることを示す.ヤコビアンにより定まる向きとは,多様体を向き付ける座標近傍系(の同値類)のことであり,ホモロジー群により定まる向きとは,ホモロジー群の基本類(適切な条件下では生成元)のことである.

なお,この記事で定義する「向き(ムキ)」「向き(ムキ)を保つ」「向き(ムキ)を逆にする」などの用語は,『トポロジーの基礎 上』(参考文献2)の中で使われている「向き」「向きを保つ」「向きを逆にする」という言葉と整合的になるようにしたつもりである.なので,『トポロジーの基礎 上』を読む際の参考にしてほしいと思う.2種類の向きの間には後述するような整合性があるため,本の中の向きという用語を,この記事のどちらの定義の向きとして読んでも,大きな問題は生じないと思う.

S1を例に2種類の向きを見る

円周S1を例にとって,2種類の向きを見てみよう.都合によりΔ1:=[1,1]とみなすことにする.

まずS1:={(x,y)R2;x2+y2=1}とする.開区間V1=V2:=(32,32)Rを考える.

ψ1:V1S1,t(cos(π2t+π2),sin(π2t+π2))
ψ2:V2S1,t(cos(π2t+32π),sin(π2t+32π))を考える.U1:=ψ1(V1),U2:=ψ2(V2)とおく.ψ1,ψ2の逆写像をそれぞれφ1:U1V1,φ2:U2V2とおく.すると,T:={(U1,φ1,V1),(U2,φ2,V2)}S1を向きつける座標近傍系である.ι:RR,ttφ1,φ2に合成することで,Tの逆向きの座標近傍系{(U1,ιφ1,ι(V1)),(U2,ιφ2,ι(V2))}が得られるので,それを直感的に(ここだけの記号で)T:={(U1,ιφ1,ι(V1)),(U2,ιφ2,ι(V2))}と書くことにする.あとできちんと定義するが,ここではT,Tのことをヤコビアンにより定まるS1の向きと呼ぶことにする.T,Tは互いに逆の向きである.図1のようにTは反時計回りの向きであり,Tは時計回りの向きであることが見てとれる.

一方,φ1,φ2の逆写像(つまりψ1,ψ2)の定義域をΔ1=[1,1]に制限したものをそれぞれg1,g2:Δ1S1とする.実はg1+g2S1(S1)が代表するH1(S1)の元ε:=[g1+g2]H1(S1)は,Tに対応するH1(S1)Zの生成元であり,基本類と呼ばれるものである.
また,ιの制限ι:Δ1Δ1を合成したg1ι,g2ι:Δ1S1を考えると,これらはTの座標として現れるιφ1,ιφ2の逆写像の制限になっている.g1ι+g2ιS1(S1)が代表するH1(S1)の元[g1ι+g2ι]H1(S1)は,Tに対応する生成元である.実は[g1ι+g2ι]=εH1(S1)となっている.
このε,εH1(S1)を,ホモロジー群により定まるS1の向きとここでは呼ぶことにする.図1のようにεは反時計回りの向きであり,εは時計回りの向きであることが見てとれる.

!FORMULA[45][35811298][0]における2種類の向きの対応 S1における2種類の向きの対応

ヤコビアンにより定まる向きはT,Tの2つであり,ホモロジー群により定まる向きもε,εの2つである.そして,TεTεとが,それぞれ対応している.2種類の向きの間のこのような対応について考察するのが,この記事の目的である.この例では±Tの座標を表す写像(の逆写像)の制限により±εの代表元が与えられているので,確かにTεとは同じ反時計回りだし,Tεとは,同じ時計回りになっている.

さて,Tに属する座標近傍U1,U2はもちろんS1の開被覆である.
面白いことに,εの代表元に現れるg1,g2の像g1(Δ1),g2(Δ1)S1の被覆になっている.ただしこちらは閉被覆である.ヤコビアンにより定まる向きは,開被覆が多様体に向きを与えており,ホモロジー群により定まる向きは,閉被覆が多様体に向きを与えているということもできるかもしれない.

(なお,g1(Δ1),g2(Δ1)S1の閉被覆になっているのは偶然ではなく,このようなことは,一般に成立する.記事の最後で示そう.)

以下では,まずここで見たような2種類の向きを一般の状況で定義し,最後に,それらの間の整合性を考察する.

向きその1(ヤコビアンを用いた定義)

2種類の向きを定義する1つ目として,ヤコビアンを用いてC多様体の向きを定義する.

向きの定義

準備

多様体は境界付きのものも含めて考える.多様体Xの境界をX,内部をX:=XXと書くことにする.境界を持たない多様体にしか興味がない人(あるいは境界付き多様体を知らない人)は,以下の記述に出てくるXとはXのことだと思ってよい.

XC多様体であり,S={(Uα,φα,Vα)}αAXの座標近傍系とする.また,S0={(Uβ,φβ,Vβ)}βBSを含むC級極大座標近傍系であるとする.(ただし,C級極大座標近傍系の定義は参考文献1の定義6.VI(p.54)を用いる.)
さて,S0に含まれる座標近傍系全体の集合をMX0とおく.
MX0:={{(Uβ,φβ,Vβ)}βC;CB,βCUβ=X}

(Uα,φα,Vα),(Uβ,φβ,Vβ)S0Xの座標近傍とする.
任意のpUαUβXについて,φα(p)におけるφβ(φα)1のヤコビアンが正であるとき,(Uα,φα,Vα)(Uβ,φβ,Vβ)とは,同じ向きであるということにする.(参考文献1のp.300を参照してほしい.)

MX0の元Tであって,Tに属するどの2つの座標近傍も同じ向きであるようなもの全体の集合をMX1とする.
MX1:={TMX0;Tに属するどの2つの座標近傍も同じ向き}
MX1が空でないことと多様体Xが向き付け可能であることは,同値である.

MX1に同値関係を導入し,向きを定義する

さて,MX1に次のように同値関係1を定める:
任意のT1,T2MX1に対して,T11T2:⇔T1T2MX1
この同値関係1に関する商集合MX1/1を考え,MX:=MX1/1とおく.MXXの向きの集合,MXの元のことをX(大域的な)向きと呼ぶことにする.(あとでホモロジー群を用いて定義する向きはカタカナでムキと表記して区別することにする.)

TMX1に対して,Tが代表するMXの元([T]と書く)のことを,Tが定めるXの向きと呼ぶことにする.T1,T2MX1[T1]=[T2](T11T2)を満たすとき,T1T2とはX同じ向きを定めるということにする.

逆の向きの定義

逆の向きを定める

2つの向き τ1,τ2MXが「互いに逆である」ということを定義する.
Xの多様体としての次元をnとする.Rnの元の第一成分だけを(1)倍する写像ι:RnRn,(x1,x2,,xn)(x1,x2,,xn)を考える.TMX1と座標近傍(U,φ,V)Tに対して,第一成分を(1)倍した座標近傍(U,ιφ:Uι(V),ι(V))ι(U,φ,V)と書くことにする.
TMX1に対して,座標近傍系{ι(U,φ,V);(U,φ,V)T}ιTと書くことにする.ιTは,MX1の元になる.ιTMX1
τ=[T]MXに対して,[ιT]MXのことをτと書くことにする.τ:=[ιT]τは代表元Tの取り方によらずに定まる.τのことを,τ逆の向きと呼ぶことにする.容易にわかるように(τ)=τが成り立つ.τのことを(1)τとも書くことにする.また,τのことを+τ,あるいは(+1)τとも書くことにする.
2つの向き τ1,τ2MXτ1=τ2を満たすとき,τ1τ2とは互いに逆である,ということにする.T1,T2MX1[T1]=[T2]を満たすとき,T1T2とはX逆の向きを定めるということにする.

向きの個数についての注意

ここで向きの個数について注意をしておく.Xが向き付け可能な多様体でTMX1が取れるとする.このとき,Xの向きは[T][T]2個だけだと思うかもしれないが,これは一般には正しくない.例えばX:=RR2つのRのディスジョイント和とするとき,Xの向きは4個存在する.一方のRに入る向きが通常の向きとその逆の向きの2個,他方のRに入る向きも2個で,それらの組み合わせにより2×2=4個の向きがあるからである.

向きを保つ,逆にするの定義

向きを保つ,向きを逆にする,の定義をする.(これらの用語は,局所的に定義される.)

1点で向きを保つ/逆にするの定義

X,Yは向き付け可能なn次元C多様体とする.f:XYC写像とする.pXとする.fpで局所同相的であるとする.すなわち,Xにおけるpの開近傍W1XYにおけるf(p)の開近傍W2Yが存在して制限f:W1W2C同相であるとする.(このようなW1,W2をとる.)

向き σMXτMY,および座標近傍系SσTτをとる.座標近傍(U1,φ1,V1)S(U2,φ2,V2)Tであって,pU1,f(p)U2を満たすものをとる.必要ならU1,U2を小さくとりなおすことで,i=1,2に対してUiWiかつ制限f:U1U2が同相になるようにできる.

C同相写像φ2fφ11:V1V2φ1(p)におけるヤコビアンが正(resp.負)であるとき,fpにおいてστに関して向きを保つ(resp.向きを逆にする),ということにする.fpにおいて向きを保つ(あるいは逆にする)ことは,σ,τによって定まり,S,T(U1,φ1,V1),(U2,φ2,V2)の取り方によらない.

開集合上で向きを保つ/逆にするの定義

WXを開集合とし,Wに属する任意の点でfは局所同相的であるとする.任意のpWに対して,fpにおいてστに関して向きを保つ(resp.向きを逆にする)とき,fWにおいてστに関して向きを保つ(resp.向きを逆にする)ということにする.

向きその2(ホモロジー群を用いた定義)

ムキの定義

もう1つの向きを定義する.今度は,多様体は位相多様体とする代わりに,コンパクトを仮定する.以下では,参考文献2に書かれているような代数トポロジーの知識を仮定する.この記事の中に定義のない用語や記号については,参考文献2のものを用いている.

今からホモロジー群を用いて定義する向きは,ヤコビアンを用いて定義した向きと区別するため,片仮名を用いてムキと表記することにする.

準備

Xは(境界を持つかもしれない)コンパクトなn次元位相多様体とする.Xの全ての座標近傍系の集合をNX0とする.NX0の元Tであって,Tに属するどの2つの座標近傍も同じ向きであるようなもの全体の集合をNX1としたい.ところが位相多様体ではヤコビアンを用いることができないので,2つの座標近傍が同じ向きであることを,次のように局所写像度を用いて定義する:

(Uα,φα,Vα),(Uβ,φβ,Vβ)Xの座標近傍とする.
任意のpUαUβXについて,座標変換函数の局所写像度が+1であるつまり,degφα(p)(φβ(φα)1)=+1が成り立つとき,(Uα,φα,Vα)(Uβ,φβ,Vβ)とは,同じ向きであるということにする.(参考文献2のp.189を参照してほしい.)

この座標近傍の同じ向きの定義をもって,次のようにNX1を定義する:
NX1={TNX0;Tに属するどの2つの座標近傍も同じ向き}

NX1が空でないことと多様体Xが向き付け可能であることは,同値である.

NX1に同値関係を導入する

さて,NX1に次のように同値関係を定める:
任意のT1,T2NX1に対して,T12T2:⇔T1T2NX1
この同値関係2に関する商集合NX1/2を考え,NX:=NX1/2とおく.('を付したのは,このあとここからさらに集合NXを定義するからである.あとで定義するNXの元のことを,Xのムキと呼ぶことにする.)TNX1に対して,Tが代表するNXの元を[T]NXと書くことにする.

まず,局所的なムキを定義する

NXの元ごとに,Xの各点におけるムキを定義しよう.(大域的なムキより先に,局所的なムキを定義する.)
pXτNXをとる.座標近傍系Tτを1つとる.座標近傍(U,φ,V)TであってpUを満たすものをとる.U:=UX,V=φ(U)とおくと,VRnの開集合であり,制限φ:UVは同相である.

同型Hn(V,V{φ(p)})φ1Hn(U,U{p})excHn(X,X{p})によるμφ(p)Hn(V,V{φ(p)})の像をμpτと書くことにする.(参考文献2のp.189を参照してほしい.U,Vを考えずにU,Vのままでもよいかもしれないが,念のためにこのようにした.)μpτは,pτのみによって定まり,T(U,φ,V)の取り方によらない.このμpτHn(X,X{p})を,τが定めるpにおける(局所的な)ムキと呼ぶことにする.μpτは,Hn(X,X{p})Zの生成元である.(参考文献2,p.189参照.)

大域的なムキを定義する

上で定義した各点でのムキμpτを使って,多様体全体のムキを定めよう.

τNXをとり固定する.
各点pXごとにτが定めるムキ μpτHn(X,X{p})がある.pXごとに空間対の包含写像jp:(X,X)(X,X{p})を考える.jpがホモロジー群に誘導する準同型jp:Hn(X,X)Hn(X,X{p})がある.実は次の条件を満たすuτHn(X,X)が一意的に存在する:

任意のpXに対してjp(uτ)=μpτ

(参考文献2のp.247, l.-5からの記述および次のページの補題4.5.14を参照してほしい.)

この条件を満たすuτHn(X,X)のことを,[X]τと書き,Xτに関する基本類,あるいはXτに関する(大域的な)ムキと呼ぶことにする.

Xのムキ全体の集合{[X]τ;τNX}(Hn(X,X))NXと書くことにする.

逆のムキの定義

ムキの集合NXを調べよう

NXは加群Hn(X,X)の部分集合だが,どのような元の集合になっているだろうか.また,ムキ[X]τNXは加群の元であるから逆元[X]τを考えることができる.自然な発想でこれを[X]τの逆のムキと定義したいのだが,そのためには[X]τNXとなっていなくてはならない.これらのことについて考察しよう.

簡単のため,以下ではX向き付け可能かつ連結であると仮定する.もちろん今まで通り,Xn次元位相多様体であり,コンパクトでもあるとする.

次の事実がある:

(1)Hn(X,X)Z
(2)任意のpXに対して,jp:Hn(X,X)Hn(X,X{p})は同型.
(3)任意のτNXに対して,[X]τHn(X,X)(Z)の生成元である.

(参考文献2,定理4.5.13参照.)

さて,Hn(X,X)の生成元全体の集合をGXと書くことにする.ムキの集合NXは,実はGXに一致する.ヤコビアンを用いて定めた向きに関して逆の向きを定義したときと同様に,座標近傍系TNX1に対して,座標の第一成分を(1)倍させた座標近傍系をιTと書くことにする.また,τ=[T]NXに対して,[ιT]NXのことをτと書くことにする.τ:=[ιT]τは代表元Tの取り方によらずに定まる.容易にわかるように(τ)=τが成り立つ.

(1)任意のτNXに対して,[X]τ=[X]τである.したがって[X]τNX
(2)NX=GX

NXGXは,定理1の(3)による.

逆の包含を示す.τNXを任意にとる.(Xは向き付け可能と仮定しているので,NXである.)定理1より,Hn(X,X)Z[X]τHn(X,X)の生成元なので,GX2つの元[X]τ,[X]τからなる集合である.GX={[X]τ,[X]τ}[X]τNXを示せば,GXNXが言えたことになる.

TτpXをとる.μpτ=μpτを示すことができれば,同型jp:Hn(X,X)Hn(X,X{p})の逆写像で両辺を写すことで[X]τ=[X]τNXが得られ,証明が完了する.

座標近傍(U,φ,V)TpUを満たすものをとる.UXを考えることで,最初からUXとしてよい.x:=φ(p),x:=ιφ(p),V:=ιφ(V)とおく.
今,同型からなる次の可換図式がある.
Hn(V,V{x})φ1ιHn(U,U{p})excHn(X,X{p})Hn(V,V{x})(ιφ)1Hn(U,U{p})excHn(X,X{p})

この可換図式において,μxHn(V,V{x})の右下での値を考えよう.
右上を経由すると,μxμpτHn(X,X{p})に写る.一方,ιの局所写像度は(1)であること(参考文献2補題4.2.10参照)により,左下を経由すると,μxμpτHn(X,X{p})に写る.よって,μpτ=μpτである.したがってμpτ=μpτが得られ,証明が完了した.

Xのムキとは結局,加群Hn(X,X)の生成元のことだということがわかった.

逆のムキを定める

命題2をふまえて,逆のムキを定義しよう.
εNXに対して,加群Hn(X,X)におけるεの逆元εNXε逆のムキと呼ぶことにする.もちろん,(ε)=εが成り立つ.命題2により,ムキεNXを1つとると,NX=GX={ε,ε}である.

2つのムキ ε1,ε2NXε1=ε2を満たすとき,ε1ε2とは互いに逆である,ということにする.

NXNXの関係

ここでNXNXの関係を見ておこう.NXは座標近傍系の同値類の集合であり,同じく座標近傍系の同値類の集合であるMXとの間によい対応がありそうである.あとでMXNXの間に全単射があることを示すための準備として,NXNXの間に全単射があることを示しておこう.

η1:NXNX,τ[X]τは全単射.

全射はNXの定義により明らか.

単射を示す.τ1,τ2NXをとる.τ1τ2とする.T1τ1,T2τ2を1つずつとる.仮定からT12T2なので,T1T2NX1.ゆえにある座標近傍(U1,φ1,V1)T1,(U2,φ2,V2)T2pU1U2Xが存在してdegφ1(p)φ2φ11=1
x1:=φ1(p),x2:=φ2(p),U:=U1U2X,V1:=φ1(U),V2:=φ2(U)とおく.同型からなる次の可換図式がある:
Hn(V1,V1{x1})φ11(φ2φ11)Hn(U,U{p})excHn(X,X{p})Hn(V2,V2{x2})φ21Hn(U,U{p})excHn(X,X{p})

この可換図式から,命題2の証明と同様にして[X]τ1=[X]τ2が得られる.もし[X]τ1=[X]τ2なら,今得られた等式に代入することで[X]τ2=[X]τ2,2[X]τ2=0となるが,これは[X]τ2Hn(X,X)Zの生成元であることに矛盾する.したがって[X]τ1[X]τ2が得られ,証明が完了した.

命題2,命題3により,次の命題が得られる:

τNXを1つとると,NX={τ,τ}である.

ムキを保つ,逆にするの定義

1点でのムキを定義する

pXεNXをとる.jp:Hn(X,X)Hn(X,X{p})によるεの像を,記号の濫用だがμpεと書くことにする.μpε:=jp(ε)μpεのことを,εが定めるpにおける(局所的な)ムキと呼ぶことにする.

なお,εはあるτNXによって一意的にε=[X]τと表されるが,このときμpε=jp([X]τ)=μpτである.([X]τの定義を参照.)

1点でムキを保つ,ムキを逆にするの定義

ムキを保つ,ムキを逆にする,の定義をする.(これらの用語は,局所的に定義される.)
X,Yは連結でコンパクトな向き付け可能n次元位相多様体とする.f:XYは連続写像とする.pXとする.fpで局所同相的であるとする.すなわち,Xにおけるpの開近傍W1XYにおけるf(p)の開近傍W2Yが存在して制限f:W1W2が同相であるとする.(このようなW1,W2をとる.)

εNXδNYをとる.
同型の合成Hn(X,X{p})excHn(W1,W1{p})fHn(W2,W2{f(p)})excHn(Y,Y{f(p)})によるμpεHn(X,X{p})の像が+μf(p)δ(resp.μf(p)δ)のとき,fpにおいてεδに関してムキを保つ(resp.ムキを逆にする)ということにする.fpにおいてムキを保つ(あるいは逆にする)ことは,ε,δによって定まり,W1,W2の取り方によらない.

開集合上でムキを保つ,逆にするの定義

WXを開集合とし,Wに属する任意の点でfは局所同相的であるとする.任意のpWに対して,fpにおいてεδに関してムキを保つ(resp.ムキを逆にする)とき,fWにおいてεδに関してムキを保つ(resp.ムキを逆にする)ということにする.

これで2種類の向きとそれらの周辺概念の定義が終わった.

2種類の向きの整合性

ここまでで,ヤコビアンとホモロジー群を用いて,多様体に異なる方法で2種類の向きを定義した.ではいよいよ,これらの間の整合性を考察することにしよう.これがこの記事の主目的である.2種類の向きの間に整合性をもたらしているのは,基本的に参考文献2の補題4.2.10である.

向きの整合性

大域的な向きの整合性

2種類の向きの整合性を考察するにあたって,2種類の向きの両方が定義されるような多様体を考えることにしよう.Xは連結コンパクトで向き付け可能なn次元C多様体とする.

参考文献2の補題4.2.10により,次の補題が得られる:

(1)任意のTMX1に対して,TNX1
(2)任意のT1,T2MX1に対して,T11T2T12T2とは同値.

この補題から,次の補題が得られる:

(1)η2:MXNX,[T][T]はwell-definedな全単射.
(2)任意のτMXに対して,η2(τ)=η2(τ)

η2のwell-definedと単射は補題5による.

η2の全射を示す.[T]MXを1つとる.η([T])=[T]NXなので,命題4により,NX={[T],[T]}[T]の定義により,η2([T])=η2([ιT])=[ιT]=[T].全射が示された.

命題3のη1と補題6のη2の合成をπX:=η1η2:MXNXと表すことにする.次の定理がこの記事の主定理の1つである.

(1)πXMXNXは全単射である.
(2)πXは逆の向き(ムキ)と整合的である.つまり任意のτMXに対してπX(τ)=πX(τ)

MXπX1NX1MXπXNX

(左(resp.右)の縦の射は,逆の向き(resp.ムキ)を対応させる写像.)

(1)命題3と補題6(1)による.
(2)命題2(1)と補題6(2)による.

局所的な向きの整合性

X,Yは連結でコンパクトな向き付け可能n次元C多様体とする.f:XYC写像とする.pXとする.fpで局所同相的であるとする.次の定理がこの記事の主定理の2つ目である.

σMX,τMYは任意の元とする.このとき,次の2つは同値:
(1)fpにおいてστに関して向きを保つ(resp.逆にする).
(2)fpにおいてπX(σ)πY(τ)に関してムキを保つ(resp.逆にする).

Sσ,Tτ,および(U1,φ1,V1)S,(U2,φ2,V2)をとり,pU1,f(p)U2,U1X,U2Yで制限f|U1:U1U2が同相になるようにする.x:=φ(p),y:=φ(f(p))とおく.
同型からなる次の図式があり,左の四角は可換である:
Hn(V1,V1{x})φ11(φ2fφ11)Hn(U1,U1{p})excfHn(X,X{p})Hn(V2,V2{y})φ21Hn(U2,U2{f(p)})excHn(Y,Y{f(p)})
この可換図式と参考文献2補題4.2.10により,定理8が従う.

これで,2種類の向きの間の整合性が示された.

ムキに付随する閉被覆

記事冒頭の例でも触れたように,ムキは多様体に閉被覆を与える.最後にそのことについて考察する.
Xは向き付け可能でコンパクトなn次元位相多様体とする.(連結は仮定しない.)
ムキεNXHn(X,X)をとる.uSn(X)が存在して[u]=εHn(X,X)である.(このようなuをとる.)
整数a1,a2,...,amZと連続写像g1,g2,...,gm:ΔnXによりu=i=1maigiと書かれるとする.このとき次の命題が成立する:

{gi(Δn)}1imXの閉被覆.

まず,Δnはコンパクト空間であるから,任意の1imに対して,gi(Δn)Xはコンパクト.今,Xはハウスドルフ空間であるから,gi(Δn)XXの閉集合.よって,1imgi(Δn)Xの閉集合.X1imgi(Δn)を示すことができれば,両辺のXにおける閉包をとることでX1imgi(Δn)が得られ,証明が完了する.

pXを任意にとる.p1imgi(Δn)と仮定して矛盾を導く.
τNX[X]τ=εを満たすものをとる.準同型jp:Hn(X,X)Hn(X,X{p})を考える.[X]τの定義により,jp(ε)=jp([X]τ)=μpτであり,右辺はHn(X,X)Zの生成元である.したがってjp(ε)0
一方,任意の1imに対して,gi(Δn)X{p}であるから,u=i=1maigiSn(X{p}).ゆえに[u]=0Sn(X,X{p})であり,[u]=0Hn(X,X{p})となる.これはjp(ε)=0を意味し,矛盾.
p1imgi(Δn)が得られ,命題9の証明が完了した.

まとめ

この記事では,多様体に対して2種類向きを定義した.1つ目はヤコビアンの符号を用いて定義した「向き」であり,向きとは座標近傍系の同値類のことであった.2つ目はホモロジー群を用いて定義した「ムキ」であり,ムキとは連結コンパクトを仮定した場合にはホモロジー群Hn(X,X)の生成元のことであった.最後にこれら2種類の向きの間に,整合性があることを見た.

ムキについての議論においては,途中から連結を仮定して議論したが,連結の仮定を外しても,定理7,定理8と同様のことが実は成立する.
直感的に,連結を仮定しない多様体の向き(ムキ)とは各連結成分ごとの向き(ムキ)の選択と思えるから,連結を仮定しなくても向きとムキの間に整合性があることは,想像ができるのではないだろうか.(気が向いたら,連結を仮定しない場合の証明も加筆するかもしれない.)

また,Xが向き付け可能な境界付き多様体のとき,Xから境界Xに誘導される向きというものがある.これについても,記事が長くなってしまうので触れられなかった.(これも気が向いたら加筆するかもしれない.)

それでは記事を終わりにします.ここまで読んでくれてありがとうございました!質問や感想はいつでも歓迎します.(SNSの𝕏の方が対応しやすいです.)

参考文献

[1]
松本幸夫, 多様体の基礎, 東京大学出版会, 1988
[2]
河澄響矢, トポロジーの基礎 上, 東京大学出版会, 2022
投稿日:202426
更新日:202426
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  5. 向きの定義
  6. 逆の向きの定義
  7. 向きを保つ,逆にするの定義
  8. 向きその2(ホモロジー群を用いた定義)
  9. ムキの定義
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  13. 向きの整合性
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