米田の補題とは、以下の言明である。
小圏$\mathscr A$とその対象$A$に対して、
として関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$が定義できる。
小圏$\mathscr A$とその対象$A \in \mathscr A$、関手$X : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$について、
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$
が成り立つ。また、この同型は$A,X$について自然である。
証明は省くが、同型$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$は、
この2つの操作が互いに逆であることによって導かれる。この同型は諸々の自然性公理も満たしてくれる、というのが米田の補題の嬉しさなのだ...と思う。
とはいえ、この主張が結局何をしているのかさっぱりわからないので、圏$\mathscr A$を具体的に色々当てはめてみて、米田の補題が実際のところ何をしているのかを明らかにしたい。
離散圏(射が恒等射のみの圏)$\mathscr A$とその対象$A$に対して、
として関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$が定義できる。
離散圏$\mathscr A$とその対象$A \in \mathscr A$、関手$X : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$について、
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$
が成り立つ。また、この同型は$A,X$について自然である。
離散圏から$\textrm{Set}$への関手は、離散圏の対象によって添字づけられた集合族と同一視できることに注意せよ。
まず、離散圏$\mathscr A$とその対象$A \in \mathscr A$について、関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$がどのようなものかを考えよう。
$\mathscr A$の対象$B$に対して、$H_A(B) := \textrm{Hom}_{\mathscr A}(B,A)$であるが、これは$B = A$ならば$H_A(B) = \{1_A\}$であり、$B \neq A$ならば$H_A(B) = \emptyset$である。
$\mathscr A$の射$f : B' \to B$に対して、$H_A(f) : \textrm{Hom}_{\mathscr A}(B,A) \to \textrm{Hom}_{\mathscr A}(B',A) := - \circ f$であるが、$\mathscr A$は離散圏なので$f$は恒等射であり、従って$H_A(f)$も恒等射である。
つまるところ、関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$は、対象$A$を単元集合に、それ以外を空集合に、射を恒等射に写す関手である。
次に、$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X)$がどのようなものかを考えよう。
自然変換$\alpha : H_A \Rightarrow X$は、各$B \in \mathscr A$について射$H_A(B) \to X(B)$を与えるが、$B \neq A$のときの$\alpha_B$は考えなくてもよい。なぜなら、$H_A(B) = \emptyset$なので、$\alpha_B$は空写像にしかならないからだ。
$\alpha_A$は、単元集合から$X(A)$への射なので、取りうる値は$X(A)$の元と同数である。自然変換$\alpha$は$A$成分だけに依存するので、この時点で$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$がわかる。
結局のところ、自然変換$\alpha : H_A \Rightarrow X$とは、$X(A)$の元をどのように選ぶかという情報しかない。
同型$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$とその自然性について議論する。
具体的にどのような同型なのかを考えると、
となるが、前者は$H_A(A)$の唯一の元$1_A$の行き先である$X(A)$の元を指定しており、後者は$B \neq A$のときは$\tilde x_B$は空写像、$B = A$のときは$H_A(A)$の唯一の元$1_A$の行き先$x \in X(A)$を指定することで自然変換を得ている。これらが互いに逆操作であることはイメージしやすい。
$A$についての自然性は、$\mathscr A$が離散圏なので、恒等射の可換性からほとんど自明な主張になってしまう。
$X$についての自然性を考えよう。関手$X,Y : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$と自然変換$\theta : X \Rightarrow Y$について、
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \stackrel {\theta \circ -}\to \textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,Y) \stackrel{-_A(1_A)}\to Y(A)$と
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \stackrel{-_A(1_A)}\to X(A) \stackrel{\theta_A}\to Y(A)$が等しくなるはずである。
離散圏から$\textrm{Set}$への関手$X,Y$は、添字付き集合族であった。その間の自然変換$\theta$は、添字を保存した写像を表す。
$H_A$は、添字が$A$の成分は単元集合、それ以外は空集合となる集合族であり、集合族(関手)$X$への添字保存写像(自然変換)は、$X(A)$の元を選ぶことに他ならない。
$X$についての自然性は、$H_A$から$X$への自然変換$\alpha$について、$[\theta \circ \alpha]_A(1_A) = \theta_A(\alpha_A(1_A))$が成り立つことを表している。これは自然変換の定義からも明らかであり、添字付き集合として解釈すると「添字保存写像を合成してから写像の添字$A$部分を取り出したものと、添字$A$成分を取り出してから合成したものは等しい」ということになる。
単対象圏(対象がちょうど1つである圏)$\mathscr A$とその対象$A$に対して、
として関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$が定義できる。
単対象圏$\mathscr A$とその対象$A \in \mathscr A$、関手$X : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$について、
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$
が成り立つ。また、この同型は$A,X$について自然である。
単対象圏はその射集合をモノイドとみなせる。モノイド(単対象圏)$M$から$\textrm{Set}$への関手は左$M$集合、反変関手は右$M$集合とみなせる。更に、$M$集合(関手)間の自然変換は$M$同変という、$M$作用を保存する一種の準同型写像とみなせる。
右$M$集合として自明なものに、台集合をモノイド$M$の台集合(圏とみなした場合は射集合)とし、$x$に対して$m$を作用させたもの$x \cdot m$を単に$M$上の演算$xm$とみなしたものがある。
これを、$M$の右正則表現とよび、$\underline M$と表す。
$M$(を圏とみなしたもの)は単対象圏であり、唯一の対象を$*$とおくと、反変関手$H_* : M^\textrm{op} \to \textrm{Set}$が考えられる。これは、以下のように定義される。
ところで、$M$から$\textrm{Set}$への反変関手は右$M$集合とみなせた。
$H_*$に対応する右$M$集合は、台集合が$H_*(*)$(つまり$M$のモノイドとしての台集合)であり、$x \in H_*(*)$に$m \in \textrm{Mor}(M)$を作用させたものは、$[H_*(m)](x) = x \circ m = xm$である。
すなわち、$H_*$は$M$の右正則表現$\underline M$に対応する。
なお、以降は$H_*$の下付き添字は省略する。
次に、$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X)$がどのようなものかを考えよう。
$H$から$X$への自然変換$\alpha : H \Rightarrow X$(成分は$*$のみなので、以降は1つの射$\alpha : H \to X$とみなす)は、右$M$同変とみなせる。
$H$は右$M$集合としては$\underline M$に対応することから、$1$を$M$の単位元とすると$\alpha(1) \in X$となる。実は、自然変換$\alpha$は$\alpha(1) \in X$を定めることでちょうど1つ得られる。
まずは存在を示そう。既に$x \in X$が定められていたとき、右$M$同変(自然変換)$\alpha : H \to X$を、$\alpha(m) := x\cdot m$によって定める。
これは右$M$同変となる。実際、任意の$m \in M$と$y \in H (= \underline M)$について、$\alpha(y \cdot m) = \alpha(ym) = x \cdot ym = (x \cdot y) \cdot m = \alpha(y) \cdot m$となる。
$\alpha(1) = x \cdot 1 = x$なので、これで存在性が示された。
次に一意性を示そう。任意の自然変換$\beta : H \to X$について、$\alpha(1) = \beta(1)$が成り立つとすると、任意の$m \in H (= \underline M)$について$\alpha(m) = \alpha(1m) = \alpha(1) \cdot m = \beta(1) \cdot m = \beta(1m) = \beta(m)$となる。
従って、$\alpha = \beta$である。
つまり、$H$から$X$への自然変換は、$X$の元と同数存在する。
この時点で、$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \simeq X$、つまり$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_*,X) \simeq X(*)$が成り立つ。
同型$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \simeq X$とその自然性について議論する。
というのが米田の補題で用いられた同型であり、これは先述の構成と一致する。
$*$についての自然性を考える。
任意の$M$の射(モノイドの対象)$m$について、
$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \stackrel{- \circ H_m}\to \textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \stackrel{-(1)}\to X$と
$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \stackrel{-(1)}\to X \stackrel{- \cdot m}\to X$が等しくなるはずである。
実際、任意の自然変換(右$M$同変)$\theta : H \to X$について$\theta \circ H_m(1) = \theta(H_m(1)) = \theta(m \circ 1) = \theta(m) = \theta(1) \cdot m$が成り立つ。
$X$についての自然性を考える。
任意の関手(右$M$集合)$X,X' : M^\textrm{op} \to \textrm{Set}$と自然変換(右$M$同変)$\theta : X \to X'$について、
$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \stackrel{\theta \circ -}\to \textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X') \stackrel{-(1)}\to X'$と
$\textrm{Hom}_{[M^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H,X) \stackrel{-(1)}\to X \stackrel\theta\to X'$が等しくなるはずである。
実際、任意の自然変換(右$M$同変)$\eta : H \to X$について、$\theta \circ \eta(1) = \theta(\eta(1))$である。
前順序圏(任意の対象$x,y$に対して、$x$を始域、$y$を終域とする射が高々$1$つである圏)$\mathscr A$とその対象$A$に対して、
として関手$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$が定義できる。
前順序圏$\mathscr A$とその対象$A \in \mathscr A$、関手$X : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$について、
$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$
が成り立つ。また、この同型は$A,X$について自然である。
$H_A : \mathscr A^\textrm{op} \to \textrm{Set}$について考える。
$H_A(B) := \textrm{Hom}_{\mathscr A}(B,A)$なので、$H_A(B)$は常に空集合か$1$元集合であり、($B$から$A$への射が存在することを$B \le A$と書くと、)$B \le A$であることと$H_A(B)$が$1$元集合であることが同値となる。
$H_A(f)$は空集合からの射か$1$元集合への射のどちらかなので、始域と終域が定まっていれば一意に定まる。
自然変換$\alpha : H_A \to X$について考える。
各$\mathscr A$の対象$B$について、$B \le A$ならば$H_A(B)$は$1$元集合なので$\alpha_B : H_A(B) \to X(B)$は$X(B)$の元を$1$つ指定する。$B \not\le A$ならば$H_A(B) = \emptyset$なので$\alpha_B : H_A(B) \to X(B)$は空写像である。
すなわち自然変換$\alpha : H_A \Rightarrow X$とは、$B \le A$を満たす各$\mathscr A$の対象$B$に対して、$X(B)$の元を割り当てることで定まる。
また自然性公理は、任意の$\mathscr A$の射$f : B' \to B$に対して$X(f) \circ \alpha_B = \alpha_{B'} \circ H_A(f)$が成り立つこと、すなわち$X(f) : X(B) \to X(B')$が$\alpha$によって割り当てられた元を保存することを指す。
$\alpha_B$でその割り当てた$X(B)$の元を直接表す場合、$[X(f)](\alpha_B) = \alpha_{B'}$が成り立つ。
さて、実はこのような自然変換$\alpha : H_A \Rightarrow X$は、$\alpha_A \in X(A)$を定めるだけで全て定まる。なぜなら、$B \le A$を満たす任意の$\mathscr A$の対象$B$について、$B$から$A$への唯一の射を$f$とおくと、$[X(f)](\alpha_A) = \alpha_B$となるからである。
また、関手は合成を保存するので、このように定めた射の組$\alpha$は自然変換である。
結局のところ、自然変換$\alpha : H_A \Rightarrow X$とは、$X(A)$の元をどのように選ぶかという情報しかない。
同型$\textrm{Hom}_{[\mathscr A^\textrm{op}, \textrm{Set}]}(H_A,X) \simeq X(A)$とその自然性について議論する。
具体的にどのような同型なのかを考えると、
となる。
前者は、自然変換からその$A$成分の射を取り出して、$H_A(A)$の唯一の元$1_A$の行き先である$X(A)$の元を指定している。
後者は、$X(A)$の元$x$から、$B \not\le A$のときは$\tilde x_B$は空写像、$B \le A$のときは$H_A(B)$の唯一の元$f$を$[X(f)](x) \in X(B)$を指定することで自然変換を得ている。
先述の自然変換の構成は、米田の補題の例となっている。
可換性のほとんどは、合成射の始域が始対象あるいは終域が終対象となることから明らかなので省略する。